知事リレー講義
ライン
   2011年 1月 11日           奈良市 仲川げん 市長


   「 街の未来を創る仕事 〜新しい公共時代のキャリア教育〜  」 




1. はじめに

今回の講義のテーマには「教育」という言葉が入っている。私自身いろいろな人生経験を経て現在市長を務めているが、ぜひ皆さんに教育という観点で話をしたい。

 地方自治体で起きている事に対する取り組みや閉塞感をどのように共に切り開いていけばいいのか。

 学術的な話よりは現場の話、例えば地方自治体の現場でどのような問題が起きているのか、それに対し現在どのような取り組みを行おうとしているのか、場合によっては、日本や世界のこれからの進むべき方向性というのが見えづらくなっているという閉塞感に対して、どのように共に切り開いていけばいいのかなどといった事に対して、私が日々感じているところをいろいろと伝えようと思う。






2. 市長に立候補した理由


昨年7月に市長選挙があり、市長に立候補し当選した。なぜ市長になろうとしたか。皆さんでもご家族や親せきに政治家がいる人は少ないと思う。私自身もごく普通のサラリーマン家庭で、家族・親戚を見渡しても政治家を始めそもそも公務員関係の人が殆どいない。政治家に対して少し遠い存在だと感じていた。

 そんな私が市長に立候補し、辿りつくまでの話をこれからしたい。子ども時代は母方の祖母を含めた3世代住居だった。近所づきあいも色濃く残っており、地域の人がお互いに協力し合ったり声をかけあうことが当たり前の地域だった。大学を卒業するまでは奈良の実家で暮らしていた。

学生時代の1995年に阪神大震災が起き、そのときは1回生の終わり頃で、後期の試験対策を始めていた。当時自動車学校に通っていて、震災を知ったのも学校に通う途中だったが、震災の惨状がどんどん伝えられ恐ろしく感じた。

また、それに対して自分が何もできないという無力感にもさいなまれた。神戸の友人にも避難所での生活を余儀なくされていて大学まで来て試験を受ける事が困難な人がいた。

当時ボランティアが全国的に流行り始めた時期だったが、私はそこで一度挫折をした。周りでは学生達がとにかく助けに行こうといろいろな活動を展開していたが、私自身はそのボランティアの波に乗り損ねた。

問題が起きた時にすぐかけつけて手を差し伸べるのが理想だが、当時の私にはそこまでの勇気や行動力がなかった。

私自身の中で何かしら社会のため、ボランティアということに対して次にチャンスがあったらしっかりつかみとろうと思った。

大学での生活から地域での活動に目が向いてきた。今でいうとボランティアやNPO

活動と呼ばれるもので、当時は主に高校生を集めて模擬国連をしていた。関西の高校生・大学生が集まってこれからの世界にあり方や国益を超えた交流について議論・活動していた。

3年間ほどやって、就職活動をして卒業をしようというときに、民間で就職するという考えはなかった。自分で仕事をつくる、あるいは会社を立ち上げようということを最終的な目標としていた。

ところがいろいろ考えてみると大きな組織を動かすためにはノウハウが必要だろうということで、最終的には大きくて古くて昔ながらの会社に就職しようと思った。当時は新卒で民間企業に入社できるのは人生に1度しかないということで、新卒しか採用しない会社に就職し、そこでノウハウを身に付けたいと思った。

石油を掘る会社に就職し、東京でサラリーマンをしていたが、そこで働くことの意味がわからなくなった。もっと自分にしかできない仕事をしたいと思い、東京での3年間の生活に終止符を打った。

地元の奈良に戻って活動を見ているうちに、地域の学校現場での取組に関心を持ち、NPOの世界で仕事をするようになっていった。地元の外国人を呼んで小中学生に国際交流のためのプログラムを提供するという取組をした。子どもたちの表情に衝撃を受けた。思春期で難しい時期だが、教室の子ども達に問いかけても反応がないということにショックを受けた。学校だけではなく地域の教育を仕事にしていこうと思った。8年間活動をしていて、市長になる直前まで、奈良NPOセンターの事務局長をしていた。

私が奈良市長になる直前までの経歴はこのような形である。民間とNPOと公務員の3つのセクターを渡り歩いてきたことになる。

8年間NPOの現場で様々な地域課題を自分たちで解決しようという人をいろいろ見てきた。例えば子育てをしながら仕事と両立させたいと願うけれども、現場がなかなか受け入れてくれないといういわゆる待機児童の問題である。あるいは地域で障害を持った方が自立で生活をしていこうという時にも制度やさまざまな制約があって上手くいかない。そこで行政が変われば市民生活ももっとよくなるだろうと思った。

目の前の課題に対して行政が迅速に動けない場合に、自分たちの地域課題を自分たちで解決するために市民のセクターの底上げをしなければならないと思い市長に立候補した。

 

  



3. 利権としがらみの問題

 

利権としがらみの問題では、奈良という土壌はこれまでもさまざまなしがらみの問題が報じられてきた。歴史的に奈良の人は閉塞感のある状況に対して諦めを感じてきていた。例えば奈良市議会議員の経営する会社が市の公共工事を大量に受注しているという状況もある。また一時期メディアを騒がせたように、清掃現場の職員が仕事中に抜け出す、仕事をせずに給与のみをもらうといった利権やしがらみの巣窟という状況があった。

私自身はNPOの出身なので新しい公共領域を造っていこうとした。今の業務の最適化を図って、本当に機動力があるようにもう一度つくりなおしていきたかった。これらの問題を解決したいのは、私だけでなく奈良市民の思いでもあったため、私自身全国で2番目に若く地盤も何もない状況だったが、市長に当選した。

このような経緯があって市長をしているが、小さなころから政治家を目指していたわけではない。学生時代も政治に対する関心より、自分の興味関心を満たすことを優先していた。自分がまさか政治家になって社会を変える立場に立つとは思ってもいなかった。

今、全国でも若い改革派の首長が多く生まれているが、彼らの多くは、時代の必要性に迫られて改革派の市長として仕事をしている。そういった仲間が増えている。

今までは、古株の政治家が最後の上がりポストとして就任することが多かったが、今の行政の課題を解決するには、経験値を持たない人が有効であるということもひとつの事実として言える。

多くの問題を抱える市政を過去にきっちりとけじめをつけることが、最大の取り組みである。




4. 
改革の取り組み

 

昨年7月には入札改革のための取組をした。奈良では職員・議会・業界が一体となって公共工事の受注を含む税金を無駄遣いしてきた。特に問題なのは、権限や権力を持つ者からの不当要求である。それらに対して全職員にアンケートをとると、返答した340人のうち60人が過去5年間にさまざまな不当要求を受けたことがあると回答した。漠然と認識されていたこれらの権力者からの要望・要求の問題についても実態を伴って見えてくるようになった。

これから公務員を目指す方がいるかと思うが、希望や理想を砕くわけではないが、今の奈良市の実態を紹介すると、「管理職あるいは長く就労している人がさまざまな決定権を持ち、それ以外の人は従う慣習・傾向がある。職員が間違いを正そうとしても上から押さえつけられてしまう」という事が言われる。さらに、これらの問題に対して「一人で解決するのは困難で組織全体で対処する必要がある」という声も聞かれている。

また、少し情けない話だが、「市民が変わらない限り無理でしょう。圧力をかける議員を選んでいるのもまた市民です。力のある者に媚びて肥え太ろうとする職員しかいないとしか思えません。17年間働いてきましたが、何も期待できません。人生働いてきて損でした。」というような職員の嘆きの声も上がっている。

年末の新聞に「市議の口利き41件」という記事が載った。普通に考えればあり得ないのは学生のみなさんでもわかる話で、いわゆる人事に対して、異動や要望を上げるには正規のルートがあるのはもちろんの事なのだが、それ以外に力を持つ議員に頼めば出世が出来る、もしくは自分が希望する部署に異動させてもらえるというような要望が1年間で40件も来ているのが現状である。




5.
借金の問題

 

奈良市は借金の問題が非常に大きい。37万人の人口で1年間の予算は1200億円だが、借金は3000億円残っている。いろいろな要因があるが、大きな要因は土地開発公社の問題である。土地開発公社とは、市の予算で土地を買収するのに足りない場合や期限が短すぎる場合など、土地開発公社が一旦購入することになる。これが不正利用されたために大きな借金が残った。

現実性がほとんどない事業のための土地をどんどん買っていった。市民は、必要性があって、そこからどこに建てるのか、誰から買うのかを考えるのだが、順番が逆になっている物件が多数ある。土地に関していえば、現在では売っても、買った時の1割弱にしか殆ど価値の無い状態である。最もひどいのが、80億円で購入した山林が、現在売却しても8千万円にしかならないといった土地もあった。

非常におもしろい話がある。ある山林を奈良市が所有しているが、最初に真ん中だけの寄付をもらった。ただし道路と離れていたため、それだけでは使い道がなかった。そのため、真ん中のもらった土地のまわりの土地を買い取った。しかし、道路にまではまだ辿りついていない。山の中にその土地だけ取り残されている状況である。これが、奈良市ふれあいひろばという奈良市が持っている土地の実態である。行政がここまでひどいとは思っていなかった。

普通何か施設を建てるつもりなら、まず道路に面したところに土地を買うことからはじめるものだが、この場合ではまず土地を持っている人がいて、その人が全ての土地を買わせるために真ん中の土地だけを寄付をするという、子供がみても明らかにおかしな取り引きや状況が山ほど出てくる。これについても現在外部の委員に入ってもらって、担当者・市長・部長まで含めて過去の洗い出しを行っている。ある意味、性善説で任せていた行政がここまでひどい状況だとは、市長になるまで気づかなかった。







6.
人口減少という問題

 

いろいろと難しい問題があるが、もう一つ奈良市として大きな問題は人口減少である。奈良市はとくに少子化が著しい自治体である。昨日奈良市で成人を迎えたのは3700人だが、去年生まれた子どもは2700人。014歳の数は48000だが、25年たつと半分になると言われている。近鉄沿線の自治体でこの先10年間で人口減少するのは、1位が東大阪市で2位は奈良市である。

なぜ人口が減るのが問題なのか。日本の国の制度は人口増、税収増を前提とした制度設計となっていて、この先も同じ状況か今より良くなるという見込みの下で国の制度が設計されている。

しかし現実では世代間不公平の問題が生じているように、人口が減るということは税収が減るということである。今の550億の税収のうち、半分は個人市民税である。一方で法人税収が奈良は京都の割合の半分しかないように、奈良市は大きな企業がなく、住宅都市として発展していると言える。

人口が減ることが税収の減少に直結する構造となっている。結果、街の機能、公共サービスが減って、地域の魅力がなくなり、人が来なくなって、また人口が減少するという負のスパイラルに陥る。

地方都市間の競争や戦略的な連携も重要になってくる。奈良市37万人の人口だが、近隣にある人口8万弱の木津川市ともっと戦略的に連携する事なども考えられる。例えばゴミ焼却場は結果として稼働率が低いので、1つの市がバラバラに持つより、23つの市が一緒に持てば良い。




7.
新しい公共

 

もう一つ大きなテーマとして、「新しい公共」とどう接点を持つのかというものがある。今の民主党政権が新しい公共という概念を軸に据えて取組を始めている。

なぜこのような考えが必要となってきたのかについて言えば、行政が目の前の問題に着手するのに非常に時間がかかり、限られた人員と財源の中ですべてを行政が担うのが非常に難しくなっているという状況がある。

例えば、奈良市はこの5年間で職員を削減した。税収を考えても、毎年税収が伸びることは考えられず、平成8年に620億円あった税収が520億円まで100億円15年間で減少している。逆に足りないものは借金でまかなっている。

財政の制約からも新しい公共をしっかり育てていかないとならない。奈良は3,000億円借りていて、年率2%で利息がかかっている。毎年60億の利息がかかっていてそれも払わざるをえないのでこれ以上のサービスの拡充は難しい。

私はNPO時代にこのような話を学生にもしていたが、今立場は変わっても同じ感覚を持っている。それは、今企業がどんどんNPO化してきていることである。社会性を持たない企業は生きていけなくなっている。逆にNPOもビジネス化していて、事業性を持たないNPOはどんどんつぶれている。この狭間が新しい公共が存在できる可能性のひとつだと思う。

NPOがどんどん採算性をとろうとしてビジネス化している傾向にある。20代だと年収180万でも生活していけるのだが4050歳になって家族を持つようになると、子供の学費など家族での活動を安定的に支える必要も出てくる。結果、NPOの活動もより事業に近づいていって、社会起業家、ソーシャルビジネスと言われる領域が発生した。





8.
公務員に求められる人材

 

今公務員が非常に人気の時代である。行政の財政も厳しく採用者数も増やせない状態だが、公務員志望が増えている。新しい公共の一端を担いたいと思って志望している人が多いのではないかと見ている。NPOが活動する際のスポンサー集めに苦労するのと比べて、行政に徴税の権限があるのは大きい。

今、行政というものの役割が大きな転換点にたっている。奈良市に今年の春入庁するのは40人で、1500人が応募して倍率は40倍だった。どういう視点で採用しているのかという質問を受けることもある。知識や学力が高い、まじめということも重要だが、ひとりの人間として自立が出来ているか、コミュニケーションがとれるか、打たれ強いかということを見ている。

ひとりの人間として社会に通用する能力を社会人基礎力として位置づけようとしている。今朝も庁内で課長試験の面接を行ったが、これからの公務員に求められるのは、自分の頭でしっかりと情報収集して課題解決のプロセスについて考える能力であって、前例をそのままコピーアンドペーストすることでは通用しない。






9.
キャリア教育

 

キャリア教育とは、もっと社会で通用する人間を排出できるような環境を整えていかないとならないと思う。しかし、最初からその目的で獲得した能力や経験はない。

高校時代に文化祭の実行委員長をやっていた。その時は単純に多くの人と交流ができるし目の前のものを楽しんでやっていただけのつもりだったが、今振り返るとプロジェクトマネージメントを学んでいたのだということに気付く。

NPOで活動している時もそうだった。社会人になった時、営業だと思ったら経理部所属になった。当時はいやいやながらやっていたが、組織の経営状況を把握・改善したり、収支のバランスを取るための感覚などは、後にNPOで活動する際役に立った。

NPO時代にはいろいろな人に会うチャンスがあった。地域の困り事が始めに行く先は行政だが、最後はNPOにたどり着く。逃げずに目の前の問題を解決するために協力しようとするのがNPOである。






10.
おわりに

 

皆さんにはまず選挙に行ってもらいたい。投票行動は義務だと思う。

市民が自分たちで税の使い道を決めるというオーナーシップが今までの日本には欠けていた。

行政が抱えられる範囲を考えて、限られた財源を効果的に投じる必要がある。これらの問題を議論するには大きな痛みを伴う。

奈良市の場合、公立の幼稚園が多いのでこれらの幼稚園を統廃合しなければならないが、自分たちの地域の幼稚園がなくなることに対する反発に対しては、議論を通して説得していく必要がある。

目の前の問題をごまかすためには借金をしていけばごまかしはきくが、次の世代への責任を果たしているとは言えない。今後毎年100億円を30年かけて返済していく計画を立てている。後の世代が独自のサービスを作ろうとした時に、既に足かせがあって自由度がないという状況を作ってはならない。

30代の市長の特徴は、未来に対して責任を持つ世代であること。今後30年間で借金の返済計画を立てる。30年、50年の計画ならこの世でしっかりとその返済計画の結果を見届ける事ができる。返済に失敗すれば、そのダメージも自分に返ってくるという意味での当事者意識があるのが若い政治家の特徴である。








 質疑応答

<問> 口利きや不当圧力が未だに残っていることは残念。不当要求について市長が実際にあったり、目の当たりにした事はあるのか。

<答> 私自身がというより、どちらかといえば議員なり権限を持った立場の強い人が高圧的に立場の弱い人に不当要求をする事が多いと思う。

私に対して利権を持ちかけてきたことはあまり無い。現在、一切利権・しがらみのない状況で政治家をやっているので相手の方も声をかけてこないのだと思う。

ただ、職員が不当要求の圧力を受けている実態については目のあたりにしている。例えば、管理職に一人ずつ職員を呼び出して高圧的に恫喝をするというのは、私が就任して以降も実態としてあったし、これを解消しないと政治が守れない。

 

<問> 他の市長のところでも行政の腐敗は聞かれるが、奈良の場合はなぜ起こりやすいのか。

<答> 非常に政・官・業が近い。地元選出の議員が兄弟が職員におり、その親戚が建設関係の事業者をやっているというような構造がよくある。このような狭いコミュニティーの中で全ての情報が共有されてしまう関係性があり、それが常態化した。

現在、就職は外部がやっているが以前は採用に関しても不当な圧力がかかるなど、口利きやしがらみの中で行われていた。

ムラ社会のようなローカルコミュニティーになればなるほど口利きは蔓延する。このような行政の腐敗は全国的には解消されているにも関わらず、なぜ奈良だけに残っていたのかについては疑問が残る。

 

<問> @ 奈良県の話について。昨年の中央公論では住みよい都道府県のランキングで全都道府県中最下位だった。その原因と解決方法とは何か。

A 新しい公共の話について、具体的にNPOが事業として行える領域には何があるのか。

<答> @ 街の潜在能力についてのランキングだったと思うが、持ち家が空き家になっているのに有効活用したいというモチベーションが奈良には起こりづらいなど、ストックが流動化しにくいのが一番の原因だと思う。不動産や金融資産というものを持っていてあせりがあるなら利益を取る事を考える。それをしないでもやっていける人が社会資本の多くを持っている。このあたりを流動的にするためには、行政的な制度が必要だと思う。

A 新しい公共に開放しやすい領域についてだが、子育てや福祉の領域に参加している担い手は既にたくさんいる。しかし官民共同の可能性は、領域を限定せずに全ての領域を対象にゼロから考えるべきである。 









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