教授紹介


 鈴木 健一郎  (Kenichiro Suzuki)
  

■研究開始前夜

京都駅からJR琵琶湖線(東海道線)に乗り、東に向かって19分間行ったところに駅ができたのは、今から13年前(平成6年)でした。この駅は、ここからさらにバスで20分ほど行った先に、新しく大学のキャンパスが移転してきたことにより新築されました。立命館大学びわこ草津キャンパス(BKC)は、手狭になった京都衣笠から分離して新たに理工学と経営・経済の教育研究の拠点として設立されました。それから10年後、一人の中年の男がこの駅に降り立ちました。彼は、この年に新たに理工学部の教授に採用され、今回家族を引き連れて関東のつくば市から移転してきたのです。彼は、それまでに企業研究所にいて半導体産業の栄光と衰退を身近にみつめてきました。そして、社会と企業の閉塞性を打破する場所として、大学に新たな可能性を抱いておりました。

私が大学に職を得て赴任してきたときは、当然のことのように研究室には何もありませんでした。そこで、少し時間をかけてナノテクノロジーとバイオ技術の研究を立ち上げようと思っておりました。ところが、大学にきてみて驚いたことに、
6名の学生が私を待っていました。彼らは、卒研を早く開始することを希望して、私が大学に現れるのを毎日待っていたとのことでした。この若者たちの熱意は私を動揺させました。そして、いつしか私も研究を早く開始しなければいけないと焦り始めました。そこで、私が永らく研究に携わっていたMEMS(微小機械システム)技術を中心にして、現在大きな技術革新が進展している情報通信分野にこれを応用する研究を始めようと考えました。

■研究室紹介

MEMS技術の教育面での特徴は、機械構造体を利用しますので、デバイスの構造や動きを視覚的に表現できることです。また、CAD技術を利用して、デバイスの詳細な理解を待つまでもなくデバイスの設計を行うことができます。半導体プロセス装置の普及により、デバイスの作製がとても容易に行えます。このため、当初は私の仕事を観察していた学生たちでしたが、いまや自分たちで実験を進めることができるようになりました。しかし、デバイスの深い理解が欠けているために、ときどき妙な方向に研究が進み、そしてただ徒労な努力となって終わることがあります。私は、積極的に議論をすることを全研究員に薦めております。私たちの研究室には多数の白板が設置されております。この白板を使って、学生と共に新しく生まれたアイデアを日夜議論しています。

■産学連携に関して

現在の日本の産学連携は、米国の80年代の状況に近いといわれております。両国とも産業界の体力が弱くなったことから、大学に教育ならびに研究に対して成果を出すことを期待するようになりました。大学と企業の双方からみて興味の持てる研究テーマを発掘することが最も重要です。残念なことに、現在の日本ではこのような研究テーマを発掘することが困難です。大学と企業との間の人的交流をさらに拡大することが大切です。ここで私のいう人的交流とは、双方に信頼と尊敬が生まれるような段階まで辛抱強く育てられるべきものであります。

■最後に

琵琶湖のほとりに降り立った男は、タイムスリップした20年以上前の世界を見ることになった。しかし、男は、この世界が今とは異なる現在に向かっていくことを夢に見ている。