コラム

Column

キャンパス周辺の日常と関わり合うということ~衣笠キャンパスでの「ソーシャル・コラボレーション演習」の展開から

立命館大学共通教育推進機構 教授 山口 洋典
キャンパス周辺の日常と関わり合うということ~衣笠キャンパスでの「ソーシャル・コラボレーション演習」の展開から

 事業や授業と社会や共同体との向き合い方

 2000年頃、つまり阪神・淡路大震災からの復興が進む中、コミュニティ・ビジネスということばが注目されるようになりました。その後、東日本大震災からの復興過程では、コミュニティ・デザインという言葉が注目されるようになりました。前者は住民らが主体となって地域に根ざした事業が各種の問題解決をもたらすこと、後者は長年にわたって丁寧に人間関係を織り成していくことが地域活性化につながること、それぞれの意義を説いたものです。逆に言えば、ビジネスやデザインということばが、人々の日常の営みから遠ざかったものとして展開されていることに警鐘が鳴らされた、とも捉えられます。

 コミュニティという言葉が着目されていくのと同時期に、ソーシャルという言葉もまた、問題解決や地域活性化に対して積極的に用いられるようになりました。例えば、社会起業家をソーシャル・アントレプレナーと呼び、既存の枠組みでは解決困難な問題への挑戦や実践をソーシャル・イノベーションと言われるようになっています。本来、起業というのは社会の営みとは無関係には成り立たないはずですし、何らかの変革がもたらされるということは社会的な事柄であるはずにもかかわらず、ソーシャル、という言葉がつけられて、その意味や意義が説かれる時代です。これらの語用には、何かを「する」側の論理が優先されれば、社会はよりよくならない、という自省が埋め込まれているのかもしれません。

 そうした中、2012年から、立命館大学では教養C群「社会で学ぶ自己形成科目」のサービスラーニング科目の一つとして「ソーシャル・コラボレーション演習」を開講してきました。サービス・ラーニングとは活動を通して学びと成長が遂げられるという教育法のため、学生側と学生を受け入れる現場とのあいだで対等な関係が結ばれることを前提とします。しかし、この科目では、いわゆるProblem-Based LearningとしてのPBL、つまり地域から持ち込まれる具体的な社会問題に対して、新たな解決策を企画検討し、実践可能な取り組みの策定と社会実験に取り組むものとしました。そのため「ソーシャル・コラボレーション演習」では、学生が積極的に地域の社会問題に介入していくことを重視し、(1)社会問題の中から取り組むべき課題を見つけ出すことができる、(2)課題に対して最適な解決策を創り出すことができる、(3)解決策の検討にあたって、自らの学術的専門性を活用することができる、(4)他者とともに社会をつくりだしていく上で必要な対人関係能力を獲得する、(5)社会変革の担い手としての責任感を持つ、という5つの目標が掲げられることになりました。

 思い込みという自らの呪縛からの解放

 「ソーシャル・コラボレーション演習」は時間割に固定されている科目のため、自ずと計画と実践の場はキャンパス周辺が効果的となります。ただし、衣笠キャンパスや大阪いばらきキャンパス(OIC2015年度開学)であれば、キャンパスに隣接する住宅やお店があるものの、びわこ・くさつキャンパス(BKC)は郊外型の立地ため、現場の捉え方には工夫が必要でした。そこで、2019年度の立命館大学サービスラーニングセンターで研究事業の一つとして取り組んでいる「ボランティア・サービスラーニング研究会(VSL研究会)」では、3キャンパスでどのような教育実践を重ねてきたのか、比較検討をする機会を設けました。それぞれのキャンパスでの報告は別に譲るとして、以下では衣笠キャンパスでどのような取り組みが展開されてきたかを紹介します。

 2回生以上配当としたこの科目では、開講当初から2018年度までは、衣笠キャンパスの地域連携課(2017年度まではキャンパス事務課)の協力のもとで各種の取り組みを行ってきました。というのも、学生にとって最も身近な社会問題は、学生の通学によって大学と地域とのあいだで生み出されてしまう緊張関係に自覚的になることによって見出すことができる、と捉えたためです。例えば、路上喫煙が、また深夜の大声での会話が、さらには雨の中で傘をさして音楽を聴きながらの自転車の運転が、そして1秒でも早く教室に入ろうと猛スピードで駆け抜けていくことが、気づかざるうちにどのような問題を引き起こしているか、内省を通じてより高い倫理観のもとでキャンパスライフを送って欲しい、そうした視点で各種の社会実験が展開されました。例えば、キャンパス南側にあるお寺の住職さんとの茶話会を行う(2013年)、町内会等を通じてペットボトルの回収を呼びかけてクリスマスツリーを作成・展示する(2015年)、南東にある神社のお掃除を住民の皆さんと共に行う(2018年)といった具合に、大学と地域のあいだに橋が架かる、またはのりしろができる、そうした関係が織り成されていきました。

 そんなときを重ねて2019年、衣笠キャンパスでの「ソーシャル・コラボレーション演習」では、キャンパス北側にある京都府立堂本印象美術館がパートナーとなりました。これは美術館の東側に移築されて久しい堂本印象先生の旧邸宅とアトリエが、2018年度から学校法人立命館の施設として活用されることになったため、別の授業「教養ゼミナール」にて使用したところ、美術館の副館長に関心をいただいたことがきっかけとなりました。その結果、(1)美術館とその活動を存続、(2)来館者を確保・増加さ、(3)財政状況を安定という3つのニーズに対して、「カフェメニュー提案」、「カフェ周辺空間演出」、「SNSの効果的な活用」、「多言語短編映像制作」という4つのテーマごとにチームが編成され、半年にわたる協働(コラボレーション)が導かれました。数年にわたる教育実践の蓄積もあって、学生が自らのアイデアに酔わないよう、思いつき・思い込みに傲慢にならず他者に謙虚に振る舞うことができるよう、マネジメントやマーケティングに関する基本的な事柄に関する講義などを盛り込みながら、企画案を具体化していくことにしました。

 20191223日のVSL研究会では、この間お世話になってきた衣笠地域連携課と京都府立堂本印象美術館の方々と共に、この授業が現場にもたらした意義について深めることにいたしました。衣笠地域連携課からは「学生のモラルの向上のためには『ああしなさい』といった指示を重ねるだけでは浸透しないので、考えて実際に行動する機会があることが大事」と評価いただいた上で、「よかれと思ったことを続けていけるように、授業だけで終わらないようにしていくことが重要」と学内の部署を横断する学びへのコラボレーションの大切さに触れられました。京都府立堂本印象美術館からは、「学生だからと一括りにできない中で、どうしてもモチベーションの差や失敗を恐れる傾向があることを前提に、現場に足を運んでもらうためには自分が今していることに誇りを持つことができるようにすることが大事」と、言動に対して丁寧なまなざしを向けていくことが協働の上では欠かせないとお示しいただきました。こうして、新たな地域連携の可能性を確認した「ソーシャル・コラボレーション演習」は、2020年教養改革によってサービスラーニング科目としては廃止となったため、その到達点と課題は新たな科目体系の中で反映できるよう工夫を重ねて参ります。

サービス・ラーニング|学生の学び|研究活動|VSL研究会|山口 洋典
  1. 地域と出会う
  2. コラム
  3. キャンパス周辺の日常と関わり合うということ~衣笠キャンパスでの「ソーシャル・コラボレーション演習」の展開から