コラム

Column

当事者でない人によるボランティア

立命館大学 衣笠総合研究機構 生存学研究所 特別招聘准教授 伊東 香純

             精神障害者の世界組織に関するたくさんの記録を保存している、スウェーデンのマース・ジェスパーソンさんと筆者


◆はじめに

 他人からお金をいただくのはなんだか気が引けてしまう、そんな経験ありませんか。私は、大学院生になってから、私は精神障害を持つ当事者の社会運動に、ときに有償、多くの場合に無償で関わってきました。そんな経験を基に、当事者の運動に当事者でない人が関わることがどのような意味を持っているのか、考えてみたいと思います。

 まず、精神障害者の社会運動にとって当事者とは誰のことでしょうか。実はさまざまな考え方がありますので、ここでは私がいちばん力を入れて調査してきた、「世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(WNUSP)」の考え方をみていきます。WNUSPは、精神医療ユーザー、サバイバーの世界組織です。ユーザー、サバイバーとは、「狂気及び/あるいは精神保健の問題を経験している、及び/あるいは精神医療サービスを利用しているあるいはそこから生還した」WNUSP 2023人と定義されています。大雑把に短くいえば精神障害を持つ本人です。

では、私が当事者であるかどうかは誰が決めるのでしょうか。WNUSPの定義によれば、それを決めるのは私です。精神科医が精神医学的知識を参照して決めたり、家族や学校の先生等が判断したりするわけではない点が重要です。私は、今のところ自分のことを精神障害の当事者ではないと考えています

 

◆当事者運動における支援者

 精神障害者の社会運動は、当事者がメンバーとなり意思決定を担うことを重視してきました。これは、精神障害者の運動だけの特徴ではありません。多くのマイノリティの運動に共通する原則です。米国の運動の活動家は、「黒人は白人には自分たちの経験は理解できないと感じ、女性は男性に、ゲイの人はストレートの人に同じように感じており、彼らの運動の原則は自己定義と自己決定であった。精神病患者の運動も、それらの運動の影響を受けて自分たちだけで活動するようになっていった」Chamberlin 1987: 24と話しています。マジョリティに属するメンバーがいることによって、マイノリティの主張が十分に反映されない可能性が高くなってしまうのです。

 マイノリティ問題に心を寄せる人の中には、「いや、私はマイノリティの意見を尊重するよ」と自信を持って言える人もいるでしょう。しかし、個人の心がけや善意だけでは「尊重」が難しい社会的な問題があるのです。例えば、精神保健福祉法では、精神障害であるという理由で自身に入院が必要か否かの判断が適切におこなえない可能性があり、そのような場合には本人の同意なく精神科に入院させても問題ないと規定しています。このようにマイノリティの意見が聞かれにくいさまざまな慣習や制度があります。だからこそ主流の社会とは異なる場所をあえて作り出す必要があるのです。

 

◆当事者間の違い

 ただし、精神障害の当事者であれば、皆同じような意見をもっているのかというとそんなことはありません。意見が対立する場合さえあります。ここまで併記してきたユーザーとサバイバーには、さまざまな定義がありますが、精神医療に関する意見の相違があると考えられています。欧米では大まかに、ユーザーは精神医療を改良して利用しようとする人たち、サバイバーは精神医療を廃絶して当事者の手で新たなサービスを運営しようという人たちであるとされます。

このように異なる主張を持っているにもかかわらず、1つの世界組織として活動してきた点を私は不思議に思うと同時に尊敬し、どのようにしてそれが可能になってきたのかを調査してきました。その結果、精神障害を理由に自分の意見や体験がまともに受け取られてこなかった経験は世界的に共通しているのではないかと今のところ考えています(伊東 2021

 

◆支援者として

 私は、当事者の運動に主に通訳者として関わってきました。通訳はとても疲れる仕事です。AIによる翻訳ツールの精度が格段に高まってきたので書かれた文章を翻訳する労力は格段に減りましたが、特に専門用語の出てくる会議やセミナーの通訳は未だに人間の方がはるかに適していると思います。手前味噌ですが、技術知識が皆無だった頃から通訳として使ってもらえた幸運により、現在ではこの分野ではお金をもらって仕事として通訳できるくらいの技術を持っていると自負しています。

 それでも、通訳謝金をいただくことは躊躇してしまいます。私は、いつでもそんなに慎ましいわけではありません。研究費から謝金を出してもらえる学術的な催しでは、1時間7000円程度の謝金をいただく場合が多いです。事前準備にも時間がかかるので時給7000円とはいきませんが、大学生のバイトと比べると結構高い時給をいただいていると思います。当事者の運動においても、通訳に謝金を出してくれる場合があります。その際にはありがたくいただきますが、同額を寄付するようにしています。そのお金を自分の生活費にしてしまうことには後ろめたさがあるのです。

 私は「いい人」のようにみえるでしょうか。しかし、当事者の運動からしたらボランティアを名乗って、当事者でない人が近づいてくるのはいい迷惑かもしれません。当事者だけの空間をあえて作っているのに、そうではなくなってしまうからです。仕事として依頼することで距離をとろうとしているのに、その効果を薄めてしまっているかもしれません。他方で、通訳は、多様な言語を使う人たちの共生社会のために不可欠な仕事として認められるべきだとも思います。当事者じゃない人として、どんな風に関わるべきか、関わらないべきか事あるごとに悩んでいます。

 

[文献]

  Chamberlin, Judi, 1987, “The Case for Separatism: Ex-Patient Organization in the United States,” Ingrid Backer and Edward Peck eds. Power in Strange Places: User Empowerment in Mental Health Services, London: Good Practice in Mental Health, 24-26.

  伊東香純,2021,『精神障害者のグローバルな草の根運動――連帯の中の多様性』生活書院.

  WNUSP, 2023, “Statutes,” (Accessed on 18 Feb. 2023, http://wnusp.net/index.php/wnusp-statutes.html)


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