2017.02.28

がんの転移って防げないの?

そもそも、がんってどんな病気ですか?
がんは、とても治りにくい病気です。この病気が起こる原因は、体の中にがん細胞ができるから。がん細胞は、正常な細胞にあるタンパク質の一部が変化しています。そのために異常に増殖する細胞(がん細胞)となり、体の中で大きな塊になると、その一部があちこちにとび移って体調不良になる。簡単に説明するなら、これが「がん」という病気の正体です。
体の中に、異常に増殖する細胞ができるわけですね。
その通りです。ただ、がん細胞が増殖したとしても、切り取って除いてしまえば深刻な状態にはなりません。がん細胞のやっかいな問題は、先ほど言ったように、1)がん細胞が勝手にどんどん増え続けてしまうこと、それと、2)がん細胞が勝手にばらばらになり、体内のあちこちに飛び散ってしまうこと、の2つがあるのです。

どうして勝手に増えてしまうのですか?
正常な細胞は、増殖を促進する因子と抑制する因子によって、一定数以上に増えないようにコントロールされています。ところが、何かの原因で、たとえば遺伝子にキズなどが付いてしまうと、増殖と抑制のコントロールが失われてしまうのです。その結果、体にダメージを及ぼすがん細胞が、無限に増え続けてしまいます。
しかも増え続けたがん細胞が飛び散ると・・・
これが、がんという病気の恐ろしいところです。ただ1カ所で増えているだけなら、手術で切り取って治せばよいのです。ところが、がん細胞はある程度増えてかたまりになると、そのかたまりからがん細胞がポロポロとはがれてしまうのです。はがれたがん細胞は、血管やリンパ管を通して、体の中の別のところに運ばれます。これが「転移」と呼ばれる現象です。転移したがん細胞は、別のところでまた同じように増え始めます。体内のあちこちにがん細胞が転移してしまうと、治すのが難しくなります。

転移を防ぐカギが見つかった!

がん細胞がばらばらになるのと同じ仕組みを、もともとヒトの体は備えています。これは「上皮間葉転換」と呼ばれる仕組みですが、もともとこの仕組みのおかげで、ヒトはヒトになれるのです。
ヒトになれるとは、どういうことですか?
ヒトも元をたどれば、一つの細胞「受精卵」にたどり着きます。受精卵から細胞が分裂を繰り返して、ヒトの体は作られていきます。手足ができたり、臓器が作られたりする発達の過程では、体の各部分の素となる細胞が、あるべき場所に移動しなければなりません。つまり、がん細胞と同じように、胎児期の細胞も適宜性質を変化させているのです。
細胞の性質が変化するなんて、がんみたいですね。
その通りです。だから、がん細胞が転移するメカニズムと上皮間葉転換は似ているのではないかと考える学者が増えてきました。実際にマウスを使った実験では、上皮間葉転換によるがん細胞の転移が確かめられています(ヒトではまだ確認されていませんが)。

細胞にスイッチが入る!?

上皮間葉転換は、どのようにして起こるのでしょうか。
細胞は、細胞の外から何か刺激を受けると、それがスイッチとなって変化を始めます。上皮間葉転換が起こるのも、何かがスイッチを入れるからです。スイッチとなるものの多くは、体内にある化学物質です。この化学物質が、細胞のタンパク質(受容体と呼びます)に結合することでスイッチが入ります。ただし、これらの物質があっても、結合する受容体がなければ、スイッチは入りません。また、細胞の表面には、細胞同士をつなぎとめる働きをもつ細胞接着因子(その1つがカドヘリン)と呼ばれるタンパク質があります。このカドヘリンが細胞の接着面にあると細胞同士がくっつきます。ところが脂質などの化学物質でスイッチが入ると、カドヘリンが細胞の中に取り込まれてしまい、接着因子として働かなくなって細胞がばらばらになっていきます。

<スイッチが入り細胞がばらばらになる様子>

では、実験で確かめてみましょう。齋藤先生、お願いします。
1.蛍光顕微鏡を使って、細胞の様子を観察します。

2.細胞を培養したプレートに、脂質の1つであるLysoPA(リゾホスファチジン酸)を培養液に添加したものと、比較用に培養液だけが入ったものを顕微鏡にセットします。

3.細胞観察に適切な倍率のレンズを選びます。

4.モニターを見ながらピントを合わせて細胞を観察します。

5.時間経過による変化を観察すると、LysoPAを添加した方では細胞がばらばらになっていく様子がわかります。

上はLysoPAの入っていない細胞群、下はLysoPAを入れた細胞群。上の細胞群は時間が経っても変化しないけれども、下の細胞群は時間とともにばらばらになる様子がわかります。

受容体タンパク質を探せ!

問題は受容体となるタンパク質にあるわけですね。
そのとおりです。例えば、興奮してアドレナリンというホルモンが出ると力が湧いてくるというでしょう。これもアドレナリンが受容体となるタンパク質と結合することでスイッチが入り、細胞内で生理現象が起こるからです。だから、上皮間葉転換を引き起こす受容体タンパク質が見つかれば、それを抑えることもできるはずです。問題となる受容体タンパク質の1つが、GPR87受容体であることも既に報告されています。
えっ!じゃ、がんの転移を抑えることもできるのですか?
可能性はあります。生理活性物質がGPR87受容体に結合することで、カドヘリンが細胞内に取り込まれてしまう。その結果として上皮間葉転換が起こるのなら、問題の生理活性物質とGPR87受容体が結合しないようにすればよいのです。つまり、GPR87受容体への結合を妨げる物質があれば、カドヘリンが細胞内に取り込まれないようになります。そのような物質を開発することができれば、がん治療の新しい治療薬が生まれる可能性があります。
立命館大学 薬学部

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