2018.04.09

不死身って本当にあるの?脳神経がよみがえる1cmの小さな生き物

きれいな川などの水の中に住む小さな生き物、プラナリア。二つの目を持ち、ゆるキャラに見えなくもない、ちょっとかわいい見かけをしています。しかしこのプラナリア、じつは「不死のシステムを持っている!?」とも言われる、驚きの生物なのです。その秘密がわかれば、パーキンソン病などをはじめ、人間の難病の治療にも役立つかもしれないと言われています。プラナリアの再生能力の秘密を探る、薬学部の小早川達貴さんと、指導教員の北村佳久先生に、研究のお話を伺いました。

プラナリアがもつ驚きの再生能力!

小早川さんの研究するプラナリアという生き物の「驚異の再生能力」。うわさによると、プラナリアは、その体を真っ二つに切っても、元通りになるのだとか…。それって本当なのでしょうか!?

▲これがプラナリア。頭には二つの目があり脳をもっている

はい、その通りです(笑)。真っ二つどころか、過去には1匹のプラナリアを200個の断片にバラバラにしても、再生したという記録が残っています。プラナリアの成体は0.5cm〜2cmぐらいの大きさなので、1mm以下の断片から再生したということになりますね。もちろん200個すべてが再生したわけではないと思いますが、それぐらい、プラナリアの再生能力は高いんです。

自然界で生きているプラナリアも、ある程度、大きくなったり環境が変わってストレスを受けたりすると、自ら二つに体を切って、増えていくといいます。

▲研究室で飼育されているプラナリア。自ら体を分裂させ増えていく

プラナリアはバラバラにしても、サイズ自体は小さくなりますが、頭も尻尾側も両方、だいたい1週間で元の形に再生するんですよ。そして餌を食べて、数ヶ月で元の大きさに戻ります。

▲プラナリアの再生。切断された各断片ごとに目ができているのがわかる

切っても切っても元通りに再生する…それはつまり、プラナリアが「不死身」のシステムをもつ、ということになるのでしょうか。

切り方が雑だったりすると、切断面から消化酵素を自ら出して、溶けて無くなってしまいますので、完全に不死身というわけではありません。しかし、自分の「クローン」をどんどん作り出せるという意味では、「死なない生物」と言えるかもしれませんね。

プラナリアは進化の系統樹からいうと、7〜8億年前に脊椎動物と分岐し、ショウジョウバエや線虫よりも古く、非常に原始的な無脊椎動物です。一方でプラナリアは地球上の生き物の中で、いちばん最初に「脳」を獲得した生物と考えられています。そして驚くべきことに、プラナリアはその「脳」までも再生してしまうというのです。

人間は脳の神経細胞が壊れてしまったら、ほとんど再生できません。でも、プラナリアはバラバラになっても、各個体で脳の神経細胞が再生し、さらに神経ネットワークも完全に再構築されます。すごい再生能力でしょ? その秘密を解き明かせば、人間の脳や臓器の再生医療にもつながるのではないか、というのが僕たちが今進めている研究テーマです。

根本的治療法のない難病の、新規治療薬開発を目指して

▲わずか1cmのプラナリア。研究はすべて顕微鏡越しの世界

僕が今取り組んでいる実験を紹介しますね。プラナリアはお腹に口(咽頭)があるのですが、そこに小分子RNAや神経毒を注入したり、頭部切断後に薬物処理をして脳のドパミン神経ネットワークの再生過程の変化を調べています。

▲プラナリア脳のドパミン神経ティアラは通常7日間で再生・再構築される

プラナリア脳のドパミン神経ネットワークの形態が女性の髪飾りのティアラに似ていることから、私たちは「ドパミン神経ティアラ」と名付けました。ドパミン神経ネットワークは、人間の脳の中にもあります。運動機能を司ると言われていて、これが歳をとって衰えてくると、手足が動かなくなります。パーキンソン病という病気は、このドパミン神経ネットワークが著しく減少して起こる病気です。

パーキンソン病といえば、ボクシングの元世界ヘビー級チャンピオンで、2016年に亡くなったモハメド・アリがかかったことでも知られている病気。現在、日本には約15万人の患者さんがいると言われていて、根本的な治療法が見つかっていない難病です。

僕の実験は、ドパミン神経ティアラの再構築に影響を及ぼす薬物作用を解析して、神経再生に必要な因子が何なのかを明らかにしようとしています。ドパミン神経ネットワークの再生が可能になれば、難病に苦しむ人にとって大きな希望となります。自分の研究が、その足がかりになると信じて、取り組んでいます。

ヒトの10倍の遺伝子をもつ生物も!

プラナリアにはかないませんが、僕たち人間も再生能力を持っています。例えば肝臓は、とても再生能力が高い臓器として知られており、3分の1ぐらい残っていれば、1年ほどで元の大きさに戻るため、生体肝移植手術が可能になっています。つまり再生能力というのは、全生物が共通して持っている能力なんです。その強弱が、生物種によって違うわけです。

脊椎動物でいえば、日本でよく見るトカゲは、尻尾を切り落としたら生えてきますが、骨までは再生されません。一方、アカハライモリやアホロートル(日本ではウーパールーパーという名前で呼ばれている)などは強い再生力を持っており、手足を切り落とされても、骨も含めて元の形で生えてくるといいます。

今年(2018年)の2月に発表になったドイツのグループの研究結果ですが、アホロートル(別名メキシコサンショウウオ)は、ヒトの10倍もの遺伝子情報(ゲノム)を持っていることがわかったんです。もしかすると、その遺伝子情報の多さの中に、再生能力の高さの秘密があるのではないか、という研究者もおり、生物学界のホットな話題になっています。

人間をはじめとする高等生物も、「子ども」という形で自分の遺伝情報を伝えるという意味では、プラナリアと同じように「再生している」と言えるかもしれません。進化の過程の中で、個体としての「死」がプログラムされたことの理由も、プラナリアの再生の研究からわかってくる可能性があります。そういう意味で、この研究は生命の根本の秘密に迫る面白さとやりがいがありますね。

iPS細胞、ES細胞と組み合わせた再生医療の未来

再生医療と言えば、近年、iPS細胞やES細胞などの「幹細胞」を使っての研究も盛んに行われています。小早川さんたちが取り組むプラナリアの研究も、それらの研究と接点があるようです。

iPS細胞やES細胞を使った再生医療の研究では、現在のところ、心筋細胞や脳の神経細胞を作ることができても、心臓・脳といった「臓器」そのものは作れていないんです。しかしプラナリアのような再生能力の高い生き物は、神経ネットワークや消化器官をまるごと再生できる。それは、細胞が集まった臓器という三次元構造を作る「仕組み」が備わっているためです。その臓器を形づくる「仕組み(位置記憶・サイズ制御・自律的再生)」を、どうやってプラナリアが実現しているのかが解れば、iPS細胞などに応用することで、再生医療を次の段階に進めることができるのではないかと期待しています。
プラナリアはとてもシンプルな生き物ですが、その小さな体のなかに、生命の神秘そのものが詰まっています。その秘密を解き明かすことに、少しでも貢献できたら嬉しいですね。
立命館大学 薬学部 立命館大学研究活動報 RADIANT

おすすめ記事