2018.06.08

地球にやさしい薬作りって?世界を牽引する“チームEco”に突撃!

ここは薬学部、精密合成化学研究室。ある「志し」を共にした学生たちが、新しい医薬品や化合物を生み出すため、日々研究に取り組んでいます。この日は、研究室に新しいメンバーが入ってくるということで、何やらみんなソワソワしているようですが…。

こんにちは!土肥先生の研究室のみなさんですか? 今日からお世話になる3年の小宮山です。よろしくお願いします!
ようこそ、“チームEco”へ!
エコ? チーム? 何ですか、それ? 薬を作る研究室ではないんですか?

▲薬学部精密合成化学研究室の小関さん

ははは、間違いなく、薬作りを目指す研究室です。ただ、一言で薬作りといっても、やるべきことはいろいろある。僕たちはそれぞれ違った視点から同じ目標に向かって研究に取り組むチームメイトで、目指しているのは「環境にやさしい薬作りの方法」なんだ

“チームEco”が目指す「環境にやさしい薬作り」とは?

薬作りに、環境にやさしいとかやさしくないとかあるんですか?
薬を作る時には多くの場合、その過程で金属反応剤が使われるんだけど、この研究室では、金属の代わりに有機物を使って薬を作る方法の研究を長年行っているんだよ
薬の中には金属が入っているということですか?
いや、いま世の中にある医薬品はほとんどが有機物で、その中に金属は入っていないんだけど、薬を作る過程に金属が必要なんだ
あ、わかった、触媒ですね!
その通り!

<触媒とは?>
化学反応において、それ自身は反応せずとも、反応を進みやすくするために入れる物質のこと。たとえば、反応させたい2つの物質が互いにマイナスの電気を帯びていると、近づきにくく反応が進まない。そこで、強いプラスの電気を帯びたものを混ぜると、反応させたい物質が引き寄せられ、互いに近づき反応が起こりやすくなる。そのように、反応の場を提供するものが触媒である。

パラジウムやニッケル、銅といった金属の塩を触媒として使うと、炭素同士をつないだり、二重結合を単結合にかえたりといったことがやりやすくなるんだ。その触媒として、金属ではなく有機物を使う方法をこの研究室では考えているんだよ

金属を有機物にーー。“グリーンケミストリー”の時代へ

▲同研究室の小宮山さん

触媒に利用する有機物って何ですか?
それは、「ヨウ素」です
ヨウ素って、海藻とかに含まれているやつですよね。それを使うと薬を作る過程はどのように変わるんですか?
では、背景を少し説明しようか。もともと試薬作りでは、触媒や酸化剤(=反応物質の電子を奪う役割を果たすもの)として、鉛、タリウム、水銀、カドミウムといった重金属が使われていたんだね。でも、そうした重金属を原因として、水俣病、イタイイタイ病といった深刻な公害が発生した
はい、社会で習いました
そこで、水銀や鉛より毒性の低い、パラジウムやルテニウム、銀や銅などの遷移金属が触媒に利用されるようになる。これがとても有用で、いまに至るまで遷移金属は重要な役割を果たしてきたんだ。ただ、1990年代になって、“グリーンケミストリー”という概念が出てきた
グリーンケミストリー?
「環境にやさしい合成手法でつくりましょう」という考え方で、有害物質をなるべく使わない、出さない化学のこと。そこから金属を有機物に変えていこうという流れが強くなり、ついにヨウ素を触媒に使う方法が開発されたというわけ。
それが実際にどういうものか、金属とどう違うかは……、実際に実験して見てみよう!

長時間の工程がわずか数分に!

今回、薬の中間原料をつくる過程として、次の反応を見てもらおうかな

これは、フェノールが、電子を失うこと(=酸化される)によって、キノンモノアセタールになるという「酸化反応」だね。ただし、この反応を進めるためには触媒を混ぜる必要があるため、反応後に得られた生成物の中にも触媒が混ざっている。薬を作るためには、そこからキノンモノアセタールだけを取り出さなければならないんだ。さて、金属触媒とヨウ素触媒で、その過程がどのように違うか、見てみよう


<金属触媒の場合>

フェノール(透明な溶液)に金属触媒(緑の液体、塩化銅)を混ぜると反応が進みます。すると…出てきたのは、薄い緑の液体です。触媒が混ざっているためだね。ここから、溶け込んでいる銅触媒を除き、キノンモノアセタールだけを取り出すためには、複数の行程が必要になるんだ

まず、反応溶液を濃縮して、精製操作により不要なものを取り除く。精製操作の過程では、シリカゲルや反応を確認するための水溶液など、使い捨てでゴミになってしまうものがたくさん出る。そうして抽出したものを、さらに濃縮すると…

▲この透明なオレンジ色の液体がキノンモノアセタールのみを含む溶液

ようやくキノンモノアセタールが取り出せた。いまは流れだけを説明しているけど、反応開始からキノンモノアセタールを抽出するまで、なんと5時間以上もかかるんだ
わ、それは大変ですね!
本当に苦労するんだよな…
廃棄物は金属が含まれているから、処理も大変だしね
薬を作るのは大変なんですね…。ヨウ素触媒を使ったらどうなるんですか?
次にそれを見てみよう


<ヨウ素触媒の場合>

フェノール(透明な溶液)にヨウ素触媒を混ぜると反応が進み、白濁した薄オレンジ色の液体になります。さっきと同じ、透明なオレンジ色にするためには、やはり不要なものを取り除かなければいけないね。やってみよう

▲ほんの数分でキノンモノアセタールが抽出できた

おおお!めちゃくちゃ簡単に透明なオレンジ色になりましたね!
わずか数分で完了。ヨウ素触媒を使うと、同じことがあっという間にできてしまうことがわかったね

ゴミが出る金属触媒、再利用できるヨウ素触媒

ヨウ素触媒を使うメリットは、手間がかからないだけではないんだよ。後始末も、ヨウ素触媒の場合、とっても楽でエコになるんだ
金属触媒を用いた反応では不要な“ゴミ”が大量に出たよね。少量とはいえ金属が含まれているので、廃棄すれば環境を汚染することになる。一方、ヨウ素触媒を用いたときにも残留物が発生するんだけど、これは有機物。しかも、過酸化水素などを加えることで簡単に元のヨウ素触媒に戻すことができ、再利用できるんだよ

▲ろ過で取り出したヨウ素触媒。これは再利用することができる

すごい!いったいヨウ素は、この反応でどんな変化を起こしているんですか?
ちょっと難しくなるけど、まず、ヨウ素触媒は次のような構造をしています

▲アダマンタンという構造を中心として、正四面体を成す

このヨウ素化合物の中で、ヨウ素は、3価(電子を3つ失った状態)の「超元素価ヨウ素」という状態になっているんだ。通常より多くの電子を失っているので、すぐにでも電子を奪いたいという状態だね。それゆえフェノールがやってくると、電子を2つ奪い、3価から1価(電子を1つ失った状態)になる。つまり、フェノールは電子を奪われ、すなわち酸化されて、キノンモノアセタールになるわけだ
とすると、ヨウ素は、フェノールを酸化する酸化剤でもあるのですか?
その通り! ここではヨウ素は、触媒と酸化剤の両方の役割を果たしていることになる。そして反応後、キノンモノアセタールと分離した後の状態に、過酸化水素などを加えると、ヨウ素は再び1価から3価に戻り、上の化学構造式の形に戻るというわけ
ああ、難しいなあ。でも、なんとか理解できました。触媒として働いたあと、再び簡単にもとの状態に戻るってすごいですね!

世の中に大きなインパクトを与えられる研究!

▲“チームEco“のメンバー。左手前から時計回りに西口さん、南方さん、竹内さん、小宮山さん、小関さん

ヨウ素を触媒として利用する方法は、この研究室が世界をリードしているんだよ。そうですよね、先生
はい。いま見てもらった、ヨウ素を3価の「超元素価ヨウ素」にして触媒として利用する方法も、ヨウ素を再利用する方法も、私たちが開発したんです。さらに、当研究室では、金属触媒が得意とする“カップリング反応”(炭素と炭素をつなぐ反応)を、ヨウ素触媒を使って行うことに世界で初めて成功しました。この3つの大きな発見があって、ヨウ素の研究は飛躍的に進み、注目されるようになったのです
そうだったんですね。私は、すごい研究室に入ろうとしているんだなあ…

ヨウ素を用いた有機触媒は、すでに市販されていますが、まだまだ医薬品作りのほんの一部に使われているかどうか。医薬品の大量生産の現場で使われるためには、コストの面など、解決されるべき課題がまだ多く残っています。それゆえいまなお、意義もやりがいもとても大きな研究なんですよ
ヨウ素は、日本が誇る天然資源でもあって。じつは世界のヨウ素の25%程度が千葉県の房総半島の近海で生産されていて、千葉県のヨウ素生産量はチリについで世界第2位。つまり、ヨウ素が触媒として広く使われるようになってさらに需要が大きくなれば、日本にとって、とてもありがたいことでもあるんだ
世界シェア2位! そんな資源が日本にあるなんて知りませんでした。知れば知るほど、魅力的な研究ですね
僕たちの研究は「有機合成」という分野、つまり、薬など、役に立ちそうな新しい有機化合物を作るための分野に入るんだけど、新しく作った化合物には自分の好きな名前をつけることもできるんだ
例えば…「コミヤマ」っていう化合物とか?
そうそう、それが世界中で使われることになったらすごいよね。そういうのも楽しさの一つ

なんか、ワクワクしてきました!
研究室のメンバーはそれぞれのテーマを持って、より環境にやさしい薬作りのために日々取り組んでいるので、小宮山さんもぜひ“チームEco”で活躍してくれることを期待しています
立命館大学 薬学部 立命館大学研究活動報 RADIANT

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