2019.10.16

薬を飲むタイミング、食前/食中/食後は守るべき?

風邪をひいて薬局から薬をもらったけど、「これは食前」「これは食後」と飲む時間が決まっている。そういえば、これってなんでタイミングが決まっているんだろう…?
そこで「効果的に効く薬」の研究を続ける菅野教授の研究室の皆さんに、その疑問をぶつけてみました。

食前/食中/食後、薬を飲むタイミングが決まっている理由

薬を飲むタイミングが決まっているのには、いくつかの理由があります。「食前」の服用が指定されている薬の多くは「胃の中の食べ物に影響されてしまう」ことが理由です。

なるほど!食べるものによって薬効に変化があるものもあるんですね!

例えば、野菜を油と一緒に炒めて食べると、ビタミンが油に溶けて吸収されやすくなります。それと同じで、油に溶けやすい性質の薬も食後に飲むことが多いんです。
また、食べ物に含まれている、マグネシウムなどの金属イオンなどに薬が結合してしまうと、薬効がなくなってしまうことがあるんです。

あとは、食事をとると血糖値が上がるので、糖尿病患者に出される血糖値を下げる薬も食前に飲むよう指定されています。それに空腹時に飲むと胃の粘膜に作用して、胃が荒れてしまう薬もあります。

そうか!食事をとる前に効いて欲しい薬もあるのか…。やはり飲むタイミングは守ったほうが良いですね。

そうですね。あと、薬全体で見ると「食後」に飲む薬のほうが多いですね。食事をとると十二指腸から胆汁酸が分泌されて、消化吸収されやすくなり、薬の効果が上がります。また、「ご飯食べたら薬を飲む」という習慣によって、食後のほうが患者さんが服用を忘れないというメリットもあります。

なるほど。薬を飲むタイミングは薬の効果を最大限に発揮すること、 人体に悪影響を及ぼさないことの2つが大きな理由なんですね!
では菅野研究室では薬の効果を上げるために、どんな研究を行っているのでしょうか?

「薬の効きやすさ」が予測できれば、薬の開発はもっと進む

薬の開発には、膨大な歳月と金銭コストがかかります。そこでこの研究室では、実際に人体に投与して効果を見る「臨床試験」の前の段階で「効きやすい薬かどうか」を判断できるようにすることを目指しています。

よい薬…? どういった薬が“よい薬”なんでしょう?

よい薬とはいろんな解釈はあるんですが、吸収性がよく、なるべく少ない量で薬効が長く持続し、さらに患者さんの負担が少ない薬だと考えています。そのため、薬は溶けやすすぎても溶けなさすぎてもいけません。

鍵をにぎるのは、胃液に降りだす薬の雪!?

薬を入れ続けると……ある時点で薬が溶ける量の限界を越えて過飽和状態が起こり、薬の結晶がまるで雪が降るようにビーカーの中に出現しました。

▲結晶化した薬が沈んでいく様子

きれいでしょう? でも、これは薬としては良くないんです。雪のように見えるのは、結晶化した薬。結晶化した薬は、水溶液に溶けていませんので、体内に吸収される率が著しく低くなります。十二指腸での薬の結晶化を避け、なるべく少ない量の薬で最大限の効果を発揮してもらうためにも、「薬の溶けやすさ」を向上することが薬剤開発ではとても大切なんです。

その最初の段階として僕が取り組むのが、実験装置の改良です。薬の多くは胃と十二指腸で消化吸収されるので、胃と十二指腸を模した実験装置(溶出試験器)の改良を重ねています。

溶出試験器の中にビーカーを設置し、その中に胃液に似た液と、胆汁に似た液を入れて2つを混ぜ合わせます。そこに薬を投与し、どういう現象が起きるかを計測しています。

吉川さんが作った溶出試験機を用いて、薬品開発に使われる「方程式」の改良を目指しているのが渡邉さんです。

今現在、薬品メーカーが開発に使っている溶解度の予測式は「ヤルコフスキーの式」と呼ばれ、簡単に言うと「薬の水への溶けやすさ」をそれで計算しています。薬が水に溶けやすいかどうかは、「薬が油っぽいか(油っぽいほど水には溶けにくい)」と、石が水には溶けないように「結晶がどれぐらい密度高く固まっているか」で決まります。しかしこのヤルコフスキーの式は、「薬の油っぽさ(脂溶性)」の数値を正確に入れないと正しい溶解度が導かれないのですが、現在用いられている脂溶性の測定技術は精度が低いのです。その脂溶性の測定精度を、実験を通じて高めることで、ヤルコフスキー式の予測精度も高めたいと考えています。

大森さんは実験装置を使って、「共結晶」と呼ばれる新しいタイプの薬の開発につながる研究を進めています。

「共結晶」は、最近になって開発が進んでいる製剤技術で、ある薬効を示す物質(原薬)に、水溶性で体に無害な物質を水素結合させた結晶のことを言います。多くの場合、原薬よりも水に溶けやすいのが特徴で、糖尿病の薬ですでに実用化されています。

共結晶は原薬に結合させる物質によって水溶性が大きく変わるので、なぜそのような変化が起こるのか、溶出試験器内の薬物濃度を調べたり、偏光顕微鏡下で共結晶粒子の様子を見ることで、分析を進めています。共結晶近傍では、予想もつかない新たな結晶成長が見れることもよくあり、まだまだわからないことだらけです。

▲大森さんに見せてもらった抗てんかん薬「カルバマゼピン」原薬の溶液中での偏光顕微鏡下写真

これまでご紹介したのはすべて口から薬を飲む「経口投与」の薬品の効率を高める研究ですが、研究室助教の井上先生は鼻から薬を入れる「経鼻薬」の研究を進めています。そもそも、なぜ鼻から薬を入れる必要があるのでしょうか?

錠剤や粉薬は注射や点滴よりも取扱いが簡単で、医療機関に行かずとも自宅で服薬できることから、多くの薬は経口投与されます。ところが脳には他の臓器と違い、「血液脳関門」と呼ばれる生理的なバリアがあり、異物や細菌、ウィルスなどが通れないようにできているので、薬剤を経口投与してもなかなか脳に薬効成分が到達しないのです。一方、脳に近い鼻には臭いを感じる神経があって、その経路が脳に直接つながっています。その経路を通じて、薬を脳に到達させるのが私の研究です。

経鼻薬は、脳の病気であるパーキンソン病やアルツハイマー型認知症、うつ病などの薬品開発に大きな効果を上げることが期待されていると井上先生は言います。

現在の経鼻薬には、薬品をスプレー状にして噴霧したり、液体を鼻に入れたりする方法があります。一方、課題は錠剤に比べて、投与できる薬剤の量が少ないことです。また鼻の粘膜は胃粘膜に比べて弱いので、毒性をシビアに検討する必要もあります。脳のさまざまな病気に使えるように、改良を重ねていきたいと考えています。

この研究が、誰かの救いになる

菅野教授の研究室では、産学連携も活発に行われており、国内の製薬メーカーとの共同研究も行われています。吉川さんが担当する溶出試験器を用いた実験を、メーカーから依頼されることもあるそうです。

▲研究室で学生の指導にあたる菅野教授

私は大学に来る前に国内外のいくつかの製薬メーカーで研究者として働いており、そのつながりで多くの会社から共同研究のお誘いをいただきます。渡邉くんが取り組んでいる、ヤルコフスキーの式の精度向上の取り組みに成果が出たら、コンピュータ上でモデル化して、製薬メーカーに活用を呼びかけたいですね
頑張らないとなぁ
薬品開発にはこれまで、膨大なお金と時間がかかるのが普通でしたが、私たちのいくつかの研究が上手く行けば、そのコストを大きく下げる知見を提供できる可能性があります。また将来的な目標として考えているのは、「人によって違う薬の効き目のばらつきをなくすこと」です。人は一人ひとり、胃の形も胃液や胆汁の酸性度も違います。そのため同じ薬を同じ量飲んでも、薬効に違いが出てしまう。「自分に合った薬を、適切な分量だけ飲む」ことが可能になれば、薬の副作用を大きく減らすことができるはずで、そのモデル化にも取り組んでいきたいと考えています。
実は…以前、私の家族が病気にかかったとき、その治療に効果を上げた薬が、菅野先生が働いていた会社の開発した薬剤でした。この研究室を志望したのは、そのことが理由です。私も将来は製薬メーカーで研究に携わり、病気で苦しんでいる沢山の人を治す薬を開発することを目指しています。
え! そうだったの? 初めて聞きました(笑)
内緒にしていました(笑)

菅野研究室に所属する学生、院生たちの多くは、薬剤メーカーでの開発者や、薬剤師を目指します。「研究室で学んだ知識と技術を活かして、多くの人を助けたい」と口を揃える学生たちの目は、希望に輝いていました。

立命館大学 薬学部 立命館大学研究活動報 RADIANT

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