第11回  2007.6.30
稲垣 博司 先生(エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社取締役、エイベックス・マーケティング代表取締役 会長
テーマ「日本のレコードビジネスの現状と今後」

講師:稲垣博司(いながき・ひろし)氏

1941年生まれ。三重県出身。早稲田大学第一文学部卒業。
1964年、渡辺プロダクション入社。
1970年、シービーエス・ソニーレコード株式会社(現株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社。
以降、代表取締役副社長他、ソニー・マガジンズ社長、ジェイ・スカイ・ビー(現スカイパーフェクト・コミュニケーションズ)取締役等、
ソニー・ミュージックグループ要職を歴任。
1998年、同グループ退社、株式会社ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長に就任。
2004年同社退社。
現在はエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社取締役、並びにエイベックス・マーケティング代表取締役会長。
社団法人日本レコード協会副会長。



「日本のレコードビジネスの現状と今後」


はじめに

 私は今、エイベックス・グループで二足のわらじを履いています。1つはエイベックス・マーケ ティングという会社での代表取締役会長という立場。ここでは音楽・映像のパッケージ、それから配信などの販売と編成をやっています。もう1つは制作・宣伝 の会社で、やや大人向け、たとえば谷村新司や葉加瀬太郎、ボサ・ノヴァの小野リサなどのレコードを扱っています。

今日は、それに加えてレコード協会 の副会長という立場からレコード業界全体を見渡した場合、今ある問題は何なのか、また将来はどうなるべきかという、常日頃考えていることについて説明した いと思っています。



1.音楽市場の現状分析と動向予測の要旨

レコード業界のいわゆる数字のピー クは1998年です。これはレコード業界だけではなくて出版業界やテレビゲームの業界に関しても同じです。それ以降はだんだん落ちています。この原因はさ まざまありますが、これについて触れていきましょう。

 まず、音楽のパッケージの中でもシングル盤が減少していて、今後も減少していくと思われます。 アルバム盤もシングルほどではないにしても、緩やかに減少しています。音楽配信は、90年代の後半から「着メロ」という名前でスタートしました。配信につ いては2004年から統計を取り始めたのですが、「着メロ」から始まって、「着うた」、「着うたフル」を中心に増加、ついに配信の数字がパッケージのシン グル盤の数字を抜いてしまいました(日本では配信の95%が携帯電話)。配信は今後も増えていくと思われますが、全体的な音楽ビジネスとしては、やはり減 少していくのではないかと考えられます。


2.音楽ソフト市場の環境認識


(1)全体 ―縮小の原因―
 次に、音楽ソフトの1998年から2006年までの生産金額推移を見てみると、途中の2002年から音楽ビデオが、その2年後の2004年から音楽配信 が加わって、去年(2006)の段階では配信が535億円、DVDなどの音楽ビデオが568億円になっています。どうしてこれほどパッケージが落ちてきて いるかということにはいくつかの原因がありますが、1つは90年代後半にCDを出し過ぎてしまったということ。ユーザーがCDパッケージに飽きてしまっ た、あるいは質の悪いものまでCD化してしまったということです。2つ目は、みなさんも楽しんでおられるデジタルコピーですね。音が劣化せずに、しかも簡 単に安くコピーできてしまうという現状もあります。

(注:左のグラフは、稲垣氏が講義中に使用したものを引用しています)


(2)デジタルコピー ―持つべき危機感―
 ここで出てくる問題は、違法サイトの利用ですね。パソコンでの違法ファイルの利用者数が2002年の時点では68万人だったのが、昨年の調査によると 175万人もいます。ダウンロード数も1億5,200万回を超えています。また、違法モバイル配信の調査結果を見てみますと、12歳〜15歳、中学生のな んと60%以上の人たちが違法サイトを恒常的に使っているという結果が出ています。違法モバイルの推定金額ですが、約500億円、つまり合法サイトと同じ くらいだと思われます。ちゃんと許可を得たものであれば構いませんが、権利者の許可を得ていないものがこれだけ利用されているということです。アップロー ドするということはもちろん違反、ダウンロードはまだ違反ではありませんが、来年には法律違反になります。そうなると、正規の権利者が「許可しました」と いうマークがなく配信したものについては逮捕される恐れもあります。ですからみなさんもくれぐれも気をつけていただきたいと思います。

(3)顧客 ―ユーザーの楽しみ方の変化―
 一般のユーザーも音楽の楽しみ方、いわゆるミュージック・エンタテインメントが変わってきました。それを分かりやすく6種類に分けてみました。@大好き なアーティストをいつも聴いているくらいかなりのヘビーユーザー。Aライブが好きで、知らないアーティストでもライブに行ったりするという、ライブ中心の ユーザー。B好きなアーティストのCDを2枚買って1枚は封も開けずにコレクションしておくなど、これもヘビーユーザーですね。Cファンクラブに入って、 アーティストとのコアな関係を持っているユーザー。DCDも買わないし、レンタルも利用しない。着うたでメロディだけ聴いて、カラオケに行って楽しむとい う音楽ファンです。このような方はとても多いですね。うちの子供も同じことをしています。E違法サイトを利用しているユーザー。これは法律違反です。これ を、もっと徹底しなければいけないと思います。マスターベースとコピーしたものはデジタルディスクによって劣化しないので、同じものが放し飼いにされてい る環境があるんです。

 われわれはよく「創造のサイクル」が必要だと言っています。これは、モノをつくる人たちが適正な対価をもらうというサイクルがないと、モノをつくるとい う意欲や環境がだんだん悪くなって、良いものをつくる人がいなくなってしまうということです。良いものをつくるひとはそれなりの経済的環境が必要なので す。


3.音楽パッケージ生産金額

 音楽パッケージの生産金額は2006年が4,084億円で、一番多 いのがアルバム、次がシングル、そして音楽映像、最後はカセットです。2002年が4,815億円、2003年が4,562億円、2004年が4,313 億円、2005年が4,222億円ですから、右肩下がりにきていますね。


4.CD生産枚数・単価

単価はといいますと、定価ではなく 卸値(大体7掛けですので、30%がお店の利益)ですが、シングルは2001年から1枚約734円でそんなに変わっていません。しかしアルバムは安くなっ ています。これはインディーズもの(1枚1,500〜2,000円)が増えてきているからですね。またメジャーメーカーものも、2枚組みにしたりCDに DVDが付いたりして、アルバムの単価は一枚1,319円。とにかく安くなっています。ただ、もうこれで下げ止まりになると思います。


5.音楽パッケージ市場予測

(1)背景
 繰り返しますが、シングルはこれからもどんどん減っていくと思われます。2009年には2006年に比べると37%ぐらいまでダウンすると予測されま す。数字的には187億円。アルバムはシングルほどではないのですが、緩やかに落ちていきます。2009年には2,685億円、2006年に比べると 91%です。ただ音楽映像(DVDパッケージ)は、今後ブルーレイやHD DVDが加わり、伸びていくと予測されます。シングルは落ちて配信に替わっていき、アルバムも少しずつ減っていきますが、音楽映像ものは増えていくであろ うという予測です。

(2)生産金額
 今後の予測ですが、配信を除くアルバム、シングル、音楽映像の生産金額は、2006年には4,084億円が、2009年には3,559億円になっていま す。やはり、とくにシングルの生産金額が小さくなっていきます。


6.音楽配信市場予測

 配信は、やはり伸びていくだろうと考えられます。2009年には758億円で、去年に比べて 149%のアップです。実は今年から着うたに比べて着うたフルが上回るだろうという予測を立てています。単価も、着うたは変わりませんが、着うたフルの場 合は利用者が増えていくにしたがって安くなっていくと予測しています。本当にそうなるかどうか、みなさんちゃんとチェックしていてくださいね。


7.音楽市場予測 ―パッケージ・配信合算―

2005年から2009年までの パッケージと配信の実績と予測について見てみましょう。2005年は4,540億円が、2009年には4,317億円。つまり小さくなっています。これは どういうことかといいますと、パッケージの減衰を、配信は金額面で補うことはできないということです。新聞なんかでもよく、これからの音楽はぜんぶ配信に 変わっていくんだと書いてありますが、私の個人的な予測としては、2015年ころまでを予測した場合、配信はパッケージに対して最高で30%くらいだろう と思っています。この根拠は、あくまでもあいまいなものです。


8.音楽の映像市場

(1)映像パッケージ
 これは順調に伸びていくだろうと思われます。映像パッケージに関してはタイトル数も増えています。2005年の1,865タイトルから、2006年には 2,073タイトル。ひとつの商品の売上枚数もさることながら、種類が増えているからトータルでも増えています。2012年に地上波がデジタルになります が、それくらいまでは順調に伸びていくだろうと予測しています。

(2)携帯映像配信
 音楽映像の配信、とくにモバイルはまだ一般化していません。たとえば、携帯で映像をみても電池が早くなくなってしまうとか、映像がスムーズに展開されな いとか、改善点はたくさんあります。しかしこれは間違いなく増えていきます。ただ具体的な予測はまだできません。

(3)参考:日本の映画市場規模
 みなさんも映画を観にいく機会が増えたんじゃないかなと思いますが、つい5〜6年前まで、映画とくに邦画は衰退していくだろうと言われていました。これ が盛り返してきた背景には、ハリウッドがCGを使った技術的な改良で非常に面白い映像をつくるようになったこと、シネコンがたくさんできてスクリーンの数 が増えたことなどが考えられますね。それに今までは、洋画と邦画の比率はだいたい7:3(音楽の場合は逆で、洋楽25%邦楽75%くらいです)でしたが、 昨年は邦画がものすごくよくて、洋画を超えました。理由は、テレビ局や出版社などとの製作・プロモーション等の効果的タイアップがあったこと、また 「LIMIT OF LOVE海猿」や「木更津キャッツアイ」などの、地域性に根ざすディテールに凝った映画をつくったこと、それからシニア向けの作品が増加したことなどが挙 げられます。このように現在、映画産業はなかなか順調な状況にあります。これは興行ですが、では映画のパッケージはどのようになっているかといいますと、 一昨年に比べるとやや縮んでいます。これは洋画DVDが非常に安く売られて、マーケットが荒れた状態になっているからです。


9.海外の音楽ソフト市場

 1999年から2006年まで(日本・韓国・台湾は2005年まで)の世界の音楽ソフト市場を 見てみましょう。アメリカ(20%減)、イギリス(12%増)、ドイツ(25%減)、日本(16%減)、韓国(75%減)、台湾(44%減)を比べてみる と、イギリス以外はぜんぶ落ち込んでいます。イギリスはiTunes Music Storeによるダウンロード販売が増加したからだと思われます。韓国と台湾の配信にいたってはイリーガルなものが多すぎてちゃんとした数字が分かりませ んので、パッケージの数字だけになっています。しかも4年間で大幅に減少しています。けれども、東アジアのエンタテインメントマーケットは大きく成長する 可能性があるので、今後注目が必要です。


10.東アジア展開

(1)なぜ東アジアか?
 東南アジアでも、おもに台湾、韓国、中国の沿岸部は人口が5億人と非常に多いので、マーケットとしても大きいですね。中国全体を合わせると15億人で す。それに、それぞれの言葉は違いますが、宗教性や人種、食べ物などの共通点が多数あります。われわれもヨーロッパに行くよりもアジアに行ったときのほう が、緊張感がないんじゃないかなと思います。具体的には、韓国の人気グループ「コヨーテ」の楽曲が東アジアで大ヒットして、日本でもDJ OZMAがカバーしたりしましたし、ボサ・ノヴァの小野リサも韓国ではものすごく強いアーティストです。それからわが社の浜崎あゆみも、台湾と上海と香港 でアジアツアーを行いましたが、大成功を収めました。このように、東アジアは面白くなってくると思います。

 しかし東アジアは海賊版が多いという問題もあります。映画なんて封切の日には海賊版が出回って いたりしています。政府がこの問題に対して非常にゆるいんですね。けれども2008年に北京オリンピックが開催されるということもあり、中国政府は国際的 な著作権条約に入ったりと、いわゆる法的な取締りを強化しています。

(2)東アジアのエンタテインメント市場環境
 1)マーケット比較
 東アジアのエンタテインメント市場の規模の違いを見てみしょう。日本、中国、香港、韓国、そして参考にアメリカを並べてみますと、アメリカはさすがエン タテインメント王国ですね。映画パッケージの数字を見ても、日本は3,290億円なのに対してアメリカはなんと2兆9,000億円です。これは本当にすご いと思います。映画興行については、韓国も人口の割にはとても大きいと思います。

今後の中国の映画興行市場はといい ますと、2010年には韓国と同規模、2015年には日本を超える規模になり、2050年にはアメリカを超える可能性を秘めていると予測されます。

2)単価比較
 東アジア(ここでは日本、中国、香港、台湾、韓国)において、CDと映画チケットの値段はそれぞれの国によってぜんぜん違います。たとえばCDは日本で は3,000円ですが、ほかの国は半額以下です。配信も同様です。しかしコンサートチケットとライブ出演料、CM出演料はどの国もあまり変わりません。中 国に関していうと、パッケージはパンフレットのような感覚があり、アーティストのバリューをつくりあげるためのツールと割り切り、TVCM出演やCMタイ アップを収益の中心としているわけです。だからパッケージが日本の10%程度で、これだけ安いんですね。


11.次世代メディア

(1)DVDオーディオとSACD
 CDが世に出たのは1980年です。それから20年以上が経ちますが、CDの次のメディアとして今考えられているものにDVDオーディオと、スーパー オーディオCD(SACD)の2つがあります。これは一度聴いてみるといいですが、音がものすごくいい。現在のCDは2チャンネルですが、DVDオーディ オとSACDは最大6チャンネルまであって、とくにライブ演奏なんかはすごくいいですね。DVDオーディオは、エンコードのやり方は従来のCDと同じです が、容量がもっと多い。だから録音時間も長いんです。SACDは1ビット単位で処理していきますから、より原音に近いかたちで記録できます。本当のオー ディオマニアはSACDに行き、動画や静止画を楽しみたい人はDVDオーディオに行くだろうと思います。

(2)HD DVDとブルーレイ・ディスク
 今はあんまり浸透していませんが、映画館でよくあるドルビーサラウンドをパッケージにしたらどうなるかという研究や、次世代の映像パッケージにブルーレ イ・ディスクというものがあるのですが、この容量を映像に使わずに音だけに使うと素晴らしい音ができるから、これで次なるHi-Fiのオーディオをつくろ うとする動きが、僕なんかを中心に出てきています。現在、東芝・NECが主導するHD DVDと、ソニー・松下主導のブルーレイ・ディスクは、激しく競っています。これらはまだまだ発展途上ですが、2012年に地上波がデジタルになったと き、今みなさんが持っているDVDレコーダーでは録画できなくなりますから、ブルーレイかHD DVDのどっちかが家庭に進出すると思います。ハード面では、東芝の低価格普及モデルとソニーのPS3が争っていますが、ソフト面ではアメリカのハリウッ ドでブルーレイのソフトが多く出て、先行しています。


12.まとめ

(1)これからのユーザー ―そのエンタテインメント・ライフスタイル―
 これは仮説ですが、ユーザーのエンタテインメント・ライフスタイルを5種類に分けてみると次のようになります。@配信で音楽を楽しむ人、A映像配信を楽 しむ人、BCDを視聴・販売できるカフェなどで音楽パッケージを買って楽しむ人、C好きなアーティストに関してはひとつのポータルサイト(例:「ミュゥ モ」など)で全部済ませてしまうというユーザー、D充実しているファンクラブを通して音楽を楽しむという人、まさにSNSなんかもDに近いと思いますが、 ファンクラブもこのようにデジタルに組織化されていくと思います。

 多様化するユーザーのニーズにどう応えるかということで、今わが社にも「ミュゥモ」と呼ばれる ポータルサイトがあります。これはそれぞれ着うた、着うたフル、アーティストのグッズ、音楽配信、ファンクラブ(SNS)、などがひとつのサイトで利用で きるというものです。アーティストとコンテンツ、そしてサービスを受けることができて、エンタテインメントが楽しめる。こういうものが増えていくと思われ ます。

(2)レコードビジネスの課題
 レコードビジネスの「今」はお話しましたが、「将来」はどうなっていくのかというと、これまではプロダクトアウトでやってきましたが、これからはマー ケットインの考え方でやっていかなければいけないと思います。以前はまずアーティストがいて、そこから商品・パッケージ別にマーケティングが行われ、ユー ザーに送り届けられていましたが、これからはアーティストをブランドとして考えるということが必要になってきます。ファッションブランドにもいろいろな商 品があるように、アーティストにも音楽、コンサート、舞台、ファンクラブ…という商品があるというわけです。そして別々にマーケティングをするのではなく て一元的にマーケティングをすることで、そこからパッケージやファンクラブ、配信やユーザーへの情報提供などが行われていくということが求められていま す。とにかくわれわれレコード会社も、プラットフォームという役割に徹しなければ、これから生きていけないだろうということです。

 例えば、浜崎あゆみはサンリオのハローキティとコラボレートをしていますが、これは、浜崎あゆ みをひとつのブランドとしているわけですよね。「浜崎あゆみは歌手なんだからCDと映像と配信だけ」という考え方ではなく、アーティストをブランドとして さまざまな商品を展開しようというわけです。このような考え方に、われわれは切り替えていかなければいけないと思います。

もうひとつの例として大塚愛を挙げ ますと、彼女はDVDだけでしか見られない音楽映像をつくって発売しました。その後それをもう少し大きくして、劇場公開の映画をつくりました。去年の12 月にはその映画のDVDも出ました。レコード会社もどんどんシフトして映画もつくるようになってきたんです。アーティストを中心として、音楽映画やミュー ジカルなどもつくる。こうして、レコード会社から本当の意味でのエンタテインメント産業に変わっていくという意味においても、われわれも大きな意識改革を 迫られています。

(3)これからのレコードビジネスのあるべき姿
 やはりユーザーの求めるアーティスト、あるいはエンタテインメントに対して、どのように付加価値をつくっていくかということにあると思います。アーティ ストという名前のコンテンツをいろいろな形でマルチユースしていく。アーティストというブランドを楽しめるいろんな商品をユーザーに提供していかなければ いけません。エイベックスには現在、歌手だけではなく役者も所属していますが、スポーツ選手も抱え始めました。日ハムのダルビッシュ投手やフィギュアス ケートの村主選手のマネジメントもしています。これからは歌手や役者、スポーツ選手やコメディアンにいたるまでやっていきたい、エンタテインメントを横に 広げていきたいと考えています。NHKとも共同出資で会社をつくって、業務提携によって今までは知らなかった放送ともかかわりを持てるようになりました。

 前半で、レコードビジネスの現状は縮んでいるというお話をしてきましたが、映画や舞台などに視点を 広げていくと、マーケットそのものが広がっていきます。このエンタテインメント産業、とくに音楽、映画、ゲーム、アニメ、漫画という5つのカテゴリーだけ 見ても何兆円という規模になるくらい、このコンテンツ産業、つまり知財産業はとてつもなく大きな産業です。これからはレコード会社をひとつのプラット フォームと考えて、さまざまなエンタテインメント・ビジネスをプロデュースしていくという立場が求められています。これはすごくいいことでもあるし、 ちょっと視点をかえてみればとても分かりやすいことだと思いますね。どのように物事の垣根を取っ払うか、いかにフラットに考えられるか。そうでないと、テ ンポの速いこの時代にはついていけないだろうと思います。

(注:左の図は、稲垣氏が講義中に使 用した資料を引用しています)


(4)お手本はディズニー
 例として挙げられるのはウォルト・ディズニーです。ディズニーは、真ん中にウォルト・ディズニー・カンパニーというプラットフォームがあって、映画 (ウォルト・ディズニー・ピクチャーズなど)、音楽(ウォルト・ディズニー・レコードなど)、スポーツ(球団)、テーマリゾート、キャラクター(ミッキー マウスなど)、メディア(ABCなどの放送局)などたくさんの会社を持っています。これだけのエンタテインメントをやっているということに、日本よりも 30年は先を行ってるなという気がします。ウォルト・ディズニーの売上は342億8,500万ドル、日本円にして4兆1,142億円です。映画関連だけで も75億ドル(9,035億円)です。ウォルト・ディズニーとは、端的にいうとミッキーマウスだけでここまで大きくなりましたが、ミッキーマウスにはどん な実用価値もありません。それでもミッキーマウスというブランドひとつで、さまざまなエンタテインメント・ビジネスをつくったんです。素晴らしいことだと 思いませんか?ウォルト・ディズニーの伝記が出ているので、みなさんも興味があればぜひ読んでみてください。彼はまぎれもない天才です。


最後に

 エンタテインメントって何かというと、「人間の遊び心」ですよね。現在の任天堂の時価総額は6 兆円だそうですが、これはソニーのトータルよりも高いんです。世界のソニーを任天堂が上回ったということは、エンタテインメントがいかに素晴らしいか、い かに可能性があるか、これからの時代においていかにお金と結びつくかということを表していると思います。よくこれからは産業のソフト化、すなわち工業化社 会から情報化社会になるといわれますが、情報化とはITだけではなくて、エンタテインメントにも素晴らしい可能性があると思いますね。

 今日お話したのは、音楽産業の現在と将来についてでした。将来はこのままでは縮んでいくだけで すが、アーティストオリエンテッドな考え方で横に広げていけば、無限の可能性があるということをお話しました。最後に大塚愛の新曲「PEACH」を、マス コミより早くみなさんに聴いていただいて終わりにします。

(教 室内に大塚愛の「PEACH」が流れる中、講義は終了しました)



以下、質疑応答の要約

Q.レコードからCDへとパッケージが転換したのがちょうど25年前くらいで、その時期音楽の売 上 げが下がりつつもその後にピークがきたが、20年をひとつのサイクルだと考えてみた場合、それから20年経った現在、衰退を乗り越えて音楽産業が復活する のは難しい?
A.厳しい。レコード産業というのは技術刷新で大きくなってきたが、残念ながらCDに代わるパッケージメディアをわれわれはつくれていないのが現状。現在 は音楽配信がでてきたが、これは単価が安いのでいくらダウンロードされても業界の規模は大きくならない。CDに代わるパッケージが発明されてそれが世の中 に浸透しないと、数字が伸びることはないだろう。


Q.レコード会社がエンタテインメントのプラットフォームになったとき、レコード会社だからこそ持つ強みとは?
A.やはり音楽に関してはプロなので、音楽をベースにして、ほかのジャンルのことをやっていくことが可能なこと。

Q.合法の配信サイトには制限があるから、みんな違法サイトにいくのでは?
A.その通りで、制限があるから違法サイトにいくのだろう。しかしパッケージにしても配信にしても対価をもらうということは必要。これは、人のものを手に 入れることに対して対価を払うというある意味道徳的な話で、それは他人の家の柿の実を勝手に取らないということと同じだと思う。でも確かに、今の制限のか け方が一番いいかどうかと問われると、われわれももう少し考える必要があるかもしれない。



―参考文献・HP―

日本のレコード産業2007年度版(日本レコード協会刊)
日本経済新聞
月間DVDナビゲーター
日本レコード協会 http://www.riaj.or.jp/
TDK株式会社 http://www.tdk.co.jp/
新・音楽生活ミュゥモ http://music.mu-mo.net/