第6回 2007.5.26
湯川 れい子 先生(音楽評論家、作詞家、作家)
テーマ「音楽力〜音楽でもっと幸せに、元気になろう!〜

講師:湯川れい子(ゆかわ・れいこ)氏

東京都目黒区に生まれ、山形県米沢で育つ。昭和35年ジャズ評論家としてデビュー。
その後、ラジオのDJ、コメンテーターなどで国内外の音楽シーンを紹介し続け、現在に至る。
早くからエルヴィス・プレスリー、ビートルズを日本に広めたことでも知られている


―主な文化活動―

日本音楽著作権協会(JASRAC)評議員・理事・会長代行
日本作詞家協会 理事・副会長
日本音楽療法学会 理事
日本レコード大賞 審査委員長
東京スクール・オブ・ミュージック専門学校 名誉校長 ほか多数


―作詞家としての代表的なヒット曲―

「六本木心中」(歌:アン・ルイス)
「恋におちて」(歌:小林明子 TV「金曜日の妻たち」主題歌)
「ハリケーン」(歌:ラッツ&スター)
「火の鳥」(歌:中島美嘉 NHKアニメ「火の鳥」テーマソング) ほか多数

 

「音楽力」
 〜音楽でもっと幸せに、元気になろう!〜


はじめに

 むかしむかし、「涙の太陽」という歌が大ヒットしました。これはもともと私作詞の英語の歌をエミー・ジャクソンが歌ったデビュー曲だったのですが、それを日本語にしたのが、私の作詞家としての始まりでした。その後作詞やDJなどをずっとやってきましたが、この仕事を始めてなんと今年で47年になります。この47年間やってきたなかで見えてきたことを、今日はみなさんにお土産として持って帰ってほしいと願っています。このお土産は、一生役に立つだろうと思うの。皆さんを健康にもするし、長生きもさせるし、日本の未来をきっとよくする。そのくらい、音楽には大きな力があるんだという話をしたくて、今日はやってきました。「音楽なんか好きじゃない」という人たちも、思いがけないところで音楽とかかわっていることを、今日は分かっていただきたいと思っています。

 

1.兄が残してくれたもの

 私が幼い頃は、日本は戦争をしていました。第二次世界大戦が激しくなってきた頃です。私には18歳と15歳上の兄、そして12歳上の姉がいて、私は一番末っ子でした。二番目の兄は、ちょうどそのような時代だったこともあって、自分で望んで海軍兵学校に入り、やがて特攻隊の「神風」を操縦するようなパイロットになりました。一番上の兄も、大学を卒業してすぐに、赤紙で徴兵命令が来ます。その兄が戦争に行く直前に、母と私のために三日間汗まみれになりながら防空壕を掘ってくれました。その三日間中、兄は口笛を吹いていたのですが、その口笛がすごく素敵なメロディだったんです。私はまだ5歳くらいでしたが、兄に「その歌は何?」と聞いたんですね。すると兄は「僕が作った曲だよ」と答えました。兄は私を抱っこすると星空の、たぶん木星を指差して、「あの星が兄ちゃまだよ」と言いました。それが兄を見た最後です。兄はやがて軍服に身を包んでフィリピンに行き、そこで戦死をしてしまいます。私と母は山形の米沢へ疎開をしました。

 やがて戦争は終わり、小学校6年のときに私は東京に戻ってきました。中学1年のころ、熱を出して寝込んでいたときに母が枕元に置いてくれたラジオを聴いていたことがあります。流れているのは当時流行していた「浪曲」ばかりで、中学生の私にとっては面白くもなんともありません。「いい音楽はないかなぁ」などと思いながら色々聴いていると突然、とってもスウィートな、素敵な音楽が流れてきました。それは40年代のジャズで、放送していたのは進駐軍の放送局でした。そのとき流れてきたのが、あの兄の口笛の曲だったんです。「まさか」と思いましたが、間違いなく兄が吹いていたあのメロディです。やがて私は毎日、学校から飛んで帰ってきては進駐軍の放送局にダイヤルを合わせて、この曲が流れるのを待ちました。

 その曲は「Sleepy Lagoon」。そしてハリー・ジェームスというトランペッターが吹いていた大ヒット曲だと知りました。「午後の入り江」という日本語の題名がついているということもあとで分かりました。このメロディを、なぜ兄は知っていたんでしょう。

アメリカでこの曲が大ヒットしていたのは1942年、終戦の3年前でした。ということは、兄に召集令状が来る直前くらいにヒットしていたんですね。それをどうやってかは分かりませんが、兄は聴いていたのだと思います。でもそんなことをあの時代には言えなくて、私が何の曲か訪ねたときに「僕がつくった曲だよ」と答えたのだと思います。

 その兄の部屋からは、たくさんの絵が出てきました。今も大事にとってありますが、その絵を見て私は本当にびっくりしたんです。金髪の女の人がきれいな帽子をかぶってマイクの前で歌っていたり、白い水兵服を着たアメリカの兵隊さんが3人並んでラインダンスを踊っている、という絵でした。そのうしろには、アメリカの国旗がなびいていて、「stars and stripes forever march」、つまり「星条旗よ、永遠なれのマーチ」なんて書いてあるんですね。兄は、レコードジャケットのデザインをしていたんです。しかも戦争に行く直前まで。どうして直前までそんなにアメリカの絵を描いていられたのかというと、戦争になるなんて思ってもいなかったからだと思うんです。そう、今の私たちだって、そんなに急に戦争になんかなるわけない、と思っていますよね。でも、多分きっといきなりなってしまったんです。いきなり戦争が激しくなって、いきなり召集令状がきて、いきなりフィリピンに行かされて、いきなり「この村を死守せよ」と言われた。「死守」とは「死ぬまで戦え」ということです。最後は本当に食べ物もないなかで兄は死んでいきました。明日そうならないという保障はどこにもありません。みなさんの年齢は徴兵制度で兵隊になれる年齢です。だから、政治に無関心だなんて言ってられないと思うんです。日本は軍備したほうがいいという人たちがいますが、本当にそうでしょうか。もう一度、憲法を変えて軍隊を持つべきなのでしょうか? 色んな考え方がありますが、私は力で力を防ごうとしたって絶対に無理だと思うんです。これはみなさんの問題です。みなさんが考えて、みなさんが参加して、みなさんが決めることなんです。

 私はこれが言いたかった。なぜなら、兄が戦争に行く直前まで口笛を吹いていて、「僕のつくった曲だよ」と言って出かけていったその思い。それが今でも私の中に生きているからです。

 

2.人間にしかできないこと

 音楽というのは、人間以外の動物にはできません。ほかの動物にできて人間にできないことはいっぱいあります。モグラや蛇のように深い穴を掘ってそこで生活することや、カラスのように自分の力だけで空を飛ぶことはできない。では、人間だけにできることって何でしょう。たくさんありますが、私は大きく分けて3つくらいだと思います。まず、アートすること。絵を描いたり、音楽を作ったり、歌をうたったりすることがひとつ。そして2つ目は、「空を飛べたらいいなぁ」と、夢をみること、空想すること、イメージすること。3つ目は、笑うこと。ましてや微笑むなんて高等なことは、ほかの動物にはできません。私はこの、「歌うこと、想像すること、微笑むこと」こそが、ほかの動物と人間を比べたときの違いだと思っています。この3つのことがたくさんできる社会は幸せな社会だと思います。しかし地球を見てみると、歌を歌っていられる社会はどれくらいありますか? 逆に歌なんか歌っていられない社会はどのくらいありますか、と聞いたほうがいいかもしれませんね。

 ジョン・レノンがつくった「イマジン」は、オノ・ヨーコさんの言葉に影響を受けて作った曲だそうですが、そのことをヨーコさんが私に話してくれたことがありました。彼女は大財閥のお嬢さんでしたが、戦争中は何も食べるものがない。弟はお腹をすかせて「お姉ちゃん、お腹すいたよ」と言ってくるので、ヨーコさんはこう話してあげたそうです。「ビーフステーキという食べ物はこういうものなのよ、ハンバーグっていうのはこういう食べ物で、こんな味がするのよ」、と。ヨーコさんが一生懸命食べ物の話をすると、弟は目を輝かせて味や形や色を想像したんだそうです。普通はそんな話をすると、逆にお腹がすくと思うでしょ? でもそうじゃないんですね。想像力を働かせて一生懸命イメージすることで、弟は満足したんだそうです。「想像力ってすごいのよ」と、彼女は話してくれました。本当にそうだと思います。想像することは、人間にしかできないことなんです。

 だからみなさん、ちょっと想像してみてください。戦争が終わってすぐの時代にこの曲がラジオから流れてきた時のことを。そして、そのときに少女だった私が持ったであろうさまざまな思いを。
(音楽鑑賞。詳細は末尾を参照。)

 

3.人類最古のお医者さん

 もうひとつ音楽が教えてくれたことは、私たちは目に見えないところで、ものすごい恩恵を音楽から受けているということです。バリ島には「剣のダンス」というものがあります。バリでは人間の耳には聞こえない何万ヘルツという音を出すガムランという楽器が奏でる音を、一晩中聴き続けます。すると、やがてトリップしてしまいます。そして、神様に捧げる剣のダンスを踊るのですが、裸になった上半身に剣を突き立てたり、胸を切り裂いたり、お腹を剣の先端に乗せて逆立ちしたりします。でも、血はほとんど出ません。なぜなら脳が指令を出さないからだと思うんです。音にはそういう力がある。私たちの脳に、深く作用する力があるんです。

 私は日本音楽療法学会というところで理事をしています。最近は音楽療法が国家資格を持つことができるための推進委員会というグループに属しています。私は、「音楽」とは地球上で一番古いお医者さんだと思います。アリストテレスの時代から、音楽の持つ不思議な力に人々は気づいていました。太古の昔から、ただの娯楽にとどまらないところに音楽はあったんですね。日本でいうと古くからある阿波踊りや盆踊り、「南無妙法蓮華経」など、お経を上げることや、木魚を叩くこと、太鼓を打つこと、などはみんな音楽療法だったと思います。

 世界中の健康法は、呼吸につながります。ヨガも、太極拳も、最近の美容のエクササイズも、みんな呼吸です。呼吸を整えることで心臓の脈拍が整います。「調身・調息・調心」という言葉にもあるように、息を整えることで、心も体も整うということを人類は知っていたんですね。みなさんもひとりひとり、心臓というリズム楽器を持っていますね。

 ここでみなさんに見ていただく短いビデオは、スコットランドの「Nordoff-Robbins」という音楽療法施設の映像です。一つ目の映像では、セラピストの女性が発達障害を持つ2歳の赤ちゃんを抱っこしていて、泣いて止まないその赤ちゃんとセラピストが、音楽で会話をするんですね。2つ目の映像は、男性が出てきてドラムを叩きはじめ、ピアノを弾いているセラピストと掛け合いをします。この男性もまた、知的発達障害を持っています。彼は、耳は聞こえますが目は見えません。しかし、耳が聞こえると言うことは、音を聴く力があるということです。私たちが耳を通して得る情報というのは、とてつもなく大きい。そういうことを意識しながら、このビデオを見ていただきたいと思います。
(映像観賞。ビデオの詳細は末尾を参照。)

まずはじめの映像ですが、赤ちゃんが大きく「あーっ」と泣くと、それに合わせるようにセラピストが「あー」と声を出してハーモニーのようになります。そして赤ちゃんの指を持って、手元のタンバリンをとんとんと叩かせます。すると赤ちゃんはとてもびっくりした顔をします。これがコミュニケーションの始まりなんですね。つまり、自分が「あー」と言ったことに対して答えが返ってくる。自分が何かをすると音が返ってくる。それは自分の存在に気がつくということです。コミュニケーションの原点とは、自分の存在を知り、自分に対して相手がどう反応するか、ということで成り立っています。「三つ子の魂百まで」とはよくいいますが、これは迷信でもなんでもなくて、6ヶ月くらいまでの赤ちゃんに笑いかけたり話しかけたりすることが、その赤ちゃんにとってどのくらい大切かということは、今とても大きな問題になっています。これが、最初に話した「歌うことができる、想像することができる、微笑むことができる」=「人間に育てることができる」唯一の方法だといってもいいと思うのです。人間を育てることができるのは人間だけなのですから。

 

4.想像力とコミュニケーション

 みなさんのようにまだ赤ちゃんを産んだことがない女の人に「赤ちゃんを抱っこしてください」というと、本能的に左手に赤ちゃんの頭がくるように抱っこをする人が大半です。どうしてかというと、赤ちゃんの耳が母親の心臓の一番近くにくる形だからです。もうひとつ、「おんぶ」というのは、人類の素晴らしい知恵ですね。おんぶをすると、母親の心臓と赤ちゃんの心臓が一番近くなる。これが赤ちゃんがもっとも安心する状態です。しかし今は、生まれたばかりの赤ん坊は新生児室に入れられて、母親と切り離されてしまいます。それに、道で行き交う乳母車の赤ちゃんは一番好奇心が旺盛な時期なのに、母親の顔が見えません。見えるのは、無関心な顔をして行きすぎる大人たちばかり。せっかく新しいものに出会って好奇心を刺激される大切なときに、コミュニケーションを発達させる相手も手段もない。そして、自分に対する信頼や自身も、大人になろうとする意欲も育たなくなってしまいます。

 親に叱られると、子供は逆に親にしがみつこうとします。けれどそれすらも否定され続けたら、右脳の発達をやめてしまいます。感じると生きていけないからです。そのような子供たちを元に戻すのはとても大変なことです。そこに、音楽療法がはいってくるわけですが、一緒に歌ったりドラムを叩いたりすることで、相手が何をしているのかを聴くことができる。音楽とは、社会性を育てることでもあるんですね。

 ジョン・レノンはビートルズの音楽活動をやめて、5年間、子育てをしながら専業主夫になりました。あるとき私は「今あなたの音楽を必要としている人たちがたくさんいるのに、どうしてそんなことをしているの?」と聞きました。するとジョンは、「3分間のロックンロールはいつでも作れるけれど、一人の人間を育てることくらい芸術的なことはないよ」と言ったんです。ほかにも、こういうこともありました。息子のショーンちゃんを膝の上に乗せてテレビをみていたジョンは、CMになるとテレビのボリュームを消すんです。ジョンは「ソーセージひとつとってみても、炒める音がして、匂いがして、目の前に出されて、一口かじるとパリッというジューシーな音がして、そして思わず『美味しい』という言葉が出てくる。このプロセスがあるから意味があるんだ」と言ったんです。現実的なプロセスを抜きにして、CMを見ただけで、その音を聴いただけで、ソーセージはこういうものなんだ、という概念だけが頭に入っても意味がないと。つまり、まったく想像力が発達しないということなんです。

 今は、恐ろしい事件が毎日起きています。感性の切り離し、想像力の欠落した事件。ちょっとでも想像力が働いていたら、苦しみや痛みが分かるから起こせないと思います。苦しみや痛みが分からないから、平気で戦争もできるだろうし、平気で人を殺すこともできる。そういう意味においても、コミュニケーション力というのは本当に大事だと思います。

 

5、音の力

 みなさんには、これからの一生をぜひ大事にしてほしい。人間社会ではいろんなことがあります。どこで落ち込むかわからないし、生きているのが嫌になることだってあるかもしれません。そのとき、「音」がみなさんに果たしてくれる力があるということを思い出してほしい。たとえば、心臓を整えるとホメオスタシスが働き始めます。このホメオスタシスというのは交感神経と副交感神経がうまくサーモスタットして働いている状態のことです。だから人間は寝ていても心臓が止まらない。この働きは、外からリズムを与えてあげることで整うんですね。共振・共鳴する。それが、音楽が持つ大きな力のひとつなんですね。

 また、楽しいときの体の形と、悲しいときの体の形は違います。楽しいときはからだが外に向かって体温が上がりますが、悲しいときは体が内に閉じて体温も下がります。まさに「冷えは万病の元」です。ここに、呼吸法もリズムも共振します。だからこれから先、落ち込むようなことがあれば、何でもいいから好きな音楽を聴いてみてください。そこには必ずリズムがありますから、それを聴きながら歩いてみてください。自分の体にリズムを与えてあげる。それだけでいいんです。そうすると、変化が起きてくるはずです。


目を閉じて音楽を聴く受講生たち(上)

 そして、今日は音楽が持っている力というものを体感してほしいと思います。みなさん、立ってください。面倒くさいと思うかもしれないけれど、これから生きていくうえで呼吸法がいかに大事なのか、そのことを体感してほしいんです。まず伸びをしましょう。つぎに、前屈してください。はい、ありがとうございます。

 それでは最後に一曲だけ音楽を聴いてみてください。目を閉じて、背中を椅子にもたせて、膝の上に両手を置いて、ゆったりとしたかたちで、鼻から息を吸って、口から息を長く吐いてください。おへその3センチ下くらいで呼吸をしている気持ち。そして、一番いい風景をイメージしてみて下さい。呼吸とイメージ力ということに注意して聴いてください。聴いていただくのは「海流の音楽」という曲です。
(音楽鑑賞。詳細は末尾を参照。)

 はい、目を開けてください。ちょっといい気持ちになったんじゃないかと思いますよ。

 はじめに私は、お土産を持って帰ってほしいと言いました。これから先、悩んだり、病気になったりすることがあるかもしれませんが。そんなときには、呼吸を整えてみてください。そしてこれから先の社会にちょっとだけ想像力を働かせてみてください。そして、人生って楽しいな、と言えるような社会をつくっていってほしいと思います。

 今日のこの話をどこかで覚えていてくれたらとても幸せです。それでは最後にもう一度だけ伸びをして終わりにしましょう。どうもありがとうございました。

―講義中に使用された音源等―
Harry James 「SLEEPY LAGOON」
Nordoff-Robbins「Music Therapy in Scotland」
神山純一 「日本海流」(「海流の音楽」より