第8回 2007.6.9
朝妻 一郎 先生(潟tジパシフィック音楽出版 代表取締役会)
テーマ「音楽著作権と権利ビジネス」 〜「千の風」はどう吹く〜

講師:朝妻一郎(あさつま・いちろう)氏

昭和18年東京生まれ
昭和41年、潟pシフィック音楽出版に入社
昭和60年、代表取締役社長に就任
同年、合併により潟tジパシフィック音楽出版と改称
平成17年、代表取締役会長に就任
パシフィック音楽出版時代より、山下達郎、大滝詠一、サザンオールスターズ、オフコースなど、多くのアーティストのヒット作りに携わっている。
趣味は読書、映画、観劇、ゴルフ。

―その他の活動―
日本音楽著作権協会 理事、音楽出版社協会 会長

―執筆活動―
共著に「ポピュラー音楽入門」、「ビートルズ その後」、監修に「アメリカレコード界の内幕」など

 

「音楽著作権と権利ビジネス」
〜「千の風」はどう吹く〜

 

はじめに

 今日は「音楽著作権と権利ビジネス」についてお話しながら、そのなかで『千の風になって』を参考にして、著作権と権利ビジネス、あるいは音楽出版社とはどういうものなのかをご説明していきたいと思います。

 少し前に『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田信哉著、光文社新書)という本が出ましたが、その本についてちょっとお話しようと思います。「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」というのは非常に良いタイトルですね。確かに「たーけやー、さおだけー」という歌をスピーカーで流しながら町を巡回しているさおだけ屋のトラックはよく見かけても、誰かが「さおだけを一本ください」なんて話しかけている光景は見たことがないと思います。売れているのは見たことがないのに、さおだけ屋さんは相変わらずトラックで歌を流しながら走っている。そこでなぜさおだけ屋は潰れないのかということを、この本の著者である山田信哉さんという会計士の方が面白おかしく書いて、会計学あるいはビジネスとはどういうものであるのかを、非常にうまく説明しています。それによるとさおだけ屋が潰れない理由は二つあって、一つはさおだけ屋はさおだけで儲けているわけではないということ。さおだけを売ると同時に、さおだけを立てる支柱や付帯工事の代金で儲けているらしいということです。もう一つは、さおだけ屋とはさおだけ屋だけで商売しているわけではないということ。実は駅前の商店街では金物屋を本業として営むなどしており、「さおだけ屋」というのは自分の金物屋の宣伝活動の一環だというわけです。

 

1.マイケル・ジャクソンはなぜ破産しないのか

 このように考えていくと「マイケル・ジャクソンはなぜ破産しないのか」という疑問も、同じように浮上します。ご存知のように、彼は『スリラー』というアルバムを世界中で5000万枚も売りました。この記録は未だに破られていません。その後も『ビート・イット』や『ビリー・ジーン』などの大ヒットをいくつも出したのですが、とにかくものすごい浪費家です。みなさんもご存知だと思いますが「ネバーランド」という遊園地を自分の家につくって、そこに動物を飼ったり、観覧車をつくったりしています。それから日本でもビック・カメラを貸し切って買い物をしたり、海外に行くと骨董屋さんで、お店のなかにある骨董品を全部買ってしまう。このように、彼の買い物は本当にすごい。稼ぐお金もすごいけど、使うお金はもっとすごい。それに加えて、小さな子供に性的ないたずらをしたという事件で裁判にもなりました。その費用も莫大で、マイケル・ジャクソンは金銭的なトラブルによって破産してしまうんじゃないかと言われましたが、彼が破産したという話は聞いたことがありません。マイケル・ジャクソンには大きなお金を生み出す元があるのです。それは何かというと、実はビートルズの著作権です。

1985年、ビートルズのほとんどの楽曲の著作権を持っていたATVという音楽出版社が売りに出されました。
 ビートルズは、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの二人がほとんどの曲を書いています。ジョン・レノンの死後、彼の権利は奥さんであるオノ・ヨーコさんが受け継ぎましたが、ポール・マッカートニーにしてみれば、ビートルズを解散に追い込んだオノ・ヨーコさんは許せない存在なわけです。その感情はもちろんオノ・ヨーコさんにも届いて、ふたりは感情的に対立をしていました。ポール・マッカートニーは、どうしてもビートルズの著作権を買いたかったのです。というのは、ポールはそれまでに、ビートルズの活動で手にした大金を周りのアドヴァイスに従って、アメリカの有名なロック・スター、バディー・ホリーの楽曲や、ブロードウェイのミュージカルの楽曲の著作権を買収していて、それが大きな成功を収めていたので、著作絵権に対する投資がいかに効率のいいものであるかをよく知っていたからです。しかし彼は、ジョン・レノンの権利の持ち主であるオノ・ヨーコさんが、おそらく自分が買うことには反対するだろうと思ったんですね。そこで「スリラー」の成功で獲得したお金の使い道を探していたマイケル・ジャクソンにビートルズの著作権を買うことを勧めました。その結果、マイケル・ジャクソンがATVを4700万ドルで買収しました。当時は周囲から「あんな高い買い物をして、大丈夫なのか」という目で見られていましたが、その翌年の86年に、それまでアナログ盤で出ていた音楽フォーマットが、今のかたちであるCDに変わりました。これによって過去のレコードがすべて再発されることになり、思わぬ著作権使用料をマイケル・ジャクソンは得ることになったわけです。彼は非常にいいタイミングで、ビートルズの著作権を買ったんですね。4700万ドルで買った買収資金のかなりの部分はは、このときすでに回収できたというわけです。その後、マイケルは94年にEMIとビートルズの著作権の管理契約をします。このときにはEMIが3000万ドルのお金を払っています。この時点で、最初に投資した4700万ドルは回収しきって、さらにおつりが出るくらいにまでなりました。そして95年にはソニーとマイケル・ジャクソンでsony/ATVという音楽出版社をつくることになります。マイケル・ジャクソンは自分が所有しているビートルズの著作権を持つATVという音楽出版社を提供し、ソニーはアメリカのソニーレコードが持っているソニー・ミュージック・パブリッシングという音楽出版社を提供、このふたつを合併させて新しい会社をつくったわけです。その際、お互いが持っていた著作権の価値の評価を出した結果、ATVが1億1000万ドル高い、ということになり、マイケル・ジャクソンはソニーから1億1000万ドルをもらいました。もう最初の元金を十分回収した上にこんな大金までもらい、その上sony/ATVという音楽出版社の権利の半分も持つことになりました。2006年に、裁判などの出費であちこちに借金をしていましたので、その借金清算のために、自分の持分の50%をソニーに2億5千万ドルで売却しました。しかし、それでも依然としてマイケル・ジャクソンはsony/ATVの25%を持っているということになります。さらに、これまではビートルズの音源は配信されていませんでしたが、やはり配信を無視することは出来ないということなのでしょう、今年からビートルズの音源もiTMS(アイ・チューンズ・ミュージック・ストア)から配信することになりました。つまり、マイケル・ジャクソンにまたビートルズの楽曲の生み出す著作権料が入ってくることになるわけですね。ここで先ほどの、「マイケル・ジャクソンはなぜ破産しないのか」という疑問に戻りますが、このようにマイケルを破産から救ったのは、“1985年にビートルズの著作権を買ったこと”なのです。

余談ですが、マイケル・ジャクソンはビートルズの著作権を買ってすぐに、著作権のすごさを知ることになりました。そこでビートルズの他にも歴史に名を残すアーティストの著作権を手に入れればいいと考え、思いついたのがエルヴィス・プレスリーです。そして、マイケルはプレスリーの娘さんのプリシラと結婚しました。この結婚は明らかに、プレスリーの著作権が目的だと思います。しかし実際結婚してみると、ビートルズと違って権利が分散していて、彼女が持っている分はたいしたことがない。多分これが理由で離婚したのではないか、と僕は邪推しています。いずれにせよ、いかに著作権というものは価値があるか。1985年に4700万ドルの価値だったものが、2006年には10億ドルになったのですから容易にわかってもらえるでしょう。20年の間に物価が20倍になっているという例は他にはなかなかありません。

 

2.増加する著作権使用料

いやいや、待てよ。そんなこと言っているけど、それはビートルズの著作権だからこそ価値があるにすぎないだろう。そんなふうに思う人もいるかもしれません。そこで今度は、1970年代から80年代の日本のフォーク・ミュージック400曲が生み出す著作権使用料がどのくらいのものなのか、見てみましょう。対象になっている曲には、ベッツィ&クリスの『白い色は恋人の色』や、オフコースの『さよなら』、『言葉にできない』、加藤和彦&北山修の『あの素晴らしい愛をもう一度』などが入っています。この400曲が私の会社でもあるフジパシフィック音楽出版に、どれだけの収入をもたらしたかを見てみますと、1993年から2002年までの10年間では、年間平均4700万円。1970、80年代の曲で、作られてから20年も30年も経っているのにもかかわらず、年間で平均しても4700万円の収入があります。音楽出版社にこれだけ入っているということは、作家の人にはそれと同じ額か、その倍の額が払われていることになります。では、2002年以降はどのようになっているでしょうか。2005年度は6600万円、2006年度には6700万円に増えています。過去の限定された400曲に対象が絞られているにもかかわらず、年毎に増えていっています。ビートルズの著作権もすごいですが、日本の楽曲だって、なかなか捨てたものではありません。というか、実は著作権というものがとてもステディーな使用料をコンスタントに生み出していることが判っていただけたでしょう。

日本のレコードの売り上げって、毎年落ちているんじゃないの? と、みなさん思われるかもしれません。そのとおりです。レコードの売り上げは1998年をピークにして、どんどん落ちこんでいます。一方、著作権使用料の額は、レコードの売り上げのカーブとは違って伸びてきています。どうしてかというと、音楽の伝達の形態が変化してきているからです。つまり、音楽の伝達の形態が増えてきているんです。それが一番の大きな理由だろうと思います。音楽のビジネスというのは、そもそもは人々に譜面を売ることから始まりました。ですから、音楽出版社の「出版」という文字を見てもわかるように、譜面を印刷して売ることから始まっているわけです。まだレコードも発明されていない時代では、音楽を人々に伝えるためには譜面という方法しかなかったのです。譜面を売ったお金を作曲家と音楽出版社が分ける、というところから、音楽のビジネスは始まりました。言ってしまえば、音楽出版社こそ、音楽ビジネスのパイオニアなのです。その後、20世紀になってレコードが発明されました。レコードの使用料を徴収し始めた時期は1909年からです。それ以降も、演奏(1914年)、ラジオ(1920年)、映画(1927年)、テレビ(1940年)、ケーブル・テレビ(1970年)、ビデオ(1984年)、レンタル(1984年)、カラオケ(1987年)、インターネットにおける音楽利用(1998年)、DVD(1999年)、着メロ(1999年)、パチンコ・ゲーム機(2000年)、着うた(2002年)、iTunes(2004年)、携帯電話への映像配信(2007年?)と、音楽を伝達する手段は次々に増えてきています。そして、それはそのまま、一曲の音楽著作権が生み出す使用料を増やすことにつながっているのです。

 

3.CMのちから

次に、2006年度のJASRACの洋楽(下表上)と邦楽(下表下)の使用料が多かった楽曲のベスト10を見てみましょう。

2006年度楽曲別著作権印税売上ランキング〈JASRAC賞・外国作品ベスト10〉

 

楽曲名

アーティスト

主な楽曲使用形態

1

ZOOM ZOOM ZOOM

SEREPIS BEY

MAZDA自動車/全車種・CM

2

SEISHUN AMIGO (青春アミーゴ)

修二と彰。(修二=亀梨和也/彰=山下智久)

NTV系ドラマ『野ブタ。をプロデュース』主題歌

3

DRAGOSTEA DIN TEI (恋のマイアヒ)

O-ZONE

全日空/旅割・CM

4

DO YOU REMEMBER ROCK N ROLL RADIO (思い出のロックンロールラジオ)

THE RAMONES

Vodafone/3つの定額 サービス編・宣言編・CM

5

WHAT A WONDERFUL WORLD <MEMORY LANE> (この素晴らしき世界)

LOUIS ARMSTRONG

ソニー/BRAVIA・CM

6

THE TIDE IS HIGH (夢みるNo.1)

BLONDIE

サッポロ・ビール/DRAFT ONE・CM

7

WE WILL ROCK YOU 

QUEEN

東芝/液晶テレビ、HDD&DVDプレーヤー、ノートPC・CM

8

AMARANTINE

ENYA

松下電器産業/VIERA、DIGA・CM

9

IF I'M NOT IN LOVE WITH YOU (ENDLESS STORY)

REIRA Starring YUNA ITO

カバー

10

NEVER ON SUNDAY(日曜はダメよ)

ORIGINAL SOUNDTRACK/THE CORDETTES

キリン/一番搾り・CM

(注:上の表は朝妻氏が講義中に使用したものです)

2006年度楽曲別著作権印税売上ランキング〈JASRAC賞・国内作品ベスト10〉

 

楽曲名

アーティスト

主な楽曲使用形態

1

ハウルの動く城BGM

サウンドトラック(久石嬢)

 

2

コブクロ

CX系ドラマ『Ns' あおい』主題歌

3

粉雪

レミオロメン

CX系ドラマ『1リットルの涙』主題歌

4

エヴァンゲリオンBGM

サウンドトラック(鷺巣詩郎)

パチンコ・ゲーム等

5

I LOVE YOU

尾崎豊/中島美嘉/河口恭吾

カバー、ダイハツ/タントカスタム・CM

6

REAL FACE

KAT-TUN

 

7

純恋歌

湘南之風

 

8

ただ…逢いたくて

EXILE

 

9

あの鐘を鳴らすのはあなた

和田アキ子/サンボマスター

COCA COLAボトラーズ/GEORGIA・CM

10

機動戦士ガンダムSEED DESTINY BGM

サウンドトラック(佐橋俊彦)

 

(注:上の表は朝妻氏が講義中に使用したものです)

洋楽でいうと、1位の『ZOOM ZOOM ZOOM』(Serepis Bey)は、おそらく日本ではオリジナルのCDを知っている人はいないと思います。これはマツダ自動車のCMに使われている曲です。それを聞くと、「あ、そうか」と思うのではないかと思います。4位の『DO YOU REMEMER ROCK N ROLL RADIO』(THE RAMONES)というのはボーダフォンのCMで使われている曲、5位にはソニーBRAVIAのCM曲である『WHAT A WONDERFUL WORLD』(LOUIS ARMSTRONG)、6位にはサッポロビールのCM曲『THE TIDE IS HIGH』(BLONDIE)が入っています。それ以降もCMで使われている楽曲がずらっと並んでいます(図表を参照)。10曲のうちに3曲だけが新しい曲で、残りの7曲はすべて昔の曲で、コマーシャルに使われた楽曲が使用料を稼いでいます。では国内を見てみてください。国内のほうは洋楽とは違って新譜が多いですが、5位の尾崎豊さんの『I Love You』は中島美嘉さんがカバーしてCMに使われたりしましたし、9位の『あの鐘を鳴らすのはあなた』もジョージアのコマーシャルで使用されたことによって、上位に入っています。要するに、CMで使われるということによって、大きな使用料を生むとういことがこの表を見ても分かると思います。

私どもの会社であるフジパシフィック音楽出版の2006年度の外国曲の著作権印税ランキングを見てみてもそうです。6位には去年ヒットした『BAD DAY』(DANIEL POWTER)が入っていますが、それ以外は1位の『WALK THIS WAY』や2位の『STAND BY ME』などを含む9曲すべてが、コマーシャルに使われた曲です。CMで楽曲を使用するときは、使ってもいいことを許可する、許諾料という著作権使用料が発生しますが、それに加えてそのCMがテレビやラジオで流れるたびに、スポンサーからJASRACへと放送使用料が払われます。しかし、そうした直接的な収入のほかにも、楽曲がCMに使われることによってさまざまな使用料が生み出されることになります。レコード会社による再発とか、CM曲だけを集めたコンピレーションを作ろうとか、アーティストが「この曲はいい」と思ってカバーしたりなど、楽曲がコマーシャルで露出されることが引き金となって新たな使用が発生し、そのことがまた著作権使用料を増やしていくのです。ですから音楽出版社にとっては、いかに楽曲をCMで使ってもらえるかということがとても大きなキーになるわけです。

 

4.音楽出版社とは

 このように音楽出版社とは、契約している音楽著作権が1円でも多くの収入を上げられるように、努力するビジネスであるということが言えます。ありとあらゆる可能性の場所や状況のもとで、どんなかたちであれ、われわれが持っている楽曲を使ってもら得るように努力し、その結果、曲が有名になってずっと使われるようになることで、長く収入を得ることができるわけです。つまりスタンダード楽曲をつくることが、音楽出版社の究極の目的です。

 このスタンダード楽曲をつくるための一番の武器は、さきほども言いましたようにコマーシャルです。しかし、逆に言えば、スタンダード楽曲でなければコマーシャルには使われ難いということも出来ます。ですから、スタンダード楽曲を作るということは音楽出版社としての大命題で、これに数多く成功すれば出版社として評価されますし、そうでなければ、ビジネスとして大きな障害に直面することになります。

そしてまたどんな方法で、その楽曲を多くの人たちに知ってもらうかということを考えて努力することも重要ですが、スタンダードになる曲を見極めるのも音楽出版社の重要な役割です。どんな楽曲でもスタンダードになるというわけではありません。スタンダードになっている楽曲というのは、詩のフレーズとメロディが見事に融合したものです。ちょっと、自分の好きな曲や、思い出の曲を頭に思い浮かべてください。必ず、詞のワン・フレーズとメロディーが一緒に出てくるはずです。もちろん詞がない、いわゆるインストゥルメンタル・ナンバーでスタンダードになったものもありますが、それらはほとんど映画音楽です。たとえば冬になるとスキー場などで流れている『白い恋人たち』。この曲はフランスのグルノーブルで行われた冬季オリンピックの記録映画の主題歌だったために、「冬」や「スキー」というだけでこの曲がかかるわけです。また、坂本龍一さんの『戦場のメリー・クリスマス』や映画エクソシストで使われた『チューブラー・ベル』なんかも、特定のシーンで使われやすい。『ニュー・シネマ・パラダイス』でエンリオ・モリコーネが書いた楽曲は、ほのぼのしたシーンで使われます。このようにインストゥルメンタル・ナンバーもスタンダードになるんですが、それは元の映画が持っていた雰囲気がうまく伝達できた場合に限っています。それ以外は、基本的に詩のフレーズとメロディの融合が、一番大きなファクターになります。音楽出版社としては、ある曲がスタンダードになるかどうかということを判断するには、その曲の歌詞が普遍性があって詩として優れているものであるか、そしてその詩がメロディと無理なくシンクロしているか、ということが、大きな判断基準になります。

 

5.『千の風になって』と音楽出版社

 ここで『千の風になって』が出てきます。この曲はもともと、ヨーロッパやアメリカに伝わっていた詩を新井満さんという方が日本語に訳して、彼の亡くなったお友達の知り合いに配るためにつくったレコードです。2003年にこの歌が朝日新聞の『天声人語』で紹介され、その記事が新井さんから私のところへ送られてきました。私はそこで初めて『千の風になって』の存在を知ったのですが、そこには詳しい歌詞は載っていなかったので、その音と歌詞を聴かせてほしいと新井さんに頼んだところすぐに来てくれました。2003年の秋だったと思います。それを見たときに私はこう言ったんです。「新井さん、この曲がヒットするかどうかは分かりませんが、絶対にスタンダードになります」と。「だから是非うちに預けてください」と言って、新井さんも承諾してくれました。

のちに、なぜ私に『天声人語』のあの記事を送ってくれたのか聞いたことがあります。新井さんは、「このレコードを出したくてレコード会社を回っても、死んだ人が生きている人に語りかけるという歌なので、縁起が悪いと言われて簡単にはレコードを発売してくれなかっただろう」と言いました。音楽出版社は、全部のレコード会社と仕事をしているので、どこのレコード会社がどのような性格かを分かっているから、自分が直接レコード会社に行くよりは、音楽出版社に行ったほうが早いと思ったのだそうです。

 音楽出版社とは「音楽ビジネスのクォーター・バック」です。要するに、アメフトの、試合の中でゲームをどのように進めていけばいいかを考え、相手のチームの動き方を見ながら自分のチームのメンバーをどのように動かすか、作戦11で行くのか、作戦7なのかを命令している司令塔がクォーター・バックですが、それと同じ役割を音楽出版社は持っているのです。と、言うのは音楽出版社はすべてのレコード会社と仕事をしていますので、どこのレコード会社がどういうジャンルの音楽に強いとか、どこのレコード会社が今一番元気があるか、などということを見極められるポジションにいるわけです。新井さんはこのことを非常によくわかってくれていました。つまり業界を見渡せる音楽出版社に頼めば、自分の曲にとって一番いいレコード会社を探してもらえるだろうという「クォーター・バック」機能を分かっていたのだと思います。

 

6.『千の風になって』 〜スタンダード・ナンバーへ〜

『千の風になって』を「この曲はスタンダードになる」とは言ったものの、まずは世に広めるということが必要でした。もう新聞には載ったので、次はテレビ番組で扱ってもらうことをお勧めし、そのような番組にアクセスする道を持っているレコード会社を考えたところ、フジテレビとニッポン放送の子会社であるポニー・キャニオンがいいだろうということになりました。すぐにレコード発売の話を持ちかけ、2003年の11月には新井満さんのレコードをポニー・キャニオンから出すことができました。その後、2004年の2月くらいにポニー・キャニオンのお陰でニッポン放送で、この曲に関する特別番組ができました。このラジオ番組が『千の風になって』の存在をある程度世の中に知らせてくれる大きな役割を果たしてくれたと思います。次に、ほかの人にもレコーディングをしてもらおうと考えました。何人かの人が違うかたちで同じ楽曲を演奏することをわれわれは「競作」と呼んでいますが、この「競作」をひとつの作戦として使うわけです。新聞や雑誌でもそのほうが記事になりやすいですし、放送局も注目してくれるからです。誰がいいだろうと思っていろいろ売り込んでいたところ、新垣勉さんという方がこの曲を気に入ってくださって、アルバムにも入れてくれて、その後シングル盤も発売してくれました。

この頃になって、テノール歌手である秋川雅史さんのファンの方が数人、秋川さんに『千の風になって』を歌ってほしいというリクエストをするようになったそうです。気になった秋川さんが実際にこの曲を聴いてみたところ、自分のレパートリーに入れるのも悪くはないと思ってくださったというわけです。そして2005年の9月にアルバムが出ました。最初はアルバムのなかの一曲でしたが周囲の評判も非常に良かったので、秋川さんは2006年の5月に、改めてシングル盤として出しました。決定的だったのはNHKの紅白歌合戦で秋川さんが歌ったことですが、秋川さんが歌う直前にスマップの木村さんが『千の風になって』の詩を朗読してくれました。この「死んだ人が生きている人に語りかける」という内容の歌詞は、年齢のいった方にとっては実感する内容でも、ある意味では若い人たちにとって興味の対象ではありませんでしたが、このときに全国放送で木村さんが朗読してくれたことで、興味を持ってくれる人たちの年齢が一挙に下がりました。同時にこの歌詩の良さが全国に伝わり、最後に秋川さんが歌ったことで、みんなの記憶のなかで歌詞とメロディが一緒になったんだと思います。

その後、今年に入って1月のオリコンチャートの上位に入り、直後のオリコンで1位を獲得します。それからもう半年が経ちますが、今もまだ15位内に入っています。今年の8月には、最初に願っていた『千の風になって』をテーマにしたドラマが、2回にわたって放映されますので、もう一回大きなピークが作れるのではと期待しています。今年の紅白でも秋川さんがもう一回この歌を歌って下さるように強く願っています。

よく、“音楽出版社とレコード会社の仕事の違いは何ですか?”ということを聞かれますが、答えは、“ほとんど同じことをやっていますが、音楽出版社は楽曲をスタンダードにするということが、一番の目的であるのに対して、レコード会社は、アーティストをスターにするということが目的で、そこが基本的な仕事の違いです。”ですから『千の風になって』でも、スタートは新井さんでしたが、新垣さんが歌い、秋川さんが歌った。その後、加藤登紀子さんや鮫島有美子さんもレコーディングしてくれました。このように、歌う人にこだわらずに楽曲をスタンダードにするために努力することが、音楽出版社の仕事です。そういう意味では、『千の風になって』は、音楽出版社の夢である素晴らしいスタンダードになっていき、ビートルズの著作権に負けない著作権使用料を生み出してくれるだろうと思います。