2007年度JASRAC寄附講座
音楽・文化産業論U
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2007.10.20


講師:三枝照夫(さえぐさ・てるお)先生

1951年生まれ。
1975年、早稲田大学卒業。
ビクター音楽産業梶i現ビクターエンタテインメント梶jに入社。
1996年、ビクターエンタテインメント且謦役第1制作宣伝本部長に就任。
2002年、ビクターエンタテインメント椛纒\取締役専務取締役に就任。
2007年、ビクターエンタテインメント且謦役会長に就任。



「音楽マーケティングの過去・現在・未来
―ヒットの法則はあるのか?」



1.音楽マーケティングとは



 今日は、「音楽マーケティングの過去・現在・未来」というテーマの中で、主にヒット曲を作るための法則、あるいは方程式はあるのだろうか、ということに結び付けながら、作品ではなく市場を作る側としての話を進めていこうと思っています。

 はじめに皆さんとの共通認識を高めるために、私がこれから語る「マーケティング」について理解していただきたいと思います。ここでは、「人々が求めているものは何か?」、「それに対して何をどう提供すべきか?」という問いに対し、「その答えをあらかじめ探る行為」が「マーケティング」であると定義したいと思います。これはフィリップ・コトラーというアメリカの経営学者がつくった考えで、それを引用させていただきました。「お客様が求めているものとはいったい何なのか」ということに対して、音楽業界ではどのような作品あるいはアーティストを提供すればヒット商品につながっていくのか、またお客様の満足感を得られるのかということです。

この講義では、以上のような定義において、「マーケティング」という言葉を使っていきます。



2.音楽マーケットの現状



まず、日本の今日の音楽ビジネスの産業規模ですが、約2兆円弱です。ちなみにアメリカの音楽産業の規模は3兆4〜5,000億円くらいだと思います。この中で〈レコード会社〉は2007年10月1日現在で、レコード協会の正会員が20社なのですが、そのほかに準会員10社、賛助会員15社で合計45社あります。この正会員の中に、われわれビクターエンタテインメントやソニーミュージック、エイベックスなどが入っています。インディーズのレコード会社も増加傾向にあります。そこから流通経路でつながっている〈卸〉は、現在は星光堂とウイントの大手2社があります。レコード会社は直接メーカーと契約するわけではなく、この卸会社を通して流通しているというわけです。

また〈カラオケ店〉に関しては、店舗数自体は減少していますが、店舗ごとの規模は大型化の傾向があります。また〈レンタル店〉のCDショップは減少していますが、中古のCDショップは増えています。

現在、音楽ソフト全体の生産金額は右肩下がりだと言われていますが、私はあえて、2006年から右肩上がりになっていくという見方で捉えたい、また持って行きたいと考えています。その一番の要因は「着うた」や「着うたフル」です。PC配信はまだまだですが、携帯電話経由によって産業の規模が伸びています。これからはパッケージの減少とともに音楽配信が伸びてくると考えられます。



3.音楽マーケティングの変遷



(1)数字で見る音楽ビジネスの変遷

1960年の時点ではまだCDは登場しておらず、いわゆるアナログアルバムによるパッケージの市場規模は89億7,000万円でした。その後1966年にビートルズが登場し、これによって市場規模は319億7,000万円にまで増加します。

1970年になると団塊の世代が購買層の中心となり、市場は657億円にまで膨らみました。翌71年にはカセットテープが出現、それまでのアナログレコードにカセットテープの売り上げが加わり、市場は1,000億円の大台に乗りました。

1980年代にはCDが登場、さらにCDラジカセやウォークマン、CDプレーヤーなどが次々と一般化し、テレビの歌番組では大物アーティストが出演したり、ビデオ・クリップがテレビでオンエアされたりしました。1番の出来事は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」が、全世界で3,000万枚という売り上げを記録したことです。この頃の規模は、だいたい3,000億円くらいでした。

1990年になると、産業規模はどんどん上昇していきます。テレビ番組とのタイアップにより、「おどるポンポコリン」や「ラブ・ストーリーは突然に」などのヒット曲が出てきました。「ミリオンか無名か」。つまり「売れるか売れないか」という極端な二極化現象が出てきたのもこの頃です。この1990年代の中でも98年という年は、業界の中でもっとも規模が大きくなった年で、その生産金額は6,079億9,000万円にまで膨れ上がりました。



(2)70年代以降の音楽マーケティングの変遷

以上の変化を、数字ではなく、言葉で簡単にまとめてみましょう。

1970年代は歌謡曲が大多数の人たちに向けられた音楽でしたが、その一方でニューミュージックという音楽が生まれます。「個人」に近い音楽、つまり自分に合う音楽を、それぞれ自分たちで作って、自分たちで演奏するという傾向を持っている音楽のジャンルですね。このようにマーケットは二極化していくということが、この時期の特徴です。

1980年代はマーケットの総合期。歌謡曲もニューミュージックもどんどん一般化し、テレビの音楽番組が大きな影響力を持った時代でした。

1990年代になると、「タイアップによるマス・マーケティング」がキーワードとして挙げられます。「マーケティング」という概念が非常に強く表れ始めるのがこの時期です。他の一般企業においては、マーケティングはすでに盛んでした。しかし音楽業界においては、商品そのものに「ヒット性」が内在しているのかということについて明確ではなく、マーケティングの概念が導入されるのは簡単なことではありませんでした。人々が何を求めているのか、そしてその延長線上にあるアーティストや作品とはどのようなものなのか。こういった考えが芽生えてきたのが、90年代ではないでしょうか。そしてシングルヒットからアルバムヒットへ、さらにベストアルバムヒットへとつなげていくという図式が生まれたり、アイドルの衰退に伴って新しいスタイルのミュージシャンが次々と登場してきたのも、90年代でした。



4.マーケティング事例



(1)Kiroro

1998年は、1,400曲ぐらいの音楽シングルが発売され、そのうちミリオンヒットを出したものは20曲。単純に計算すると、ヒットの確率は1.4〜1.5%ぐらいでしかないということになります。ちなみに1998年のオリコンの年間シングルチャートは、1位がGLAYの「誘惑」、2位はSMAPの「夜空ノムコウ」、3位はSPEEDの「my graduation」でした。

このオリコンシングルチャートの上位20位は、すべてが何らかの大型タイアップで売り出されています。その中で1曲、ノンタイアップで6位にチャートインした楽曲がありました。Kiroroの「長い間」です。彼女達のプロモーションビデオを見てみましょう。


【Kiroroの「長い間」が流れました】


 ご覧いただいた曲が、何のタイアップもなしに1998年のヒットチャート6位にチャートインしたものです。ちなみに何の変哲もないこのプロモーションビデオを制作するのに、いくらかかったでしょう? 50万円? 100万円? 300万円と思う人はいませんね。これは私が作ったんですが、実は1,000万円かかったんです。野原にグランドピアノを運んで、あらゆる角度からカメラを回して、編集にも手をかけました。見るものの中に自然にフッと入ってくるように、ものすごく細かく作られています。この日常的な感覚を作り出すために、相当なお金を使いました。ぱっと見ると、カメラを回しただけで出来上がった作品のようですが、そう思わせることが作り手としては正解です。

 この曲がヒットした1998年のレコード業界の音楽シーンには、以下のような特徴があります。

@ジャンル:ダンサブルでアップテンポなポップス

Aサウンド:プログラミングされた無機質さ

B歌詞:内容よりも瞬間的に刺さるイメージやキーワード先行

C女性ヴォーカル:モデルばりのルックスのソロ・アーティスト

D売り方:中央発信型のCMやテレビ番組のタイアップ戦略


 この中であえて、違うものをぶつけていったんです。キーワードは「反動」、つまりメイン・ストリームの間逆で際立たせるという戦略です。Kiroroの「長い間」は当初沖縄でCMソングとして使われていて、沖縄のインディーズシーンで1万枚近く売れていたという背景があります。そこでいろいろな会社が彼女たちに目をつけていました。われわれもそうだったので、Kiroroの2人に直接会って「ビクターに預けて欲しい」と言ったんですね。そして、彼女たちの曲を聴いているお客さんについて、かなりのリサーチをしました。すると上に挙げた98年のメイン・ストリームとは違う傾向が見られ、それが次のような戦略につながりました。

@ジャンル:年齢を問わない、ゆったりとした普遍的なバラード

Aサウンド:人肌感のある生演奏、アコースティックさを重視

B歌詞:各世代が共感できる、ストーリーのある日常生活密着型

C女性ヴォーカル:近くにいそうな親近感のわくデュオ

D売り方:地域限定ヒット→ノンタイアップで曲の良さを地道に伝える

 
 そして見事、100万枚のヒットを生み出しました。この曲は、人間が本来持っている思考の激しさや優しさという当たり前の気持ちとどう結び付けられるかという、成功例のひとつです。



(2)LOVE PSYCHEDELICO

 2000年に入り、音楽シーンはどのような傾向にあったかというと、パンクバンドを中心としたライブイベントがもっとも盛んだった時代で、またインディーズシーンがにわかに活気を呈した時代でもありました。大手レコード会社がつくってきた古い体制に対して、新しく自分たちのスタイルを持っているインディーズの存在が大きくなってきたんです。

 LOVE PSYCHEDELICOは、「バズ=ザワザワ感」をキーワードに戦略を進めました。デビュー前からブレイクまでの話題の作り方をきちんと計算し、1作目だけではなく、2作目も決めておいて、この2つを同時に進行させていくというやり方です。まずインディーズの勢いに乗り、タワーレコードで100円カセットを先行販売して購買層の分析をしました。また、デビュー曲「LADY MADONNA〜憂鬱なるスパイダー」を徹底的に流しました。そして間髪入れずに2曲目の「Your Song」をCMソングとして使用。アーティストの顔は一切見せずに、イラストをアイコンとして使用しました。ちょっと聴いてみましょう。


【CMソング「Your Song」が流れました】


 以上のように、1曲目と2曲目をセットにして売り出して、バズを創出していくということが、彼らのマーケティング戦略でした。これはよく映画で使われる手法でもあります。



(3)ESCOLTA(エスコルタ)

 最後の事例はESCOLTA。日本のオペラ界の重鎮である池田直樹さん監修のもとで行われたオーディションで選ばれた、男性4人組のユニットで、音楽プロデュースは五木田岳彦さん。「ESCOLTA」とはスペイン語で「男性が女性に付き添う」ことです。ターゲットは30〜50代の女性とあらかじめ想定してあるので、皆さんにはあまり馴染みがないかもしれません。ちなみにこのくらいの購買層は非常に重要です。なぜなら日本の人口の半分以上はすでに50代以上の人だからです。

このESCOLTAの場合もまた、検証から始まりました。銀座にある山野楽器には比較的年齢層の高い方が客として来られるので、ここで3曲入りのシングルを先行販売して購買層を調べました。

 ESCOLTAは、「韓流」や「○○王子」、「千の風になって」など、ネオクラシックの先頭に立つとことが狙いです。そしてポップスだけではなくクラシックやオペラ、ミュージカルなど、高い芸術性も提供できる実力がある。ここで、皆さんにもご覧いただいて、次の話に進みたいと思います。


【ESCOLTA「愛の流星群」が流れました】



5.音楽マーケティング及び音楽業界の今後



 これからの音楽マーケットは、少子高齢化への対応が不可欠であるということがまず挙げられます。

日本人の人口の半数以上を占める年齢層のエンタテインメントの提案は、これからのマーケット開拓に絶対に必要で、必ずしも「50代以上=演歌」という図式は当てはまりません。こうしたマーケットに対してどう切り込んでいくかとういことが、音楽業界に限らず最大のテーマです。皆さんの強力な武器は、皆さんの親御さんがちょうどそのくらいの年齢だということ。ぜひともじっくりと研究して欲しいと思います。

そして「音楽との距離感を狭める」ということが必要になってきます。そのためには、音楽自体をもっと生活に身近なものとしていくことが大切です。例えば、歌はその時代を表すとよく言われます。三橋美智也さんの「夕焼けとんび」や春日八郎さんの「別れの一本杉」の歌詞は、その時代やその時代の風景を象徴する言葉です。ですので、時代とともに言葉も変えていかなければいけない。そして、どの世代に対してどのような音楽あるいはエンタテインメントを提供していけばいいのかということが、これから非常に重要なテーマになってくるはずです。

また「音楽との距離感を狭める」ということに関して現在起こっていることは、マイスペースやSNS、ブログなどの出現によって、誰もがプロモーターになれる時代になってきているということです。イギリスのバンド、レディオヘッドはEMIとの契約が終了し、新作のアルバムは自分たちの公式サイトで配信しました。しかも価格は買い手が自由に決められる「付け値」です。これによって彼らのアルバム「In Rainbows」は120万ダウンロードを記録しました。ここでは、アーティストあるいは制作者とお客様との間にあるはずのさまざまな流通経路がなくなり、音楽と聴き手が限りなく近いという図式が生まれています。音楽との距離感が狭まることで、皆さんはもっと安くいい音楽を手に入れることができるようになり、非常にいいことだろうと思います。

また、アーティストはレコード会社に所属しなければいけないという前提もなくなりつつあります。例えばマドンナはワーナーミュージックとの契約が終了し、ライブ・ネーション社というチケット販売会社と契約を交わしました。つまり音楽ビジネスが今までの一般のビジネスのなかに組み込まれていくという現象が起こっているのです。

以上、@内外の才能とともに新しいマーケット(アーティスト、ジャンル、販路)を作り出すということ、そしてA世界のボーダレス化によって形成される新しい秩序や変化に、迅速に対応すること、という2つのポイントをクリアできなければ、企業としては難しい時代になってくると思います。

音楽の新しいマーケットのヒントはもうすでに出ているので、少しご紹介します。まずは「Sotte Bosse(ソット・ボッセ)」。これは普通のレコード店からヒットした音楽ではなく、ヴィレッジヴァンガードを中心に大きなヒットとなりました。私も聴きましたが、中身は「邪魔にならない音作り」、そしてデザインもおしゃれです。

 次は「Tooth Tunes(トゥース・チューンズ)」。アメリカではすでに150万本の大ヒットになっていて、来年日本でもタカラトミーが発売する歯ブラシです。「歯ブラシ?」と思うかもしれませんが、これは骨伝導によって音楽を楽しみながら歯磨きができるというものです。このように、音楽の「容器」も変わっていくかもしれません。



6.ヒットの法則はあるのか?



 私は、ヒットの法則はあると思います。「ヒットの法則は人(ヒト)にあり」です。まずヒットを「作れる」人と「作れない」人の違いとは何なのでしょうか。言えることは、ヒットを作った人と一緒に仕事をしている人は、ヒットを作る確率が高いということ。ヒットを作った人の周りには、いろいろな情報、いろいろな売込みが入ってきます。つまりその中にいれば、感性に磨きがかかり自分自身をレベルアップできる。まずはヒットを作った人のそばで仕事をすることで、ヒットを作れる可能性は高くなると思います。

ほかに必要なのは「成功体験の取り込み」と「アレンジと実践」です。これは、ヒットを作った人の経験を自分なりにアレンジして実践するということです。また「外さない」確率を上げること。これはマーケティングですね。市場調査をきっちりとやることによって、ある程度「外さない」ことは可能になります。

最後は、ヒット作りに求められる能力です。必要なのは「パッション」と「センス」。そして「Public Relations / Sales Promotion」つまり、商品そのものをどうやってプレゼンテーションしていくかということは絶対に必要です。これは学問として学び、実践で活かしていってください。また「扇動力と組織力」も必要です。人をどうアジテートし、オーガナイズしていくかということ。個人の力量として人を説得し組織化することは、修練で身につけていってほしいと思います。


以下、質疑応答

Q.一緒に働く上で求めているのはどういう人?

A.自分の意見をはっきり言わない人や、人前でしゃべらない人はだめ。求めているのは、人の意見を聞きながら自然に自分の意見に誘導できる人、そしてやはり音楽が好きという気持ちが強い人。


Q.高齢化社会の中でのヒット作りについて、私たちの親の世代はビートルズ世代なので、これから先にロックにも可能性はあるか?

A.個人的には可能性は大いにあると思う。ただ前と同じ音ではなく、新しい音を提供することが必要だろう。


Q.CDからダウンロードに移行する音楽業界の流れのなかで、無名の新人が出てくる可能性は?

A.もちろんある。とくにSNSなどを利用してどんどん出てくるだろう。ただ世の中に認知されるためには「ブランド力」が必要。無名でも圧倒的な作品力があればいいが、類まれな才能はごく少数なので、ブランドに磨きをかけることが大切。また会社側も、よりきめ細やかな新人発掘の仕方が主流になっていくだろう。


―出典―

●『コトラーのマーケティング・コンセプト』フィリップ・コトラー著、恩藏直人監修、大川修二訳、東洋経済新報社、2003

●『デジタルコンテンツ白書2006』『デジタルコンテンツ白書2007』経済産業省商務情報制作局監修、財団法人デジタルコンテンツ協会編集・発行

●『オリジナルコンフィデンス』8/13号、10/15号、オリコン・エンタテインメント株式会社発行、2007

●『レバレッジ・シンキング』本田直之著、東洋経済新報社、2007

●(社)日本レコード協会 http://www.riaj.or.jp/

●ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/

●ITmedia +D LifeStyle http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/

●ビクターエンタテインメント(株) http://www.jvcmusic.co.jp/



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