第11回 2008年6月21日 
「著作権と国際社会〜日本が本当の知財立国になるために〜
朝妻先生

講師: 朝妻 一郎 (あさつま・いちろう) 先生

昭和18年、東京生まれ
昭和41年、株式会社パシフィック音楽出版に入社
昭和55年、常務取締役に就任
昭和60年、代表取締役社長に就任。同年、合併により株式会社フジパシフィック音楽出版と改称
平成17年、代表取締役会長に就任
現在は、(社)日本音楽著作権協会理事、(社)音楽出版社協会会長も努める
パシフィック音楽出版時代より、ザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」、モコ・ビーバー・オリーブの「海の底でうたう唄」、加藤和彦/北山修の「あの素晴しい愛をもう一度」をはじめ、山下達郎、大滝詠一、サザンオールスターズ、オフコースなど多くのアーティストのヒット作りに携わっている。
執筆活動では共著書に『ポピュラー音楽入門』、『ビートルズ その後』など、監修書に『アメリカレコード界の内幕』など。
趣味は、映画、観劇、ゴルフ。

「著作権と国際社会〜日本が本当の知財立国になるために〜


1.戦時加算とは

 「戦時加算」という言葉をご存知でしょうか。1952年4月、サンフランシスコ湾に浮かぶミズーリ号の上で、日本と連合国が第二次世界大戦の講和条約を結びました。その講和条約のなかに、「日本が連合国の著作物について、戦争がなかったなら生じるはずであった権利を承認する」という条文が入っていました。これが戦時加算です。第二次世界大戦は、日本がハワイの真珠湾を爆撃した1941年12月に始まりました。その後、講和条約が結ばれた1952年4月28日までの約10年間、日本は連合国の著作物をちゃんと保護していなかったという理由で、日本は連合国の著作物を10年間長く保護しなければならなくなりました。著作権の保護期間は、日本では作家の死後50年、アメリカやヨーロッパでは作家の死後70年となっています。例えば、飛行機の墜落事故で亡くなったグレン・ミラーというジャズのアーティストは、「ムーンライトセレナーデ」という曲で有名です。彼が亡くなったのは1945年なので、日本ではその50年後にあたる1995年に著作権が切れます。しかし戦時加算として10年間プラスされるので、保護期間は2005年までになります。日本ではほかの国より10年間長く連合国の著作物を守らなくてはいけないんです。これが、戦時加算です。

 しかし同じ敗戦国であるイタリアやドイツには、戦時加算は課されていません。なぜなら、イタリアはオペラやクラシックなどの著作物が大量にあるため、アメリカが戦時加算を要求した時、反対にアメリカにも同じことを要求しました。そこで、お互いに戦時加算しあうのであれば最初から不必要だ、ということになったわけです。そしてドイツには初めからこの要求はされていません。戦時加算とは、日本だけに課せられている不平等条約なのです。第二次世界大戦はとっくの昔の1945年に終わり、サンフランシスコ講和条約も1952年に締結されたので、世界との決着はついているはずです。しかし現実的には、まだ戦後の傷跡が残っている。言うなれば、蒙古斑は大人になれば消えますが、日本の蒙古班=戦時加算はまだ消えていない。完全に第二次世界大戦からの脱却ができていないのです。

 戦時加算は不平等条約だということで、ここ数十年のあいだ日本はなんとかこの条約をなくしたいと努力をしてきました。しかし外務省からすれば、連合国が持っている特権をなくしてくれと言うためには代わりになる特権を連合国に与えなければいけないため、消極的にならざるを得ない。またアメリカ政府と話をしても、アメリカの持っている特権を手放すことを国家として正式に認めるためには、公聴会を開いて国民の意見を聞く必要がある、という答えになる。つまりプロセスとしては非常に煩雑なものがあり、戦時加算を正式になくすということはとても難しいのです。

 しかしここにきて、戦時加算を廃止できるいいチャンスが訪れています。それは、著作権の保護期間を延長すればいいのではないかということです。世界ではすでに、先進国のほとんどが著作権の保護期間を作家の死後70年に延長しています。そのなかで日本の著作権保護期間はいまだに作家の死後50年です。とはいえ日本の場合は50年の保護期間に戦時加算が10年間加わるので、欧米の著作物については保護期間が60年になります。しかしここで日本が欧米諸国にあわせて70年に延長すると、戦時加算をなくすことができるんです。どういうことかというと、われわれ音楽出版社協会はNMPA(全米音楽出版社協会)あるいはICMP(国際音楽出版社連合)などに、「日本が保護期間を70年に延長することを機に、戦時加算に関する権利を行使しないようにしてくれ」ということを申し入れています。政府間での交渉だと公聴会などのややこしい手続きが必要になりますが、欧米の権利者が「われわれが持っている権利を行使しません」と言ってくれれば、あくまで権利者どうしの話し合いで済み、そこに政府が関与する必要はありません。現在われわれがNMPAやICMPに申し入れた「保護期間延長を機に、戦時加算の権利を行使しないでくれ」というお願いは、ほとんどの国から了解を得ています。また、JASRACからも同じように世界各国の音楽著作権管理団体の連合体であるCISACの総会で、戦時加算を行使しないよう要請しています。そして、日本が著作権保護期間を70年に延長することで、その権利を行使しないという確約に満場一致で了解を得ているというわけです。

 そこでわれわれは、アジアの中でも日本が先んじて70年に延長できるように色々と働きかけてきました。しかし残念ながら、日本がアジアの先陣を切って70年に延長するということはできませんでした。先日韓国が50年から70年への保護期間延長に同意しました。世界のほとんどの国、欧米先進国ではカナダ以外は、著作権の保護期間が70年になっています。なかにはそれよりも長い保護期間の国もあります。こういう状況下で、日本も保護期間を70年に延長することに対して当然みんな賛成してくれるだろうと権利者側は期待しているのですが、実際にはそうはなっていません。


2.日本における保護期間の延長

 日本では2007年の3月に、著作権審議会の下部会として「過去の著作物の保護と利用に関する小委員会」が設けられ、この委員会で保護期間を延長するべきかどうかという検討が行われています。

 この委員会では、現在の保護期間である50年でも著作権者の所在が分からないことが多いのに、70年に延長すればますます分からなくなるという意見があります。誰が作った著作物なのか、作った人がどこにいるのか、誰に連絡すれば著作物の使用を許可してもらえるのかなど、そういうことが分からないのは非常にややこしい。だから70年に延期するのは反対だという意見です。そこでわれわれ権利者としては、権利者の所在が分からない作品については「データベース・プラットフォーム」を作りましょうと提案をしています。そこにアクセスすれば、その著作物についてどのような道筋を辿れば権利者に行き着くのかという情報が分かるようにしようと考えています。実際、音楽に関してはJASRACに問い合わせれば、その権利者がどこの音楽出版社なのか、あるいはどの作曲家なのかということをすぐに教えてくれます。しかし、文芸作品など関してはまとまったデータベースがありません。保護期間を70年に延長することで権利者の所在の分からない作品がますます増えるのではないかという懸念は、特に文芸作品について問題になっている点です。例えば、『早稲田文学』など大学の同人誌をもう一度復刻したいという場合に、50年前の同人誌だと書いた作家の所在が分からないということが現実に起こっている。そういうことに関しては、大学事務局に責任を持ってもらうなどの方法が考えられますので、このようにして解決していこうとしています。

 また、著作権の保護期間を延長しないほうが、著作権が消滅している作品であれば無料で使用できるのに、どうしてわざわざお金がかかるほうに変える必要があるんだ、という意見もあります。「青空文庫」という、著作権が消滅した文芸作品専用のインターネット図書館もその1つです。著作権が消滅した作品のことを「パブリックドメイン」と呼んでいますが、パブリックドメインは誰が使っても自由です。パブリックドメインを出版しても作家に著作権料を払う必要がないので、コストが安い分儲けも大きく、ある意味では非常にいい商売になります。例えば有名な文芸作品に、サン=テグジュペリが書いた『星の王子さま』があります。サン=テグジュペリが亡くなったのは1944年なので、日本ではすでにパブリックドメインとして扱われています。しかしフランスやイギリスの保護期間は70年なので、いまだに著作権は保護されています。著作権が消滅している日本では、2〜3年前から新しい翻訳の『星の王子さま』が次々に出版されています。フランスやイギリスからしてみると、日本はなんて野蛮な国なんだと思われているはずです。

 反対意見でかなり強いものは、特許権は20年なのに著作権は50年からまだ延ばすのか、という意見です。特許権は商品が発売されて20年が経過すれば、基本的に元は取れたとして権利はなくなります。その特許権に比べると、著作権は長すぎるのではないかというわけです。日本ではかつて、レコードの保護期間は発売から20年でした。特許権と同じ考え方です。ビートルズのレコードが最初に日本で発売されたのは1964年。そのちょうど20年後にあたる1984年の2月の保護期間が終わった途端に、日本でビートルズのレコードをコピーして発売した業者が数社ありました。当時の日本の著作権法上では、確かに誰がコピーしても良かった。しかしさすがに、欧米のレコード会社から「冗談じゃない」と大非難の嵐が起きました。アメリカの会社にとっては、自分が出したレコードがほかの国で勝手にコピーされてしまうと、印税が入ってこなくなり業界全体が大変なことになるからです。そこでアメリカの音楽業界はアメリカ政府を通して、日本に色々な形でプレッシャーをかけてきました。アメリカは日本に対して、オレンジや米の輸入自由化を要求していましたが、日本としてはそんなことは同意できません。するとアメリカ政府は、「それができないんだったらレコードの保護期間をもっと延ばせ」と要求してきて、日本での保護期間は20年から30年に延びました。その後もたびたびプレッシャーがかけられて、30年に延長された直後に、欧米と同様に50年に延びました。

 保護期間の延長に対する反対意見に、日本の著作物はほとんど輸入だということも理由に挙げる人がいます。輸入ばかりで輸出はほとんどないのだから、保護期間を延ばしたからといって、そのベネフィットを受けるのは外国の作品だけだというわけです。

 しかし著作物は、いまや重要な貿易品です。貿易とはある地域から違う地域に、相手が必要としているものを提供し、その代わりにその地域が持っているものをもらう、あるいはお金を支払ってもらうことで成り立っています。貿易は、歴史的には食料から始まり、その後は胡椒や塩などの香辛料などが主な対象でした。その後技術や産業が発達してくると鉄鉱石や石炭になり、石油になり、貴金属になり、最近ではレアメタルが重要な貿易品になっています。それと同じくらい、著作権も重要な貿易品になってきています。アメリカは日本に対し、オレンジや米の自由化を要求してきましたが、日本がそんな要求を呑めないということは初めから判っていました。しかし呑めないのであれば、代わりにレコードの保護期間延長を要求してくる。韓国に対しても同じで、農作物の自由化を要求しても韓国は呑めない。だからその代わりに著作権の保護期間延長を求めてきたわけです。つまりアメリカにとって著作権とは、重要な貿易品なのです。重要な貿易品であるがゆえに、日本や韓国をはじめとした外国がアメリカの著作物をきちんと保護するということは、アメリカにとって非常に重要なんです。


3.知財ビジネスをスタンダード・ルールへ

 なぜアメリカにとって著作物が重要な貿易品になったかというと、レーガン大統領が大きく関わっています。レーガンは1981年に大統領になりましたが、彼が最初に目指したのは「強いアメリカ」でした。軍事力を強めようとした彼が考えたのは「スターウォーズ作戦」といって、映画の『スターウォーズ』のようにたくさんの衛星を飛ばし、どこからでも敵を攻撃できるようにしようとしたんです。当時アメリカの一番の敵はソ連だったので、アメリカはソ連のどこの地域でも自国が飛ばした人工衛星からミサイルを打てるようにしようとしました。一方のソ連はその頃、ともかくソ連邦を維持するのに大変だったので、その上アメリカのスターウォーズ作戦に対抗するなんて、とてもじゃないけれど無理だった。このままソ連とアメリカがお互い軍事力の争いをやっていても、ソ連という国自体が持たない。そこでソ連は軍事の増強をやめることにしました。そしてアメリカとの対立関係を解き、もう少し仲良くしていこうということになった。レーガンのスターウォーズ作戦は結果的に、ベルリンの壁をなくした大きなきっかけとなり、冷戦の終結に導いたというわけです。

 「強いアメリカ」を実現してソ連が脅威でなくなったアメリカは、その次に国を強くするためにはどうすればいいかということを考え、今度は経済だということになりました。レーガン大統領は「産業競争力委員会」を作り、今後アメリカの力になるビジネスを研究してくれと諮問しました。委員会の答えは、「今後アメリカのビジネスのなかで大きな力になるものは、映画と音楽とコンピューター・ビジネスである」というものでした。要するに知的所有権ビジネスが、アメリカの将来を担うビジネスになるだろうということを、産業競争力委員会は提言したのです。レーガン大統領はアメリカの著作物が海外できちんとお金を回収できるように、そのビジネスの体制を整えようとしました。アメリカ映画は最初に映画館で公開され、映画館はその国の映画会社にお金を払い、それがアメリカのハリウッドの映画製作者に入るという形になっています。その後DVDやビデオなどが発売されれば、それも製作者にパッケージの印税が支払われます。しかし当時はアメリカで映画が公開されてから1週間後には、シンガポールや香港でハリウッド映画の海賊版のビデオが、安い値段で出回っていました。ハリウッドの映画会社は、映画を公開したあとにビデオを出してお金を儲けようと思っているのに、そのビデオが海賊版として前に売られてしまうと大きな印税が回収できません。印税をきちんと回収するためには、そのスキームに開いている大きな穴を塞がなくてはならない。そこでアメリカは、著作権の保護がきちんと行われていなかった国を1つずつ潰していきました。最初に海賊版の本拠地であったシンガポールを筆頭に、韓国、台湾、日本などです。やり方としてはいつもと同様、各国との交渉で農作物を初めとする貿易の自由化を持ちかけ、それが受け入れられないとなると著作権のことを要求していきました。

 アメリカはこの方法でかなりの成功を収めていきましたが、それでは手間隙がかかりすぎるということで、世界的なルールを作って自分たちの著作物をきちんと保護していこうと考えました。アメリカは自分の国の知財を各国に輸出している、つまり知的所有権を貿易物として守っていくために、ガット・ウルグアイ・ラウンドで申し入れました。「ガット」とは、GATT(General Agreement on Tariffs and Trade)、つまり「関税および貿易に関する一般協定」です。要するに、世界の貿易がスムーズに行われるようにみんなで取り決めをするために設けられた協定の場に、アメリカは著作権を持ち込んだわけです。しかし自分の国の話だけをしてもほかの国はついてきません。そこでアメリカは「あなたの国のブランド品のバッグが、シンガポールなどでコピーされて売られていますよ。このままでは国は大変な打撃を受けますよ」と言って、フランスやイタリアを仲間に引き込みました。リーダーシップをとったのはアメリカでしたが、イギリスにもビートルズをはじめとした著作物がありますし、イタリアやフランスにも世界中で売れている有名な楽曲がたくさんあるので、話はうまく進んでいったというわけです。

 欧米が日本の保護期間を50年から70年に延ばせと言う理由は、自分たちの国は著作権の保護期間を守っているのに、先進国の一つである日本において無料で使われているのはおかしいということです。本来は保護すべきものを、日本はしていないと。世界のルールというものがあるんだから、日本も同じルールを守っていかなければいけないというわけですね。

 先に、日本は輸入がほとんどで輸出があまりないと言いました。確かにこれまで外国で売れた日本の楽曲は、坂本九さんの「上を向いて歩こう」、YMO、最近ではBOOMの「島唄」など少ししかありません。しかし現在はアニメも世界に進出していますし、文学でも村上春樹さんの小説は多くの国で翻訳されています。あるいは野田秀樹さんの芝居も海外で公演されるなど、日本のものも様々な形で進出し始めています。日本人の才能を過小評価するような考えはもう捨てなければならないのです。また日本政府は現在、知財立国を標榜し、知財ビジネスを推し進めていこうとしています。アメリカが20年以上も前に行ったことを、ようやく日本も始めているのです。知財推進本部を設置し、そこでアニメ、映画、放送番組、文学、ゲーム音楽などのコンテンツを日本の基幹ビジネスとして伸ばしていこうという方針を出しています。マーケットは当然国内だけではないので、競争の場所は世界になります。となると日本の事情だけでビジネスをするわけにはいきません。ルールも世界のスタンダード・ルールを適用しなければなりません。世界では著作権の保護期間は70年がスタンダードで、アメリカの一部では95年という話も出ています。必ずしも延長することだけがいいわけではありませんが、まずは世界の共通ルールに従う必要があるだろうと思います。そして、日本のクリエイターたちが作り出す著作物が世界中で受け入れられて印税を生み出す日が早く来るよう、いろいろな援助や政策を政府が行うことが求められていると思います。

 ここまでの話でみなさんに誤解してほしくないのは、戦時加算の撤廃のために保護期間を延長しようと言っているのではないということです。そうではなく、まずは先進国の一員として日本がワールド・スタンダードに賛同することが第一であり、それを実現すればその結果として戦時加算というくび木も外すことができるということです。戦時加算がなくなることは、あくまで副産物であり、それが第一の目的ではないということをご理解いただきたいと思います。


4.資産としての著作権

 もう1つ日本において重要なことは、著作権がとても大きな価値を持つ資産だという認識を持たなければいけないということです。事実、著作権は非常に大きな価値を持っています。具体例を挙げて説明します。

 1985年、マイケル・ジャクソンは4,700万ドルでビートルズの著作権を買いました。実際にはATVという音楽出版社を買ったので、ビートルズだけではなく、リトル・リチャードなどの著作権も入っていました。このときほとんどの人は、「いくらビートルズの著作権とはいえ、あんな高いお金を出して買うなんて、あいつは馬鹿だ」と言っていました。その翌年、それまでアナログ盤だったレコードがCDへとフォーマットを変え、それまで発売されていたアナログレコードが全部CDで再発されました。ここで彼はタイミングよく、最初に払った4,700万ドルのかなりの部分を取り戻しました。その後1994年にマイケル・ジャクソンは、EMIとビートルズの著作権の管理契約をします。契約時に払われたのは3,000万ドル。アーティストや作家の取り分も入っていますが、それを差し引いても1,500万ドルは彼の懐に入ったという計算になります。また1995年には、ソニーが持っていた楽曲著作権とATVが持っていた著作権を併せて、SONY/ATVという新たな音楽出版社を設立します。このときマイケル・ジャクソンは1億1,000万ドルの現金と、SONY/ATVが持つ著作権の半分を手にします。この時点ですでに、最初に支払った4,700万ドルはその数倍に膨れ上がりました。2006年には、SONY/ATVの50%を所有していたマイケル・ジャクソンは、自分の持ち分のうちの50%をソニーに売却しました。この時点でのATVの全体価値を算出すると10億ドルにもなるので、受け取った額は2億5,000万ドル。マイケル・ジャクソンが持つ著作権は最初の25%になってしまいましたが、それでもすごい金額です。今年からはiTMS(アイ・チューンズ・ミュージック・ストア)でビートルズの楽曲が配信される予定なので、彼にはさらにお金が入ってくることになる。マイケル・ジャクソンが買った著作権が、非常に大きな価値をもっていたということがお分かりいただけたと思います。

 マイケル・ジャクソンにビートルズの著作権を買ったほうがいいと勧めたのは、実はビートルズのポール・マッカートニーでした。彼自身も、ビートルズで大成功したときに手に入れたお金で、音楽著作権を買っています。彼の奥さんだったリンダ・マッカートニーのお兄さんとお父さんがエンタテインメント系の弁護士で、彼らがポールに「音楽著作権を買え」と勧めたんです。ポールは、バディ・ホリーというロックスターの著作権や、「ガイズ&ドールズ」というミュージカルの著作権、またライチャス・ブラザーズの「アンチェインド・メロディー」の著作権も持っています。ポールの財産の大部分を占めているのは彼自身が書いた著作権や買い集めた著作権です。現在著作権は非常に大きな資産になっています。

 一方で、企業がその資産価値に目を付けて、著作権に投資する動きが出てきています。スペクトラムというアメリカの投資銀行が持っているファンドは、ウインドスエプトというビヨンセやショーン・ギャレットの著作権を管理している会社を買収しました。またステート・ワンというオーストラリアのペンション・ファンド(年金基金)は、うまく運用しなければ年金が目減りしてしまうため、目減りせずに確実に増えていくものを買おうとディメンショナルという音楽出版社を買収しています。ディメンショナルはドリームワークスというスピルバーグなどが設立した映画制作会社の獲得した著作権を持っています。ほかにも穀物商社をバックにしたクロスタウン・ソングスという会社は、マドンナやマライア・キャリーの曲を書いているスウェーデンの作家チームの出版社を買収しましたし、オランダのペンション・ファンドは、ゾンバというレコード会社やロンドールというイギリスの音楽出版社、スパイスガールズなどを有名にしたサイモン・フラーというプロデューサーの「19」という音楽出版社を買収しています。さきほども出てきたSONY/ATVは、パラマウント映画が持っていたフェイマスという音楽出版社を買収し、ユニバーサルはコールドプレイの著作権を持つBMGミュージック・パブリッシングという音楽出版社を買収しています。

 以上のように欧米では、音楽著作権は優良な資産であり堅実な収入をもたらすと評価されています。ゆえにペンション・ファンドの投資対象にもなり、銀行も著作権を融資の担保として認めています。

 日本の場合は音楽著作権に対する評価がまだあまり高くなく、銀行が著作権を担保にお金を貸してくれるということもありません。これは日本において不動産のような目に見えるものに関しては高く評価するけれども、目に見えないものに対しては評価が非常に低いという考えが大きな原因になっています。そのような中で、みずほ銀行がGMファンドという名前で、1970〜80年代のフォークソングを中心に約300曲のパッケージを作り、それを担保にしてお金を集めるスキームを構築し、銀行も著作権にお金を出しましょうという動きがようやく始まりました。知財推進本部などでは、こういったソフトを資産としてどう評価するかということも今後の課題に入れていますので、いずれ日本でもそう遠くない時期に著作権の資産評価が確立してくる、と期待しています。


5.真の知財立国になるために

 ソフトよりもハードのほうに価値を置かれがちな日本は、現在「知財立国」というよりも、「知財利用ビジネス立国」になっています。知財立国とは本来、元になっている知財である映画やアニメ、音楽、放送番組などを作るクリエイターを育成し、クリエイターが作り出したコンテンツをきちんと保護することに主眼を置かなければならないはずなのに、日本ではどうも出来上がったコンテンツを使って利用するビジネスにウェイトが置かれているように思われるのです。どういうことかというと、アニメや映画、放送番組や音楽など著作物が、客寄せのアイテムとして使われているということです。しかも、なるべく安価で、簡単にコンテンツを使用したいと考えています。例えば、ネットのサイトでは人気のあるコンテンツを使ってアクセス数を増やすことで、バナー広告料などの収入を多く得ようとしています。これはウォルマートというアメリカの量販店が客寄せにCDを使っているのと同じことです。ウォルマートは、新譜のCDを定価の半額とか6割引にして売ってしまう。そのCDに寄ってきた客がCDを買ったついでに、冷蔵庫やテレビなどの電化製品を買ってくれればいいわけです。ウォルマートからしてみれば、CDのマイナスも冷蔵庫が1つ売れれば簡単に取り戻せてしまうからです。現在の日本のやり方は、この販売方法と似ている気がします。

 また日本では現在、放送番組を簡単に同時再送信するために「ネット法」というものを作ろうという動きが出ています。著作権では許諾権というものが認められていますが、使うたびにいちいち許諾をとるのは非常に面倒です。その許諾権を、ネット法では報酬請求権に変えようとしているんです。使っていいのかいけないのかという許可をいちいちとらなくても、お金を払うだけで使えるようにしようというわけです。このようなネットビジネスはもちろん悪いことではないし、新しい流通システムの登場は基本的に新しいマーケットを作りますから歓迎していますが、クリエイターなどの権利者の保護・育成に力を注ぐのではなく、クリエイターが作ったものを簡単にしかも安く使えるようにしようという、クリエイターへのリスペクトや、著作権保護といったことをないがしろにする方向に進んでいるのは残念です。

 世界の音楽の売り上げは、パッケージと配信の売り上げを足しても毎年減少傾向にありますが、日本だけは少しずつ増えています。それには以下の理由が考えられます。

 1つめは、JASRACという組織が非常によく機能していることです。JASRACは世界の著作権協会のなかでも珍しく、録音権と演奏権の両方を扱っています。アメリカでは、録音権を扱う団体と演奏権を扱う団体は別々です。しかしこれだと、配信をしたいと思ってもそれぞれの団体に話をしなければなりませんし、両方の団体から「いくら払ってください」と言われても、高すぎて配信できないということになりかねません。JASRACは録音と演奏の両方を扱っているので、配信業者はJASRACと話すだけで全部済みますし、JASRACも配信業者の落ち着きどころを見極めて話を進めるので、比較的スムーズに交渉できるようになっています。またNMRC(ネットワーク音楽著作権連絡協議会)という団体とJASRACは、配信に関するデジタルデータとJASRACの楽曲コードの提供を最初から求めました。こうすると配信のデータが膨大でも、デジタルデータなので処理がスムーズに行われます。世界でもこれだけの処理をしている団体はほかにありません。世界でも日本が配信の売り上げを順調に伸ばしている理由は、ここにあると思います。

 2つめは、配信料金を電話料金に上乗せしていることです。これが、徴収を簡単にしています。なおかつその徴収手数料が10〜12%という非常に低い利率になっています。アメリカの場合は手数料率が50%近くになるうえに、配信料金の支払いはほとんどがクレジットカードなので、大人は配信音楽を買えますがクレジットカードを持てない子供がアクセスすることはなかなか難しい。そこでiTunesは、配信音楽をダウンロードできる専用のカードを発売しています。例えば親が子供の誕生日やクリスマスにiTunesカードをプレゼントすることによって、子供も配信音楽を買えるというわけです。これはiTunesのビジネスを伸ばしている大きな理由の1つです。

 3つめは、レーベル・モバイルというサイトにアクセスすればすべての楽曲がそろっていることです。アメリカやそのほかの国ではほとんどの場合、各レコード会社ごとにサイトがあるので、自分の欲しい楽曲がいくつかのレーベルに分かれていた場合には各レーベルのサイトを訪ねる必要があり、使い勝手があまり良くありません。一方日本では、レーベル・モバイルにアクセスすればほとんどの楽曲がそろっています。

 このように、ネットビジネスも決して悪いことばかりではなく、新しいマーケットを作り、新しいビジネスを生み出しているプラスの面があるのですが、その根底には権利者の保護、あるいはルールをきちんと守るという意識を持つということが要求されます。著作権に対する理解をより深め、世界共通のルールの中で勝ち残れるクリエイターの保護・育成を推進するとともに、新しいテクノロジーをいい形で取り入れることこそ、日本が真の意味での知財立国を実現できる唯一の道であるということになると思います。


―以下、質疑応答―

Q.ラジオ番組は誰の著作物なのか? 友人がインターネットの動画投稿サイトで過去に放送されたラジオ番組を聴いていたが、ネットでダウンロードしたり動画サイトで聴くのは違法なのか?

A.ラジオ番組の著作権は、基本的にラジオ局が持っている。動画投稿サイト上で聴いた過去のラジオ番組は、おそらく違法にアップロードされたものなのでそれをダウンロードすることも違法になる。しかしそのことによって罪に問われるということは、現在のところはない。


Q.韓国や中国など海外の違法サイトはどうやって取り締まるのか?

A.基本的にもぐら叩きしかない。違法と分かればどんどん警告を出し、それを取り締まっていくというやり方。



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