講師: 錦織淳(にしこおり・あつし)先生
「知的財産権と著作権」

はじめに

 私はかれこれ20数年にわたって、社団法人日本音楽事業者協会の顧問をしています。この“社団法人”や“財団法人”とは、民法というもっとも基本的な日本の法律において明治期につくられた、公益法人です。これらの公益法人は、天下りなどの議論の的となって激しい批判を浴びたために全面的な改革をすることになり、今年の12月から新しい公益法人制度改革3法が制定されることになりました。公益法人はいったん既得権が剥奪され、新しい制度のもとで再スタートすることになっています。

まずは、そんな公益法人である日本音楽事業者協会とはどのようなところなのかを説明したいと思います。音楽事業者協会は、音楽プロダクションが集まってできた社団法人です。現在の正会員は102社。歴代の理事長・会長には、渡辺プロダクションの渡辺晋さん、ホリプロの堀威夫さん、田辺エージェンシーの田辺さん、イザワオフィスの井澤さん、そして現在の会長であるプロダクション尾木の尾木さんらがいます。これらの名前を聞いただけでも分かるように、日本の代表的な音楽プロダクションのほとんどがこの協会に入っています。音楽事業者協会とは、日本の音楽・芸能プロダクションの総元締めのようなものなんですね。音楽事業者協会は、音楽著作権のみならず著作隣接権なども強く守って発展させるという団体としての役割を背負ってきました。また音楽事業者協会は、先日(426日)この講義にも来られた社団法人音楽制作者連盟と双璧のような関係にあります。両団体ともプロダクションの集合体ですが、音楽制作者連盟の歴史は新しく、かつてニューミュージックといわれたようなジャンルの方々やアーティストが自ら社長になってつくった団体ですが、音楽事業者協会はどちらかというと古典的な歌謡界を中心に出発した団体であるという点において、性格がやや異なります。

かつての音楽プロダクションは、アーティストの契約取引や出演のマネジメント業務を中心としていましたが、現在は大きく変わりました。たとえば、ホリプロはずいぶん前に上場しました。音楽プロダクションが上場するなんてことは、昔は考えられもしなかったことですが、今や音楽プロダクションは近代企業となり、所属する歌手やタレントを束ねて面倒を見るというよりもむしろ、あらゆる音楽や芸能ビジネスをつくり出していく企業に変わったのです。そのなかでは、アーティスト自身をつくっていく、創造していくことを中心としています。昨年私はこの講座で、パブリシティの権利についてお話をさせていただきました。私たち音楽事業者協会は、氏名・肖像等に関するパブリシティの権利はプロダクションとアーティストの共同作業によってつくられたものであるとの理論を立てています。つまりプロダクションとは単に、歌手の仕事を手配するといったマネジメントによって彼らの面倒をみるのではなく、むしろ主体となって新しいタレントを育てていく立場にあるという理論です。たとえば“モーニング娘。”とは特定の歌手ではなくプロダクションがつくりあげたグループです。ゆえにそのグループのメンバーは次々に変わります。このグループはプロダクションによってつくられていったものなので、“モーニング娘。”という氏名・肖像等の権利とは、まさにプロダクションそのものの権利だということになります。

音楽プロダクションとは、今や近代産業として、昔のような古典的イメージとはまるで違った組織となりました。プロダクションとは、プロデュースをする=つくるという産業の1つです。それが音楽事業者と呼ぶ所以であり、音楽プロダクションは近代産業において新しい付加価値を生む重要な一翼を担っています。

1.著作権制度

 では最初に、みなさんが普段聴いている音楽がどのようにしてできているのかということを、簡単に説明します。

歌とはメロディと歌詞があってはじめて歌うことができるので、まずは作曲家・作詞家が必要です。そして彼らのつくった楽曲が、“著作物”です。次に、それを歌う人=実演家が必要です。この実演家が、いわゆる歌手やアーティストたちです。アーティストはプロダクションが売り出していくので、最初の段階でプロダクションとアーティストとの間に専属契約が結ばれます。専属契約のなかには、テレビ、ラジオ、映画、公演、レコード、広告(CM)、商品化(マーチャンダイジング)、出版、配信(インタラクティブ送信)など、すべてのビジネスが含まれていますので、当然これらのメディア等で歌を歌う“実演”という行為が発生し、ここで“著作物”と“実演”が結びついてきます。さきほど、作曲家・作詞家のつくった楽曲が著作物だといいましたが、このとき非常に基本的な権利が発生します。著作権です。その著作権制度を規律するもっとも基本的な法律である著作権法の第1条には、次のように書いてあります。

著作権法の目的(1条)

 「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」

 いかにも舌を噛みそうですが、日本の法律はだいたいこのような表現になっています。なぜなら法律は目的や概念規定が非常に重要だからです。そのためには第1条には目的を明記して、この法律はどのような根本精神で何のためにつくられているのかということをはっきり打ち出さなければならない。ここで冒頭に出てくる“著作物”とは、歌詞やメロディや台詞などのことです。しかしこれだけではみなさんのもとに届きません。そこで著作物の“実演”が行われます。実演とは、作曲家・作詞家がつくった楽曲を歌手やアーティストが歌うことです。その形態は様々で、コンサートの場合もあれば音を固定したレコードやCDの場合もある。また、電波媒体を通じた放送や有線放送でみなさんのもとに届けられるという場合もあります。つまりいくら立派な著作物でも、「伝える人」がいないとはじまりません。この伝える人が、実演家、レコード業者、そして放送事業者です。

そして、作曲家・作詞家など楽曲を作った人は“著作者の権利”、実演家やレコード業者、放送事業者など楽曲をみなさんに届ける人たちは“著作隣接権”という権利を持ちます。この2つの権利を保護し、そして同時にこれらが公正に利用される、つまり権利者を保護するだけでなく、その利用のルールを決め、利用されることで文化の発展に寄与しましょうということです。さきほどの条文だけではなかなか分かりにくいのですが、このように第1条をみていくと、実はこの著作権の基本構造を端的に表現しているんですね。みなさんは法律そのものに触れることはあまりないと思いますが、法律は制度の原点です。どのような概念規定なのかということを考えながら、法律を読むことが大切です。

著作権には、著作者の権利と著作隣接権という2つの権利の柱があるとすでに述べました。著作者の権利とは著作物をつくった人の権利で、それが著作権の大きな柱となっています。もう1つの柱は、著作物を伝える人の権利で、著作隣接権と呼ばれています。ただし、著作者の権利は、これも“著作権“と呼ぶこともあるので、著作権といってもどの意味で使われているのか、見極めることも必要です。

このように権利には様々な種類や性格があり、それを法体系のもとでどう位置づけるかということによって、実際の判決が左右される大問題に発展します。みなさんは法律の専門家ではないので、法律に対してあまり親近感はないと思います。しかし権利をめぐる論争は、あらゆるビジネス、あらゆる世界で行われています。これから先、ビジネスにおける権利の問題はあらゆる場面に及んでくると思いますので、権利関係について知っておくことは、大きな武器になります。

著作権はさらにたくさんの権利に分類することができ、これらも著作権法のなかに条文としてきちんと規定がある権利です。著作者の権利は、“著作者人格権”と“財産権(著作権)”とに分けることができます。著作者人格権はさらに、公表権、氏名表示権、同一性保持権の3つに分けることができ、財産権はさらに、複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権、公の伝達権、口述権、展示権、譲渡権、貸与権、頒布権、二次的著作物の創作権、二次的著作物の利用権に分けることができます。これらの権利は、実はわれわれが通常使っている権利概念とはちょっと違います。たとえば複製権とは、著作物をコピーしてもいいよという権利であり、上演権・演奏権とは、その著作物を演奏してもいいよという権利です。しかし著作者がこのような権利を持っているのは当たり前のはずです。ここが普通の法律とちょっと違うところです。実はこの権利の本質は、自らがそれを使うというよりも、第三者が使うことに対して許諾を与える権利なんです。逆にいうと、第三者が無断で使えば差し止めることができ、場合によっては著作権法違反で犯罪になってしまうという大変強力な権利です。つまり、著作物を複製したり上演したりすることを勝手にやらせない権利です。反対に、許諾があればどんどん使ってもいい。これが、通常の民法に登場してくる所有権などの権利概念とは、イメージが異なります。私のように法律を長い間勉強してきた身からすると、このような権利はすごく戸惑います。

2.権利をめぐる戦いの歴史

ここで重要なことは、これらの権利ははじめから存在していたのではなく、媒体の新たな変化によってどんどん増えていったということです。著作権には、権利をめぐる戦いの歴史がありました。葛藤の歴史とも言えるのですが、その1つの例が、レコードレンタル店の出現です。それまでレコード会社は、レコードを製作して商品として売ることで商売が成り立っていて、作曲家・作詞家、歌手なども、著作権や著作隣接権によってレコード印税を得ていました。ところがある日、レコードを貸すという商売を始めた人がいました。昔からどこの町にも貸し本屋というものはありましたが、貸しレコード屋はなかったんですね。その後、この貸しレコード屋はどんどん普及していきました。このことによって、レコード会社の売上や作曲家・作詞家、歌手の印税売り上げは激減しました。レコードを貸すために買う1枚のレコードも、レコード会社の売り上げにつながるでしょう。しかし買ってくれるはずだった100人の人がレコードを借りれば、99枚のレコードが売れなくなってしまうことと同じです。これは大変だということで、作曲家などの著作者、実演家やレコード製作者などの著作隣接権者らと、貸しレコード業者とのあいだで、揉めに揉めました。当時は著作権法のなかに貸しレコードに関する直接的な規定はありませんでした。民法のなかにある所有権は絶対的排他的な権利なので、それを侵害するあらゆる行為に対して差し止め請求や損害賠償請求ができます。この権利を物権的請求権といいますが、果たして著作権にもその権利があるのかということが問題になったんです。この論争によって各業界は入り乱れ、国会議員も巻き込んだ挙句、最終的には著作権法のなかに“貸与権”を認めることになりました。貸与権とは著作権者の権利であると同時に、著作隣接権者の権利でもあります。この権利によって、貸しレコード会社は勝手にレコードを貸すことはできなくなりました。具体的には、新しく発売されたレコードはレンタルできないが、発売から1年以上経ったものはレンタルしてもいい、ただしレンタルの実績に応じて報酬を払うということが義務付けられました。つまり著作権者・著作隣接権者は金銭的な請求権を獲得したんですね。ここで理解していただきたいのは、貸与権が誕生するまでの沿革です。貸与権は普通の法律と違って、新しいビジネスが誕生したことに伴って創られたんですね。公衆送信権もそうです。昔は無線のテレビやラジオしかありませんでしたが、有線放送が誕生しました。さらに、放送事業者が一方的に発信する古典的な放送から、オンデマンド型、つまり自分が見たい番組だけを選択して見ることができるインタラクティブな放送媒体ができました。そのことによって、従来の著作権法で想定していたものとは違うことが起こります。だからといって法律がそれに対する手当をしなければ、さきほどの貸しレコード屋のような問題が出てきてしまいます。そこで法律の改正が行われ、公衆送信権ができたんです。著作権法とは、新たなビジネスやメディア媒体が登場するたびに、どんどん改正をしていかなければならない法律なんです。

最近では、私的録音録画の例を挙げることができます。再生機器がアナログの頃は再生するたびに画質や音質が劣化していくので、それをコピーしたところで実害はあまりなかった。しかしいまやデジタルの時代ですので、コピーしてもクオリティはまったく落ちません。これもさきほどの貸しレコードと同じで、結果的にはレコード業界、著作権者、著作隣接権者に打撃を与えかねません。それを守るために法律が改正され、私的録音録画補償金制度というものができたんです。

以上のように見ていくと、著作権の制度の歴史とは、権利者と利用者の、あるいは産業分野間の戦いであったりします。その根本にあるのはもちろん著作物ですが、著作物だけではだめなんです。いくら名曲でもそれを歌ったり奏でる人がいてはじめて、人の心をキャッチできる。つまり媒体が必要なんです。その歌う人、奏でる人を守るのが、著作隣接権です。隣接権者の重要性を否定してしまうと、この制度の根幹が崩壊してしまいます。著作権者、著作隣接権者の権利をきちんと保護して発展させていくということは、文化の基本的なコンセプトです。そこに関わってくる新しいビジネスにどう調和していくかということが、重要なんですね。これは業界団体の単なるエゴイスティックな権利主張ではありません。根本にある創作活動が社会の制度によって保障されていかなければならないんです。

著作者の権利だけではなく、著作隣接権者の権利にも様々なものがあります。隣接権のトップに出てくるのは、アーティストや歌手など“実演家の権利”です。この実演家の権利も著作者の権利と同じように、人格権と財産権に分かれています。人格権には、氏名表示権と同一性保持権という権利が、財産権には許諾権と報酬請求権という権利があります。さきほどの貸しレコードを例に挙げましょう。このレコードを貸してもいい、と許諾する権利が許諾権で、レコードが発売されて最初の1年間は、許諾権の中の貸与権が働きます。もしも発売されたばかりのCDをレンタルレコード屋の店頭に勝手に並べれば、差し止められることになります。ところが、1年以上経過すると許諾権から報酬請求権に変化するので、店頭に並べるなとは言えなくなります。つまり勝手に並べてもいい。その代わり稼いだら分け前をちょうだいね、というわけです。

ではなぜ、1年を境にしているのでしょうか。ここには、貸す側と貸される側の利害対立があります。CDが一番売れる時期は、当然発売直後です。もっとも売れる発売直後に貸しレコード屋の店頭にCDが並んでしまうと、せっかく10万枚売れるはずだったのに売れなくなり、商売が成り立たなくなります。そこで、最初の1年間は勝手にレンタルしてはいけないという法律ができました。この1年という期間は、音楽著作権のビジネスによるせめぎあいの結果、定められたものなんです。

もっとも、実務においては、発売開始後1年以内のCDであっても、貸与権者が補償金を受けとって貸しレコードを認めるということがしばしば行われており、実際に貸しレコード店の店頭に新作が並べられないというのはごく短い期間のようです。

このように権利というものは、条文だけでは無味乾燥のようですが、その背後には様々な葛藤があります。また、こういうケースにはこういう権利が働くということがはじめから分かっていれば問題ないのですが、次から次へと新しいビジネスが誕生するので、非常に大変です。私たち日本音楽事業者協会は、判例がほとんどないようなケースばかりに対応しています。そしていろいろな団体や企業と交渉しながら、法律にない権利もなんとか守っていこうと努力しています。それが音楽事業者協会の役割でもあると思います。そのなかでどうしても法律でしか解決できないというものについては、立法化するというわけです。

3.「おふくろさん」の権利関係

では具体例を挙げて著作権の説明をしていきましょう。みなさんもご存知だと思いますが、森進一さんの「おふくろさん」事件です。この事件はNHK紅白歌合戦で、森進一さんが本来の「おふくろさん」にはない歌詞を無断で付け足して歌ってしまったことが発端になっています。この曲の作詞は川内康範さん、作曲は猪俣公章さんです。川内さんは、「自分はいろいろな思いを込めてこの曲をつくったのに、まったく違う歌詞を付け足すなんて許せない」と激怒しました。この騒動に対する著作権の理解は、どのようなものなのでしょうか。

著作者は同一性保持権という権利を持っています。この権利により、作品は無断で変更できないことになっています。これを主張できるのは誰なのか、ということが重要なポイントになります。この事件ではまず作詞家、それから作曲家、そして歌手という3人の人物が登場します。ここで権利を持っている人は、作詞家と作曲家です。つまり川内康範さんと猪俣公章さんです。今回の事件では、作詞家である川内康範さんの同一性保持権が侵害されたことになります。ここまでは分かります。よく分からないのは、森進一さんの立場です。歌詞を無断で付け加えて紅白歌合戦で歌った森さんですが、自分がつくった歌ではありません。そもそも森さんは、作詞家と作曲家がつくった歌をただ歌ったにすぎません。そんな森さんの立場とはいかなるものなのでしょうか。実はこの問題は非常に複雑な経緯があるのですが、ここでは法律的に考えてみましょう。事実は、著作物が侵害された、つまり勝手に作り変えられてしまったということ。またそれを作詞家が権利侵害だと主張したということです。ではその著作物を歌った人はどうなるのか。この人は、著作物を利用しているということになります。仮に川内さんが激怒して、森さんを訴えるとします。このとき森さんに対して、歌うなと差止請求ができるのか。あるいは損害賠償請求ができるのか。これにはちょっと問題があり、歌や台詞つきの楽曲を作り変えたことと、作り変えたものを実演するということは、概念が違うんです。したがってそこに関してどのような権利が行使できるのか。著作物を利用するということに対して翻案権が及ぶかどうかということは、しばし問題でもありますが、おそらく損害賠償請求はできるでしょう。人格権にもとづいた差止請求ができるという理論も、立ちうるかもしれません。

ここで参考までに、基本的な著作権使用料の流れについて説明しておきたいと思います。まず作詞家・作曲家が曲をつくり、著作権が発生します。作詞家・作曲家は、面倒な権利関係を音楽出版社にゆだねます。この音楽出版社がJASRACに権利の行使を信託します。JASRACは利用者が楽曲を演奏、あるいは録音、出版、貸与をするたびに利用者から著作権使用料を徴収し、作詞家・作曲家へ分配します。作詞家・作曲家がつくったものを使用すれば、当然使用料を払わなければならず、払わないときはJASRACから支払の請求をされ、場合によっては刑事事件になったりもします。この流れのもとにあるのは、作詞家・作曲家が音楽出版社を通じて、JASRACと信託契約を結んでいるということです。

ここで考えていただきたいのは、森進一さんに差止請求あるいは損害賠償請求を行うのは、川内康範さん本人なのか。それとも権利を預かっているJASRACなのか、という問題です。これも非常に難しい問題です。このとき侵害された川内さんの同一性保持権は、著作者人格権のなかにある権利だからです。財産権のなかにある権利ではありません。実はこの人格権は、信託契約の対象にはならないんです。実際JASRACとの信託契約のなかには、このような契約は入っていません。つまり「おふくろさん」事件のような場合、JASRACは面倒をみないということになるんです。

4.知的財産とは

ここからは、著作権だけではなく知的財産権とはどのような体系になっているのかということについて、ご説明したいと思います。現在日本は、知的財産大国を目指すことを国家の1つの目標として掲げています。そのための一番基本となる法律が、平成14年に制定された知的財産基本法です。これは国として、地方自治体として、知的財産の保護ならびにその活用によって経済を発展させることを目的としてつくられた法律です。この知的財産基本法のなかに、知的財産とは何かということについて次のように書かれています。

知的財産とは

「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発明又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術又は営業上の情報をいう。」(知的財産基本法21項)

 小難しい言葉が並んでいますが、法律とは概念規定をしっかりしなければいけないので、知的財産と一言でいっても、何が含まれているのかということを固めなければなりません。保護すべき知的財産あるいは利用を促進すべき知的財産とは何かということを、きちんと定義付けているわけですね。しかしここで知的財産を並べるよりも、むしろその権利を見たほうが理解しやすいと思います。知的財産権とは次のように書かれています。

知的財産権(知的所有権・無体財産権)とは

「特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。」(知的財産基本法22項)

 知的財産権は、著作権と工業所有権の2つに分けることができます。工業所有権にも人間の創造性や文化性はありますが、著作権とは権利の毛並みが少し違い、どちらかというと産業上の権利に近いので、工業所有権という言葉が使われています。著作権には、著作者の権利と著作隣接権という2つの権利があります。一方の工業所有権には、特許権、実用新案権、意匠権、商標権という権利があります。

これらの権利には、きちんとした法律の根拠があります。たとえば、特許権は特許法という法律にもとづいています。実用新案権は実用新案法に、意匠権は意匠法に、商標権は商標法を根拠法として、権利保護されています。またそれぞれ対象としているものが異なります。この対象がまさに知的財産です。特許権の場合は発明を対象としています。その発明とは「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」という定義になっています。実用新案権は考案、すなわち「自然法則を利用した技術的思想の創作で物品の形状、構造又は組合せに係るもの」を対象としています。意匠権は意匠=デザイン、つまり「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」が対象です。商標権は商標、つまり「文字、図形若しくは記号若しくはこの結合又はこれらの色彩の結合であって、商品又は役務に利用されるもの」を対象としています。こんなの「デザイン」の一言でいいじゃないかという人もいるかもしれませんが、何度もいうように概念規定をはっきりさせなければ何を保護しているのか、あるいは権利侵害になるのかならないのかといったことが明確になりません。作った人と利用者は基本的に相互依存関係があるのですが、ときにはぶつかり合うこともありますので、そのときに軍配を挙げるルールが必要なんです。守るべき知的財産とは何なのかという概念規定をしておかなければどうにもなりません。法に基づいた判断をするためには、法律そのものの概念規定をしっかりとさせておく必要があるんですね。

 たとえば、平成3年に商標法が改正される前では、同じ商標(マーク)であっても商品に使われる「商品マーク」と、役務(サービス)に使われる「サービスマーク」とでは、法律上大変な違いがありました。「商品マーク」は商標登録をすれば商標法による強力な保護を受けることが出来たのに、「サービスマーク」は商標法の保護を受けることが出来ず、不正競争防止法の定める要項を充足するという高いハードルを越えなければ保護が受けられなかったのです。そこでは、同じ「商標(マーク)」であっても、「商品について使用」されるか、それとも「役務について使用」されるかという概念区分が極めて重要だったのです。この区別は、現在の商標法第2条第1項において「1号」と「2号」の区分として規定されています。

 知的財産権には、著作権と工業所有権以外にも、別の法律に規定されているものもあります。たとえば、コンピューターの回路配置に関する法律。また、植物品種保護権などは、バイオテクノロジーの現代において以前より非常に重要になってくると思います。さらにはこれまで知的財産権ではないと思われていたものでも知的財産権と考えるべきもの、あるいは知的財産権と考えていいかどうかはっきりしない新しいものもたくさん出てきています。パブリシティの権利や、ネーミング・ライツという権利もそうです。このようにどの知的財産権も、絶えず権利者と利用者の間を模索しながら調整され、時代の変化に伴って、進化をし続けています。

さいごに

法律とは大変ややこしいものですが、概念規定を明確にしていることが非常に重要です。文学的には最低な表現ではあるけれども、用語を厳密に駆使して作られている法律。その概念規定がしっかりしていないと権利の調節はできません。われわれを守る権利というものは、権利者と利用者との関係のなかで様々な問題において必要なものです。次から次へと新たな権利が誕生するその過程で、権利は様々な問題を私たちに投げかけてくれるのです。

―参考文献―

・『著作権法入門』文化庁編著、(社)著作権情報センター刊

・『JAMEマネージャー養成講座2006』(社)日本音楽事業者協会刊

・『JAMEマネージャー養成講座2007』(社)日本音楽事業者協会刊

以上




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昭和474月弁護士登録。東京大学法学部卒。
昭和 61年第二東京弁護士会副会長・(財)法律援助協会常務理事、昭和62年日本弁護士連合会常務理事などを歴任。
平成5年から3年半、衆議院議員をつとめ、その間我が国初の本格的不良債権処理としての住専問題解決のスキームを構築。
平成610月から平成71月まで首相補佐として官邸入りし、統治機構の頂点で執務。水俣病自主交渉川本裁判で我が国刑事裁判史上初の公訴棄却判決を勝ち取るなど、早くから多数の社会的事件を手がける。他方で、上場企業の会社更生事件やM&Aなど多くの大企業事件を手がけるなど、多方面の企業法務・商事法務に携る。
(社)日本音楽事業者協会顧問として著作権など知的所有権分野に深くかかわるとともに、国政の体験を生かし「不良債権処理と企業再生」をメインテーマに活動。
有明海漁民・市民ネットワーク顧問。中間法人日本女子プロ将棋協会名誉理事長。論文・著作多数。日米法学会・著作権法学会などの会員。
現在
、施行(平成2012月1日)を目前に控えた「公益法人改革」の問題にも精力的に取り組む。
第7回 2008年5月31日 「知的財産権と著作権」