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2013/12/25

No.26「忘れてはならない日がまた一つ」
●1971年卒業:阿波野 清子さん

私の今の思いを。。。

 今回、さんしゃびとへの寄稿依頼にあたり、1971年卒業で65歳の私の今の思いをありのまま書かせていただこうと思います。

 先日「特定秘密保護法」が成立し、忘れてはならない日がまた一つできた気がします。1948年生まれですから戦争体験はありませんが、若い人にいかなる場合も人殺しに加担してほしくない、死んでほしくないと強く思っています。その思いを込めて「おばあちゃんの居場所」と題した脚本を書き、10月に初めて一人芝居をしました。

 

「おばあちゃんの居場所」朝日新聞(2013/10/5)

末川総長との出会いが学ぶ喜びと誇りに

 申し遅れましたが、私は阿笠清子というペンネームで脚本を約35作書き、演出をしてきました。もう30数年になりますが、某専門学校で生活の糧を得ながらそのほとんどを劇作に注ぎ込んできました。私の作品は、10月5日に朝日新聞でも紹介されましたが、常に「命の大切さ」を訴えたものです。

 学生時代を振り返ると、学園闘争の嵐が吹き荒れ我が学舎(まなびや)恒心館(※旧広小路キャンパス)が封鎖されるという事態の中、私はこれを遠巻きに眺めているいわゆるノンポリ学生で、立命館の名に相応しくない学生であったと思います。が、校庭を散歩中の末川総長と幸運にも語り合えたことで、立命館で学ぶ喜びと誇りが私の中にしっかりと根づいていたと、今確かに感じられます。広小路学舎に静かにたたずんでいた「わだつみ像」は今も私の胸に焼きついています。

「おばあちゃんの居場所」の全国上演を

 日本が戦争をする国にならないよう、私は演劇という形でこれからも自分の意志を世に問い続けます。この6年程は、大阪府立大学での公開授業や東京・神奈川などで、与謝野晶子を扱った劇を12回上演してきました。他を認めることをよしとした彼女の生き方に共感したからです。そして今、私は今の日本の政権にはその姿勢が微塵も感じられず「おばあちゃんの居場所」を全国で上演することで私の思いを伝えて行きたいと、新たな闘志を燃やしています。立命館大学でも演(や)りたいのですが一朝一夕には行かず、とりあえず拙著を図書館に寄贈させていただきました。校友や在学生のみなさんからの依頼があればどこへでも飛んでいきますので、お気軽にお問合せください。

●阿波野 清子(あわの きよこ)

卒業年月日 1971年3月 卒業
出 身 地 大阪府
現 住 所 大阪府
勤 務 先 演劇集団agasa代表/劇作・演出家
ゼ ミ 名 仲村祥一ゼミ
所属サークル
団 体
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