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2018/11/27

No.76「開かれた異端者(open heterodox)のススメ」
●1983年卒業:松浦 雅也さん

モウシワケアリマセン、ですよね…。

 私は、学生当時から現在に至るまで、産業社会学部、ひいては立命館大学で最も「らしくない」間違いなくそんな代表格のひとりです。

 今回のご依頼を受け、サイト内を斜め拝読しましたが、皆さんが書いておられるような学部愛や学校愛のような想いがストレートには自分の中に存在しないことが確認できました、モウシワケアリマセン、ですよね…。

 

 幼いころから音楽など創造的な領域に強い興味を持ち、それなりの訓練や習い事はしていたものの、概ね高度成長期の一般的なサラリーマン家庭に育ち、この大学を卒業すれば父と同じようになるのだろう、そんな緩い考えの中、大学生生活はスタートしました。

安易な同調はしない、[hetero]なスタンス

 ところが、結果は想像とはかけ離れたものでした。大学在学中に起業し、そのまま音楽の道に進んだのです。何故そうなったのでしょうか?

 

a) 先ず、実際の音楽制作のプロフェッショナルな現場に入り浸るうちに鍛えられ、ほぼ根底から、発想や行動が変わってしまった。「甘さ」がほぼ消滅した、と言っていいかもしれません。

b) 次に、そのような主に団塊世代の先輩方による「激しい薫陶系長期インターン生活?」が大学でパッシブに許容されたこと、これにはとても感謝しています。今とは多分違って、単位の取得に出席率をさほど重要視されない教授が多かったということかも? 憶測ですが…。

c) 最後は、京都という「新しい文化に敏感な都市」のエネルギーに背中を押されたこと。80年代初頭の京都の音楽シーン(とは言っても全く学外の話でしたが…)はパンク・ニューウェーブブーム概ねそれ一色だったのです。新しいことをやるんだ、という前向きな空気、それに強く後押しされた気がするのです。今や聞き飽きた感のあるイノベーションですが、音楽世界ではまさにそんな劇的なパラダイムシフトがいくつも同時多発的に発生していたのでした。また、これは前述 a) とも強いコントラストを放っていました。先輩の教えを吸収・実践しながらも、どこかで古臭いと強い違和感も感じていたのです。結果、先輩方の音楽性をストレートに引き継ぐことはなく、むしろ作風で静かに反論したのです。

 

 衣笠で学んだ実時間は極々短いものでした。がしかし、産業社会の問題や課題についての考察や議論は机上の学びではなく、現実生活のミッションだと感じていましたし、また、それ自体「面白かった」のです。その思考は時に音楽表現の題材やモチベーションにもなることもありました。今、活動は国際的になり、より広範な問題、課題について考え、語る機会も学生時代とは比較にならないくらい増えましたが、全く何も変わっていません、当時の姿勢のままなのです。

 

 自分の考えを持ち、安易な同調はしない、というモラルの獲得も大学生時代の成果のひとつかもしれません。それはイコール、コンサバな集団(ときには村)から異端扱いを受けることと同義かもしれませんが、その[hetero]=異なる、対称的なスタンス、視点があるからこそ社会は活性化し、自分らしくあることが、面白く楽しいのです。あるいは多様性と言い換えても差し支えないでしょう。当たり前に尊重すべきこと、学内でも、ですね。馴染みのない[heterodox]という言葉は、[orthodox(オーソドックス:正統)]の対義語と言えば、イメージしやすいかもしれません。

失敗を重ねて学ぶ開かれた思考

 今年8月イギリス、ノッティンガムで行われたビデオゲームの国際学会Replaying Japanでのキーノート・スピーチを終えた後、映像学部の細井教授との雑談でもお話したのですが、そのような訳で、以来、「私はどんなコミュニティの中にあっても、概ねいつも異端なのです(笑)」

 

 ただ、学生の頃は[open]=オープン、ではなかったかもしれません。企業の代表として、プロジェクトや家族の一員として、色々な失敗を重ねてようやく「開かれた思考ができるようになった」と言ってもやっと後ろめたくなくなったのはつい最近のことです。

 

 若い皆さんには、最初からそんな「開かれたな異端者(open heterodox)」を実践して欲しいですね。いや、若くない皆さんも勿論です(笑)  あなたがopen heterodoxなら、大学での思い出が「モウシワナイ」レベルでも大丈夫、私が保証します。むしろ何でも「周りに合わせろ」や根拠に乏しい「(就職)安定志向」の方が遥かに危険、社会全体の大きな課題だと益々感じている今日この頃です。

●松浦 雅也(まつうら まさや)

卒業年月日 1983年3月 卒業
出 身 地 大阪府
現 住 所 東京都
勤 務 先 ㈱七音社 代表取締役
ゼ ミ 名 林堅太郎ゼミ
所属サークル
団 体
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