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2009年7月4日 講師: 村田 裕和

戦場はどこにあったのか−明治・大正文学と非戦−

 旅順の塹壕戦で戦死する男の最期を想像力によって幻視する夏目漱石「趣味の遺伝」。義兄との恋によって社会から排除された女が、病院船の看護婦となって日本を去る二葉亭四迷「其面影」。日本の文学は、日露戦争をはじめ、明治・大正時代の戦争をさまざまなかたちでとらえてきました。
 「常在戦場」という言葉があります。常に戦場にいるつもりで油断せず、鍛錬せよということでしょう。武士や軍人、今では政治家が日常の心構えとして好んで使っている言葉です。しかし、戦争が起これば、一般市民の生活空間が「戦場」に変えられてしまいます。交戦国の住民だけではありません。日露戦争では、日本とロシアの野蛮な殺し合いのために、朝鮮半島や中国東北部の人々が、突然「戦場」に投げ出されてしまいました。
 戦争は、日常空間を「戦場」に変貌させてしまいます。弾が飛び交わないかわりに、見えないうちに人々の生活を侵し、取り返しようのない傷痕を残していくこともあります。明確な始まりも終わりもなく、人々の生活と意識を傷つけ、崩壊させてしまう。明治から第一次世界大戦前後の兵営小説まで、こうしたテーマに挑んだ近代文学の作品群を読んでみたいと思います。

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