2016年は白川静立命館大学名誉教授が亡くなられて10年目にあたります。
2006年に96歳でその生涯を終えるまで、白川先生は研究に没頭してきました。
ここに先生の生涯を顧みます。

【遊ぶ】遊ぶ

「東洋学者」白川静

研究の成果は、30冊以上の著作集にまとめられました。
その目的は、近代まで東洋の共通文化であった漢字の地位を復活させ、東洋を回復することでした。
「衰えている漢字を復活させれば、漢字を使い続けてきた東洋の国ぐにも復活できるはず」と考えたのです。
白川先生は文字だけではなく、その背景や精神も研究した「東洋学者」だったのです。

History

1910-1945

0-35

◉読書に没頭した青春時代

白川静先生は1910年4月9日に福井県に生まれました。「目が悪くなる」と母親から注意されるほど、小さいころから大の読書好きでした。13歳になると、昼は働き、夜は学校に通う生活を始めます。
小学校卒業後、大阪の法律事務所で住み込みで働きながら、勉強を続けました。その法律事務所には、漢詩集をはじめとする多くの蔵書があり、自由に読むことを許されていました。
これらの本に、夢中になり「一生、読書をし続けよう」と決意したのです。

◉文字研究の世界へ

授業風景イメージ
授業風景

読書を進めるうちに、だんだんと「東洋」という言葉に心をひかれ始めます。その中で、日本最古の歌集『万葉集』と中国最古の詩集『詩経』を比較しようとしました。
そのためには、中国の古代文字を勉強しなければならないと考え、教員を目指すようになったのです。

1945-1970

35-60

◉「サイ」の発見

授業風景イメージ
「サイ」

約3000年前の中国の古代文字を、トレーシングペーパーを使って写し取りました。何万枚も写すうちに、文字の成り立ちやつながりを、体で感じ取れるようになりました。
そして、45歳のとき、「口」が「くち」ではなく、神への手紙を入れる器「サイ」であることを発見したのです。この発見によって、漢字の成り立ちに、納得のいく説明ができるようになりました。白川静先生は、およそ2000年間、正しいとされてきた漢字の解説書「説文解字」とは違った学説を構築することになりました。誰もが考えつかなかった発見だったため、反対説を唱える学者も多くいました。
孤独な研究でしたが、ひとり学問の道を極めることを楽しみながら、地道に研究を続けたのです。

◉自ら発表する場として『甲骨金文学論叢』を発行

『甲骨金文学論叢』
『甲骨金文学論叢』

甲骨文字や金文には、活字にない字が非常に多く、一般学術誌に寄稿するには、大変な困難をともないます。そこで白川静先生は自ら鉄筆を握りガリ版印刷という発表の形態をとったのです。それがこの『甲骨金文学論叢』です。「史」一字の成り立ちに言及した「釈史」や、同じく「文」一字の成り立ちに言及した「釈文」などの論文をこの場で発表しました。これによって、豊かな漢字の世界を具体的に論じることが初めて可能となったのです。

episode

どうくつの仙人はん

白川先生の研究室。書物で埋め尽くされていた。
白川先生のお部屋は書物で埋め尽くされていた。

正月休み以外は、夜の11時すぎまで大学で研究をしていました。白川静先生の研究は、学園紛争時代にも続けられました。
昼と夜の二食の弁当を持参し、夜遅くまで研究に没頭したのです。暑い日は「ももひき姿」で研究に打込んでいました。

学生たちからは、尊敬と親しみをこめ、「どうくつの仙人はん」と呼ばれていました。

1970-1983

60-73

◉広く漢字の魅力を発信『漢字』を出版

『漢字』
『漢字』

60歳になった頃には、100本を超える研究論文を発表していました。しかし、どれも研究者向けに書かれた難しいものばかりでした。

「学問の成果は、普通の人にもわかるものでなくてはならない」。
初めて一般向けの本『漢字』(岩波新書)を書いたところ、多くの読者を得ました。

◉若かりし頃の夢を実現『詩経』と『万葉集』を書き下ろす

『詩経』と『万葉集』
『詩経』と『万葉集』

古代東洋の歌謡集である『詩経』と『万葉集』についての一般書も書き下ろしました。若い頃の、『詩経』と『万葉集』を読み比べをするという目標を達成したのです。

『万葉』についての考説を試みることは、私の素願の一つである。はじめに中国の古代文学に志したのも、そのことを準備する心づもりからであった。(『初期万葉論』「あとがき」より)

◉海外の研究者との交流

台湾の研究者との写真
台湾の研究者との写真

白川静先生の研究は、もともと日本の古代を考察することに端を発していますが、比較研究の必要性から中国の古代に広がり、漢字文化圏全体に亘る壮大な研究になっています。そのため、海外の研究者との交流も盛んでした。

写真は、71 歳のときに台湾の中央研究院国際漢学会議に出席し、小川環樹博士(中央)らと撮影されたものです。また、この頃から白川先生の著作が台湾で翻訳出版されるようになりました。

1983-2006

73-96

◉歴史的偉業となる字書三部作を刊行

字書三部作

「一歩ずつ運べば、山でも移せる」。73歳のとき、それまでの研究のまとめとして、字書作りに取り組み始めました。毎日毎日、同じペースで書き続け、5万枚を超える原稿を一人で書き上げ、13年半かけて3冊の字書を完成させます。ページ数の合計は、3,000ページを超えました。

◉文化勲章受章

文化勲章受賞会見の様子

2004年、94歳にして、白川静先生は文化勲章を受章されました。長年の漢字研究、東アジア漢字文化圏の比較研究に対する成果が高く評価されたのです。

◉立命館白川静記念東洋文字文化研究所開設

開所式の際に研究所前にて

2005年、白川静先生ご自身の研究成果の普及と、東洋文字文化の研究交流の発展を目的として、立命館白川静記念東洋文字文化研究所が開設されました。

episode

多彩な趣味

奥様との写真

白川静先生は研究活動に没頭されていた一方で、多彩な趣味もお持ちでした。
青年期は登山で体を鍛え、囲碁・将棋は関西棋院でプロから指導を受けていました。
また、謡曲はつる夫人との共通の趣味で、ご夫妻で連吟をされていました。
新しいことにも旺盛な興味をもたれ、携帯ゲーム機で囲碁・将棋を楽しみ、「なかなか定石を知っとる」と悦ばれていました。また、「この中に『広辞苑』がまるまる入っとるのか」などと、電子辞書に内蔵されている百科事典や一般医学書で処方された薬の効用を調べたりして楽しんでいました。

※本年表は「福井県こども歴史博物館」の
展示解説を参考にしています。

【遊】あそぶ

サイトタイトルにある「遊」という文字は、白川静先生がもっとも好むところでした。福井市の生家跡にはこの文字を刻んだ碑があります。
「遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。・・・遊とは動くことである。常には動かざるものが動くときに、はじめて遊は意味的な行為となる」(白川静著『文字逍遙』の巻頭「遊字論」冒頭)

「白川静生誕之地」記念碑(福井市生家跡)
資料提供:福井県教育庁生涯学習・文化財課

白川先生のことをもっと知る

日本経済新聞「私の履歴書」

生前、白川静先生が日本経済新聞の朝刊に寄稿していた「私の履歴書」のバックナンバー(1999年12月掲載。全30回)です。白川先生の幼少期から青年期、家族との思い出や世の中や社会に対する思いを知ることができます。

「白川静文庫」

白川静先生旧蔵の書籍・研究資料を収蔵した文庫。和書・中国書、漢籍古書、手稿・ノート類など合計1万7千点あまりにのぼります。白川先生が研究に使われた本には、ご自身による書入れやチェック、付箋などがおびただしく加えられ、研究活動の熱気が伝わってきます。
2016年4月、立命館大学平井嘉一郎記念図書館(衣笠キャンパス)の開館を機に、その一部を開架図書として、閲覧することが可能となりました。

白川先生を深める 〜「研究事業」〜

立命館白川静記念東洋文字文化賞

東洋文字文化に関する研究、普及および教育活動等の奨励支援のため、優れた個人および団体の業績を表彰することを目的に2006年に始まりました。

白川フォント

「白川フォント」は、白川静記念東洋文字文化研究所で研究開発された古代文字のフォントです。これまでコンピューター上での利用が困難であった甲骨・金文などの古代文字を、一般的な文書作成ソフトで簡単に利用できるようにしました。

※「白川フォント」研究プロジェクトは、三菱財団社会福祉事業の研究助成による研究成果です。

白川先生を伝える 〜「教育文化事業」〜

漢字教育士

「漢字教育士」は‘漢字を学ぶ楽しさを伝えたい’‘漢字を教え、地域と人とのコミュニケーションを深めたい’という方に向けた新しい資格として、立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所が2011年より制度運用を開始しました。漢字の構造などを体系的に学び、漢字の知識を深め、更には身に付けた漢字に関する様々な知識やスキルを、学校における国語教育や地域社会における学習ボランティアの指導現場などに活かすことのできる資格です。
現在、全国で約500名の方が漢字教育士の資格を取得し、各方面で活動を始めています。また、俳優で歌手の武田鉄矢さんに、「名誉漢字教育士」の称号を授与しました。

漢字探検隊

子どもを対象とした体験型の漢字学習講座です。
2007年にスタートし、全国で通算158回以上開催しています(2016年10月現在)。
「人」「動物」「気象」「衣服」など、毎回一つのものをテーマに、漢字カルタやビンゴ、ジェスチャーゲームなど見学や体験を通して漢字の成り立ちを学びます。