知事リレー講義
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    2008年5月08日          神奈川県知事 松沢成文様
 


神奈川県が取り組む先進的な施策について

 今、財政の厳しい地域が多いが、松沢氏が知事を務めている神奈川県は、非常に豊かな県である。松沢知事は、1958年生まれで、現在50歳。慶応大学(法学部)を卒業後、松下政経塾に入塾され、またアメリカでも下院議員のスタッフを務めるなど、多様な経験を積んでこられた。そして、県議、国会議員を経て、2003年に神奈川県の知事に当選されたのである。









T.選挙におけるマニフェスト


  松沢知事はマニフェストを掲げて選挙を戦われたが、現在もマニフェストを前面に押し出して行政に取り組んでおられる。知事によれば、マニフェストとはラテン語で「明らかに」という意味であり、これまでの選挙は何かと抽象的なスローガンに終始していたという。マニフェストでは具体的な数値目標を定めて、何を、いつまでに、どういう財源を用いてやるのか、それを明らかにすることだという。そして、選挙よりも、むしろ当選してからのほうが大事だとのことである。
 実際、松沢知事は、外部の評価委員会および自己評価を通して、マニフェストで掲げた施策が進んでいるか、毎年チェックされているという。マニフェストのサイクルというのは、民間企業のPDCA(Plan-Do-Check-Action)のサイクルと同じように、実行していくのが大切だとのことである。
 ところで、松沢知事は「せんたく」(地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合)に参加されているが、その目的は次のことにあるという。それは、国においても今一度、マニフェストを明らかにし、総選挙において実現を目指すためである。今の国政は利害関係で動いており、道路特定財源や後期高齢者医療制度なども過去の選挙においてマニフェストになかったために、混乱してしまっている。したがって、何とか地方から動きを起こしたいと考え、「選択」に参加しているのだと松沢知事はいう。



U.知事の多選禁止条例について



 松沢知事は2期目の選挙に際し、先進的な条例をつくって取り組んでいくことを明らかにされたが、そのうちの一つが知事の多選禁止条例である。この条例では、知事の任期は3期12年までと定めている。
 それでは、なぜ知事という職には、このような条例が必要なのか。その理由は、知事には絶大かつ最終的な権力が集中しており、その在職が長くなればなるほど、弊害が生まれてしまうからである。例えば、知事は予算の最終決定権や人事権、そして公共事業に関する許認可の権限も有している。しかし、知事の在職が長ければ、その分、周りにはイエスマンばかりが集まり、県庁の一般職員のやる気は低下してしまう。また、議会はオール与党化し、利益団体との癒着が生まれる。このように、知事に気に入られるかどうかで、物事が決まるという弊害が、どうしても生まれてしまう。
 民主政治とは、分権のシステムである。それは、一つには機能の分権、具体的には三権分立。もう一つは、地方分権。そして、最後に、時間的な分権がある。それが、一人に長くやらせないことであり、制度として組み込む必要があるという。
 実は、松沢知事がこの多選禁止条例を全国知事会に提案したところ、反対にあったという。なぜなら、4、5期と長くやっている知事もいるし、若い人でもせっかく知事になったのだから長くやりたいと考えてしまうから。しかし、松沢知事は、自身の政治生命を気にしていたら改革はできないと考えておられる。
 国政においても、政権交代が制度、ルールとして定まっていれば、活力は生まれるだろうとのことである。


V.公共的施設における禁煙条例への取り組み


 また、松沢知事がマニフェストで取り上げた先進的な条例には、受動喫煙を防止するための条例案もある。これは病院や学校だけでなく、駅、劇場、レストラン、タクシーなど民間によって運営されている場所であっても、多くの人たちが集まっているところは、公共的な施設と考えるという。
 この条例は非常に多くの議論を呼んでいるが、なぜ松沢知事はこれに取り組んでおられるのだろうか。知事によれば、5つの理由があるという。
 @受動喫煙による健康被害
  →煙草を吸う人よりも、周りへの影響が大きい
 A国際条約
  →世界保健機関であるWHOで「たばこ規制枠組条約」が採択されており、日本も加盟している。
   京都議定書において、日本はこれに入っていて守らないアメリカを批判している。ならば、
   煙草の規制でも、日本は守るべきなのではないか。
 B世界的な動き
  →欧米だけでなく、タイ・シンガポールなどアジアの国々、そして香港やハワイなど観光が主要な地域でも取    り組んでいる。
 C日本の状況
 →健康増進法という法律ができたが、受動喫煙の防止については努力義務のみ。これには、縦割り行政の弊    害があるから。タバコ税を管轄する財務省が、厚生労働省に対して反対している。JT(日本たばこ産業)は    民営化されたといっても、最大の株主は政府である。
 D神奈川県の考え
  →本来は国の仕事であるが、現状が@〜Cのとおりなので、神奈川から国を動かしたい。
この条例に当たっては、飲食業の方々から反対の声が多くあがっている。それは、お店の売り上げが下がることを心配されているからだが、松沢知事は香港にいって調査した結果、それは危惧にすぎないという。香港でも、禁煙化をする前は飲食業やホテルにおいて売り上げを気にする声があったが、導入後に一時落ち込んだものの、その後、順調に伸びているという。むしろ、煙草を嫌がっていたファミリー層が、お客として増えているとのことである。また、地域全体として取り組んだことも成果の一つだという。なぜなら、個々のお店であれば、煙草を吸うために喫煙可のお店に行ってしまうことがあるが、全体として徹底するので、どこに行っても煙草を吸うことはできないから。

W.EVイニシアティブかながわ(電気自動車の普及)に向けて


 更に、松沢知事が意欲的に取り組んでおられる施策として、電気自動車(EV;Electric Vehicle)の普及がある。電気自動車は、過去あのエジソンも一時取り組んだことがあり、また、80年代にオイルショックへの代替案として模索されたが、エネルギー源となる電池の効率性などから見送られてきた。
 しかし、この数年、リチウム電池が普及している。これは、充電ができ、また耐久性があるため、自動車用の電池として適している。車の加速にもよく、音もしないのである。また、ガソリンや石油を使わないので、環境にもやさしい。今、ガソリンは高騰しており、車に乗る人ほどつらい状況になっている。
 実は、神奈川県には、多くの自動車メーカー、電池メーカー、工学系の大学、そして東京電力の中央研究所もあり、電気自動車に向けた好条件がそろっている。
 もちろん、どう普及させるかというのはあるが、そこは行政の知恵である。具体的には、次のメリットを掲げている。
 @購入時の補助
 →国の補助金に、更に金額をプラス。また、税も減額。
 A利用時の優遇
 →駐車場の割引、高速の割引など。
 B充電インフラの整備
 →自動車のエネルギー源となる電池の充電が可能になるよう、街のいたるところに設置。
 C地域のモデル事業 としての取り組み
 →横浜、箱根などで実施。

 これらを通して、神奈川県で広まれば、全国でも広まる。日本で広まれば、アジアで広まる。日本の自動車産業にとっても技術革新になる。もちろん、CO2の削減につながる。
 そして、社会を変えるきっかけにもなるだろう。排出ガスさえなければ、車は建物内でも使える可能性が出てくる。これは、高齢者の利用や、急患対策として病院でも取り組める手段である。



X.『破天荒力』と教育への取り組み

 松沢知事より、宣伝になってしまうがという前置きの上で、先般、出版された著書である『破天荒力』の紹介があった。知事によれば、これは幕末、箱根を開発していった偉人たちの物語であるという。
 松沢知事が、この著書に込めたメッセージは、新しい教育への取り組みにあるのだという。現在、高校では文科省の指導により、世界史が必修となっている。それはそれでもちろん大切なのだが、自国の歴史をやはり学んでほしいと考え、神奈川県では高校で日本史を必修にしているという。とりわけ、精神的に伸びる時期である高校生の時に、日本の文化、伝統についてしっかり勉強してほしいと、松沢知事は考えられているのである。それも、近現代史が重要だという。
 なぜなら、今、アメリカや中国と日本が戦争したことを知らない高校生が、増えているから。そのような状況で、国際交流は成り立つのだろうか、と松沢知事は危惧されている。
 そのため、神奈川県では近代史、郷土史のカリキュラムをつくったが、全国の知事から問い合わせが相次いでいる状況だという。




質疑応答


 最後に、学生よりいくつかの質問があった。
@電気自動車の普及は、原子力発電所の増加につながらないか。放射性廃棄物はどうするのか。
→まず、環境への配慮として、石炭・石油による火力発電はできるだけ減らす。また、水力発電はCO2に影響はないが、ダムは山間部や海川など自然の連続性において、環境破壊を生み出してしまう。
 そうなると、エネルギー源として有力なのは原発だが、ここで問題が生じる。それをどう解決するのか。一つは、放射能漏れのない原発をつくること。もう一つはプルサーマルを進めて、核廃棄物のリサイクルをすること。そして、もう一つ。原発をどこにつくるのかという問題がある。これには、地域の賛成や許可が前提となってくる。
 また、エネルギー対策として、日本は風力、太陽光発電に取り組んでいくことも必要だろう。日本は数年前まで太陽光発電において世界でトップだったが、補助金を打ち切ってしまい、今はドイツに抜かれている。ドイツは現在、自然を活用した発電では世界トップである。理由としては、原発をやめたことと、政府が民間から電力を買い上げている状況が背景にある。

A禁煙でなく、分煙という考えはないのか。また、喫煙者のモラル面での心配はないか。→実は、受動喫煙の害がもっともひどいのは、室内において。そのため、室内は全面禁煙とした。分煙にしても、室内は閉じられているので、喫煙がなくなることにならないから。WHOもそう考えており、分煙でなく、禁煙としている。
 また、そうなると、煙草を吸う人にとっては外しか場所がなくなることになる。マナーを守り、吸い殻はきちんと捨ててもらうという前提で、外で吸うのはOKということにしている。外もだめというのでは、煙草を吸う人に対してやり過ぎだと考えている。

B知事多選禁止条例は、凍結になったのか
→条例として成立しているが、県議会によって施行はストップとなってしまっている。公職選挙法、地方自治法との絡みから、知事の多選禁止は法律違反ではないかという意見があるため。

C教育改革として、他に取り組まれていることは。
→地域貢献活動や、あいさつ一新運動がある。前者は、ボランティアパスポートを発行して活動記録を記しているし、後者は学校だけでなく、地域全体としてあいさつをしていこうというもの。それによって、コミュニケーションが生まれると考えている。
 また、なぜ歴史教育は重要なのか。先ほどの日本史必修化の話では触れなかったが、それは先達がどのような思いをして、この国・地方をつくったかを知り、いま自分たちはどう生きて、そして子孫に何を価値として残していくのか、考えることにつながるから。歴史を知ることで、タテ軸で物事を見ることができるようになる。歴史を学ばないと、ヨコ軸から自分さえ、いい思いができて気持ちよくなればいいという視野しか持てなくなる。タテ軸がないと、地域は衰退してしまう。







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