今回は、この講義の進め方、受講する上での心構えや、最近の地方行財政の動向など、全般的な説明があった。
1.
この講義の特徴
この講義は、全国の知事や、政令指定市の市長、あるいは国の要職にある人などに、現在のそれぞれの地域の課題、全国的に関係する課題について、自らの政策、考え方を講義していただくものである。それゆえ、一つ一つの講義は独立しており、体系的につながっているものではないということを承知しておいてほしい。
2.
講義に臨む姿勢
政策を作っていく上では、どうしても経済学、財政学、法律学、政治学、行政学といった分野に関してかなり高い水準の知識が必要になってくる。登壇者のお話は分かりやすいと感じるかもしれないが、それは、具体的な問題に対して、具体的な政策の話をしていただくからである。その背後には、かなり高い水準の整理が行われていることは理解しておいてもらいたい。
この講義は、経済学や財政学についての深い知識を身につけてもらおうというものではない。もし興味があれば、各自で必要な授業をとって深くやってもらいたい。
ただし、経済学と法律学は、政策作りの基礎的な考え方として、重要である。
また、講義を聞く中で、今何が大事かということ、あるいはどのように考えるのが最適なのかということを、皆さん自らが考えて、疑問や意見がある場合は、積極的に質問をしてほしい。なお、質問するときには自分の学部と名前を言ってもらえるとありがたい。講義をよく聞き、質問や自分の意見を出してくれた人には、成績評価の面で加点を行う。
3.
現代の社会情勢
グローバル化、情報化が進展し、地球環境の保全が必要になってきている。他方、国内では高齢化、少子化が進み、人口が減少に転じてきている。さらに、省資源、省エネルギー、資源リサイクル、新エネルギーの活用がますます重要になってきている。つまり、国際的に見ても国内的に見ても大きな転換期となっている。日本にとっては特に大転換期となっていると考えてもらったほうが良い。
4.
グローバル化
例えば、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)という言葉があるが、新興国が経済発展を遂げている。これは、かつて日本が高度成長時代にやっていたような欧米先進国に向けての輸出品の生産を新興国が担うことになることを示している。日本国内への影響は、工場が新興国へ移転するなどの形であらわれる。その工場はどこに多かったかというと、地方に多くあったため、地方が経済的に大変という状況になっている。
このような状況の下で、産業振興策ということが重要になってくる。産業振興策は、専ら都道府県が担うが、これは都道府県くらいの規模がないと上手く担えないことが多いためである。
グローバル化は、わが国にマイナスの影響も与えたが、プラスの面もある。わが国の創っている、技術的に高水準な部品を国際的に供給していくことや、アジアの経済発展による観光客数の増加などである。これからの世界を考えると、観光も大きな産業の一つである。
5.
情報化
パーソナル・コンピュータを見ていると、情報化がどんどん進んできたと感じる。今から20年ほど前に、ワードプロセッサが使われ始めたが、今ではインターネットが身近なものになっている。その間に、国の制度や政策も転換しながら進んでいる。
情報化の最たるものとして、カーナビゲーションがある。身近過ぎて情報化や科学技術と結びつかないかもしれないが、衛星からの電波を受け、地球上のどこにいるかということを地図と組み合わせて明らかにしている。また、アインシュタインの相対性理論を応用し、動きの早い衛星と地表の時間の進み方の差を調整し、本当の位置が分かるようになっているという点で、情報化や科学技術と非常に関連が深い。
6.
地球環境の保全
CO2が増えてきていて、さらに増えると地球の自然環境が破壊されるという非常に厳しい状態になってきている。地球環境の保全には、様々な取り組み方がある。
国全体としては、最近、地球温暖化対策基本法案が国会に提出されており、おそらく成立するだろう。地球温暖化対策基本法案には、国内排出量取引制度、地球温温暖化対策税や固定価格買取制度という制度が導入されている。また、革新的な技術開発の促進の努力を講じることにより、新たな産業の創出、就業の機会の拡大を通じた環境と経済の両立を図るとしている。新たな産業が創出されれば、地域でも産業振興に結びついてくるということになる。
地球環境の保全には、地方は関係ないのかというとそうではない。地方公共団体が取り組む枠組みも様々なものがある。例えば、小学校や中学校の施設に太陽光パネルを導入し、そこで発電して電気を作るということがある。
7.
高齢化・少子化
わが国の高齢化率は、2009年で22.8%である。一時期イタリアが世界一になるか、日本が世界一になるかと言われたが、現在は日本が世界一となっている。高齢化は日本が最も早く進み、これからも顕著に進んでいくという局面を迎えている。
また、わが国では少子化も進んでいる。少子化を図る指標として、合計特殊出生率があるが、日本は2009年で1.37である。アメリカは2を超えており、フランスやイギリスは1.8から1.9の間となっているが、韓国など、日本より少ない国もある。
高齢化や少子化に対して、地方公共団体が何をするかということが、特に過疎地で切羽詰まった課題として出てきている。限界集落という言葉を聞いたことがあると思うが、このような集落への対応策を考えることも政策的に必要となってきている。一つ大切なことは、現に人々が居住しているという状況を、どうにかして居住し続けられるという状況に持っていくことである。医療や福祉など、また相互扶助の分野では、地方公共団体が独自にどのような政策を行っていくかということが大切になってくる。
8.日本の産業技術
省資源、省エネルギー、資源リサイクル、新エネルギーなどの分野では日本の産業は非常に進んでいる。それは、オイルショックの時期に省エネなどに取り組み技術を磨いたためである。中国などはそのあたりが遅れており、日本の技術に興味を持っているのは間違いない。
9.
政策を考える枠組み
政策を作るということは、基本的に課題を整理して作っていくということでは、国も地方公共団体も同じであるが、枠組みが多少異なる。国は大きな枠組みで考える必要があり、この点が地方公共団体に比べて難しい点である。
地方公共団体で政策を作るときには、上で見たような基本的な動きを理解していることが大切になる。このような動きに対し、具体的にどのような問題が出てきているのか、その問題をどのように解決することができるのか、ということを考えるのが政策作りである。
10.変化の捉え方
変化を捉えるときには、政治、経済、文化などの分野に分けて考えると分かりやすい。例えば、高齢化・少子化と言うことに対して、政治的な取り組みとして、現政権は子供手当てや高等学校授業料無償化ということをしている。
11.科学技術とフロントランナー化
現在の日本は、フロントランナー(最先進国)になっており、これは日本が今までに立ったことがない立場である。フロンティアに立って改革していかないといけないというところだが、若干腰が引けているのが現在の日本ではないかと思う。ひるまずに、新しい科学・技術に取り組んでいかなくてはならない。
今まで以上に日本の先進的取り組みが大切になってくる。だいぶ前に東北大学の学長をされていた西澤先生と話したが、例えば、パソコンはCPU(中央演算装置)と記憶部分に分かれるが、日本はどちらかというと記憶部分にそのとき力を入れて、特化していった。逆にCPUには手を出さなかった。CPUはアメリカのインテルなどががっちりと守っている。また、基本ソフトもアメリカのマイクロソフトがずっと担っている。記憶の部分は、相当程度の大きな投資をして、ある程度きちっと製品管理ができるというところが大切で、それは日本が得意とした分野だった。ところが今日、日本が特化した部分を韓国とか中国だとかが担うようになってきた。一方CPUの分野などは依然としてアメリカが担っている。そうすると、日本はどこを担当するのだ、という話になってくる。新興国がやれるような分野ではなく、先進国がやるような分野で頑張っていかないといけないという時代になっている。
12.公債の大量発行と財政の硬直化
平成22年度までで、国と地方あわせて長期債務残高は約862兆円になっている。また、平成22年度の国の公債依存度は48%で、財政という面では非常に厳しいという状況になっている。国も地方も、何か思い切った手を打つ必要がある時代であることは間違いない。歳出の削減については、地方はかなり削減しており、国もある程度は削減している。一方、歳入をこのまま放っておいてもよいのかという議論がある。
13.都道府県と市町村
現在の都道府県は、明治23年にできた府県制の形から変わっていない。つまり、100年以上都道府県のエリアは変わっていない。例えば産業振興を考えるときに、都道府県のエリアでは少し狭いということがある。そのため、道州制論が出てくることにも意味がある。また、国の地方出先機関を見直して、廃止すべきものは廃止し、集約すべきものは集約したらいいではないかという意見がある。これは、地方分権改革推進委員会の第2次勧告で示されている。
都道府県のエリアは変わっていないが、その性格は戦前と戦後で大きく変わっている。
戦前の都道府県は国の出先機関であったため、知事は官選知事であった。その経緯から、都道府県には国の機関委任事務が多く残っていた。都道府県の事務の7割くらいは機関委任事務であったといわれている。
2000年の地方分権一括法に伴って機関委任事務がなくなり、自治事務と、法定受託事務に整理され、地方公共団体としてやりやすくなったといえる。
また、市町村については、市町村の合併が進んだ。それまで、3,200程度で安定していた市町村数が、平成22年3月で、1,727まで減少している。このことは、市町村の行政能力が、財政的、人材的に向上する基盤となっている。
市の中には、政令指定都市、中核市、特例市というものがある。それらは都道府県の事務の一部を処理することになっている。
このほか、市町村や都道府県が共同で事務を行う場合、一部事務組合や広域連合など、特別地方公共団体を作ることもできる。
14.地方公共団体の住民と国民
地方公共団体には住民がおり、国には国民がいるということになるが、皆さんは住民であると同時に国民であるということも頭に置いておいてほしい。例えば、京都市在住者は、京都市民であり京都府民であると同時に日本国民である。国と地方公共団体との関係を考える中で、住民という立場だけでは考えきれず、国民として考えないとしようがない部分が出てくる。
例えば子供手当ては、国がやらずに各地方公共団体が必要に応じてやればよいのではないかという議論もある。バラバラにやることもできるが、そうすると例えば東京はこどもに対する手当てが充実しているが、地方ではそうではないというような問題が出てくることになる。国が全国一律にやるのがよいのか地方自治に任せるのがいいのかということを考えなくてはいけないということである。
15.地方公共団体の仕組
地方公共団体には、議決機関としての議会、執行機関として長や独立行政委員会がある。独立行政委員会とは、公安委員会や、教育委員会である。監査機関としては監査委員がある。最近は監査の重要性が増してきており、外部監査もできる。
住民の役割というのは大切で、選挙によってそれぞれの地方公共団体がどのように意志決定をしていくのかということについて影響を与える。例えば、市長が誰になるのか、知事が誰になるのかということは選挙の大切なところである。また、直接請求の制度があり、条例の制定や、監査の直接請求をすることができる。住民監査請求や住民訴訟というものもあるが、これが直接請求と異なるのは、直接請求は一定の人数が集まらないとできないが、住民監査請求、住民訴訟というのは一人でもできるという点である。住民監査請求、住民訴訟というのは、予算について大変に大きなチェック機能になる。
住民投票は法律で定められた制度ではないが、住民投票に関する条例を作って実施している地方公共団体がある。また、情報公開条例を作り、情報が開示されている。住民が情報を取って、必要であれば監査などを請求できる仕組みとなっている。
地方公共団体では、予算、決算、出納、契約、財産の取得管理処分というような事務処理がある。また、公営企業や地方独立行政法人という形で事業経営も行っている。
16.財政の問題
地方分権改革推進委員会の第4次報告で地方公共団体の財政の充実のため、地方税の拡充が言われている。地方税は難しく、税源が偏在している。特に法人関係の税は大都市部に偏在する。そのようなことを避けるためには、できるだけ個人所得や消費に着目した税目を地方税にもってくるのが良いことになる。
今後、消費税とあわせて地方消費税を拡充することが大切になってくる。知事会でも地方消費税の拡充ということが意見として出されている。
17.国と地方の事務配分
憲法92条には、地方自治の本旨とあり、それは、団体自治、住民自治ということだとされている。団体自治とは、国とは別に、地方公共団体という団体に自治が認められるということで、国とは別の法人格である地方公共団体が、自治によって行政事務を行っていくということである。その際に、どうやって行っていくのかが、住民自治の考え方である。つまり、住民が住民にとって身近な課題、行政を住民自ら処理していくということである。
憲法93条では、議会の設置、長と議員の住民による直接選挙ということが定められている。
憲法94条では、自治行政権、自治立法権、自治財政権についてのことが定められている。自治行政権については、2000年の地方分権一括法のときにかなり整理がされた。自治立法権は、地方分権改革推進委員会の勧告で、条例による基準の設定がいわれているように、自ら条例で、行政を行っていくことである。自治財政権については、やはり地方税の拡充である。地方税をどうするかで、地方自治のあり方は変わってくる。
地域主権という考え方が現在の政権から出ている。今は、自治立法権や自治財政権を具体的に制度としてどうするのかということを決める時期に来ている。
また、地方自治法の第1条の2に、国がどういう事務をするのか、地方がどういう事務をするのかということが定められている。補完性の理論と近接性の理論という考え方である。補完性の理論とは、行政は第1次的な団体である市町村が処理し、市町村で処理できない場合は、より広域的な都道府県が処理する、都道府県でも処理できない場合は、国が処理するという考え方である。近接性の理論とは、近いところにあるものがまず処理するのが良いという考え方である。
18.日本の地方公共団体の特徴
日本の地方公共団体は、他の国と比べて特徴となる性格を持っている。
都道府県でも市町村でも、地方固有の事務だけではなく、国の事務を法定的に受託してその事務を自らの事務として行っている。
法定受託事務は、地方公共団体の国からの受託事務で、国が本来果たすべき役割にかかわるものであり、国において適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又は政令に特に定めるものである。パスポートの事務、戸籍に関する事務などがある。
その他のものは、自治事務となる。つまり、自治事務には、国の受託である事務と受託でない地方固有の事務がある。
地方公共団体の事務には、法定受託事務と自治事務があるが、地方公共団体の事務に要する経費は、当該地方公共団体が全額負担するというのが、地方財政法の原則である。
そして、国がその経費の全部又は一部を負担することを決めて、負担金や補助金などを支出するという仕組みになっている。例えば、生活保護という事務があるが、国が4分の3、地方公共団体が4分の1を負担している。東京都などを考えると分かりやすいが、地方交付税の不交付団体であるため、それはすべて地方税でもって負担している。生活保護は明らかに国の事務であるため、このままで良いのかという意見が出ている。
19.地方税と地方交付税
地方税については法定税と法定外税というのがある。法定税は地方税法でどういう税目であるか、税源がどのようなものであるか、どういう方式で課税していくかということが定められているものである。税率については、標準税率が定まっているだけで、超過課税ができるが、地方消費税などのように一定税率となっているものもある。
地方交付税の財源は所得税、消費税、法人税、たばこ税、酒税の一定割合である。地方交付税額を計算するときには、基準財政需要額と基準財政収入額が計算される。基準財政需要額は、地方公共団体の標準的な財政需要を合理的に測定するために、一定の方式により算定された額である。費目ごとの財政需要を計算するため、1測定単位あたりに必要な経費がいくらであるかを計算し、その単位費用を測定単位に乗じ、必要な補整をして基準財政需要額が計算される。基準財政収入額は、地方税の標準税率による税収の75%が見込まれる。残りの25%は留保財源と呼ばれ、地方公共団体独自の何にでも使える財源となる。
20.自治事務と法定受託事務
2000年の地方分権一括法により、機関委任事務が廃止され、機関委任事務は、法定受託事務か自治事務、あるいは国の直接執行事務か廃止されることになった。
同時に、これらの事務に対する条例制定権や地方議会の権限が変わった。機関委任事務に対する条例制定はできなかったが、現在は自治事務でも法定受託事務でも、法令に反しないかぎり、条例の制定は可能となっている。地方議会の権限も大きく広がり、自治事務にも法定受託事務にも原則地方議会の権限は及ぶ。また、監査委員の権限も広がっている。行政不服審査が変わった点として、機関委任事務は国への審査請求ができたが、自治事務についてはそれができなくなった。ただし、法定受託事務については審査請求ができる。
地方公共団体が、機関委任事務で、国の下部機関として位置づけられていたときは、国の関与のあり方は包括的な指示命令で、「通達」という形で行われた。現在は「通達」ではなく、単なるお知らせである「通知」としてくる。通知に従って具体的にどうやるかは、法令に反しないようにそれぞれの地方公共団体で判断することになる。
国の関与の基本類型は、自治事務の場合、技術的助言・勧告、資料の提出の要求、協議、是正の要求・勧告といったものである。法定受託事務にはさらに、同意、許可・認可・承認、指示、代執行といった枠組みがある。
国の関与がおかしいと思う場合には、地方公共団体が国・地方係争処理委員会に係争処理の審査申し出をすることができる。審査結果に対し、高等裁判所への訴訟提起もできるようになっている。
地方財政についても変わり、地方債の発行は、許可制度から協議という枠組みに変わった。地方税でも、総務大臣の同意があれば、法定外税を作ることができるようになった。
21.三位一体の改革
平成16、17、18年に、三位一体の改革として補助金の廃止削減、国税から地方税への税源移譲、地方交付税の見直しが行われた。国庫補助負担金は4.7兆円削減、地方税へは3兆円の税源移譲、地方交付税は地方税収が増えた影響もあるが5.1兆円の減額がなされた。これに対しては、地方分権よりも国の財政再建が優先されたという批判がなされている。
22.現政権の対応
現政権は、地域主権ということを言っている。地域主権戦略会議を作り、地方分権をさらに一歩踏み出した形で積極的に対応するとしている。地域主権改革関連2法案が国会に上程されており、義務付けや枠付けの見直し、国と地方の協議の場の設定などを具体的に法律によって行うこととしている。
23.地方財政の状況
地方財政を見ると、近年、地方歳入・歳出が減少してきており、地方財政の借入金は、その累計額が頭打ちとなってきている。これは、主に公共事業が削減されてきたことによる。
地方財政計画では、平成13年度が最大の規模だったが、それから減少してきており、平成22年度の地方財政計画でも、公共事業は削減され、他方、福祉関係の経費は大幅に増えてきている。
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