知事リレー講義
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   2010年 6月 15日           読売新聞大阪本社 論説委員  上田恭規氏



 「 どう変わる? この国と地方のかたち 」
 



昨年、衆院選で政権交代が実現してから9ヶ月が経ち、長い自民党時代から大きく様変わりしてきました。
そこで、この9ヶ月どのようなことがあって、これからどうなっていくのかという話をします。



1. 鳩山政権の改革と首相の交代劇

先日退陣した鳩山内閣は、所心表明演説で『改革』を前面に打ち出して登場しました。「無血の平成維新」というのは、マニフェストに書かれた5原則がベースとなっています。

その中でも最も重視されていたのが政治主導です。つまり官僚依存体制から、政治主導への転換がまず鳩山政権が目指す第一番の改革でした。これは、統治機構の改革になる。何があって政治主導という体制を掲げることになったのかを振り返ります。

 

(官僚依存体制からの脱却と失敗)

官僚依存体制からの脱却というのは、自民党流の長く続いた古い政治からの脱却です。

古い政治とは、族議員、官僚、業界団体の三者が結びついて進めてきた利益誘導型の政治、つまり政治家が公共事業を地方に配分し、業界から利益を受けるシステムです。これは、官僚は、業界団体に天下る、業界団体の利益代表として自民党の国会議員となって当選するというもたれあいのシステムです。このシステムによって必要以上に社会資本整備が続けられ、結果至るところに無駄と思われる道路や橋、文化施設ができました。

空港もその一例です。去年茨城空港ができましが、開港後も国内の定期便が飛ばないままです。日本には98の空港があるが、その多くが赤字である。なぜこんなに空港ができたかというと、実態にあわない需要予測がされていたためです。需要予測をしていたのは、国土交通省の官僚トップが天下りしているシンクタンクです。つまり、そういうシンクタンクが空港関係の予算を握っていたため、族議員などから空港を作りたいとの要請があれば、その実現のために非常に甘い需要予測がされたのです。

自民党政治、後半は変わってきたが、利益誘導体質は最後まで変わらなかった。去年の夏の衆院選挙2日前に、高速道路建設の認可がされたが、その中の一つが自民党議員の地元だった。これは、どう考えても選挙目当てと見られても仕方がない。そういう政治と決別していく、というのが昨年の有権者の一票の結果だった。

鳩山政権は、統治機構の改革をまず進めていきました。一つは事務次官会議を廃止した。各省事務方のトップの会議である事務次官会議が、閣議の前に開かれていたが、廃止することで官僚の力を削ごうとした。そして各省庁の意志決定は政務三役の会議によって決めていき、官僚を意志決定から排除しようとした。

これに対し、各省庁によって温度差はあるが、法務省の案件では、法制審議会に会社法の見直しをかけることを、上部の官僚が知らないということもあった。悪い方向に動いてきた例が普天間問題です。過去の日米交渉の経緯をつぶさに知る官僚を排除して、移設を検討しようとしたため、堂々巡りになってしまったのです。その間に沖縄県民の反感を生み出し、政権の迷走を産んだ。これは官僚をうまく使えず、極端な政治主導をかかげた弊害です。

官僚の介入を排除する一方、政治主導の体制もきっちりできていない。マニフェストの目玉組織として、国家戦略会議があるが、これも未だに作り終えていない。一応担当大臣や、組織はあるが、それは法律に基づくものではないため、スタッフも揃わず権限も低い。さらに設立が遅れたのは、設立に官僚の力も必要としたためではないかと思う。

予算編成の際にはどうしても予算編成ノウハウを持った財務省の力が必要だが、予算編成権に影響する組織を初めに作ることで、財務省が良い顔をせず、そのノウハウを提供してもらえないということです。

さらに外交のあり方を描けていないなど、極めて重要な国家運営の部分がなかなか見えてこない、また進んでいないと思います。

 

(政治とカネの問題)

鳩山政権が掲げていた政治主導の体制は、やや迷走気味になっている。その背景には、小沢さんによる古い自民党的な体質がある。その体質の現れの一つが、陳情への対応。小沢さんは自民党支持団体を民主党支持にひっくりかえすために、陳情を幹事長室で一括して受け、民主党になびくようなところには予算をつけ、だめなところは予算を削っている。土地改良事業(農業の基盤整備)では、土地改良区の政治団体は代々自民党支持であり、元農水官僚が国会議員として送り出されるような自民党の集票マシーンだったため、そこへの予算を半減させている。国土交通省の予算では、地方にどのように配分するかの箇所付けの情報を、党が事前に全部各議員に言ったため、議員がそれぞれの自治体のトップに、「うちを指示したからこれだけ予算がついた」ということを話してしまうことが起きている。つまり、自民党時代と同じことがなされています。

これらの問題が、政治とカネの問題とリンクし、有権者の激しい反感をかうことになり、首相の交代劇が起きました。

新しく首相に任命された管さんは、脱小沢色を鮮明にしているため、これまでの体制は変わっていくだろうとは思うが、古い政治が顔をもたげてきた民主党がどう変わっていくのか、透明性を担保していけるのかどうかが管政権にとって一つ重要なことです。

そのためには党と内閣の関わりをどう変えるのかが注目される。統治体制をどう見直していくのかが、この国のあり方を変える改革のためには大前提として必要です。官僚は日本最大のシンクタンクでもあるため、この官僚の力をいかに使っていくのかが問われるところ。管首相は各省の政務三役と官僚の緊密な連携をとって政策運営していくよう閣議で示したため、これまでのような極端な官僚排除ではなくなっていくと思われます。だが、財務省は官僚の力がこれまで通り強く、財務省のいうがままという形にもなりかねない。その辺りの塩梅をどうしていくかが、これからの課題です。そのあたりを注目して、統治機構の改革がこ
れからどう編成されていくかを皆さんにも見ていってほしい。






 



2.. 地域主権改革


鳩山さんが一丁目一番地と話していたのが地域主権改革である。地域主権とは、細川内閣のころから脈々と続いている地方分権と中身は同じです。

初めに地方分権の推進が決議されたのが、1993年。それ以降、遅々として極めて大胆には変わらなかった。それが民主党政権になってから変わりつつある。

なぜ自民党政権下で変わらなかったのかというと、霞ヶ関、族議員、官僚と族議員が一緒になって抵抗してきたためです。地方分権とは、中央の持っている権限財源を地方に移して地方を自立させ、それぞれの地域が実情に見合った公共サービスを提供し自治体運営をしていくため、権限、財源を奪われる中央が抵抗するという構図が続いてきました。

 

(原口プランとスケジュール)

昨年夏の総選挙で初めて地方分権が争点になり、霞ヶ関を解体し、地域主権を確立するなどのことがマニフェストに盛り込まれました。それは橋下知事など、発信力があり地域主権を推進する首長が登場し、集票力がある彼らの支持政党に有権者が左右される可能性があることを考慮したためです。そのため、各政党が地方分権に耳を傾けざるを得なかったといえるのです。

地方主権を掲げて政権をとったのだから、当然進めなくてはならない。地方主権は、原口プランでは、義務付け・枠付けの見直し、自治体への権限移譲の推進、補助金の一括交付金化、出先機関の廃止などを盛り込んだ地域主権戦略大綱を、この夏作っていこうとなっているが、まず今回の総理大臣の交代の混乱によりかなりの時間が取られたため、スケジュール自体は変動しています。

大綱はもう6月中どころか参院選までに策定することは不可能な状態です。国会には地域主権を推進するための法案が3つ出されているが、現在の国会での成立は事実上不可能で、秋の臨時国会に先送りされる見通しです。つまり、原口プランの見通しは随分狂ってきているのです。

 

(地域主権推進法案)

今回国会に出ている3法案のうち一つは地域主権推進法案。それは義務付け・枠付けを少しでも取っ払おうという法案である。義務付け・枠付けを「公営住宅」の例で簡単に説明します。公営住宅は15万円以下の収入の人、単身者は高齢者しか入居できないなどということが全国一律に決められているため、自治体は思うような政策をとれずにいる。つまり、ワーキングプアが増え彼ら貧困者を救済しようと思い、30・40歳からの公営住宅利用を促進しようと思っても、現行制度ではそれができない。このような義務付け・枠付けを今回取っ払い、自治体が条例で書き換え・廃止ができるようにするための法令の改正をまとめたのが、この法案です。

自民党時代から地方分権推進委員会があり、義務付け・枠付けの見直し廃止の議論があり、昨年には800の項目を見直す勧告が出されていましたが、実際に法律に盛り込まれたのは96項目にすぎない。それだけ抵抗が激しいということです。

 

(国と地方の協議の場に関する法律案)

もう一つの法案について。これは、国と地方の協議機関を作るため、国と地方団体の代表が入り、そこで合意が形成されたものは尊重していこうという法律である。つまり、これまで陳情しかできなかった地方団体が、政策についてのすりあわせを国と直接することができるようになる機関を作るための法案です。昨年夏、地方側が強く求めたためマニフェストに取り入れられ、この法案の形で結実しているのです。

ただ、法案ができたら良いというものではなく、どのように運用していくかが重要です。地方といっても基礎自治体、都道府県でそれぞれ立場が異なる。例えば、大阪都構想について大阪府知事と大阪市長は対立している。大阪に限らずどこの道府県でも、県庁所在都市と府県は仲が悪く対立しあっているという状況がある。市と町村も似たような状況で、それぞれの利害が対立しかねない状態です。それは、財政力の規模の違いにも起因する。このように地方同士で対立している場合、地方6団体がまず政策をすりあわせて国と話す必要があります。

それから地方が聞きうるような政策を国がどれだけ持って来られるのか、ということが重要になる。子ども手当も国が勝手に設計した政策で、子どもの生活補助は本来国の財源でやるものを、児童手当の仕組みを援用しているため、地方のお金を出すことになっている。このように地方に大きな影響が与えられるにも関わらず、地方の声を聞かないということが鳩山政権にあった。地方の声を取り入れた政策を作れるかが問われています。

この協議の場は、合意形成がうまくいくかが懸念されている。場合によっては、できたものも単なるお飾りになってしまうかもしれない。うまく機能すれば、地域主権改革の第一歩になるだろうから、秋の臨時国会以降どうなるか注目されます。

 

(補助金の一括交付金化、出先機関の廃止)

かなり実現が難しそうなのが、補助金の一括交付金化プランです。どのような補助金を集めて一括交付金とするのか、その調整自体が極めて難しいためです。補助金は各省庁の力の源泉のようなものなので、現在政務三役が意志決定している各省でも、一括交付金化に関してまともな提案ができていないという状況です。国土交通省前原大臣もかなりの推進派で、一括交付金化を先取りしてやっているとはいうが、完全な一括交付金ではないのです。

各省庁の補助金を統合して何にでも使えるようにしないと、地方にはメリットがない。どうやって制度設計していくかには、官邸の力が相当必要になる。つまり、ここでも政治主導のあり方が問われる。

出先機関の廃止もかなり難しいと思います。原口プランには実施時期の記述がないが、地方整備局や地方運輸局を廃止したり統合したりして、国家公務員を3万5千人減らすというのを打ち出していますが、それに対し霞ヶ関は取り組む気がない。なぜ実施が難しいのかと言うと、民主党の支持母体に官公労があるためです。

 

管首相は所信表明演説の中で、地域主権改革も各論に入る時代になったと言いました。これらの点を次の参院選で論点にしてほしい。

 




  

3. 新しい公共

 

地域主権改革と並んで鳩山前首相が大事にしていたのは、「新しい公共」。

新しい公共とは、円卓会議における宣言によると、「支え合いと活気のある社会をつくるための、国民、企業、政府の協働の場である。その主役は国民である。これまで政府が独占していた領域を公共に開いて、国民が決めていく社会を創る。」ということです。その領域に想定されているのは、教育、福祉、防犯などです。

これはある美しい理念だが、実態は今回の宣言を見てもはっきりしているわけではない。しかし、これからの国の形、方向性を決める、一つの理念であるかなと思う。この新しい公共の担い手は国民ということだが、想定されているのはNPO法人である。各地でいろいろなNPO法人が活動していて、公共分野に類する活動もしている。例えば、限界集落で高齢者の買い物や通院を車で送り迎えしているNPO法人もいる。財政的にNPO法人は厳しい状態だが、住民が住民のことを考えて行かなくてはということで活動する人がいます。

どうすればNPO法人を住民が支えることができるのか。行政がお金を出さないのであれば、寄付金を集めるしかない。そのため、どうやって寄付金を集める仕組みを創るのかが重要となる。多くのNPOは資金難なため、自治体の委託を受けて仕事をしているのが現状だが、そうすると活動に対し行政が介入し、独立性が保たれなくなります。

行政からの補助金に頼らず自分たちの発意で進めていこうと思えば、寄付金に頼らざるを得ない。そこで、寄付金を集めやすくするために、税額控除のシステムを取り入れる提案がされている。鳩山前首相は税額控除制度の導入に力を入れていて、寄付金の半額を減税するというシステムを取り入れることで、NPOに寄付が集まりやすくするようにし、NPOを育てて、自由度の高い活動ができるようにしていく必要があると、主張していた。

寄付金を集まりやすくするための税制改革はされると思いますが、NPOにも不正をはたらくところがあるため、情報公開などの透明性が強く求められる。国が明確に指針を示す必要があるのではないかと思います。

もう一つ重要なことは、市民それぞれの意識の問題である。現在はまだまだ社会参加、社会貢献の意識は極めて高いとは言えないという状況です。国が政策によってどのように誘導していくのか、それによって新しい公共のあり方と実現も左右されるとも言える。アメリカでは、社会貢献の活動に従事する人には1年間一定額の生活手当を出すかわりに、一定期間しっかり活動をするというプログラムがある。さらに、オバマ大統領はその期間を終えたあとに、大学に入学するための資金を援助するというプログラムのための法案を出しました。









4. 最後に

 

参院選が7月11日に投開票の見通しです。

各党のマニフェストがはっきりとした形ではまだ出ていないが、いずれにしても国の形、地方の形を見る上で一つの視座になるのが今日の話。民主党が新しい公共の旗を降ろすことはまずありえない。それによってこの国の形のあり方が政府に問われないといけない。どうマニフェストに書かれるかは分からないが、有権者も考えていかないといけないことです。

地域主権戦略大綱の試案に、想定されるこの国の形が書かれている。それは生活の決定権は国民が持ち、国民はその決定に責任をもつということです。つまり、国が決めたことを一方的に押しつけず、国と地方が一緒に考えていく。ということが、民主党政権が想定しようとしている形です。われわれ一人一人がそういう国のあり方になることに対して、認識して覚悟しておかないといけない。

地域主権改革はバラ色ばかりではなく、自治体の自由度が高まるということは、それぞれの首長がまちづくりのありかたを描き、決めていくことが要求されるようになります。首長の権限は強大なものになるため、間違った首長を選ぶと、首をかしげないといけないことも起きてきています。これについては、そのチェック機能を果たすのが議会ではないかと言う人もいるが、現在の地方議員の質、力量がそこまであるかは疑問に思うところです。これは、議会が役所と意を通じている状態がいろいろな自治体で散見されるためです。

 

今後、住民ひとりひとりがそれぞれのまちのありように関わる意志が問われてきています。そして関わりのあり方も制度的に議論される必要があるが、今回の参院選で各党がどのように議論し、マニフェストに出してくるのかに注目する必要がある。それが、この国・まちを自分たちで創っていくのだという意思表示になるためです。









 質疑応答

質 先日鳩山政権が退却し、新しい政権が立ち上がることで民主党支持率が急回復したが、具体的な問題解決によって回復したわけではない。このことについてどう思われるか。

答 支持率が急回復した背景が何かという。有権者が自民党に回帰しようと考えていないということの表れではないか。民主党の支持率が回復している一方、自民党支持率は低いことが挙げられる。民主党支持率が落ちてきたのは、鳩山・小沢2トップ体制に対する不信感であり、民主党政権自体には依然期待している。つまり、これまでの自民党的政治から新しい政治に刷新してくれるだろうという国民の意識のためだと言える。

質 鳩山氏・小沢氏の退任によって内閣の支持率が回復したが、民主党が総選挙で思わしくない結果を出したら、小沢権力がまた出てくるのではないか。

答 これについては極めて不透明。参院選の結果がどうなるかもマスコミの今後の報道によって左右されるだろうからわからない。しかし、今現在のベースとして考えると、民主党は参議院で過半数をとるために62議席とらなければならないが、それは難しいだろう。過半数行かなければ、国民新党との連立ができるだろうし、場合によっては新しい党と連立するだろう。つまりこれについては微妙な議席数で変わってくる。

また、小沢さんは自身では出馬しないが、自分が背後で操れるような人物を出馬させてくるだろう。しかし、小沢自身が抱えている問題が、現在検察審議会にかけられており、参院選が終わったころに議決が出て、もしこの結果が起訴議決であれば被告になり、すると党内での求心力が下がるだろう。このように不確定要素が多いため、現段階でははっきり言うことはできない。

 

質 菅政権になり消費税増税を掲げているが、消費税増税は政治家として手をつけにくい論点。現政権の中でこれができるのかどうか。

答 それこそ、この参院選のマニフェストの書きぶり。衆院選では4年間上げないと断言していたため、その宣言を踏襲するのであれば何らかの修正をしてこないといけないのは自明である。同じく、自民党が引き上げの方向をマニフェストに書いてくるだろう。たださらに重要なのは、消費税増税をするかしないかではなく、その税率をどうするのかである。国会での管さんの話でも、税制については寄り合って話し合いをすることを提案している。いずれにせよ、民主党だけが突出して消費税のことを書くとは思えない。



 

 


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