「東日本大震災を「気付きの元年」「変革の元年に」」
私が物心ついたころ、戦後復興期で非常に貧しかったが、「頑張れば日本はぐんとよくなる」という希望に満ちた時期でもあった。
中学校か高校に通っている際にベトナム戦争が起こり、「アメリカ兵がベトナム兵を何人殺した」という報道が日々流れた。「これからは平和の時代になる」と思った矢先の出来事であったことや、基地が沖縄にあったことから、もどかしい気持ちで一杯だった。
京都でも戦争反対の市民運動が盛んに行われ、高校でも生徒会活動を中心に市民運動を進めた。そうやって生徒会活動など勉強以外のことに熱中していたこともあり、大学進学を断念せざるを得なくなり、高校卒業後は教育委員会で37年勤めた。
働き始めて感じたのは「勉強しなければならない」ということ。そして翌年立命館大学に入学し、仕事が終わり授業を受け、また市役所へと戻るという生活を4年間続けた。
このようなプロセスを経て、教育において重要だと思うことがいくつかある。
まず1つ目に「比べないこと」。私には現役で国公立大学に進学した2人の妹がいるが、大学進学を一度諦め、社会人になってから夜間学校で通う私を、私の親は卑下することはなかった。
次に「退屈させないこと」。年齢に応じて、その時の興味関心に応じておもいっきりやるということ。ぜひ皆さんにもやってほしい。
3つ目に「落ちこぼさないこと」。その年齢に応じて基礎基本をきっちり身につけ、能力を発揮する土台を作ること。
最後に「再チャレンジできること」。
落ちこぼさないことが大事だと言ったが、私は高校卒業時に自主的に落ちこぼしてしまった。しかし、立命館大学では充実した夜間コースを開講されていたので、しっかりと学ぶことができた。
東日本大震災の直後、すぐ全ての区長、局長に「市役所の職員14,000人で何ができるか、考え、提案してほしい。」とお願いした。
薬剤師からは「感染症予防のため仮設トイレを消毒したい」、あるいはごみ収集に関わる環境政策の職員から「京都のプレスパッカー車でごみの収集・分別に行く」、都市計画課からは「建物の危険判定士50人はいつでも出発できる」など色々提案してもらった。
しかし国土交通省や政令指定都市の相互応援協定の中から何も指令がなかったため、教育長で繋がりのあった仙台市の奥山市長に電話をし、さっきのような支援が可能か聞いてみると、「すぐに来てほしい」言われた。
今日現在で1,226人の職員が1週間交代で、仙台市を中心に支援に行っている。
行政支援以外では、仙台七夕祭りへの祇園祭の参加がある。仙台市には「七夕祭」という祭があるが、此度の震災を受けて今年は「鎮魂と復興」をテーマに開催され、祇園祭のお囃子と鉾も参加することになった。
そもそも、京都の祇園祭は、貞観11年(西暦869年)に始まった。当時の日本は平安京内では疫病が流行り、貞観大地震、富士山の大噴火という大災害が日本中で起こっていた。そして悪霊を祓うため、貞観11年6月7日に66基の矛を神泉苑に立てたのが始まりである。66というのは当時の日本における国の数である。つまり、平安京だけでなく、日本全体の鎮魂と復興を願ったのである。
この先人の意志と、祇園祭の根源を汲み取り、8月6日の七夕祭の復興支援を行いたい。
阪神淡路大震災のときは、ボランティア元年と言われるようになった。東日本大震災はライフスタイルやエネルギー政策、教育やまちづくりのあり方について問う、「気づきの元年」なるべきである。また「選択と集中」政策が一部から求められているが、「選択と分散」の方が大事であることが、此度の震災で改めて実感した。
つまり、地方が自立できる国にならなければいけない。京都はそのモデル都市になれると思っているし、特に環境の分野ではそれを引っ張っていかなければならない。そのことについて、これから話していきたいと思う。
京都には次のような特徴があり、これら「京都力」を活かした新たな挑戦をしている。その魅力について、またその魅力に基づいた政策について順に説明していく。
@「山紫水明の自然」
市内の3/4が森、さらに都心を流れる鴨川、桂川に、鮎が泳ぐという豊かな自然を抱えた都市は、世界中でも唯一ではないだろうか。
A「歴史都市」
全国の国宝の20%、重要文化財の15%が集積しており、14の寺社・二条城が世界遺産、祇園祭がユネスコの無形文化遺産に登録されている。
B「宗教都市」
精神文化の拠点、こころのふるさとである。
C「国際都市・多文化共生都市」
世界文化自由都市宣言を昭和53年に行った。
D「人権都市」
日本の人権宣言と言われる「水平社宣言」を発したまちである。
E「環境先進都市」
京都議定書誕生の地であり、環境モデル都市である。
京都議定書を採択した国際会議に、ドイツのメルケル首長が当時環境大臣として来られていた。ドイツでは「Do You Kyoto?」という風にkyotoが使われている、つまりkyotoが「環境に良い事をしている」という動詞になっていることを教えてくれた。それを聞いて私は非常に誇りに思っている。
京都に伝わっている日本の思想、哲学、これが環境共生に通じるものがあると思い、日本の環境政策をリードするためにも、全国初の地球温暖化対策条例を制定した。
当時の目標、温室効果ガス10%削減も2008年に11.6%削減で達成し、2010年に「2030年までに府市協力のもと40%削減」という新たな目標掲げ、条例も全面改正している。この目標達成のために重点政策を3つ掲げている。
また、ごみの減量についても有料指定袋導入やごみ焼却所の削減などの政策の効果もあり、2000年に82万トンだったのが2010年に50万トン以下のごみ減量を達成できた。2020年には39万トン減量を目指している。
F「教育先進都市」
京都は学校教育や盲学校が日本で初めてできた都市である。
私が教育委員会に勤めていた40年近く前は、イデオロギー対立が厳しい状態だったが、10年ほど前から公教育再生に取り組んでいる。
また京都は私学も多くあり、私学、公立学校が特色のある教育をし、切磋琢磨して教育水準を上げており、全国からも高い評価を受けている。
G「福祉先進都市」
持続可能な社会としていくには、若い人が結婚し、子どもを生み育てることが一番良い。子育て先進都市京都となるため、2年間で1,550人の待機児童を解消し、現在、待機児童は全体の0.3%ほどである。来年度では0にするつもりだ。京都で子育てしてよかった、京都で育ってよかったという都市にしていきたい。
高齢者対象の介護でも、特別養護老人ホームで350床ベッドを増やすなどしている。
H「文化芸術都市」
文化首都であり、茶道、華道、香道、能、狂言、雅楽という歴史的な文化、京都市交響楽団、市立芸大、市少年合唱団、京都堀川音楽学校などを有している。
I「食文化都市」
京料理だけでなく、世界のいろんな食を楽しむことができる。
ユッケ問題を受け、京都市の職員は国から通達を受ける前に、自主的に京都で生肉を提供している店700件を対象に調査をした。生肉も大丈夫。放射線についても同じようにしており、野菜も大丈夫である。これはいずれも食を守るために行っている。
J「ものづくりと、ものがたりづくり都市」
京都には千年続く伝統産業があり、一方で世界でもオンリーワン、ナンバーワンを誇る京セラや任天堂、オムロンやロームなどの企業がある。これら企業のルーツをたぐってみると、織物や染物、仏具、お酒、焼き物など伝統産業をイノベーションして誕生している。清水焼からセラミックへ、お酒からバイオへ、日本写真印刷会社は印刷業からタッチパネルになっている。伝統産業から先端産業になっているのである。
京都はものづくり産業が盛んな一方、「ものがたりづくり」の都市である。
能、狂言、お茶や生花、京料理はただ消費するものではなく、その背景にストーリーがある。
ものづくりとものがたりづくりが融合しているのが京都である。
言い換えると精神文化と物質文化の融合である。例えば西陣織は能装束を作ることが使命だとある人は言う。能において、西陣織は、面、演目を作る人そして役者と共に舞台を作り上げ、それで人に感動を与える。つまり、西陣織は、能や他の文化・産業と共に発展してきたのである。
ものづくり・ものがたりづくり、さらにひとづくりが加わり、まちづくりが千年続いている。このような文化がある都市は世界でも稀である。
京都に限らず、日本は世界に誇れる素晴らしい技術を持っているが、それを展開する力がまだ足りない。
京都から世界を再び設計するようなものづくり・文化を展開し、世界をリードできるのではないか。その文化とは、低炭素社会や暮らしの哲学や美学等である。
K「観光都市」
京都は国内外から年間5千万人の観光客が訪れる。このように大都市で観光客が増加しているのは京都だけである。京都の観光政策は、6つの「みる」ができる観光を目指している。
6つの「みる」とは、「見る」(通常の見る)、「視る」(研究する)、「看る」(手を携える)、
「診る」(言葉で見る)、「観る」(心で視る)、「魅せる」(人々の心を魅惑する)である。
また、梅小路公園には、オリックス不動産株式会社とともに進めてきた水族館が、来年できる。寺社仏閣がたくさんある京都だが、ファミリーや若者が楽しめる施設はあまりないため、ファミリーや若者にとって楽しめる場を提供したい。また、この水族館はただ楽しむ場にするだけでなく、海洋動物の研究者によって生態の研究や保護ができる、生物多様性に貢献できる水族館にする。
L「景観先進都市」
日本の景観政策のモデル都市である京都。2007年に新景観政策を実施した。
それは中心部に高いビルや京都らしくない看板が増えてきたからである。
この政策によって中心部は以前45m規制だったものが31m規制に、以前31m規制だったものが15m規制になる。
3年後に、屋上公告やパチンコの照明を規制する。
このように、美しさに磨きをかけようと考えている。
M「大学のまち、学生のまち」
大学コンソーシアムを中心に、京都学生祭典や500に及ぶ単位互換制度が行われている。単位互換制度は現在日本中で取り組まれているが、京都はその中でも特に充実していると思われる。
仏教系大学の伝統日本文化に関する授業が、留学生や理工系の学生にとても人気である。
N「市民参加先進都市」
政令指定市で初めて市民参加推進条例を策定(平成13年12月)している。
O「先進的な行政評価制度」
全国で初めて7つの評価制度を条例化している。また学校教育においても評価制度を取り入れているが、特徴的なのが自己評価をすること。例えば、子どもに対して「授業でわからないことを質問しているか」、先生に対して「ちゃんと授業で子供の質問に答えられているか」、親に対して「朝ごはん食べさせているか」のようにである。
教育とは教育を受ける側、行う側双方の評価が必要だと思い、このような取り組みをしている。
行政評価は2003年から「戦略的予算編成システム」を導入し、1,400の事務事業について評価を行い、それらの廃止や見直しなどを判断し、その結果を公開している。2003年から7年間で約372億円削減の財政効果を出している。
事業仕分けといえば、中央政府がセンセーショナルに行っているが、京都では7年前から行っている。
P「全国に類のない府市協調の取組」
山田知事との懇談会を行い、政策調整を行っている。その際、次の3つを基本方針としている。
1つ目に政策の推進では、基礎自治体を重視、企画構想段階から協議し政策融合すること。
2つ目に法的根拠のないものは、市域と市域外で格差をもうけないこと。
3つ目に二重行政を打破、効率的な行政のかたちを作り、地域主権時代のモデルをつくること。
この協調の成果として、府市共同の温暖化対策があげられる。また中小企業保証協会を大阪のようにではなく、府市協調で行っている。
Q「道州制を見据えた『特別自治市』創設の必要性」
現在の指令都市は、京都、大阪、神戸、名古屋、横浜の5大都市だったが、現在は19市に増え、政令指定都市の性格も変わってきたと思われる。
現在の政令指定都市制度は50年前妥協の産物として制定されたこともあり、部分的な事務権限を道府県から委譲するだけで、道府県との役割分担が不明確、また税制上の措置も不十分と問題を抱えている。
最も問題視するのが財政上の政令指定都市の負担であり、京都市の場合府に代わって負担している金額は175億円である。税制上措置されている額は53億円だが、122億円が不足している。なぜこのような事態になっているのか。例えば、政令指定都市内にある県道や府道の管理は政令指定都市に任されているが、そのための費用負担も政令指定都市が行っていることが挙げられる。
このようなことを抜本的に改革していきたい。
東日本大震災では、京都市は次のような支援活動を行っている。国からの要請を受けた支援活動、19の政令指定都市と東京都からなる相互応援協定に基づく取りまとめや、全国市長会の取り組み、さらに京都と仙台市独自の連携による支援活動など。
しかし、これだけあっても支援活動が不十分とのことなので、仙台市の震災支援対策本部の横に、京都市が8人体制で対策本部を置いている。この体制によって、本当に現場で必要とされている物資支援が円滑に行われている。
つまり、震災現場で基礎自治体の役割が非常に重要であること、これからは基礎自治体が力をつけていかなければならないことを、再確認したということであった。
京都市は指定都市の中で、実質収支で赤字と、厳しい財政状況にある。それには寺社仏閣や大学があることから固定資産税収入が少ないこと等の理由がある。
自治体間格差を調整するのが地方交付税だが、三位一体改革によって政令指定都市に対する地方交付税交付が厳しく削られた。これによって財政状況は大変厳しくなり、かつて2万人いた職員を14,000人に減らし、私自身の給与やボーナスカット等によって賄っているが、まだまだ賄いきれていない。
また、市バス、地下鉄といった公共交通は、市長就任時、地下鉄は1日4,600万円の赤字だったが、シンデレラクロスの充実等を実施することで、昨年度およそ2,300万円へと減らし、地下鉄の経営改善を行ってきた。市バスも10年前は52億円の赤字だったが、昨年度22億円の黒字を計上した。
このように、京都市は厳しい財政状況にあるが、公債に対する市場評価は非常に高い。なぜなのか金融界の人に聞いてみると、「京都市はお金がないが、京都市には素晴らしい地域力がある。市民が熱意を持って改革をしようとしている。その熱意が投資家にも伝わっているからだ。」という。
市長に就任してから3年3ヶ月、非常に厳しい事態もあったが、このような評価を頂いていることが自信に繋がっている。
私は学びとは、次の3つに分けられると思う。
1つ目に「学識」、これは知識とも言い換えることができる。
2つ目に「見識」、これは倫理観や道徳観と言える。
最後に「胆識」、これはどんな困難にも負けずに突き進むことができる、理解者を増やすことができる力である。学識、見識を持っているのは当たり前、それ以上に求められているのが胆力であり、胆力を身に着けた人間が、今日本に必要だといえる。
また、次の3つの目を持つことも必要である。
1つ目に「鳥の目」、これは広い目で日本・世界の現在を把握し、今後を予測すること。
2つ目に「虫の目」、これは周囲にいる一人ひとりを大事にすること。
3つ目に「魚の目」、これは今何が求められているのか、流れを読み取り、流れに乗る力である。
これらの力を、今のうちに身に着けてほしい。
問 阪急西院駅を利用する立命館大学の学生や職員さんは非常に多いため、地下鉄を西院駅から立命館大学付近までつくっていただくことは出来ないか。
答 結論から述べると不可能である。道の下に地下鉄をつくるのに、1mで3,000万円かかる。地下鉄に対して現在5,000億円の借金があり、コストパフォーマンスを考慮するとこれ以上負担を増やすことはできない。
今後は私鉄やバスとどのように連携するのか、自動車を減らしLRTや電気バスを通すことによって、公共交通を充実させることが必要である。
問 梅小路公園の水族館建設について、地域住民などから反対があったと。この反対の意見についてはどのような配慮がなされているのか、教えていただきたい。
答 京都の良いところは、新しいことをする際に住民が反対意見を主張し、それによって政策が磨かれることが挙げられる。京都には、過去から受け継いできた素晴らしいストックがある一方、若者の就職先がないという欠点がある。京都の伝統産業は衰退し就業先が減る一方、水族館ができると2,000人ほどの雇用が生まれる。
またJR西日本もすぐ近くに世界に冠たる鉄道博物館を建設予定である。このようなプランで京都駅からすぐ近くにもかかわらずあまり活気がないあの一帯を活性化できるのではないか。
駐車場をあまり充実させず公共交通の利用を求める等、周辺地域に配慮する。またプランのメリットをしっかり説明する。そして決断すべきところでは決断を行い、プランを前進させていく必要がある。
問 厳しい景観政策を住民に課すことが果たして住民のためになるのか、またそのような景観政策を行うことによる京都の将来のビジョンを教えてほしい。
答 京都人の誇りである。多くの不動産関係者や看板業者が反対したが、住民の9割が賛成した。
京都には鴨川や御所などを落ち着く場と感じるのは、背景に山が見える、つまり借景があるからである。このような政策を実施したことで不動産価値が下がったかといえば、他都市と比べて相対的には減少が小さいことがわかった。千年間、京都人が大事にしてきた借景という価値は、京都が京都であるために今後も守っていかなければならない。
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