「全国知事リレー講義」ライン


 
2011年 11月 8日            前尼崎市長 白井 文 氏


           「市民の力を活かす 〜尼崎市長としての8年間をふり返って〜





1 はじめに〜今日の講演のテーマ

毎週水曜8時からNHKで「ためしてガッテン」という主婦に人気の番組が放映されている。そのためしてガッテンで914日に「腎臓が突然だめになる」というテーマで、腎臓病予防について放映された。そこで「尼崎での取り組みがスゴイ」ということで紹介をされたので、本日はその取組を中心にお話をする。

このテーマについてお話する理由の1つに、学生の皆様に基礎自治体に興味・関心を持ってもらいたい、公務員の仕事を理解してもらいたいためである。

基礎自治体と都道府県とでは同じ公務員といえど、かなり異なる業務を行なっている。基礎自治体における公務員の仕事の特徴・醍醐味と言えば、やはり住民と顔の見える仕事ができる、一緒にまちを作っていくという喜びを味わえることである。それについても今日は伝えたいと思っている。






2 腎臓病と人工透析


腎臓は「沈黙の臓器」と呼ばれているが、それは腎臓に異常があっても自覚症状がほとんどでないからである。腎臓は血液からの老廃物や余分な水分を濾過し、排出する役目を持っている。腎臓がうまく機能しなければ、数日で体中に毒素がまわり死に至るという非常に重要な臓器でもある。

その腎臓がうまく機能しなくなった場合に効果的な治療方法が、体の血液を一度外に出し、ろ過するという人工透析である。しかしこの人工透析は週に3回ほど行い、そして1回あたり4時間ほどかかることや、医療費も多額にかかることから患者の負担が非常に大きい。

この人工透析を受けている人が40年間にわたって右肩上がりで増えている。本人にとって負担が大きい病気であるため、予防が強く求められる病気の1つである。一方、尼崎市では3年連続で、新規の人口工透析の患者が減ったということで注目された。

では、尼崎市では何をしたのか。具体的に先に述べると、「腎臓のろ過機能をあとどれほど残しているのか」を示すクレアチニンの量を、特定健診や保健指導を通じて、必要な市民に対して数値化してお知らせした。

これに基づいて、自分で生活習慣を改め、少しでも腎臓の機能を長持ちさせてもらうためである。ちなみに、クレアチニンの機能について、きちんと市民に説明している自治体はほんとうに少ない。





  

3 「ヘルスアップ尼崎戦略事業」を始めた背景

 

尼崎について説明する前に、腎臓病予防を含むヘルスアップ尼崎戦略事業になぜ尼崎市が取り組んだのか話をしたい。

兵庫県下の自治体で尼崎市は「最も健康寿命が低い」と分かった。そのため、尼崎市は住民の皆さんに少しでも長く健康でいてほしいという思いで始まった。この思いを強く持ち続け、市民の方に理解していただくよう働きかけたことが、この事業で良い成果を残せた理由の1つだと思う。

基礎自治体は市民の安心や安全の責任を持つということから、客体として市民を受け止めることが多いが、この事業は市民が主体となること、つまり市民が自覚・理解・情報の把握をして意識を変えることを重点に置いた。

なぜなら、一人の意識が変わって行動を起こせば、その一人の行動が家族へ波及し、家族の行動が地域へ、地域の行動が市全域へ、そして社会へと繋がるからである。

最初からその成功に自信を持っていたわけではないが、この事業を通じて市民が、そして地域が変わっていったことを実感した。「一人の意識から地域が変わる」例としても、今日はご報告したい。

レジュメ1ページ(兵庫県の地図掲載ページ)のように、尼崎市は人口が45万人の都市で、大阪府との県境に位置する。

その地図の下の「生活習慣の予防を視点とした、これまでの取り組み」の図は、尼崎市で脳梗塞や心筋梗塞で倒れた職員2人のデータである。

もともと肥満や高血圧などのリスクが集積していたため、早い段階から対応をしていれば命まで落とすことはなかったかもしれない。しかし、これまでの健康診断では検査結果に基づいたアクションを起こせるようなフォローをほとんど行ってこなかった。

そこで、1人の保健師が市職員への検診結果を元に、リスクが集積されている職員を抽出し、重点的な保健指導を実施した。

例えば、食生活を改める、適切な運動を行うなどの、誰にでもできる内容の指導である。また、尼崎市では、この検診を始めた2000年から内蔵脂肪に着目して、ウエストではなくお腹の周りを測った。近年「メタボ」という言葉は定着し、この検診方法は全国的に行われているが、尼崎市の1人の職員の取り組みから広がったと思っている。

職員に対する重点指導を行った結果が3ページ目である。2002年まで脳血管疾患や心疾患で死亡者がいたのに対して、20032005年と死亡者数が連続して0であることが分かる。

そして、この生活習慣病の予防策を、市民の皆様にも広げられないか。そして健康を少しでも長らえさせられないか考えた。

 「尼崎市の社会保障をとりまく環境」のページをご覧頂きたい。先ほども述べたように尼崎市の平均寿命は県下ワースト1である。特に、65歳未満の全体における死亡割合は県下で男性トップ、女性は県内で6位と非常に嬉しくない結果がわかった。

健康、寿命を延ばすため様々な病気の予防が求められるが、特に糖尿病や心血管疾患など生活習慣病を悪化させて発症するような病気は、予防すれば寿命を延ばすことができる。

また、次のような財政的な問題もある。尼崎市は県下で1人暮らし老人の数が一番多い。一人暮らしの老人の方は、健康状態を悪化させるとすぐに入院、介護保険、生活保護などに転じやすく、扶助費がかかる可能性を抱えている。

その負担は基礎自治体の財政で賄わなければいけないが、社会保障費が増大すると、新たなまちづくりへなかなかお金を使えなくなる。そのような尼崎独自の財政的事情もあって、この事業がスタートした。





4 「ヘルスアップ尼崎戦略事業」を実施して

 

それでは具体的に何を行ったかというと、いわゆる市民検診を行った。当時の一般的な市民検診と何が違うのかというと、1つは胴回りをはかること。これで内蔵脂肪をチェックした。2つ目にヘモグロビンA1Cの数値に着目すること。これによって血糖の状況をチェックすることができる。

それまでの健康診断の受診率は、3010%、408%、5013%ということで、非常に低かった。この受診率を上げることも1つの課題だったが、やはりその後の検診結果をしっかり伝えるというフォローが重要である。そして、今までの検診とは違うしっかりと成果が出るものにするためにはどうすれば良いのか、頭を捻った。

まず、国民健康保険を利用している市民全員にDMを打って、検診を受ける必要性を伝えた。またそれまで検診を受ける必要性を感じていない人に、「なぜ検診を受けなければならないのか」伝えるために、商店街などで戦略事業に関する出前講座や、実際に保健指導を受けた人の経験談を話してもらうフォーラムなどを実施した。

今日みなさんにお伝えしたいことの1つに、次のような結果がある。

生活習慣病の発症時期から逆算して、だいたい40代くらいの人に保険指導する必要があると考えていたが、実際に検診を行ったところ40代で治療が必要だという人がたくさんいた。それどころか20代前半でも病気を抱えている人がいることが明らかになった。その予防のためには20代前半もしくは10代後半から健康に対する意識を変えなければならない。

 生活習慣病の予防にあたって、最も大切なのは規則正しい食生活である。生活習慣病になる人に共通しているのが、夜にかけてカロリーが高いものを食べる、野菜嫌いである、食べ過ぎ、栄養が全くないものしか食べ過ぎていないといった不健康な食生活である。

予防のためには、野菜を取り入れた栄養素バランスがいいものを食べる、食べる時間帯や回数などを考えるなど、健康的な食生活を学生の皆さんも今から実施して欲しい。

ヘルスアップ事業に話を戻すと、多くの人が検診を受けていただくきっかけになったのは、5060代の女性のパワーだった。彼女たちは健康に非常に関心を持っていて、多くの人が検診や保健指導に参加してくれた。そして彼女たちに「自分の大切な人を連れてきてください」と伝えたところ、旦那さんやお子さん、友人などを連れてきてくれた。

そのように波及していった結果が「目標値の設定」と書かれたレジュメの「特定健診の受診率」である。それまで、先程述べたように50代で13%、全体でも20%を超えなかった受診率が、平成20年度には目標値の40%を2.3ポイント上回る42.3%だった。しかし、平成21年、22年には目標値を大きく下回る結果となった。

なぜ21年度以降受診者数が減ったのかというと、「去年受けたから良いだろう」、「悪い所がいっぱい発見されて怖いから受診したくない」、「人間ドッグを受けているから良い」などの理由である。この数値だけ見ると、「個人が変わり地域が変わったことを実感した」と言った割にはあまり芳しくない結果だと感じられる。

しかし、通院や入院にかかる費用が減ったり、入院日数が短期化したりなど、医療費の適正化や社会保障費をなるべく増やさないという意味では大きな成果が出ている。

つまり、これらの結果は介護保険事業、後期高齢者医療につながっていくものであるため、若い頃から病気の予防、また回復してもらうことにより、財政支出の適正化にも繋がった。

また、検診に来たことで思わぬ病気の発見に繋がった方のエピソードがある。市長宛にかかってくる電話の大半は苦情である。ある年の11日に自宅に直接電話がかかってきて、苦情だと思って電話をとったら、次のような検診を受けたことによる喜びの電話だった。市民検診の案内通知が来て、最初はほったらかしにしていたところ、また通知が届いた。「これは受診するまで通知が届く。私みたいな通知を無視する人がたくさんいることで郵便代コストがかかって、財政負担に繋がる。」そう思って、受診に来てくれた。そしたら、検査で大腸がんが発見され、早期治療によって、年始を無事家で迎えることができたのだという。






5 公共サービス見直しに対する市民の理解を得るためのプロセス

 

ところで、なぜ一市民の方が市の郵便代までも心配してくれたのか。記憶に新しい夕張市が赤字団体なったように、どの基礎自治体も非常に財政難で苦しんでいる。それは国が様々な改革をして地方自治体に交付する交付金を削減している、また企業の利益が減ることで独自収入である税収が減っているという歳入の減少がある。

一方で、社会保障費は伸びている。2009年で99兆円、2008年と比べて6%も社会保障給付費が伸びたという結果があるが、2010年以降は100兆円を超えることが確実と言われている。そして社会保障給付の一部を賄う地方自治体の財政に対しても着実に負担は増えている。どこも大変厳しい状況である。

尼崎市は、特に早い段階からその財政難に見舞われていた。私が就任したのは平成1412月で、平成1519年の5カ年で収入が800億円足りないという状況だった。尼崎市の1年間における一般予算は1800億円で、年間およそ200億円ほど足りないということは非常に大変なことである。

どうすれば歳入と歳出を均等にすることができるのか。それを市民と一緒に何度も議論をした。無駄を無くすことで歳出を減らす前に、歳入を増やせばいいのではないかという意見もあった。しかし、自治体の場合は独自財源である税収を増やすと交付税を減らすことになるため、特に尼崎市は交付金を多くもらっている自治体であるため、歳出と歳入のバランスを見なおさなければならない。

歳出を減らすということは、公共サービスを見直すということである。つまり、公共サービスの使用料を上げる、またはサービスの供給をやめる、今まであった建物を潰す、財産として持っている土地を売却するなどである。「公共サービスの見直し」というのは聞こえはいいが、実際には市民の生活にものすごい影響を及ぼす。

まずは、私を含め職員の賃金をカットすることで、5年間で200億円を浮き上がらせた。しかし、賃金カットだけではあと600億足りないため、どうしても公共サービスの見直しをしなければならない。そこで300項目にわたる公共サービスの見直しを市民の皆様に提案した。その内容は非常に厳しく、市民の皆さんは基本的に反対の姿勢だった。署名活動で公共サービス見直し反対5万人の著名が集まって議会で取り上げられたこともある。

しかし、理解いただくために様々な説明会や市民の皆様との意見交換会を実施してきたことで、無作為抽出に行ったアンケートで70%ほどの方に理解をいただくことができた。

これは、このような理解を求める活動を通じて、財政状況の悪さに対する理解、そして個人が不健康であることは個人の問題にとどまらず、社会保障費全体にかかる問題であるという認識が、市民の間に浸透していったという背景がある。






6 「今の時代をどう生きていくのか」というテーマに向きあうこと

 

尼崎市には財政難の他にもう1つ悩ましいことがある。尼崎市は産業都市を標榜してまちづくりが行われてきた。昔の教科書には、阪神工業地域の中核都市であり公害都市としても写真が掲載されていたこともあるため、尼崎市の環境に対するイメージを変えることも大事な課題であり、清掃・美化活動や景観を良くすることに積極的に取り組んできた。

この産業都市を揺るがす2つの大きな事件が平成17年に起こった。

1つは425日起こったJR福知山線の脱線事故である。あの事故の現場はJR尼崎駅の手前であり、脱線して近くのマンションに車両が突っ込んだわけである。この時、市内の企業が救命救助活動を積極的に行ったことで、市はもちろん、県や国、さらには海外からも高く評価された。

多くの企業が関わってくれたのだが、特に有名なのが事故現場近くに工場を持つ「スピンドル」という企業を中心とした救命救助活動である。事故を知ってすぐに午前の操業を停止し、どのような手順で作業をし、自分たちの安全も守るのかを確保しながら打ち合わせし、従業員全員が救命救助活動を行った。この救命活動はたまたまたできたのではなく、日頃からスピンドルを中心に消防活動、防災活動が積極的に行われていたため、このような非常事態にも迅速かつ適切な活動ができた。

基礎自治体としては、このような誠実な企業があることは宝であり誇りに思う。私たちは命を大切にしなければならない。

もう1つの事件とは、その2ヶ月後に大きく報道されることになった「アスベスト」の問題である。アスベストは万能の資材と言われていたが、人体に甚大な被害をもたらすことがわかり使用が禁止されている。アスベストによる人体被害の1つに中皮腫があり、中皮腫の原因は100%アスベストとも言われている。その中皮腫にかかった人はアスベスト工場の従業員だけだと考えられていたが、脱線事故のちょうど2ヶ月後の625日に、工場の周辺住民にも中皮腫患者がいることがわかった。

これは私たちに大きなショックを与えた。というのは、尼崎市は産業都市として発展してきた一方で公害などのマイナスの面も抱え、そのマイナスの部分を解消するために色々努力していた中で、過去のツケとしてアスベスト問題という新たな問題が浮上してきたからである。

JRの事故を通じて、現場に寄り添うことの大切さや、被害を受けた人に寄り添うことの基礎自治体の役目を感じていたため、すぐに被害者にコンタクトを取って、会ってお話をすることができ、国に対する要望を出すことができた。ただ、今後も発症する方は残念ながらいると思われるので、そのためにも尼崎市としての責任を果たしていかなければならないと思っている。

生活習慣病の問題、アスベスト問題、そしてJR脱線事故を含め、私たちは今の時代をどう生きていくのか、というテーマに向かい合うことになる。

私たちは産業都市として歩んできた歴史を断ち切ることはできないと、市長を務めた8年間で実感してきた。過去を変えることはできないが、明日を私たちの手で作ることはできると思っている。今の課題から逃げずに、住民と向き合い情報を共有し、行動を起こしていくことで、未来をつくっていくことはできる。





7 オープンな場で意見交換をすることの重要性

 

基礎自治体とは様々な課題を解決する根幹であり、職員も住民と向き合う、そしてその向き合い方が非常に重要である。

多様な意見がある現代社会では、何か物事を決めるにしてもその反対意見やまた別の視点からの提案もあり、誰か一人がカリスマ性を発揮して物事を決める時代ではないと思っている。多様な意見を反映するために、時間も労力もかかるけれど意見交換をしていくことは、地域主権さらには民主主義として大事である。

また尼崎市に限らず、多くの基礎自治体では「市政運営は市長や議会に任せておけばいい」という“おまかせ民主主義”がまだまだ残っている。これは国の政治についても言えることである。しかし、おまかせ民主主義では社会は変わらないし、そのことに気づいて実際にアクションを起こす人も増えてきている。

時間はかかるけれども、皆でオープンな場で多様な意見を戦わせていくことが重要である。ヘルスアップ事業も順風満帆で進んだわけではなく、「公的機関が個人の健康に深く関わる必要はない」、「ヘルスアップ事業ではなく他のことに使用するべきである」という議会の意見や、また「医療の分野に保健師が介入するのはけしからん」という医療従事者の意見もあった。これら意見に1つ1つに説明をし、データを分析して数値で示して多くの人に理解を求めてきた事が結果に繋がったと考えている。

多くの人を説得するだけの材料である分析データを示すことは、私を含め基礎自治体全体で必要であると学んだ。






8 公務員という仕事の大変さと醍醐味


今後、多くの団塊の世代が退職していくのに伴い、新しく職員を採用しなければならない。基礎自治体での仕事はやりがいがあるものばかりのため、「基礎自治体で働きたい」という人はぜひ尼崎市も応募して欲しい。

一方で、本当に住民と向き合うことの大変さや、今まで向き合ったことのないような課題にぶちあたることも事実である。私が在職の間は、新採の方とよく意見交換をしていたが、「公務員の仕事がこんなに大変だとは思わなかった」、「自分があまり付き合ったことのない人と付き合うことが大変」などの声をよく聞いた。公務員を希望して採用の時には色んな夢を語ってくれるが、そのような声を聞く度に公務員の仕事があまりにも知られていないと感じた。

公務員とひと括りにしても、ありとあらゆる場面で働いている人がいる。市役所の窓口の職員だけではなく、尼崎市には競艇場があるがそこ働いている人も公務員である。保育所や保健所、教師、ゴミに関わる仕事もそうである。色んな所に公務員の仕事がある。皆様には公務員の色んな仕事を見て欲しい。

多くの基礎自治体で働いている職員は住民と直接関わって仕事が出来ることを誇りに思っている。例えば、ヘルスアップ尼崎戦略事業は、たった一人の保健師が始めた事業である。公務員の仕事はお金持ちや政治家以上に、地域を変えることができる仕事である。地域の課題を発見したら、政策として活かすことができる。

さらに一人の公務員の政策が国の政策を動かすこともできる。国では平成20年度からメタボリック対策を特定健診事業に取り込んで行なっているが、その2年前から尼崎市ではヘルスアップ事業を通してメタボリックに注目した検診を行なっていたことは、冒頭で申し上げたとおりである。

 このような政策が出来ることも基礎自治体の醍醐味であるため、ぜひ大学で色んな学びをされて、基礎自治体の職員という選択肢も持って欲しい。






9 おわりに



国、県、自治体のあり方が今問われている。特に話題になっているのは大阪都構想である。本当に広域でやるべきことと、地域でやるべきことは何なのか議論は必要だが、「まちの歴史」を配慮することも重要である。

大阪市には大阪市としの歴史があるため、大阪市の文化を大切にしながら、効率的かつ住民の意見を反映できるまちづくりができる仕組みづくりが求められている。

多くの人にとって政治とは遠い存在であり、マスコミの風に乗せられて選挙行動や有権者行動をしてしまう傾向があることは日本全国に言えることであるため、リテラシーの力を働かせて、報道されていることは正しいのか、本当なのか、自分で見極めて欲しい。

自分で考え行動し、結論を出して選挙に行くことも地域を変えることに繋がる。






 質疑応答

問 市長に立候補されたきっかけは何か。

答 私は尼崎市の市議会議員を2期務めさせていただいたため、まず市議会議員に立候補した理由から説明する。平成5年に尼崎市議会で不正出張があることが、市民活動によって発覚した。それに対し市民の一人として憤り、それまで政治に興味がなかったがそれで関心を持ち、立候補した。

そして議員を卒業し、市民活動や人材育成の仕事に戻ったところ、尼崎市が非常に財政難であることが明らかになってきた。ちょうどその頃市長選挙があったが財政状況のこともあって、現職の人しか立候補しない状況だった。その段階で同僚の議員さんたちが「白井さんは前から尼崎市を変えたい、市民を向いた行政や政治にしたいと言っていたじゃないか。今こそぜひ立候補するべきだ」と出馬を促されて、立候補したのが理由である。

 

問 女性の社会進出に興味がある。女性ながら市長を務められたことで、苦労したことや逆に良かったことがあれば教えて欲しい。

答 私が市長に就任した平成1412月時点で、大合併が始まる前で2,000を超える基礎自治体があったと思うが、女性の市長の数は一桁を超えていなかった。

全国若手市長の会という東京の会合に出席した時の面白いエピソードがある。その会合で「白井文」と書かれた席に座ったところ、横の市長さんから「代理の方ですか」と聞かれた。尼崎市ほどの自治体で女性の市長が来るはずがないと思われていたのである。

また別の場所でもある市長さんから「どうやって市長になったのか」と聞かれた。女性の市長が選挙で選ばれるはずがない、父親や旦那の跡を継いで就任したと思われていたのかもしれない。それほど私は目立った存在であった。

そのため、色んな人から名前を覚えてもらいやすかった、声をかけてもらいやすかった。そういう意味で、基本的には得をしていたと思う。

 

問 アメリカでは就学前の子どもに予防接種を義務付けている地域があるが、日本では任意で行われているため「予防接種後進国」と呼ばれている。予防接種は将来の病気を予防し社会保障費削減にも貢献すると思うが、白井さんはどう思われるか。

答 予防接種もいいことばかりではなく、リスクも十分にある。そのリスクをきちんと理解して個人がそれを選択するのであればそれは構わないが、今の日本の予防接種はかなり無防備で真剣に個人が考えない状況の中で使われていると思う。

女性の子宮頸がん予防ワクチンの早期の接種が言われているが、ワクチンを受ければ一生子宮頸がんにかからないというわけではなく、かかる可能性を何年間か下げるだけである。さらに、子宮頸がんのワクチンはアメリカから入ってきているが、日本人がかかるウイルスとアメリカ人のそれとは異なるため、安易に利用できない。

ワクチンを打たなくても検診を受けていればよいのに、またワクチンによるリスクをきちんと議論せずにワクチンに頼る傾向が、今の社会にある。しかし、どれほどのワクチンを受けてもキリがない。それよりも自分の体の免疫力を上げることの方が大事だと思う。

 

問 「医療費の状況」と書かれたレジュメの、医療費のグラフが平成19年から20年にかけて急激に伸びている理由について、お話いただいた内容からは分からなかったため教えて欲しい。

答 講演の中では「医療費が下がっている」とお話ししたが、それは「生活習慣病に関わる医療費が下がっている」ということである。今、高額医療が盛んで、心臓のバイパス手術では1千万ほどが国民健康保険から支払われることになる。そのような高額医療の増加によって、全体として医療費は上がっているので、レジュメにあるようなグラフになっている。

 

問 基礎自治体は自発的な市民を求めていると思うが、そのような市民を育成するために基礎自治体としてされていることがあれば、教えて欲しい。

答 自発的な市民は自治体にとっては重要な人である。様々な取り組みをしているが、住民の皆様には分かりやすく情報提供をし、情報共有する中で一緒に活動することが最も大事である。

色々な事例があるが、象徴的なものを1つご紹介する。現在多くの自治体で、一人暮らしの高齢者や高齢者だけの家族に対する行政サポートを進めている。尼崎市では高齢者の見守り隊を作って、声かけをする、また困っていることがないか戸別訪問している。また、「ヘルプキット」という自分のかかりつけ医からもらっている薬や連絡先、緊急時の連絡先をまとめて筒に入れて、冷蔵庫に入れてもらう事業を行なっている。行政が主体となって、民生委員の方に手伝ってもらい実施している。

 

問 政治の世界に入られて色んな政策を理解し、評価するにあたって苦労されたことはないか。また議員や市長を務められて中でやりがいを感じたことは何か。

答 議員や首長になるのに特別な資格が求められるわけでもなく、私も特別な勉強をしたわけではない。ただし、議員の重要な役目は「一般の市民の皆様にわかりやすく伝えること」だと思っている。そのため特別な知識がない私でも分からないことは、一般の市民の方も分からない。そのため「分かったフリ」をせずに、職員に何度も何度も話を聞いて分からないことを解消していった。

また私がしつこく質問をするため、職員がしっかりと調べた上で説明に来てくれるようになった。この姿勢に対して市民の皆様は共感をしてくださった。

これはやりがいを感じたことに繋がる話だが、住民との直接対話をする場を私はたくさん設けてきた。

他の自治体でも市民との対話の場を設けているところはたくさんあるが、多くの場合は動員をかけていて、事前に質問する内容までシナリオが作られていることが多い。私は動員をかけずに、ぶっつけ本番で、また職員もゾロゾロと連れていかずに私一人で司会や説明を行った。その結果、100人以上の人に集まっていただいて、ワイワイガヤガヤと意見交換をすることができ、また時には住民同士が意見を戦わせることもあった。このような意見交換会を開くことができたことを、非常に誇りに思っている。









Copyright(c) Ritsumeikan Univ. All Right reserved.
このページに関するお問い合わせは、立命館大学 共通教育推進機構(事務局:共通教育課) まで
TEL(075)465-8472