「全国知事リレー講義」ライン


 
2011年 11月 15日            埼玉県 上田 清司 知事



           「結果を出す行政 〜埼玉の取組〜





1 埼玉県の概要

初めに、埼玉県のイメージを全体的に見てもらいたい。

人口は720万人で全国5位、経済規模GDP22兆円で全国5位となっている。

ちなみに、韓国のGDP80兆円で、日本のGDPはピーク時で530兆円にまでなったが、現在は460兆円となっている。為替の関係で数値は変わるが、一般的には500兆円と言えば分りやすい状況となっている。

平均年齢は44.6歳で、全国で6番目くらいに若い県となっている。一人あたり医療費は全国で一番少ないという状況となっている。

面積は東京都の2倍で、東京都に隣接するような形で北側に乗っかっている。山あいが約3分の1で、あとの3分の2は平地となっている。平地面積では、大阪に次いで全国二位となっている。

農業の産出額は全国18位となっている。特に、花は5番目、野菜は6番目となっており、都市近郊農業も盛んな県となっている。直近3ヶ年での農業の伸び率は全国2位となっている。

全般的に、私が知事になってからいろいろなものの伸び率が上がっている。

川の面積も日本で一番広くなっている。利根川と荒川という大きな川が埼玉県に流れており、その支流も含めて日本で川の面積が一番広い。

このようなことから、埼玉県の規模感を理解してもらいたい。

埼玉県の特色は、交通の要所ということである。

新幹線は東京駅から大宮駅までは26分かけてゆっくり走るが、大宮駅に着いた途端、東北、山形、秋田、長野、上越という5新幹線が大宮を通るため、大宮駅は3分おきに新幹線が通るという状態となっている。

高速道路網では、関越道、長野道、東北道、常磐道という形で東日本の道路の入り口・出口となっている。

このことを念頭に置いて、埼玉県のことについて、様々な行政の実験のことを話したい。




2 知事としての公約


私は、平成1591日から埼玉県知事を務めているが、この一期目当時は治安状況が大変悪かったため、治安の回復を一つの目標にしながら、行政を安全・安心という切り口で全部見直してはどうかということを主眼にした。

行政はとにかく経営が下手だということで、徹底して優れた経営体にしようと思った。また、サービス感覚が悪いため、スピード感を向上させることをめざした。

「ゆとりとチャンス」をテーマにしながら、田園都市の集合体にしていこうと思った。人口で見ると東京は1,300万人、埼玉県は720万人だが、面積は2倍あるため、人口密度では4倍のゆとりがある。そのようなことでも、ゆとりとチャンスの田園都市の集合体にしたいと思った。

二期目は、失った緑を本当に8年間で回復させようというプログラムを作った。さらに、どぶ川に変わった川を全部清流に戻すこと、女性のチャンレジ支援を徹底的に行うこともテーマにかかげた。

当時でもそこそこ行革では日本一となっていたが、さらに徹底して日本一にしようと思った。

今年831日からの三期目は、東電の福島原発の事故以来、日本のエネルギー政策の大転換が行われようとしているため、埼玉県では、家庭の部分については地産地消できる仕組みを実証的につくりたいと思っており、まちごとエコタウンにしようというプログラムを作っている。

また、ウーマノミックスとして、女性によって社会を立て直すことを本気でやろうとしている。日本はヨーロッパ諸国と比べて、まだまだ社会の中で十分に活躍していない。女性は仕事をしていても、年収100万円程度のパートとなっている。そうではなく、能力と意欲に応じて仕事をしてもらいたい。

日本のGDPは世界第2位だったが、昨年中国に抜かれ、3位となった。しかし、一人当たりGDPでは、世界で17位となっている。このことには気づかない。

また、国の債務が1,000兆円になりそうとなっている。ギリシアでは、GDP120%も国の債務がある。日本はGDP2倍の国の債務がある。日本のほうが潰れてもおかしくないのに、潰れていない。それは、1,400兆円の預貯金があり信用があるためだが、バランスが崩れるといつギリシアやイタリアと同じことになるか分からない。

その中で女性が大切なのは、ノルウェーやスウェーデンやカナダのように国家債務のほとんどない国は、女性が働いているということがあるためである。女性が働くと、所得税や社会保険料を払う。一家で二人所得税や社会保険料を払う人がいると、国の収入が明らかに増える。

1995年にはピークで8,700万人の働き手(生産年齢人口:15~64歳人口)がいたが、それから16年経った今、8,100万人にまで減っている。今では毎年60万人の働き手がリタイアするが、新しく40万人の人が働き手となる。しかし、23歳の人が払う所得税や社会保険料は、60歳の人が払う所得税や社会保険料よりはるかに少なく、国の収入に影響している。

そこで、エコタウンとウーマノミックスを三期目の課題に掲げた。

税と社会保障の一体改革が政府で言われているが、これは要するに社会保障にお金がかかるため、増税しようというものである。露骨に増税といえないため、このような表現となっている。それをしたくなければ、寝たきり老人の数を極端に減らしたりする必要がある。

埼玉県では、健康にして死ぬときはコロリと逝くという「ピンコロ長寿」の作戦を行っている。一般的にお年寄りの多いところほど医療費がかかると思うだろうが、埼玉の一番山奥で高齢者の多い秩父のほうでは医療費は少ない。このように、一般社会と違う減少が起きている。

この秘密を解いて、高齢者でも医療費の少ない社会をつくることができれば、税と社会保障の一体改革などをしなくても、増税を避けることができる。このことも三期目の公約に掲げている。





  

3 これまでの取り組み

 

今日は、これまでの二期8年で何をしてきたかということを話したい。

他の首長は、抽象概念でアイデア行政といいながら、事実に目をつぶっている可能性がある。

都道府県警と言うが、警察の現場は都道府県に属する。知事が選んだ公安委員が5~6人おり、この公安委員が会社での常務役員で、この人たちの指揮命令の下で県警本部長はじめ仕事をしている。

犯罪はどこが一番多いかというと、大阪が多い。埼玉県の警察官は、日本で一番負担率が高く、一人の警察官で642人の相手をしている。大阪は418人で、最も恵まれている。埼玉県の警察官は全国で最も恵まれていないにもかかわらず、どんどん成果を挙げている。

埼玉県では、民間の防犯パトロールを激増させた。平成16年の4月には500団体しかなかったものを、今では5,300団体にまで増やした。民間の防犯パトロールにより、軽微な犯罪を大幅に減らした。そして警察は強力な犯罪に打ち込み、犯罪を減らすことができた。

このような取組を、年度別にデータを出しながら行っている。埼玉県では、全国との比較を重視している。全刑法犯を見ても、ワースト3がワースト7位まで下がっている。一位は変わらず、それはトップが事実を確認していないためである。

埼玉県は事実の把握からスタートする。行財政改革をやるとして、それは何か。少ない人数で良い成果をあげるということを言う。定数を減らして赤字が増えては意味がない。定数は減らすが、いろいろなものを黒字に変えないといけない。

埼玉県では天下りを廃止している。また、赤字を黒字にするために、民間から腕利きの経営者をスカウトしてきた。埼玉高速鉄道の例では、私の就任時は23億円の単年度赤字があったが、3年経って単年度黒字となった。累積債務も1,500億円あったものが1,290億円まで下がってきた。

このように、知事が埼玉高速鉄道は赤字でもやむをえないと思わず、黒字にするのだと思ったが、これは経営のプロではないと無理だと思い、民間から凄腕の経営者を呼んできたら、3年で償却前黒字、6年で補助金なしで償却前黒字となった。

埼玉県職員の数は、県民1万人あたり12.1人で、全国平均は23.8人なので、約半分で同じ仕事を行っている。

浦和競馬も、私の就任時には23億円の赤字があったが、平成21年度には黒字化し、16年ぶりに配当を出すことができた。

さいたまスーパーアリーナもずっと赤字だったが、黒字化した。公営企業もすべて黒字化した。

行革を進めると同時に、その延長線上にあるが、埼玉県人口の半分である女性の活力が社会でもっと浸透すれば埼玉県はさらに強くなると思ったため、女性にもっと活躍してもらおうと思った。

しかし、女性には一定の時期に子育てという大事業がある。大変幸せだが、大変困難な事業となる。特に、キャリアを持ちながら子育てするのは大変なこととなる。核家族化が進んでいる都市社会では、社会全体で応援する仕組みが必要となる。

保育所や子育て支援センターを徹底して行う。社会全体が子育てを応援する雰囲気をつくるため、「パパ・ママ応援ショップ」の協賛店をどんどん募集しており、店舗数では全国一位となっている。保育所の待機児童の数の推移を見ても、近県は苦戦しているが、埼玉県も苦戦していたがなんとか23年に入って食い止めに入っている。

このようなことを、行政のそれぞれの部門が具体的にトレンドとして見るくせをつけている。それぞれの部門が、自分たちのやっていることが、他見と比べて進んでいるのかということを確認している。見る材料は、他県との比較、10年のトレンドがどうなっているか、日々の業務を適切に行っているのかという、「鳥の目」(視野を広げて見る)、「虫の目」(ものごとを細かく見る)、そして「魚の目」(潮の流れの変化を見る)で行っている。

埼玉県では過去30年間で6,500haのみどりを失ったということが分かった。これは、東京山手線の内側の面積と同じ広さである。サッカー場の大きなところで6haなので、その1,000倍以上のみどりが30年間でなくなった。これを、8年間で取り戻そうとしている。

私は知事を312年しかやらないことを条例で決めている。公約を掲げた二期目では、残りが8年だったため、8年とした。

どのくらい費用がかかるのかを試算すると、毎年14億円を8年間支出すると回復できるという試算だった。毎年14億円を予算の中に確実に入れる方法があるかを考えた。一つは、目的税をかけるという方法もあるが、やらなかった。自動車税が約900億円あり、そこから14億円を一旦プールするために、彩の国みどりの基金をつくった。車は排ガスを出すが、その排ガスを吸収するみどりをつくろうということで進めており、確実に進んでいる。

植樹をした人に県のホームページに登録してもらっているが、21年度、22年度の2年間で200万本となった。

埼玉県では、どぶ川を清流に変えるプロジェクトも行っている。長い期間をかけると前の姿が分からなくなってしまうため、2年間で先行事例を行った。

環境をよくすることで、住宅の価値もあげることができる。つまり、行政の環境政策によって住んでいる人の資産を増やすこともできる。経済成長だけが資産を増やすことではなく、環境政策の転換によって資産を増やすことで人々の心のゆとりを増やすこともできる。

私は最初にチャンスを増やさなければならないと言ったが、その方法にはいろいろある。過疎地にはなかなか病院を作ってくれない。一定程度の営利事業をやらざるを得ないときに、過疎地では病院を作れない。それにはドクターヘリをたくさん飛ばすことにより対応することができるが、これは昼間しか飛ばない。埼玉県では防災ヘリを活用して、24時間対応していたが、事故があり今は夜間飛行は休止している。

今、拠点病院の医師が少なく、へとへとになり、拠点病院を去っていくという現象が起きている。一方で、拠点病院ではない病院の医師にはゆとりがある。そのため、埼玉県では、地元の診療所の医師が拠点病院に手伝いに行くという仕組みをとっている。そして、拠点病院がなくならないようにしている。

また、近県の特別養護老人ホームの待機者数を見ると、埼玉県は最少となっている。

世の中で事業をするときには、お金の流れが一番重要となる。銀行からお金を借りる時に、できるだけ保証人や担保提供なしで借りられるような仕組みつくりを県が働きかけている。埼玉県では少なくとも90%の人が、お金を借りるときに担保や第三者保証人が不要となる仕組みをつくっている。この割合は日本一である。そのことで、埼玉県の銀行貸出金残高は2位となった。

教育の面では、埼玉県の教育は具体的に学力が上がっているか、体力が上がっているか、規律が守られているか、不登校が減っているか、中途退学が減っているのかをすべてチェックしている。

ただ少人数教育にしようという話はあるが、少人数教育にしたら成果が上がったのかという検証はどこもしていない。

中学校で不登校になると、高校に入っても中途退学となってしまう。そうなると、やくざに誘われたり、ひきこもりやニートになってしまう。ひきこもりになると両親にとっては地獄となる。税金や社会保険料も払うことなく、最終的には生活保護となってしまう。そのような人を復活させるために、一人の行政職員を配置すると大変な費用がかかる。そのため、中学生のときに不登校になりかけた人に、もう一度学校に来てもらう努力をしたほうが良い。

不登校では、一番悪い時の平成18年では、全国でワースト8位となっていた。この事実を埼玉県の教育委員や教育長は知らなかった。一生懸命教育のプログラムは作るが、不登校がどうなっているかということは知らない。

また、埼玉県の各市の学力や体力を知らない。そのため、文科省のテストの前に、その情報を知らせた。文科省はいたずらに競争をあおるのはいかがなものかということで、途中から順位を発表しなくなった。しかし、社会は競争なので、一定程度の競争は進歩を促すことを教えないといけない。

価値観はいろいろあるが、事実としてのおおかたの実力を知っていれば何かは見える。事実を見ている人は少ない。

埼玉県ではどうすれば不登校や高校の中途退学が減るかという努力を始めた。高校に入学して早い時期に、一週間の社会体験学習を行っている。そこで、計算ができないよりできたほうが良いと思うし、漢字も書けないより書けたほうが良いと思うようになり、人間が変わり中途退学者も減る。

埼玉県は、事実を知ることで行政の中身を変えるということをいろいろな形でやってきた。







4 グローバル化への対応

 

日本の人口は毎年100万人減っていく。一方で、世界全体では人口が増えている。そのため、世界を相手に戦う人材になるような仕掛けを社会全体のプログラムの中に組み込んでいかないといけない。

埼玉県では今年度から10億円の基金を作って6年間の使い切りとし、留学生を250人送り出した。

企業だけがイノベーション(革新)するのではなく、私たち自身も行う必要がある。

大挑戦の時代が始まる時代となっている。GDP2位から3位になってもまだすごいではないかと思うのではいけない。すべてのことにおいて、落ちるのは簡単だが、上がるのは実に困難である。








 質疑応答

問 TPPが始まるという話になっている。私は鴻巣市出身だが、鴻巣では農業が盛んで、地産地消ということで学校給食で出ている。このように、埼玉県内で農業サイクルが活発に行われているが、TPPで外国の生産物が多く入ってくることになるというときに、埼玉県ではどのようにしてブランドを守るのか。

また、埼玉県から人材をダイレクトに世界に出したり吸収したりすると思うが、どのように進めていくのか。

答 鴻巣市は、広大な農地であり、花の栽培が盛んな地域である。TPPでどうなるのかと言うと、何事にもメリットとデメリットがある。デメリットはすぐに出てくるが、メリットは努力しないと出てこない。

基本的には野菜、果実といったものには事実上関税がないため、何の影響も受けない。問題は米で、米には高い関税がかかっているが、日本市場で安いがおいしくない米は流通しない可能性が高いと思う。今でもすでにタイ米は米にしてせんべいの材料として輸入されている。米そのものはミニマム・アクセス米にあたる部分しか輸入していないが、粉にしての輸入はわりとしている。

問題は、日本人に合うような米を諸外国がつくりきれるかどうかということがある。安ければ輸入するかと言うと、今でもすでにミニマム・アクセス米は入っているが、誰も買わない。そのため、飼料になっている。どのような形で諸外国が日本の消費者向けの米をつくるか、あるいは、日本の米を逆に世界市場に売り込んでいくかということもある。

諸外国が、日本向けのルールで勝負ができるかどうかにかかっていると思う。日本は日本で、諸外国に対するルールで勝てるかどうかという問題がある。

今、トヨタ車はアメリカで15%の関税がかかっている。しかし、韓国とアメリカのFTAでは10%の関税しかかからない。消費者がどれを選ぶかという問題となる。高いものを選ぶ可能性もあるが、今アメリカでは韓国車が圧倒的に売れている。

企業誘致などで海外が入ってくるのかどうかという点については、今のところ日本は魅力のない国で、先進国の中でも海外投資は最低となっている。

日本の国民は、サービスの質が高いため、なかなか日本のサービスの質に対抗することができない。日本にとっても相手国のルールや文化を気にして戦っていかないと、なかなかやっていけない。このような課題がある。

TPPの課題は、やる以上はデメリットを極小にして、メリットを最大化する努力をしないといけない。

 

問 浦和競馬を黒字化した方法を具体的に教えてほしい。

答 いくつかあるが、例えば、一年間で30億円ほどもうかっている時代には、一日5時間のきっぷ売り職員の日当が16,000円だったが、それを8,000円に減らした。また、競馬議会というものを埼玉県から5人、さいたま市から3人で行っていたが、その議員の報酬が年間82万円ほどだったが、私に言わせれば審議会と同じ日額17,000円で良いと思ったので、年額51,000円とした。そのようなドラスティックな改革を行った。

しかし、歳出カットばかりやっていると暗くなるため、積極的に賞金額を増やし、浦和競馬は魅力的だと言われるようにしようとした。今では電話やインターネットで馬券を買う人が増えているため、魅力的なレースにすると、たくさんの人が買ってくれる。お客を増やすということを考えた。場内には限界がるため、場外の人にどれだけ買ってもらうかということを考えた。関東圏で一番馬券が売れるという状況になった。

私は「黒字にするぞ」という掛け声をしただけだった。公務員には絶対に黒字にするぞという意識がないため、親方が赤字で良いと思わず、世の中は黒字にすべきだと思えば、黒字になる。能力のある人が集まっているが、事実を知らず、甘んじている。下がって当たり前だと思ってしまう。やってみると、案外上がる。

 

問 天下りをどのように廃止したのか。

答 もともと埼玉県では外郭団体の数が少なく、23の外郭団体しかない。それらを2種類に分け、業務が利益になるような団体と業務が利益にならないような団体がある。

業務が利益になるような団体では、徹底して民間的にしていく。一方で、業務が利益と直結しない団体では、将来局長にしたいような人物に任せる。

例えば、県の社会福祉事業団はいろいろな施設を持っており運営をしているため、その運営ができる人を部長にする。国も、営利が必要なところは徹底的に民間にし、そうではない管理業務的なところは将来局長にしたいような人たちを審議官クラスのときに派遣して、良い成績をあげたところの人を局長にするということをやればできると思う。






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