「人口減少時代における活力の維持・向上
〜人・モノの交流拡大のためのいしかわの戦略〜」
今年も残り1ヶ月ほどとなったが、今年の最大の出来事は東日本大震災と、それに伴って起こった原発事故である。これらの出来事に対し、石川県が1つの自治体としてどのような対応をしたのか、また大震災が石川県に どのような影響を与えたのかを紹介したい。
また、人口減少社会の中で、石川県が元気を出すためにどのような取組を現場でやっているのかも理解してもらいたい。
まず、石川県について説明する。石川県は日本列島のほぼ真ん中に位置し、東西100キロ、南北200キロという大変細長い地形をしている。
石川県の特徴は、3つ程に集約される。1つ目は、高等教育が集積していることで、その数は20を超える。人口117万の県で、高等教育機関が20もある県はそれほどなく、人口あたりの高等教育機関の数は、京都に次いで第二位である。そのため人口あたりの学生数も多く、この数も第三位となっている。30,000人を越える多くの学生が石川県にいるが、それは石川県の活力にもつながる。
2つ目に、ニッチトップ型の企業が大変多いことである。高等教育機関が集積していることを活かし、大学と連携しながら研究開発・技術開発を行っている。石川県では50以上のニッチトップ企業があるという。数だけでは東京、大阪に次いで第三位となるが、東京の人口1,000万、大阪の600万、それに比べ石川県は117万人である。対人口比率で見てみると、人口あたりニッチ産業が大変多いことがわかる。
皆さん、回転寿司にこれまでに1回は行かれたことがあると思うが、回転寿司のシステムを開発したのは石川県の企業で、今でも全国シェアの約70%を石川県の企業が占めている。
3つ目に、文化の集積である。江戸時代から加賀百万石の伝統文化が今なお息づく地域であり、それは歴代のお殿様が文化振興に非常に力を入れてくれたため、私たちは今その恩恵を受けている。
九谷焼や輪島塗、加賀友禅など、36の業種の伝統工芸がある。また、華道をたしなむ人口割合が全国で第1位、美術館に行く人の割合が全国で第2位、また人間国宝の数が全国で第2位などというデータからも文化の集積の高さがわかる。
東日本大震災の被災地には、石川県は遠く離れているため直接の被害を受けることはなかった。それより、復興に向けて支援をしたグループに入る。石川県からいろいろなスタッフを2,700人派遣し、避難者の受け入れも537人行っている。その7割は福島県の人で、原発事故から逃れてきた人たちである。
県民ボランティアの派遣も行った。そのボランティアだが、事前に石川県に登録をし、石川県から説明会に出席してもらい、それから毎週末被災地に赴いてもらった。
なぜこのような調整を県が行ったのかというと、ボランティア初心者が被災地にいきなり訪問することで、思わぬ事故などに遭遇する可能性があるからである。この登録制度には700人ほど登録してもらったが、そのうち8割はこれまでにボランティアをやったことがない人だった。この登録制度は4月下旬から9月中旬まで行われたが 、被災地の皆様からも大変高い評価をいただいた。
石川県の産業にはほとんど影響がなかったが、大きなダメージを受けたのは観光産業だった。例えば震災後、主要な温泉街の宿泊施設は一気にキャンセルが出た。観光は石川県の主力産業のため、しっかりその復興を支えていかないといけない。
まず、お客さんに帰ってきてもらうため、ターゲットをしぼって誘客をするようにした。そのターゲット客とは、まずは団体客である。「団塊の世代」という比較的時間やお金を持っている方々を対象にした誘客対策を行った。一方、個人客はインターネットで予約する人が多くなっているため、じゃらんや楽天などの大手サイトにどんどん情報を流した。
海外からのお客さんには、韓国、中国、香港、台湾といった東アジア地域からの観光客が石川県への外国人観光客の6割を占めていたが、震災直後本当に少なくなり、外国人観光客の数が90%減となった時期もあった。
東アジア地区からは団体客が多いため、現地の旅行会社に石川県の状況をしっかり伝え、地震以前と同じように石川県への旅行商品を作ってほしいということをお願いした。
その結果、韓国からの観光客の数はまだ半分ほどにしか戻っていないが、中国からのお客さんは地震以前に戻った。さらに、震災後に200億円の義援金を集めて日本政府に寄付してくれた台湾からの観光客数は、地震以前の4割も多くなった。
問題は欧米からの観光客で、地震以前の状況の4割ほどしか戻っていない。それには2つの理由があげられる。1つ目に、欧米からの観光客は個人客が圧倒的に多くアプローチがしにくいこと。2つ目に、ヨーロッパはチェルノブイリの、アメリカはスリーマイルの原発事故を体験している。原発事故があった福島県と石川県は隣接もしていないし距離はあるが、欧米の人から見れば日本全体が放射能に汚染されているのではないかと思われているため、なかなか戻ってこない。
このように欧米の旅行会社に話しても、個人客が多いためあまり効果がないことから、時間はかかるが、欧米のメディアに来てもらい、見たものを発信してもらうということを積み重ねていくのが一番効果的であろう。これから粘り強く、いろいろな取組を重ね、外国の観光客が元通り戻ってくるような取組をしていかないといけない。
3 人口減少社会における「活力維持」のための石川県の取り組み
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昨年、国勢調査の結果が公表された。日本全体では人口が増えているが、人口が減少した都道府県は38あり、石川県もその中に入る。大幅な減少とはなっていないが、石川県は日本海側の都道府県では唯一人口が増え続けていた県であるにもかかわらず、平成17年国勢調査から人口が減ったことは、大きな変化である。
石川県の活力を維持するためには、人口を増やすための取組をしていかないとならない。石川県だけではなく、どこでもやっているが、こどもの数を増やす取組をしていかないといけない。
なぜこどもの数が増えないのか、それには「子育てにかかる経済的負担に対する不安」、「仕事の両立に対する不安」、「核家族化による子育てに対する不安の増加」、「子どもが病気にかかったときに対する医療の不安」という4つの不安があるためである。これら不安要素を取り除き、産みやすい環境づくりが求められている。
石川県は保育所の普及率が全国一位で、待機児童がいない。そのため、今は保育サービスの質をあげている。例えば、経済的負担の軽減のため、こどもが3人以上いる家庭にはプレミアム・パスポートを配布し、県内の登録をしている2000の店舗で割引が受けられるようにしている。
また、「良い結婚相手が見つからないから子どもができない」という問題もあるため、結婚したい男女を結びつけるしあわせアドバイザー事業も行っている。
定住人口を増やすことに加え、交流人口をいかに増やすかということも大きなテーマとなると思う。交流人口を365人増やすと、定住人口を1人増やすことと同じ効果がある。つまり、交流人口を増やすことは地域の活性化に大きく貢献するということである。
交流人口を増やすためには色々な取り組みが必要であるが、やはり、観光立県であるということを活用していかないといけないと思う。観光産業は浮き草的な産業だと思われるかもしれないが、大変裾野が広い産業である。つまりホテル・旅館だけではなく、土産物を売る小売店、飲食店、地元の食材を使うということでは農林水産業、タクシーやバスを利用するということでは運輸業、地元の伝統工芸物をお土産に買うことで伝統工芸産業―このように幅広い分野にプラスの効果を与える。
その交流人口を増やすためには環境整備が必要となるが、次にその環境整備、特に道路についてお話しする。
全国の半島の中で、能登半島ほど道路整備が行き届いているところはない。はしご状道路構想という道路整備を今進めており、また能登有料道路という全長80キロの道路は再来年4月には無料化する。なぜ有料道路という形をとっていたのかというと、「早く能登と金沢をつないでほしい」という地元の要望があり、有料化することによって早く整備することが求められたからである。
また、平成26年度末に東京から金沢まで新幹線が繋がる。そうなると東京から多くの人が来ることが予想されるが、金沢だけではなく能登半島にも足を運んでもらいたい。新幹線が来る1年くらい前までには有料道路を無料化するという決断をしない。
なぜ新幹線の開通1年前に「有料か無料か」などを含め整備し終わっていることが求められるのかというと、カーナビの修正には1年ほどかかり、有料道路の表記を新幹線の開通までに修正したいと考えているためである。
一方で、海の玄関口、金沢港の整備を進めている。金沢港は開港して45年という歴史の浅い港である。大豪雪にみなわれた際に、道路だけでは石川県に住む住民全体に物資を十分に届けることができなくなり、その教訓を生かして誕生した。
コンテナ貨物の取扱量を増やし、現在年間4万本のコンテナが金沢港へ集まる。全国には金沢港と同じような港が103あるがその中で取扱量は2番目に多い。
また中国、韓国、台湾と結ぶ便数も週9便と全国で多い方から3番目である。クルーズ船は11隻が接岸しているが、日本海の港の中では第2位である。金沢港から金沢市内まで5キロという距離も人気の要因となっている。
現在、釜山港と繋ぐことを一生懸命に考えている。それには次の理由がある。国内市場を対象にするのではなく、海外市場への進出が製造業にとって今後ますます重要になる。釜山新港は1日に積まれるコンテナ量は4万本で、まさしく世界中の流通網となっている。そのため、世界に発信していくには釜山港を利用するのが良い。
確かに石川県で作られたものを東京や大阪に運ぶという選択肢もあるが、国内輸送費がべらぼうに高い。韓国の港ではあるが、釜山ときちんと手を繋ぐことが石川県として最良の選択だということである。また、このような理由で金沢港の周辺に工場の集積が可能、つまり雇用を増やし、地域の活量を生むことになる。
石川県には小松空港がある。今年で開港50周年だが、日本海側の基幹空港としての役割を果たしている。空港は利用率が6割を超えれば採算がとれると言うが、小松空港は利用率6割を超えている。ソウル、上海、台北への定期便も就航している。小松空港には定期国際貨物便が週4便、ルクセンブルグと小松空港の間に就航している。国際貨物の取扱量では、成田、関西、中部、那覇、羽田の順となっており、小松は第7位となっている。
また小松空港の他にも、平成15年に能登空港が開港した。能登半島へ足を運びたいという人は多いが、小松空港からも遠く、東京から片道6時間かかる。能登空港の整備はやめたほうが良いという指摘も受けたが、ひるまず整備を続けた。
能登半島を活性化する拠点としての役割を担わせたいという思いで、色んな工夫をした。例えば、能登空港のターミナルビルは4階建てとし、3・4階に県の出先機関を集中させ、行政の拠点性を持たせた。
また、パイロットを育成する航空学園を誘致することに成功した。その学校の飛行機が能登空港の滑走路を使っても良いということにした。航空学園誘致によって若い人が多く移住し、輪島市の人口が800人増え、平均年齢が1歳下がった。人口が減り過疎化が進んでいる地域で平均年齢が下がるというのはすごいことである。このような若い力は、地域の活力になりうる。
さらに工夫したのが、「搭乗率保証制度」である。今でこそ全日空も1日2便としているが、最初は「採算がとれない」と1日2便とすることに難色を示した。そこで搭乗率保証制度を導入し、目標搭乗率を下回ったときには県が税金から保証金を支払い、目標搭乗率を上回ったときには航空会社が地元に販売促進協力金を支払うというリスクとリターンを共有する仕組みをつくった。
一年目、二年目、三年目とも目標搭乗率を上回り、3年間で約1億3,000万円の協力金を得た。全日空の副社長からは、「見込みと実績がこれほどかけ離れた事例はない。地域のがんばりに敬意を表したい。」と言ってくれた。このような取り組みを通じて、全日空とは良い信頼関係を築くことができ、今年度の大震災による搭乗率の大幅な減少については、搭乗率保証制度は適用しない了承を得られた。
また能登空港からの二次交通も貧弱であったため、地元タクシー会社と共同で乗り合いタクシーという仕組みを考えた。能登空港は当初「無駄だ」とたくさん批判された。しかし、批判することは簡単だが、大事なのは地域活性化のために色々創意工夫をすることである。3年後には東京から金沢まで新幹線がつながる。
現在、東京から金沢までは4時間かかるが、新幹線では2時間半で移動することができる。東南海地震が起きたときに、東海道新幹線の代替を果たすのが北陸新幹線となる。そういう意味でも、北陸新幹線は今後重要な交通網として使われ、最終的には大阪まで繋がなければならないと思っている。
これは石川県の立場からだけの主張ではなく、関西にとっても大事なことである。今、北陸は関西とのつながりが強いが、新幹線が開通すると東京から金沢まで2時間半で行くことができる。一方、金沢から大阪までもサンダーバードで2時間半となると、金沢は首都圏に取り込まれ、関西の地盤沈下につながる。ぜひともこれを機会に、今後の北陸新幹線について考えて欲しい。
また、石川県における様々な取り組みについてレジュメで紹介をしているため、一度目を通して欲しい。
問 能登空港の搭乗率が1年目に79%と非常に高いが、なぜこのような高い数値になったのか教えて欲しい。
答 目標搭乗率を上回るためにスタートダッシュが大事であるという認識を地元の人と共有し、色んな取り組みをしたため1年目はこのような結果になった。
先程言ったように、空港は搭乗率を6割超えると採算がとれるため、2年目以降は必要な分を定めてほどほどに頑張るようにした。
問 2つお伺いしたいことがある。1つ目は搭乗率保証制度はどんな人が考えたのかということ。2つ目は少子化政策の1つであるプレミアム・パスポートの協賛店舗が2000もあるのは、何かインセンティブを設けられたのか。
答 担当部局が「思い切った提案をしなければ、全日空は承認してくれないだろう。」と思い、この制度を作ってくれた。また「また議会に通すために石川県にとってもメリットのある制度」として、上回った時には販売促進協力金を支払うというものになった。
プレミアムパスポート制度には非常に多くの企業・店舗が協賛してくれているが、経済的なインセンティブはない。例えば協賛企業に補助金を出すといったこともしておらず、県は協賛企業と制度利用者を繋ぐのみである。これだけ協賛企業が集まったのには、企業にもそれぞれ「将来の常連客になりうる」、「お客さんを惹きつける要因になる」という思いもあるだろうが、「社会全体で子育てをしていこう」という意識は高い。
問 他県や市町村の事業で参考にしている、もしくは凄いと思われる地域はどこか教えてほしい。
答 都道府県、また市町村には素晴らしい取り組み事例があるが、いずれにしても石川県の土壌に合わせていかなければならないと思っている。
外を見るよりも、内のことに焦点を合わせるべきである。自分の身の回りで当たり前だと思っているが、外の人にとってはそうでないこと、また少し磨けば評価してもらえることを見つけることが大事である。
能登半島で農家民宿をやっているが、夜になると能登は漆黒の暗闇が訪れる。それは能登では当たり前のことだが、東京の人にとっては非日常的な体験である。これは能登の大きな資源でもある。提灯ウォーキングや五右衛門風呂の体験も好評である。
問 金沢駅周辺は非常に栄えているが、金沢駅から離れるとすぐに田舎になる。石川県全体の今後の経済発展についてお聞かせいただきたい。
答 石川県は、大阪のように家屋がずっと連続しているという発展は難しいと思う。一方で、最終消費者に届くものではないためあまり認知されていないかもしれないが、プレス機などの製造業の産業集積度は大変高い。今後、各地域の特徴を見つけて、その特徴に合った経済発展が求められている。
問 北陸は住みやすい土地だとよく言われているが、「住み心地」が高いのはなぜだと思われるか。
答 20世紀は量的な豊かさを求めてきた時代だが、21世紀では生活の質的な豊かさを求めていく時代へと変わった。北陸は量的な豊かさでは東京や大阪には負けてしまうが、暮らしの質においては多くの資源を石川県は持っている。
それは観光面でも言えることで、かつては集団で温泉街に出かけ、温泉に入り、宴会でドンチャン騒ぎというのが定番だったが、今の人の旅行スタイルは「自分が本当に満足する」ことを求めている。
そのニーズに、石川県は応えられる資源を持っている。例えば、2010年11月から12月にかけて放映されていた『花嫁のれん』というドラマは金沢が舞台でもあり、その舞台を見に多くの人が訪れている。
そこでは特別な投資をしているわけではないが、舞台となった商店街の人がそのドラマについて語ることで、訪れた人が「自分の娘を嫁にしたときにはどうだっただろうか」などと考えるわけである。
子育てにしても、「保育所の待機児童ゼロ」という量的充足をした後は、プレミアム・パスポート制度を作ることで生活の質上昇を図っている。そして、そういった「量」ではなく「質」に着目した取り組みが評価され、「住みやすさ」に繋がっていると思う。
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