「全国知事リレー講義」ライン


 
2011年 12月 6日           三重県  鈴木 英敬 知事



           「鈴木県政のめざすもの 〜新しい豊かさモデルの挑戦〜





1 今日の講演の概要と三重県について

私は今年の4月に三重県知事に当選した。当時36歳だったため、全国で最年少での知事当選だった。他の知事さんよりも年齢が近いため、今日は行政の話や政治の話もするが、自分の大学生活の経験をもとに学生生活でやるべきこと、経済産業省で人事も担当していたため就職活動についても話をしたい。

三重県は愛知県の南西に位置し、南北に長く、海岸線が1100キロもある地形である。

三重県といえば伊勢神宮が有名だが、平成25年に1300年続く「式年遷宮」という行事がある。これは、20年に一度社殿を建替えて神さまにお遷り願う行事である。このイベントを三重県では大変重要視しており、毎年880万人ほどの観光客が来られているが、平成25年には1000万人の観光客が来るのではないかと見越している。

三重県で有名なものと言えば鈴鹿サーキット、松阪牛などもある。なぜ松阪牛がおいしいのかというと、だいたい普通の牛は30ヶ月育てられて出荷するのに対し、松阪牛は38ヶ月育てられていることや、肉全体に脂肪をいわゆる「サシ」を行き渡らせるために、焼酎でマッサージするなどしている。また、松阪牛は兵庫県の但馬の種牛にルートがあるが、但馬の種牛は小食であることで有名だが、ビールを飲ませて胃袋を大きくし、エサを沢山食べさせている。

最近、海外へ三重県をPRすることが多いが、PRする中で最も人気なのが「忍者」である。ワシントンに桜が植えられているが、これは第1回総選挙から三重県選挙区より出馬し当選しており、明治の終わり頃に当時の東京市長であった尾崎行雄が、寄贈したものである。毎年4月には盛大に「桜まつり」が行われるが、その際には「忍者パレード」を送り出す予定である。




2 学生生活において大事なこと


()就職活動において「自分の軸」を定めることの重要性

もう少し自己紹介をしながら、なぜ知事をやっているのか、なぜ通産省に入ったのか、どんな就職活動をしていたのかなどを次にお話する。

私はもともと西宮市出身である。とにかく1回東京に行ってみたいという思いで東京の大学を受験した。大学生活はテニスサークルに入り、授業は必要最低限だけこなし朝から晩までテニスをしていた。またアルバイトも色々やって、通販のオペレーターなんかもしていた。その時から「自分が将来どんな道に進むのか」考えたことはあったが、具体的にまで考えたことはなかった。

大学生3年の秋を迎え、リクルートなどから企業紹介の本が送られてきた。そうしているうちに自分の就職について真剣に考え始めるようになった。みなさんも将来について考える時があると思うが、「考えるための時間」を1日の中に設けた方が良い。マクドナルドCEOの原田泳幸さんも「考える時間をちゃんと持つことが成功の秘訣だ」と、『とことんやれば必ずできる』という本でおっしゃられていた。

そうやって考え続け、出た答えは「何をしたいのか、分からない」だった。一方、自分はどういう人生を歩みたいのか、また自分はどういう時が楽しいのかということも考えた。そうすると「仲間と面白いことを成し遂げることが楽しい」と気付いた。そんな仕事ができるところを求め、公務員に限らず民間のOB訪問を40社ほど回った。

1つ皆さんに申し上げたいのは、「価値観の軸を決めて就職活動に望んでほしい」ということ。なぜなら、周りに振り回されずにすむから。周りで「大企業に就職した人がいる」と聞いても焦らないし、大企業の就職活動に失敗しても落ち込まない。私は「面白い仲間と、面白いことを成し遂げられる職場」という自分の軸を持って就職活動に臨んだ。

私は採用面接を担当していたことから、断言できるのは「嘘ばバレる」ということである。背伸びしてちょっと誇張したり、自分にないことを書いたり話たりすると、それは採用担当者にすぐにバレる。だからありのままの自分で臨んでほしい。もちろん礼儀は必要だが、背伸びせずに自分の体験したこと、思ったことを、端的に伝える練習をして欲しい。

また、背伸びする代わりに、働く上での「自分なりのこだわり」を持って欲しい。無理して入社してもずっと無理し続けなければならない。今日、定年退職するまで同じ職場で働くことも少ないだろうが、同じ10年を過ごすなら、充実した10年を送れた方が良い。 

日本人は6歳で小学校に入り、大学は18歳、社会人になるのはだいたい22歳と年齢に応じたライフステージがなんとなくあり、そのステージから漏れることに非常に恐怖感を持っているが、そんな必要はない。むしろ、自分に嘘をついたりごまかしたり、自分を痛みつけたりする方がいけない。

それでは私がなぜ公務員や通産省という道を選んだのかというと、最初からそのような道を考えていたわけではない。私が通産省に入った理由には2つある。1つは面接で面白い人と出会ったことである。彼は行政改革を担当していた人である。橋本徹氏風に言えば行政改革は「市役所解体」「人件費削減」などを指して言われているが、当時の国の行政改革といえば、省庁を再編することだった。かつて大蔵省は金融と財政を担当していたが、今は財務省と金融庁に分かれている。文部科学省は、かつては文部省と科学技術庁だった。そのように省庁を再編する部署に、彼はいた。

彼が採用面接で聞いてきたことは、「行政改革とボンカレーの関係を述べよ」だった。当時のCMは「おせちもいいけどカレーもね」というCMだった。実はボンカレーではなくバーモントカレーのCMだったが、これがどう関係しているのか私には全くわからなかった。どういう関係があるのかというと、「正月はおせちしか食べることができない」というのは供給者の意見であり、一方で需要者は「お正月にだってカレーを食べたい」と思っている。行政改革も同じで、「こういう政策しかできない、今はこんな政策はできない」というのは供給者である行政の考えであり、そこから国民の望んでいる方向へ変えていく、それが行政改革であると、その採用担当者は述べた。

そして通産省から内定をもらったが、「採用面接を担当した人が面白い」というだけでは進路を決めなかった。他にも内定をもらって、どこに就職するか迷っていた中、通産省で内々定をもらった21人と集まる機会があった。それに参加したが、1人として同じキャラクターがいないことに衝撃を受けた。

私は、組織には色んなキャラクターを持った人が必要だと思っている。なぜなら、皆同じキャラクターだったら、同じ価値観でしか物事を見ることができないからである。だから、「こんな多様な人材を選んだ通産省は、本気で組織を考えている」と思い通産省に就職することに決めた。

()学生生活で是非チャレンジして欲しいこと

皆さんは、ぜひ在学中に違う価値観の人達と接する機会を持って欲しい。

『南極物語』という木村拓哉が主演のドラマが今放送されているが、南極越冬隊の隊長である西堀英太郎氏は「同じ価値観の人間が集まっても足し算にしかならないが、違う価値観の人が集まることで掛け算になる」と言っていた。

自分はテニスサークルが心地よかったからいつも同じメンバーといたが、これは足し算にしかならない。

では、違う価値観を持つ人と多く付き合うためには、どんなことが必要か。最も重要なのは「人を偏見で見ないこと」である。あなたがある人に「ちょっと苦手」「好きになれない」と思っても、それはその人の数%の側面しか見ていないだろう。もっと話したり、一緒に時間を過ごすことで、自分にとってプラスと感じられる側面が見られるかもしれないのに、早々と心のシャッターを下ろしてしまうのは非常にもったいない。

また、「人の理念に触れる」ことを心がけてほしい。「人がどういう理念に基づいて動いているのか」を本で読むのでもいいし、いろんな人の話を聞くことで知るということもある。

最後に、学生生活でやってほしいこととして、「何かをやりきって欲しい」ということ。

情報通信網が発達した今日、「面白い・興味がある」と思ったことはインターネットなどで情報収集できて、疑似体験することができるが、是非とも実際に体験して欲しい。ネットで仕入れる情報と、実際体験するのとでは大きな違いだからである。

なぜこのようなことを言うのかというと、社会人になり仕事をすると、仕事に対して責任を持たなければならなくなる。責任を果たすためには、「何かをやりきる」という経験は大きな糧になるため、そのような体験を学生生活でしておいて欲しい。





  

3 政治の世界に入った理由 

自民党政権の末期、本来政治家とは、政策や法律を作ることが仕事であるのにも関わらず、それを官僚に丸投げしていた。

一方で、当時、安倍政権は「ゆとり教育の見直し」を行おうとしていたが、文部科学省が「このままでいいじゃないか」と反対する状態も目の当たりにした。

つまり、「日本を変えたい」という政治家がいても官僚が足を引っ張り、また多くの政治家がそんな官僚に政策を丸投げするという構図だった。

そこで私は、今後の働き方について2つの選択肢を考えた。1つは足を引っ張らない官僚になるか、もう1つは丸投げしない政治家になるか。「足を引っ張らない官僚」になっても、社会を変えるには多大な時間を要する。社会を変えるためには政治家の方が早く出来る。そう思って、政治の世界に飛び込んだ。

1回目は見事に落選した。しかし、これは自分の人生において大きな経験となった。その後知事選挙で当選し、「当選した要因はなんですか」とよくインタビューされたが、その理由に「前回落選したからである」と答えた。

野村監督もよく言っているが、「負ける試合には意味がある。」という言葉がある。負けるとき、失敗した時には「何が原因だったのか」探すことができる。落選した原因を考えたら、「官僚あがりで上から目線で話していたのではないか、自分の足をもっと使った政治運動が必要じゃなかったのか」と色々浮かんできた。

そこで、街頭演説などをし続けた。衆議院選挙なのでいつ選挙が行われるのか分からないため、不安は大きかった。そうした中、三重県知事選挙に出馬してみてはどうかという話しが周りからあり、出馬し、見事当選することができた。

人間右肩上がりで順調にやってきている人なんていない。みんな失敗して、躓いたりしながら成長している。失敗しても、躓いてもかっこ悪くない。格好つけるのが一番悪いのである。




4 「みえ県民力ビジョン」

 

「みえ県民力ビジョン」とは、三重県のあるべき姿、どのようなことを大切に三重県は進んでいくかということを示した、戦略計画である。

このビジョンの中でキーワードにしていることが3つある。

1つ目は「アクティブシティズン」である。アクティブシティズンとは、ケネディ大統領の言葉であり、「祖国があなたに何をしてくれるのか考えるのではなく、あなたが祖国に何をできるのか考えて欲しい」という就任演説が有名である。税収が増え続ける右肩上がりの社会では行政が何でもやってくれていたが、財政状態も危機的になり、そんな余裕もなくなった。また、東日本大震災でも明らかになったとおり、いくら大きな堤防を作っても人の命を守ることは出来なかった。つまり、自分の命を守るために、また大事な人を守るために、大事な地域を守るためには、何をしなければならないか、県民一人ひとりが考えて、行動して欲しい。そういう思いをこめている。

次に「県民力の結集」である。三重県の良いところは多様性である反面、なでしこジャパンの試合や、女子バレーの試合を応援するときのような一体感がない。協働という行政がよく使う言葉があるが、協働とは、立場を超えて対等な立場で行政と住民が何かを行うことである。そして2つ目が、「協創」である。「協創」とは「協働した上で成果を創り出すこと」である。この時代、ただコラボレーションするだけではなく、新しいものを生み出していかなければならない。

3つ目が「幸福実感日本一」を目指すということ。アリストテレスは「幸せとは行為の結果である」と言っている。またニーチェは、「機嫌良く過ごすためには、自分が誰かのために役に立つこと」だと言っている。先人の言葉からも、幸せになるためには「自分で行動を起こすこと」が必要であると言っている。アクティブシティズンとして、皆で協創し、誰かの役に立つことで、幸福実感日本一の県にしたいと考えている。

国連が実施している「人間開発指数」というものがあるが、犯罪率、識字率、平均寿命などという外的環境整備について調べている。この人間開発指数では日本は179カ国中8位と非常に高い。

一方で、オランダの研究機関が実施している「ワールドデータオブハピネス」という「主観的に幸せかどうか」を調べたデータがあるが、日本は146カ国中なんと60位である。同じように主観的な幸福度について調べた、スウェーデンに本部を置く機関が実施している「ワールドバリューサーベイ」では97カ国中43位である。

日本は外部環境での幸福度は高いが、主観的な内面的な部分での幸福度は先進国中でダントツ最下位となっている。目崎雅昭著の『幸福途上国ニッポン』にも書かれているように、日本をはじめ東アジアの国々に同じ傾向が見られる。

ではなぜ、「幸福度」ではなく「幸福実感」をキーワードとしているのか。三重県は非常に恵まれた土地である。おいしい物がたくさんあり、大阪や名古屋にも近く、自然豊かな一方でエンターテイメント施設もある。しかし三重県の人々はその素晴らしさに気づいていない、幸福を実感している人があまりいないという現状である。

日本は19582000年において一人あたりGDP6倍になっても、生活満足度は全く変わらない。日本では今後人口が減り、経済も大きく成長しない。そんな社会で、生活していてよかった、三重県で暮らすこと、子育てをすることを幸せだと感じて欲しいため、幸福実感を指標にしている。






5 県のリーダーとしての役割・必要な要素

 

36歳で知事になり、最年少という立場だからこそ、若い世代に政治や行政に対する興味関心を持ってもらうことを重要視している。そのため、三重県には14の高等教育機関があるが、20人ずつぐらいの少人数規模で話をしてまわっており、今9つまで行っている。 

2030代の人の声が政治にあまり反映されていないと言われている。それは社会の仕組みに要因があるかもしれない。しかし、皆さんもいずれは社会に出て働き、結婚し、家庭を持つことになるだろう。そしてその時、政治家が自分たちの要望を政策に反映せず、適当なことばかりしていたら困るだろう。だからこそ、若者の皆さんにもっと政治に関心を持ってもらいたい。

私は、若いけれども三重県の中ではリーダーという位置づけであり、知事とはどんな仕事だと聞かれることがよくある。その際、私は決まって「決断と説明責任」と答える。もちろん議会などで議論するが、それを踏まえてどうするか判断するのは首長である自分である。説明責任はなぜ必要なのか。今の世の中、同じ価値観の人ばかりなんてことはない。つまり全員が良いと思う方策なんてない。そこである1つの方策を実施するためには、「なぜこうするのか」を反対する人にもきちんと説明することが求められる。

また、知事として、リーダーとして、大事なことは何かと聞かれることがあるが、その問には私は「情熱」と答えている。

スティーブ・ジョブズも彼の本の中でリーダーに必要な資質として「情熱」を挙げているし、ビル・ゲイツもリーダーに必要な3つの要素として真っ先に「情熱」を挙げている。ジョブスはiPhoneを作るのに、5012回失敗したそうが、めげずに情熱を持って制作を続けて大ヒット商品を生み出した。知事を務めている中でも、色々批判もされるしめげそうになることもなる。だが、それをめげずに突き通すためには情熱が必要である。

仕事をするにあたって大事な姿勢、心がけていることは、「真面目」、「素直」、「一生懸命」、そして「超積極的」。一緒に仕事をしたい人は誰かと考えたら、このような人材が良いと自然と浮かんでくるだろう。クールにやる必要なんて絶対ない。一生懸命にやれば良い。










 質疑応答

問 仕事をするにあたって大事な姿勢を挙げられたが、県職員に求める仕事の姿勢を教えて欲しい。

答 採用面接を担当していた時、「私は国家公務員に向いていますか」と聞かれることがあった。その質問に対して私は「普通であってほしい」と答えていた。普通とは、「家族が大事、趣味も大事、税金が無駄遣いされることに変だと思う」そう感じないといけない。

そんな感性を研ぎ澄ますためには、現場主義であること、固定観念で物事を捉えるのではなく、常に心に耳を澄ます事が大事だと思う。

また、都道府県庁職員には専門性が求められる。基礎自治体は住民に近く、全般的に物事を処理しなければならないことから、ゼネラリストになることが求められるが、物事の複雑化に伴って、都道府県職員には、専門性が必要でありスペシャリストになるべきだと言える。

 

問 通産省をなぜ選ばれたのか、またほかの省庁と違うのは何かを教えて欲しい。

答 10省庁ほど説明会に参加し、その中で自分の望む働き方ができそうな、つまり「面白い仕事ができる仲間がいそう」な省庁を、3つ選んだ。それが運輸省と大蔵省、そして通産省である。違いは良く言えば「風通しが良い」ことで、立場に限らず議論ができる風土がある。一方、何にでも口出すために他の省庁からうっとおしがられるということもある。

 

問 三重県は産業の衰退と人口流出が危ぶまれているが、それをストップするためにはどうしたらいいのか。

答 平成22年の国勢調査で三重県は初めて人口減に転じた。人口流出、減少を止めるには働く場を作ることが大事である。なぜなら、働く場ができると、人は集まり、家庭を持ち、子どももできる。

では、働く場をどのようにして作るのかというと、次の3つの方法が考えられる。@新しい企業を呼ぶこと、A今の企業で働いている場を守る。つまり倒産しないよう中小企業の海外展開や販路開拓の支援をする。B今ある雇用をさらに増やす。この3つを持って働く場を作ろうと考えている。

この働く場は、NPOでも良いと思っている。NPOは非営利法人であるが、寄付をたくさんしてもらったり、利益を目的としていなければ事業をした結果、利益が生じてしまうのは構わない。とにかく働く場を増やすことだと思う。









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