2010年9月13日更新

死に急いでいるような風潮に あえて「生存学」を投げかける(前編)

松原 洋子
大学院 先端総合学術研究科教授
博士(学術)、理学博士。1958年東京都生まれ。1981年筑波大学第二学群生物学類卒業。1998年お茶の水女子大学人間文化研究科博士課程修了。 2003年より現職。生命倫理が研究分野だが、特に優生学の歴史に注目してきた。「この研究科に来た院生に気付かされることが多くて」

人間はみんな「障老病異」と共に生きています。障害、老い、病気、そして例えば性的なアイデンティティーの面で人と異なるといったことは誰の身にも起き得ることです。そういったものを抱えながらどうやって生きていくかに関わる様々なことを考えるのが「生存学」なのです。

医療や福祉、ケアや生命倫理なども含まれるのですが、この分野のアプローチは援助する側が中心になっています。しかし、難病や障害を抱えている人たちには、彼らなりの練り上げられた技法があります。それに対して総合的にアプローチするまったく新たな学問分野といっていい。医師や看護師などの専門職の側でも、従来の倫理や規範みたいなものに疑念を持つ人がいます。たとえば緩和ケアにしても、社会的には尊厳死や安楽死を認める方向に動いていますが、果たしてそれでいいのでしょうか。

そんな現場の専門職や難病や視覚障害などを抱える当事者も集まって、一緒に様々な調査や研究を行うのが私たちのプロジェクト。これまでの学問的な主流に対して懐疑を持ち、具体的な形として発信していくことが使命だと考えています。

「生存」ということにギリギリで接している人たちは実は沢山います。そんな人たちの課題や問題などを、従来の「常識」で割り切らないできちんと粘り強く拾い上げて提示していく。例えば医療の問題。血友病では血液製剤を一生に亘って使い続けていくわけですから、その安全性が切実な問題になります。つまり、薬と共に生きていくという視点が必要です。だからといって従来の専門家が特定要素を切り取って考えれば解決するかというと決してそうではありません。そうした厄介で面倒な問題を粘り強く分析して研究する。だから、研究拠点のロゴマークも「悶々」としているわけです(笑)。

生存学研究センター
生存学研究センターのロゴマーク

ここでの成果があれば患者さんたちも政府や自治体との交渉の中に切り込んでいけます。現場の医師などの専門職も新たな視点が得られるはず。医療資源の分配の根拠は何なのか、やれることはあるのにやれなくなっているのではないか、とことん調べて、生きにくい世の中でどうやって生きていくのかを考えていきたいのです。

AERA 2009年8月17日号掲載 (朝日新聞出版)
取材当日、とてもおしゃれなバッグを持っておられ、そこからお話が始まりました......(→続きを読む)

取材こぼれ話

取材当日、とてもおしゃれなバッグを持っておられ、そこからお話が始まりました。松原先生が所属されている先端総合学術研究科は「障・老・病・異」というテーマで調べたり、考えたりして研究を掘り下げていきます。先生のお話を聞いて驚いたのは、先端研には、その4つのテーマに関わる当事者や関係者、その分野の専門家の方が多いということ。 実際に、障害を持っておられる方、家族に障害をもつ方がおられる方、小児難病でお子さんをなくされた方、終末医療に関わる医師や看護士の方、血友病患者の方、性同一性障害の方などなど本当に多様な院生がおられるそうです。

先生も「院生に目を開かされることがある、気づかされることがある」と言われるほど、実に社会に本当にたくさんの課題があり、放置され、少数派として課題として扱われもしないものが山のようにあるのだということも。 取材前の下調べの時、生存学のHPって見にくいなあと思っていました。でも実は、あのHPの構成だと、視覚障害の方が全部音声にして情報が拾えるのだそう。「フラッシュやPDFなどは音声化ソフトにとってはノイズのようなもの」だそうです。大学として、広く広報活動を行うことの意味を深く考えさせられ、大きな宿題をいただいた取材でした。


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