

卵や水に圧力を加えるとどうなる?タンパク質の構造変化を探求!
どこのスーパーにも売っている生卵。煮たり焼いたりすれば固まることは、誰でも知っている。では、その生卵に、通常ではありえないぐらいの高い圧力を加えたらどうなるだろうか?
今回実験を行ってくれたのは、薬学部の北原亮先生。圧力をかける機械の中に、ビニール袋に入れたうずらの卵をセットし、圧力ポンプを押して高圧(3千気圧)をかけていく。
▲うずらの卵をセットし圧力をかける北原先生
3千気圧にして待つこと24時間。
ゆっくりと圧力を下げた機器から取り出した卵は……
▲圧力をかけたうずらの卵(左)と、普通のうずらの卵(右)
黄身も白身も固まっている!
- その理由は、卵に含まれているタンパク質が、圧力によって構造変化し、時間とともに凝固したからです。ゆで卵と同じように、この『圧力卵』も美味しく食べられますよ。熱を加えるとゆっくり外部から固まっていきますが、圧力は物質に対してすべて均等にかかるので、均一な処理ができるメリットがあります。食感に違いも出ますよ。
北原先生の研究テーマは、「圧力によるタンパク質の構造変化の探求」だ。タンパク質とは、私たち人間を含むあらゆる動物の体を作っている「部品」といえる。人間のタンパク質は20種類のアミノ酸という物質が、鎖のようにつながり、複雑に折り畳まれることで作られる。その数はヒトでは約10万種類にもなり、生きるために必要な物質を運んだり、他の生体分子と結びつくなど、体内で生じるあらゆる生命現象に関わっている。
▲薬学部でタンパク質の「圧力サイエンス」に取り組む北原先生
- 生体内のタンパク質は、安定した状態から、準安定状態、変性状態など、さまざまに形を変えながら機能しています。そのため安定した状態だけを観察していては、わからないこともあるのです。圧力をかけることでタンパク質の『かたち』の変化を効果的に引き起こさせることができます。大気圧下ではわずかすぎて見えなかった生体内のレアイベント(希に生じる形の変化)も、圧力下では観られるようになるのです。
タンパク質の構造を解明することは、生命の秘密の解明に直結することから、近年では関連の研究にノーベル賞が与えられることも増えている。また最近ではタンパク質の構造に基づく論理的な新薬の開発手法が発展しており、タンパク質の構造解析は生命科学の中で最も「ホット」な研究分野となっているのだ。
北原先生とともに、タンパク質の圧力変化を研究する生命科学部の加藤稔先生は、この研究の意義について次のように語る。
- タンパク質はアミノ酸が数百以上つながった巨大分子ですが、細胞のなかで、固有の構造に折り畳まれることにより機能を発揮します。その精巧な立体構造がどういう仕組みで作られるのかは、未だにわかっていません。最近では、タンパク質の間違った『折り畳み』が、アルツハイマー病やプリオン病など、さまざまな難病の原因となっていることもわかってきました。私たちはタンパク質に圧力をかけて構造が変化する様子を観察することで、『折り畳まれ方』の仕組みの解明を目指しているのです。
生物の体の中でタンパク質が折り畳まれる速度は非常に早く、多くは、1/1000から1/100秒程度の時間で完了する。そのため通常の分析装置では、どういうプロセスをたどって構造が形成されるのかを追跡することは非常に難しい。
- ところが数千気圧の圧力をかけると、その反応は、数分から数時間まで遅くすることができます。
▲生命科学部に属し、北原先生とともに研究を行う加藤稔先生。様々な分光装置を用いて、タンパク質や関連分子の構造を原子レベルで観測する。
- 水に圧力をかけても面白い変化が起こりますよ。
と加藤先生。顕微鏡の脇のモニターに映し出されているのは、特殊な高圧装置(ダイヤモンドアンビルセル)で約1万気圧の圧力をかけた水の映像だ。見ると、多角形の結晶が映っている。加藤先生が圧力を調整するつまみを左右に回すと、それに合わせて結晶の大きさも変化する。
- この結晶は『氷』です。氷というと冷たい物質をイメージすると思いますが、高圧がかかると、水は常温のままでも氷になるのです。しかも、その氷は水の中で沈みます。
加藤先生は「私たちが暮らす地上の1気圧の世界の水と、深海や深い地中の高圧下の水の性質は、同じではない」と言う。水に限らず、物質に圧力をかけることで、その物質に隠されていた『本当の姿』が見えてくるのだ。
生体の中でタンパク質分子は水分子に囲まれて存在している。そのため水の中でタンパク質が水分子とどのように相互作用するのかを観則することも、研究の大切なテーマだ。
立命館大学では、世界でも高圧力タンパク質化学の先駆者として知られる鈴木啓三名誉教授(元理工学部長、2016年没)以来、60年以上に渡る『高圧力サイエンス』の歴史がある。加藤先生と北原先生は、高圧力サイエンスに新たな地平を切り開こうと日夜研究に取り組んでいる。
- 寝る間も惜しんで研究をしていると、予想もしていなかった結果が出て、びっくりすることがあります。実は最近も驚くような研究成果が出てきて、論文にまとめているところです。世界の誰もまだ知らない『真実』を自分の手で発見できることが、この研究の面白さだと感じています。
薬学部には、研究者の他に薬剤師を志望する学生も多く集まる。薬剤師について言えば、「日進月歩で生命科学が進歩していく現在、求められているのは『研究者のマインドを持った薬剤師』だ」と北原先生は語る。研究に取り組むことで、物事をロジカルに考える力、分かったことを他人に分かりやすく伝える力が身につく。その力は、卒業後どんな分野の仕事についたとしても、間違いなく活きるだろう。
立命館大学 生命科学部 立命館大学 薬学部FOLLOW TANQ