2017.01.31

マウスは人間と同じようにモノが見えるのか?

動きや点滅、立体、色彩……あなたの“見える”は、マウスの“見える”と違うかもしれない

「え、動物はみんな同じように見えているんじゃないの?」と思うかもしれないが、自分にとって当たり前のように見えている世界も、他の動物には全く違ったものとして見えている。たとえば、色彩にしても人間は3原色(赤・緑・青)を識別できるが、犬などの大部分の哺乳類は2原色のみ。また、光の明暗に関しても鳥は「鳥目」と言われるように夜にモノがほとんど見えていない。生き物によって、おそらく人によっても“見え方”は異なる。何が見えていて、何が見えていないのか。言葉を話せない動物において確かめる方法を研究している人たちがいる。マウスで視覚研究を行っている薬学部の野村悠一郎さんに話を伺った。

▲薬学部5回生の野村悠一郎さん。3年にわたりプロジェクトに携わっている。

“見える”には、“光が見える”と“モノが見える”の二種類ある

私たちがモノを見ることができるのは、目の角膜から入ってきた光刺激を眼球の底にある約200~300マイクロメートル(0.2mm程度)の網膜がキャッチし、視神経が視覚情報として脳に運んでいるからだ。ただ、そこには大きく二つの視覚応答があるとのこと。

視覚応答には、「イメージ形成応答」と「非イメージ形成応答」があります。前者のほうはその名の通り視覚情報をイメージとして認知することで、いわゆる「モノが見える」ということ。一方、後者のほうはモノを見るというより、光情報を検知することです。たとえば、睡眠していても、朝の光を浴びると自然に目覚めますよね。それは光刺激が目に入ってくると覚醒するメカニズムがあるからですが、それはモノが見えるのとは違うものです。ほかに瞳孔反射も非イメージ形成応答になります。

果たして、マウスは光を検知しているのか、それともモノを見ているのか。いったいどのような方法で見極めているのか。

▲小池千恵子准教授(写真右)がプロジェクトを統括。そのほかに様々な分野の先生が実験をサポートしている。

見えていることは、人間なら言葉で伝えられても、動物ではそうはいかない。そこでプロジェクトは、薬学部で網膜の機能を中心に研究している小池千恵子准教授が主導となり、マウスを使った解析装置を開発することから始まった。それが2009年のこと。野村さんは先輩たちから引き継ぐ形で研究を行っている。

実験に向けて、マウスにタッチパネルで異なる二つの画像を提示し、その選択で見えているかを判断するための装置を開発しました。最新のプロジェクトは、総合心理学部の北岡明佳教授との共同研究で、静止画と静止画が動いてみえる錯視(下図)を提示したときに、静止画を押せば報酬となるエサが与えられます。

▲総合心理学部・北岡教授から提供いただいた錯視画像

この実験を行うためには「静止画をタッチする」という教育が必要です。最初は二つとも静止画にして、タッチすればエサが与えられることを覚えさせるのですが、それが大変で……時間と根気が求められます。実際の解析装置と、それ使ってどう実験しているのかをお見せしますね。

▲研究室。マウスを入れる箱型の解析装置と観察用のモニターがある。

▲解析装置には報酬(いちごミルク)を送り出すチューブがつながり、高解像度で様々な視覚刺激を再現できるタッチパネル式のディスプレイモニタを備えている。画像提供:総合心理学部・北岡教授(共同研究者)

日本唯一の視覚センターにいる、あらゆる専門分野の先生がプロジェクトを支えている

この解析装置は、理工学部ロボティクス学科の下ノ村先生と、生命科学部生命情報学科の天野先生との共同研究により開発したものです。プロジェクト開始当初に携わった情報系の学生だった、生田昌平くんが中心となり作ってくれました。とても苦労しながら、長い時間をかけて開発しましたね。
この装置の真上にカメラをセットし、マウスの動きを観測します。人間と違って、基本的にマウスは眼球だけ動かして上下左右を見ることができません。そのため、マウスの鼻の向いている角度から二つの画像のどちらを見ているかを判断することが可能です。データとしてはタッチの回数と正答率、パネルへの到達経路、タッチしてからエサ場への移動時間などを収集しています。

▲チューブを清掃したあと、カメラをセッティングする野村さん

立命館の良いところは総合大学であることです。学部学科の垣根を越えて、様々な専門家の先生たちが装置や解析方法などについてアドバイスをしてくれています。

立命館には日本で唯一の視覚センターである『システム視覚科学研究センター』が存在する。網膜生理学や生命科学、ロボティクス、総合心理学……様々な先生たちが関わっているとのこと。特に情報理工や総合心理学は視覚認知と密接に関係していて、データの解析方法については多くの意見をいただいているという。また、現在特に注目しているのはマウスが錯視を認識できるかどうかというテーマである。錯視研究で有名な総合心理学部の北岡明佳教授との共同研究であり、立命館大学であること行える研究である。

カメラの映像を見ながら、マウスの動きを注意深く観察します。マウスの教育は1匹あたり30分ほど。1日5~6匹教育するので、合計3時間ほどですね。多い日だと最大12匹で、長時間カメラと向き合うのは根気がいります。正直、マウスの教育は好きじゃないですね(笑)
えっ、そうなの? 楽しそうなのに(笑)
でも、変化が見えてくると楽しいですね。マウスは僕らが思う以上に頭が良くて、一度、タッチしてエサがもらえることを覚えるとそこからははやい。その変化の瞬間を目の当たりにしたときは面白さを感じます。

▲観察しながらも、実験方法を創意工夫していく野村さん。なかでも収集したデータ解析の方法が得意。

最初に、実験したのが点滅の判断。点滅もスピードによっては、見分けることができません。たとえば、蛍光灯は点滅しているのですが、ものすごく速いので人間の目にはただ光っているようにしか見えないですよね。いまのところ、実験ではマウスはある程度の速さの点滅を見分けられることがわかっています。次は錯視を見分けられるかを実験する予定です。動いているように見える錯視画像をマウスに見せた場合、人間と同じように動きとして認知するのかを調べます。
様々な“モノが見える”の検証方法が確立されれば、たとえば、「この薬で目は見えるようになったのか」といった創薬における効果検証ができるはず。現在、日本ではあらゆる分野で目や視力回復の研究が活発ですが、ゆくゆくは私たちの実験がその進展に貢献できるかもしれません。
立命館大学 薬学部

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