「自分もそのように発音する」を選択した生徒の割合を示したものが、表6です。平均が7.4%となっています。この数値が使用するかたちでの伝統方言の継承の割合を表していることになります。名詞形態法(格助詞)に比べると伝統方言の形式が継承される割合が高くなっていますが、動詞形態法と比べると低くなっています。
座布団(ざぷとん) | 10.1% |
僅か(わつか) | 1.0% |
殆ど(ほどんと) | 11.1% |
平均 | 7.4% |
「自分もそのように発音する」と「自分ではそう発音しないが、そのような発音を聞いたことがある」を選択した生徒は伝統方言の発音の知識を持っているものと考えられます。伝統方言の発音の知識を持っている生徒の割合を示したものが表7です。平均が47.8%となっており、知識の面でも発音は、名詞形態法(格助詞)に比べると伝統方言の形式が継承される割合が高くなっていますが、動詞形態法と比べると低くなっています。
座布団(ざぷとん) | 66.1% |
僅か(わつか) | 24.4% |
殆ど(ほどんと) | 52.8% |
平均 | 47.8% |
使用・知識の両面で、無声化の用例の中に継承の度合の差が見られます。「ぶ」が「ぷ」になる「座布団(ざぷとん)」が「ず」が「つ」になる「僅か」よりも継承される割合が高いことが、表6と表7の両方からわかります。調査に使った用例が少ないため、確定的なことはいえませんが、二つの可能性があります。
一つの可能性は、調音点の違いによるものです。「ぶ」が「ぷ」になる無声化では、子音を発音するのに唇を使います。一方、「ず」が「つ」になる無声化では、子音を発音するのに舌を使います。このように「座布団」と「僅か」では無声化が生じる子音を発音する場所が異なります。舌を使って発音する子音は「つ、す、ず」などに含まれ、和語・漢語・外来語すべてで見られます。一方、唇を使って発音する子音は「ぶ」に含まれる/b/は、和語・漢語・外来語すべてで見られますが、/p/は外来語ではよく見られるものの、和語ではほとんど現れず、漢語では分布が偏っています(上の2.3節をご参照下さい)。和語の場合に典型的ですが、/p/は有声と無声の子音の対応関係の中で隙間のようになっていることになります。
唇 | 舌先 | 軟口蓋(口の奥) | |
有声 | b | d, z | g |
無声 | <p> | t, s | k |
唇を使って発音する子音を無声化した場合、隙間を埋めるだけですので、同じ音形の語形が生じる可能性は低くなります。このように、舌先を使って発音する子音を無声化する場合に比べて言葉の体系に対する負担が少ないために、唇で発音する子音の無声化がより残存しやすかったと考えることもできるかと思います。ただし、このような説明を行った場合、無声化で生じた[p]がpを排除する傾向からどのようにして逃れたのかということも説明する必要が出ます。
もう一つの可能性は、「座布団」と「僅か」の文法的な違いです。「座布団」は「座」と「布団」をあわせてできた複合語です。一方、「僅か」はそれ以上分解できない語形です。「座布団」で生じる無声化は「座」と「布団」の境界で生じます。このように形態素(単語をさらに分解した意味を持つ単位)を合わせたときにだけ生じる音の変化を言語学の世界では循環的(cyclic)な音韻現象と呼んでいます。伝統方言の段階では、一般性のあった音韻現象である無声化が、現代の方言では循環的な音韻現象として残ったという見方もできるかもしれません。