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常総市の伝統方言継承に関するアンケート調査報告

佐々木冠(札幌学院大学)

以下は前任校(札幌学院大学)時代に行った調査の報告書です。肩書きは当時のままにしてあります。レイアウトは基本的に変更していませんが、スマートフォンでも読めるコマンドを埋め込みました。
設置:2019/05/11
2009年12月3日アップロード
2009年12月7日改訂
2009年12月15日:「暫定版」を外す。

5. アンケート調査からわかること

 今回のアンケート調査でわかったことをまとめたいと思います。伝統方言の知識を持っている割合を見ると、動詞形態法、名詞形態法、音韻(発音)、語彙の平均は、それぞれ、57.9%、42.7%、47.8%、31.5%となっています。言語の形態法と音韻は言語の規則的な側面を表します。言語の規則的な側面に関しては、約半数の生徒が伝統方言の知識を持っていることになります。しかし、形態法と音韻も自分でも使う形式と捉えている生徒の割合は低くなります。

 個々の質問項目についてみると、広い地域で使われている形態法や音韻現象は残存する傾向にあり、地域的な分布が狭い形態法は衰退する傾向にあります。前者の例としては、推量の助動詞「べ」、否定推量の助動詞「めえ」、直接目的語を表す格助詞「こと(ごど)」、行き先を表す格助詞「さ」、そして、無声化と有声化が挙げられます。後者の例としては、経験者を表す格助詞「がに」、受け手を表す格助詞「げ」、連体修飾格助詞の「が」と「な」が挙げられます。

 伝統方言の語形について「自分でも使う」あるいは「自分でもそのように発音する」と回答した生徒の割合は、動詞形態法で12.8%(「降るめえ」を除けば、15.3%)、名詞形態法(格助詞)で6.0%、音韻(発音)で7.4%、語彙で5.8%でした。一方、伝統方言の知識を持っている生徒は約半数です。生え抜きの生徒がほとんどであることを考えると、この知識は、親や祖父母の発話から得たものと考えられます。しかし、自分で使う生徒の割合が10%前後であるため、次の世代への継承が困難な状況になっているものと思われます。

 ユネスコは、言語の危機の度合いを認定するする基準として以下に挙げる九つの基準を挙げています(UNESCO Ad Hoc Expert Group on Endangered Languages (2003)):世代間の言語の継承、話者数、全人口に占める話者の割合、言語使用領域の変化、新しい言語使用領域やメディアへの対応、言語教育や文学への利用可能性、政府などの当該言語に対する姿勢、地域共同体の構成員が自分自身の言語に対して取っている態度、記録の量と質。

 ユネスコが、言語の危機の度合の基準として一番目に挙げている「世代間の言語の継承」に関して、常総市の方言は非常に困難な状況に直面していると言えます。ユネスコが認定している言語の危機の度合には、危険な状態(unsafe)、確定的な危機状態(definitely endangered)、厳しい危機状態(severely endangered)、致命的な危機状態(critically endangered)、消滅(extinct)の5段階があります。今回のアンケートでは、「世代間の言語の継承」以外の基準に関して調査していませんので、正確な位置づけは困難ですが、「消滅」ではないものの危機的な状況にあることは確かだと思います。

 伝統方言は衰退し危機的な状況にあるわけですが、そのことは標準語と全く同じ体系になっていくことを意味するわけではありません。「降るめえ」よりも「降らめえ」が圧倒的に優位であることからうかがい知ることができるように、標準語(あるいは学校で習う古典語)ではなく伝統方言から継承している部分があります。

 実は、現在日本各地で使っている人たちには方言とは認識されていない地域的な日本語のヴァリエーションが話されています。ネオ方言(真田 1990)や変容方言(佐藤 1996)と呼ばれる地域的な言語変種です。これらの地域的言語変種は、標準語とその地域の方言の両方から文法や語彙を受け継いだ地域的な言語変種です。常総市で話される言葉もこうした言語変種になっていくものと考えられます。

 2節でも述べたように、常総市の伝統方言には、人間言語についての理解を含める上で貢献するところが大であると思われる文法特徴があります。常総市の伝統方言には、「〜がに」という斜格主語固有の格助詞があります。斜格主語固有の格形式を持つ言語は世界の言語の中でも極めて珍しく、人間言語が文法的意味をどのように形の上で区別できるのかという問題を考える上で非常に貴重なデータを常総市の伝統方言は我々に与えてくれます。残念ながら、「〜がに」をはじめとする伝統方言の文法項目は継承が困難な状況にあることが今回の調査でわかりました。

 この地域の言葉は、どのような言語体系に変化していくのでしょうか。この調査報告は、少ない質問項目に基づくものであるため、大雑把な分析になっていると思います。将来の変化を予測することは困難ですし、現在の体系を描くものとしても不十分なものだと思います。今後さらに調査を進めてこの地方の言葉の現状について理解を深めたいと思います。