第14回 2008年7月19日 
「野外コンサートと経済効果


講師: 酒井 均 (さかい・ひとし) 先生

NPO法人社会工学研究所 代表理事
1947年生まれ。
東京教育大学大学院農学研究科、電気通信大学大学院電気通信学研究科博士後期課程修了。株式会社社会工学研究所代表取締役所長を経て、2002年から株式会社電通研究顧問、2007年にNPO法人社会工学研究所を設立、代表理事に就任。国土交通省社会資本整備審議会専門委員、内閣官房国際経済研究会委員などを歴任。
専門は社会工学、得意領域は地域政策、人口問題、文化・スポーツの振興など。
主な著書等に、『地域自立勘定の開発と応用に関する研究』、『21世紀のイノベーションを担う先端的サービス産業』(以上、大蔵省印刷局、編著)、「地域政策の道標」(ぎょうせい、共著)など。
近年、スポーツイベントや野外ロック・フェスティバルなどの経済効果の推計を多数手がけている。現在は、東京都が招致を目指している2016年東京オリンピックの経済効果を推計中である。
早稲田大学在学中の1971年にユイ音楽工房を 設立、吉田拓郎、かぐや姫、長渕剛、BOØWYらを手がける一方、75年に井上陽水、泉谷しげる、小室等、吉田拓郎らとフォーライフレコード(現フォーラ イフミュージックエンタテイメント)を設立、82年から社長に。
アーティストの著作隣接権擁護のため、86年に(社)音楽制作者連盟を設立、理事長として様々な権利等の問題に取り組む。
また、アジアの音楽文化交流を目 的とする(財)音楽産業・文化振興財団(PROMIC)を93年に設立、副理事長として多くのイベントを開催するなど、その活動は多岐に渡る。


野外コンサートと経済効果」


はじめに

 私は今、社会工学研究所というところでまちづくりなどのNPO活動をしています。週に3回は電通で研究顧問として勤務していて、エンタテインメント、特にスポーツイベントなどの分野に関わっています。ワールドカップや、2016年に東京都が招致を目指しているオリンピックなどの経済波及効果を推計、分析するという仕事です。今日のテーマは「野外コンサートと経済効果」ですが、ライブエンタテインメントという点でスポーツイベントとかなり共通するところがあると思います。今日は、この点も踏まえ「野外コンサートと経済効果」についてお話ししたいと思います。


1.大型イベント開催の目的と構造を考える

(1)イベントの経済効果を推計する目的

イベントの経済効果を推計する目的は、我が国経済、あるいは地域経済への効果や影響を計量的に把握することです。基本的には、イベントという経済活動によってどのように生産が誘発されるのか。それによって付加価値や雇用者の所得が増え、雇用者がどれだけ増加するのか、あるいは税収がどれだけ増加するのかといったことなどです。このような統計を把握することによって、地域の産業振興にどのように役立てていくかといった様々な政策立案にも使用することができます。また経済効果を推計する目的に、経済効果の公表による話題性の提供があります。これは本来の目的ではありませんが、イベントの認知度を高め、参加者や協力者を増やす目的に使用されます。東京マラソンや東京オリンピックなどは税金を使って開催されるので、都民や議会に対し「税金は使うが、これだけの経済効果も見込めます」ということを伝え、理解を求めます。野外コンサートの民間事業者がある地域でイベントを開催する場合、「あなたの地域ではこのような経済効果が生まれます。だからここでイベントをさせてください」という方向で、経済効果を使うことができます。

2)イベント主催者の開催目的とイベントがもたらす効果

 イベントを開催する主体、事業者は主催機構を形成することになりますが、これには民間事業者がなる場合もあれば、競技団体の場合もあります。ワールドカップなどは日本サッカー協会が中心で、東京オリンピックの場合は東京都、夏の高校野球(甲子園)は朝日新聞社と高校野球連盟(高野連)が主催機構の中核になるなど、イベントによってはメディアも主催の中心となることがあります。野外コンサートの場合、主催者の目的は当然事業収入の確保ですが、ファンの拡大、新しいスターの発掘・育成、国内外におけるコンサート事業者の発言力や社会的地位の向上、イベントを通じた国際交流への貢献などもあります。2002年FIFAワールドカップを開催する場合の日本サッカー協会の開催目的は、競技人口の拡大、代表チームの強化、国内外における日本サッカー協会のプレゼンス向上などが挙げられます。ワールドカップなどは、世界の中における日本の発言力を向上しなければ招致が難しいという現実もあります。世界から支持されるためには票を集めなくてはならないので、スポーツ外交やスポーツ国際交流なども積極的に行う必要があります。

 国や地方自治体がイベントを手がけるときは、また違った目的が出てきます。この場合、その地域の将来をどのように発展させていくかという視点からイベントを捉えていかなければなりません。また、イベントが世界的なものであれば、当然世界に向けて発信されることになります。つまり、自分の地域をいかに世界に売り込んでいくか。地方自治体にとってイベント開催の一番大きな目的とは、シティ・セールスなんです。そのことによって世界の人々、あるいは企業を惹き付ける。国際会議などのイベントは、知名度や地域イメージを上げながらのシティ・セールスが必要になります。

 ゆとりと豊かさが実感できる地域社会の創造も、イベントを開催する目的になります。イベントは地域経済や産業の活性化、あるいは文化や生活環境の改善のために行うので、イベント後もそれを振興してくための様々な手だてをやっていきます。また、新しい時代にふさわしい社会システムの構築も目的となります。イベントは長くても1ヶ月くらいですし、期間が限定されている上に場所も限定されているとなると、社会実験ができます。例えば、「パークアンドライド」。大きなイベントが開催されると、交通渋滞が起きるので、郊外の駅付近に車を駐車させ、都心に入ってくる車を抑制するという実験です。イベントを開催することによるメリットも、様々なものがあります。1998年に開催された長野冬季五輪の一番の目的は、高速交通体系の整備でした。長野には、新幹線や高速道路が他の地域よりも先にできるという大きなメリットがあった。大きなイベントを開催すると、施設や交通基盤の早期整備などの大きなメリットがあるんですね。

 東京オリンピックを招致するためにも大きな関門がいくつかあり、これをクリアしないと誘致できません。1つは政府の財政保証。オリンピックを開催することで東京都が破綻しても、政府が責任を持って財政(オリンピック開催にかかる経費)を保証するということ。2つめはコンパクト性。インフラ整備をいかに少なくして、参加する選手の移動に負担をかけないようにするかということ。3つめは環境問題。今や環境への配慮がなければオリンピックは開催できません。例えばCO2をどうやって削減していくのかなど。4つめはレガシー。イベント開催によって生まれた遺産を、後のまちづくりにつなげていくということ。そして5つめは市民賛同。2016年のオリンピック開催地で東京が劣っている点は、都民のオリンピックに対する賛同が少ないことです。賛成の人が50数%くらいしかいない。ほかの都市は80%、マドリッドは90%を超えていたと思います。そういう市民の理解がないと、イベントはなかなか招致できません。

3)イベントの開催・運営の構造をモデル化する

 イベントとは、スポーツの場合には競技者やチームが供給するスポーツパフォーマンスであり、ゲームとそれを観賞する観客・視聴者を結びつける仕掛けによって創出されるものです。スポーツパフォーマンスを音楽のパフォーマンスにすれば、野外コンサートという形態になりますね。

 イベントには4つのシステムが必要です。1つめはサービス・システム。観客あるいは視聴者のニーズをきちんと査定し、それに対して安全で快適な環境を作るシステムです。サッカーではフーリガンという非常に危険な人たちがいますので、そういった面のセキュリティや安全面を確保します。2つめはマネジメント・システム。競技者やチームのパフォーマンスやゲームの提供能力を査定し、能力を最大限に発揮できるように整えるシステムです。照明や音響などの舞台装置がちゃんとできているか、あるいはそのためのスタッフがきちんと機能しているかどうかなどです。3つめはプロモーション・システム。一般市民や地域住民の潜在ニーズを顕在化し、観客や支援者になってもらうためのプロモーションを行います。一般的には広報紙や映像メディアを利用して、イベントの魅力や楽しさを告知・啓発する形ですが、より高度なプロモーションになると、地域の課題を解決しながら地域の活性化に結びつけていきます。そのためには地域への愛着心や誇り、アイデンティティを醸成するようなイベントの意義とは何かということを、十分に理解してもらえるようにします。また単なる観客を、より積極的、自発的なボランティアのような支援主体に成長させることも、プロモーション・システムの役割です。4つめは、供給側のプロデュース・システム。スポーツや音楽イベントを供給するための会場施設、メディア、資金、スタッフなどの必要資源を調達、組織化するシステムです。このシステムには企業やスポンサーが入ります。スポンサーは資金やスタッフを供給しますが、必ずしもお金だけを供給するわけではありません。スポーツ用品メーカーであればスタッフのユニフォームを供給しますし、自動車会社であれば車を提供して輸送に使います。保険会社であれば、事故が起きたときや開催が中止になったときの損害保険金を出してもらいます。このときスポンサーになるのは、1カテゴリー(業種)に1社と決まっています。

4)イベントの市場構造、取引構造を解剖する

スポーツイベントを中心に、イベントの市場構造や取引構造を見ていきましょう。下の図を見てください。構造の中心には自治体、競技団体、メディアなどの主催機構がいます。

この主体機構と、観戦者やスポンサーとのやり取りが、市場を形成しています。マーケットにはいくつかの種類があり、生で観るライブマーケットや、テレビなどを通して観るメディアマーケットのほか、交通や宿泊など、イベントによって影響を受けるイフェクトマーケット、グッズや肖像権など周辺ビジネスとしてのフリンジマーケットなどがあります。また、スポーツイベントには、権利ビジネスが非常に大きく関わってきます。興行するためには興行権料、主催するには主催権料などがかかります。オリンピックになるとものすごく高い放送権料を払わなければなりませんし、グッズ化するには商品化権という権利もあります。最近流行っているのは、命名権。東京にある「味の素スタジアム」や「CCレモンホール」など、企業にホールの通称名を提供して維持・管理費をまかなうという、いわゆるネーミングライツですね。 


2.大規模野外コンサートの経済波及効果を推計、分析する

1)RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006 in EZO概要

 実際の経済効果というものがどのように推計されているのか、2006年に小樽で開催された「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006 in EZO」を例に挙げて説明したいと思います。

 まず最初に、RISING SUN ROCK FESTIVALの概要です。期間は2006年8月18日から19日、開催地は北海道の小樽でした。18日は15:00から22:30まで、19日は13:00からオールナイトで翌朝5:10まで開催されました。2日間の通し券は、14,000円です。キャンプ場や駐車場を使用した場合は、別に料金がかかります。この野外フェスには7つの会場があり、5組から10組のアーティストが演奏活動を行いました。ステージ以外にも、飲食やショッピングができる場所も用意されています。

2)経済波及効果の調査・推計の枠組を整理する

 経済波及効果を推計する際、イベントによってどのような需要があるのか、主催者がどのくらい運営にお金をかけるのか、またお客さんたちがどのくらいのお金を使っていくのかということを把握するところから始めます。需要には交通費、飲食代、宿泊費、買い物代などがあります。次に、これらの需要がどの産業に当てはまるかということをコンバートします。需要の商品やサービスがどのような産業によって供給されるのかを整理し、それらを産業活動部門別に振り分けたあとは、「産業連関分析モデル」に投入すると、経済波及効果が出てきます。ここではどれだけ生産が誘発されたか、生産で原材料を除いた付加価値がどれだけ誘発されたのか、その付加価値によって生まれた所得はどのくらいなのか、ということを推計します。

 また、推計する期間、地域を検討します。期間はイベントの開催期間だけではなく、イベントの準備段階から撤収までの期間を計算します。RISING SUN ROCK FESTIVALは小樽で開催されたので、このイベントを開催することによって北海道にどれだけ経済波及効果が生まれるのか、ということを計算します。イベントに来るお客さんは、北海道からだけではなく全国から集まってきます。北海道の人たちだけだと効果はありません。なぜならこの人たちがもし来なかったとしても、彼らは別のイベントに行ったりして何らかの消費をしていると思われるからです。つまり、北海道の外からやってくる人たちによって、初めてプラスの経済効果が発生するんですね。今回は、このイベントが@北海道外からのお客さんが北海道にもたらす経済効果、A道内を含む全国からのお客さんが北海道にもたらす経済効果、そしてB全国に及ぼす経済波及効果について計算をします。

 推計範囲ですが、主催者の開催に伴う経費、主催者側のスタッフ、スポンサー、また出演者や入場者の宿泊や移動、飲食や買い物などの費用に加え、温泉やスパなどに行った際に払う入場料などの施設利用料も入ります。経済波及効果を計算するときには、消費をしっかりと拾うんです。そしてその消費に対して見合うだけの生産活動が行われます。生産活動が行われると、原材料を除いた付加価値というものが生まれてきます。この付加価値の一部が所得になるわけですが、この所得によって新たな消費が生まれます。そして再び付加価値が生まれ……という構造になっています。ここでいう所得とは、雇用者の所得に限られています。企業の所得まで計算に入れてしまうと、色々と複雑になってしまうからです。以上が基本的な経済波及効果の調査・推計の枠組です。


3)主催者や入場者の需要(支出)を把握する

 RISING SUN ROCK FESTIVALの有料入場者数は、5万5,000人。2日間で延べ9万4,000人なので、1人あたりの平均滞在日数は1.7日となります。北海道内からの入場者は3万人。道外からは2万5,000人が訪れました。出演者が420人、事務局関係者が100人、ボランティアが160人。その他メディアやスポンサーを含め、このイベントに参加した人は合計で約5万8,000人でした。この人たちが、どれだけお金を落としていくのかを計算します。国内全体の直接的需要では40億円くらいのお金が落ちます。そのうち北海道で使われるお金は24億円くらい。また、北海道外の人たちが北海道内で使うお金は、14億円くらいになります。

 主催者側が使うお金には様々な種類のものがあります。例えば、出演料や損害保険料のほとんどは、東京の企業が東京や海外の人たちに支払うので、北海道には落ちないことを想定します。そうでないと、経済波及効果が計算できないんです。入場者側が使うお金は、交通費、駐車料、宿泊費、飲食費、土産物購買費などがあります。このほかにも、イベントに行く前に服やキャンプ用品やカメラを買ったりするので、旅行の準備にもお金がかかります。また、帰ってきた後には服をクリーニングに出したり、写真を現像したりするので、入場者の支出の20%は、行く前と行った後に使われることを想定します。

一番計算が難しいものは交通費なので、便宜上、東京から来ることを想定します。しかし、中には飛行機で来る人もいますが、車で来る人もいます。車で来る場合は、東京から新潟まで高速道路を使い、その後小樽に着くまでにフェリーにも乗りますので、ガソリン代や高速道路代、フェリーの運賃も計算します。北海道は陸続きではないので計算しやすいのですが、そうでない場合は非常に複雑になります。例えばフジ・ロック・フェスティバルなどは新潟の苗場で行われますが、苗場とは新潟県でも群馬により近い場所にあるので、東京から来るほとんどの人たちは新潟県以外でお金を落としていくんです。計算方法も、東京からの距離がどのくらいあるのかということによってかかる交通費を計算し、その中で新潟分だけを算出するというやり方もありますし、今回のように、行きのガソリン代は新潟県外で購入し、帰りのガソリン代は新潟県内で購入することを想定して計算する場合もあります。新幹線を乗り継いでくる場合は鉄道延長距離によって計算したりしますが、今回は半分にしています。「このくらいが新潟分ですよ」と厳密に推計するのは難しいんです。この点が、交通費を推計する上で一番難しい部分です。以上のように、主体がどのようなルート、交通手段を使うのかということを、きちんと押さえていきます。交通費と宿泊費が大きな割合を占めるので、非常に大切な部分になります。

交通費もそうですが、グッズを買ったり、飲食をしたりする際に、どの産業にお金が落ちていくのかを計算します。野菜を買ってきてキャンプ場で自分たちで料理し食べる場合、野菜は農産物なので農業部門になりますが、ここには商業や運輸・通信業のマージンも入っています。物を購入する時の価格は「購入者価格」、つまりマージンなどがすべて含まれているので、そのマージンを剥がしていきます。そうして算出される価格を

「生産者価格」といいます。Tシャツなどのグッズを買った場合は、繊維製品製造業と商業(マージン)、運輸・通信業(マージン)になり、ツアー費は旅行代理店(サービス業)、運輸・通信業、ホテル等(サービス業)というように産業活動部門別に支出を振り分けていきます。交通費は運輸・通信業。飲食費、宿泊費、運営費、出演料などはサービス業になります。サービス業には基本的に商業マージンや運輸マージンは発生しませんが、ビデオやCD(情報サービス)などを買った場合には発生します。

以上のように、いろいろな支出を各産業活動部門に振り分けていった結果、何に一番お金が落ちているのかを見てみると、運輸・通信業とサービス業です。これは道内でも道外でも一緒。つまり交通費をきちんと計算しなければ、大きな混乱が起きてしまうということです。

4)経済効果測定モデル(産業連関分析モデル)を作成する

 経済波及効果の推計には、産業連関表を使います。産業連関表とは、「1国、あるいは1地域において、1年間における財貨およびサービスの生産、消費、投資などの経済活動によってなされた、産業各部門の相互依存関係、産業部門と家計や政府などの最終需要部門間の相互関係および他地域との交易関係などの経済循環を総合的かつ計量的に1枚の表にまとめたもの」です。

 まずは、産業連関表(下図)を見てください。表頭(需要部門)は、財の販売構成(買い手の部門)を示し、各財を原材料として購入し生産活動を行う中間需要部門と、最終財として消費・投資・移輸出の形で処分する最終需要部門に大別されます。消費と投資は域内最終需要、移輸出は域外最終需要です。移輸入は域内の生産だけでは需要を満たしきれない分を域外の生産に頼っていることを示すので、控除項目となります。

 表側(供給部門)は、財の費用構成(売り手の部門)を示し、各財の生産活動に必要な原材料を供給する中間投入部門と、生産活動によって新たに付け加えられる雇用者所得や営業余剰などの粗付加価値部門に大別されます。中間需要部門(中間投入部門)を内生部門、最終需要部門や粗付加価値部門を外生部門と呼びます。

 表の見方ですが、産業連関表を部門ごとにタテ方向(列部門)の計数を読むと、その部門の財・サービスの域内生産額とその生産に用いられた投入費用構成の情報が得られます。また、部門ごとにヨコ方向(行部門)の計数を読むと、その部門の財・サービスの域内生産額及び輸入額がどれだけ需要されたかの産出(販売)先構成の情報が得られます。

 以上のようにして生産額を導き出すと、生産額(行)aと生産額(列)bは、必ず一致します。また粗付加価値の合計と最終需要−移輸入の合計も、一致します(二面等価)。

 産業連関表は「投入産出表(Input-Output Tables)」、略して「I-O表」とも呼ばれ、アメリカの経済学者レオンチェという人が作りました。彼はこの仕組みを開発したことによって、ノーベル経済学賞を受賞しました。この表によりどのような需要が発生したか、どのような生産活動が行われたのか、どのくらいの付加価値が生まれたのかということが分かるようになり、経済波及効果を推計できるようになったからです。この表を使うと経済波及効果だけでなく、GDP、経済成長率なども推計することができます。

 この表で自給率も推計することができます。自給率、つまり当該地域で発生する需要に対して当該地域の産業活動部門が供給できる比率は、経済波及効果の大きな問題になります。当該地域で供給できないものは、他の地域から移入又は輸入してくることになるので、その分の経済波及効果は他の地域で発生することになるからです。つまり、移入又は輸入する分は、自分の地域での生産活動が行われないことになり、経済波及効果がまったく発生しません。自分の地域での生産活動が行われることによって初めて、経済波及効果が発生するんです。地域の中で発生する各産業活動部門別の需要に「逆行列係数(1単位の需要が発生した場合に,各産業活動部門において直接・間接に誘発される全ての生産額を示す値)」というものを乗ずることにより、新たに生産がどれだけ生まれるのか、またそのうち付加価値はどのくらいか、付加価値のなかの雇用者所得額はどのくらいかということを推計します。そしてここから2次波及効果というものを計算します。ここで生まれた雇用者所得の65%から70%が消費に振り向けられますが、家計はどのような形で消費しているのかを見てきます。消費には習慣性があるので大きな変動はありません。したがって1年間でどのようなものを買っているのかということを、産業活動部門別に振り分けていきます。

 経済波及の形態を説明します。例えば、みなさんがパンを買ったとします。パンを作るためには小麦粉が必要です。小麦粉は食品産業が供給します。その小麦粉を作るためには小麦を育てなければなりません。小麦を育てるためには苗や種、また肥料なども必要で、農業部門や化学工業部門(肥料)の生産を誘発します。このようにどんどん遡っていくことによって、波及というものを見ていきます。

 経済波及効果には問題点もあります。いつ、どこの産業連関表を使って推計したのかということによって、中身がぜんぜん違ってくるんです。例えば長野県で行われた冬季オリンピックの経済波及効果を推計するとします。ここで長野県の産業連関表を使った場合、長野県の経済波及効果しか出てきません。全国の産業連関表を使えば、全国の経済波及効果が出てきます。ある地域の産業連関表を使うと、その地域の経済波及効果が出てくることになるんです。経済波及効果を調べる際は、いつの、そしてどの地域の産業連関表を使っているのかということを、よく見ておく必要があります。今回は2000年の産業連関表を使いましたが、これは2000年の経済構造と産業構造を前提にしています。2006年の経済波及効果なのに、その前提となっているのは2000年の経済構造だったりするわけです。実は一番新しい産業連関表は、2000年の分なんです。2016年の東京オリンピックの経済波及効果を推計する場合にも、2000年の産業連関表を使うんです。つまり、2016年からみると16年も前のものを使って、また逆に2000年からみると16年先のことを計算しなくてはならない。経済構造も産業構造も当然変化しているはずですよね。それに2000年の物価を前提に計算しなければならない。だからといって、2016年の経済構造や産業構造を予測した産業連関表をつくるということは至難の業です。そういう意味において、産業連関表には制約があります。それを理解していただければと思います。

5)経済波及効果を推計し、分析する

 RISING SUN ROCK FESTIVALの経済波及効果ですが、次のようになります。

@ 北海道以外の人たちが北海道内で使うお金は14億円。そこから生まれる経済波及効果として25億円   の生産が誘発されることになります。そのうち付加価値は14億円、雇用者所得に落ちるお金は8億    円です。

A   北海道の人たちも含めるとどのくらい北海道にお金が落ちるのかというと、需要は24億円、北海道   内で誘発される生産額は42億円、付加価値が24億円、雇用者所得が13億円となります。

B   全国でみると、需要が40億円、その経済波及効果として89億円の生産が誘発され、47億円の付加価   値が生まれ、雇用者には24億円のお金が落ちていきます。

 大切なことは、経済波及効果を分析した結果、どのようにして効果を大きくしていくのかということです。例えば、コンサートツアーに来た人たちにもっと北海道で観光させたいという場合、コンサートと周遊観光をセットにしたパッケージツアーなどを売り出していくというやり方があります。もう1つは、その地域で生産・供給できる仕組みを導入していくということ。需要があるが、その地域では生産していない商品については、その地域で産業を育てて他の地域から移輸入しなくてもいいように生産力を育成していくことを考える必要がありますね。


6)負の経済効果に対処する

イベントを開催することは、経済波及効果が生まれるというプラスの部分だけではなく、負の部分もあります。大きなイベントを開催すると万単位の人が一気に訪れるので、当然交通渋滞が引き起こされます。その度に地域の住民生活や産業活動に支障をきたすことになるので、できるだけ渋滞が起きる時間と場所をきちんと押さえ、生活者あるいはその地域における経済活動がこの渋滞を回避できるように仕向け、経済効果を負に持っていかないようにします。そのためにはコンサート開催についての広報活動が、非常に重要になります。広報が行き渡っていると、この時間帯の消費需要の一部は、事前か事後に発生してすることになりますので、「先取り効果」あるいは「取り戻し効果」が生まれ、したがって、経済活動に対する影響は、小さなものに留まることになります。

 廃棄物処理の問題もあります。リゾートやキャンプ場などから出る廃棄物は、基本的には地元の自治体が処理しています。大きなイベントになると、事業者である主催機構が出てくるゴミを徹底的に分別し資源をリサイクルしています。

 もう1つの負の問題は、騒音ですね。これも、地域の方に迷惑をかけないようにしながら、なんとか解決しています。


3.大規模野外コンサートの今日的意味を考える

1)新しい形の経済価値「経験」を創造する

 最後に、大規模野外コンサートの今日的意義について、2つの話をします。

 1つは、新しい形の経済価値「経験」を創造することです。例えば、子どもの誕生日にケーキを作ってお祝いをするとします。昔は原材料から手作りでケーキを作っていましたが、工業が発展したことによってケーキミックスなどが生まれ、少し加工すればケーキが作れるようになりました。サービスが向上すると、ケーキ屋さんでケーキを買えばいいという時代がやってきました。ところが「経験」の時代になると、イベント屋さんに子どもの誕生日パーティーそのものを依頼してしまいます。そうすることで、子どもの記憶に残る、感動を与えるようなパーティーを演出、提供するわけです。新しい「経験」という価値を生み出すという意味で、「経験」は「過去の経験、体験」ではなく、「今ここで感じる身体的、精神的あるいは美的な快楽、感動」を指しています。そういう意味で言うと、野外コンサートなどは、自然の中でゆったりと音楽を聴くという感動があります。農業経済から工業経済、サービス経済、そして経験経済へ。経験経済というものは今言ったように、記憶に残る演出を演出業者がするんです。これが、新しい形の経済価値です。

2)地域環境と地球環境の負荷低減活動の実践と啓発

 2つめは、イベント内での資源循環を目指すことです。まずはゴミを分別収集すること。そうすることで、今年使った紙コップは来年トイレットペーパーになります。ペットボトルはゴミ袋やリストバンドになります。資源ゴミをリサイクルすることによって来年に活かしていく。そういうことを徹底します。フジ・ロック・フェスティバルなどは徹底していますね。10団体を越えるNGO、NPOが参加していて、イベント内の一画で環境問題に対応するコーナーまで設けています。カーボンニュートラルやカーボンオフセットという言葉は、皆さんもお聞きになったことがあるかと思います。イベントを開催することで排出される沢山のCO2をすべて相殺してゼロにする状態を、カーボンオフセットと呼んでいます。フジ・ロック・フェスティバルでは、2日間で413トンのCO2が排出されると言われています。それに対して、約600本の植栽が行われます。600本の木が育っていく過程で、413トンのCO2を吸収してくれるというわけです。必ずしも1年間ですべてのCO2をゼロにするわけではありませんが、そのような取り組みも行われています。

オリンピックをはじめ最近のイベントでは、カーボンオフセットが付き物になっています。博報堂や電通もイベントのために数千トンのCO2クレジットを購入し、排出されたCO2をゼロに近づけられるような活動を行っています。今回の洞爺湖サミット(2008)でも、サミットで排出されるCO2の量をきちんと計算し、植樹あるいはクリーンエネルギーを使うことによってカーボンオフセットをしています。

フジ・ロック・フェスティバルにおいては、カーボンオフセットを2002年から始めています。最近ではJリーグのチームが、続々とカーボンオフセットを始めました。自分たちの主催するゲームで発生するCO2を相殺しようというわけですね。これからのイベントは、カーボンオフセット、カーボンニュートラルをしないと開催が認められないでしょう。そういう時代になってきています。野外コンサートはその先陣を切って、カーボンオフセットをやってきました。そういう意味において、野外コンサートは、環境問題に配慮した、非常に評価のできるものだと思っています。

 マイナスの要素で生まれた教訓を活かすことによって新しいイベントの在り方を考えさせてくれる、あるいはイベントに参加する人たちにもその考え方を提供するという意味で、野外コンサートは、特に環境問題の啓発活動に大変貢献しているのではないかと思っています。

―以下、質疑応答―

Q.経済波及効果を推計するためには膨大な費用と時間がかかると思うが、経済波及効果の推計を発注する人あるいは団体にはどのようなものがあるか。

A.東京マラソンや東京オリンピックなどは、東京都が発注している。これらは税金を使ったイベントなので、どれだけの経済効果が見込めるのかということを都民あるいは議会に理解していただく必要があるからだ。また「世界陸上」などは電通が権利を持っているので、電通側が経済波及効果を推計して地域に開催の話を持ちかける。そういう意味で、広告代理店が経済波及効果の費用を負担しているケースもある。2002年ワールドカップの場合には、日本サッカー協会を中心とした招致委員会という組織が推計を行ったし、そのほかスポンサーなどの企業も一緒に行う場合もある。

Q.講義の中で、これからは感動などの「経験経済」が重要になると話されていたが、そのような感動を経済波及効果として表すことは可能なのか。

A.感動や不安などの感情を計数として把握することに関しては、色々とトライしているが経済価値の1つとして評価するのはなかなか難しい。「感動計数」のようなものも作れるかもしれないが、従来とは違う価値基準にならざるをえない。リピーターなどをもとに計算していく方法も可能かもしれないが、貨幣価値として計算するのは非常に難しいだろう。これからトライしたい良い質問だと思う。

【参考HP】

平成12年北海道地域産業連関表 (2005年、北海道経済産業局)                     http://www.hkd.meti.go.jp/hoksr/h12renkan/12renkan.htm

・観光産業の経済効果に関する調査 報告書 (2006年、北海道経済産業局)                http://www.hkd.meti.go.jp/hokiq/keizaikouka/index.htm

RISING SUN ROCK FESTIVAL 2008 in EZO
 http://rsr.wess.co.jp/2008/index.html

RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006 in EZO
 http://rsr.wess.co.jp/2006/index.html

FUJI ROCK FESTIVAL‘08
 http://www.fujirockfestival.com/






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