第2回 2008年4月19日 「音楽配信はCDを超えるか」



講師: 水村 雅博 (みずむら・まさひろ) 先生

昭和24年2月4日生まれ
昭和47年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業
昭和47年4月、東芝EMI株式会社入社
平成 9年2月、同社TMファクトリー制作本部長
平成15年4月、同社執行役員セールス&マーケティングカンパニープレジデント
平成16年6月、同社取締役
平成17年8月、社団法人日本レコード協会業務部長
平成20年3月、同常務理事

「音楽配信はCDを超えるか」


はじめに

 最近新聞などでもよく、音楽配信がどんどん伸びる一方でCDは駆逐されるのではないかといった記事が目に付きます。われわれは、CDにはCDの良さがあるということをキャンペーンでもうったえていますが、一番心配なのは、若い人たちがレコード業界に入ってきてくれなくなってしまうということです。そこで私がこれからお話しすることが、みなさんに夢を持って音楽業界に入ってきてもらうための一助になればいいなと思っています。テーマでもある「音楽配信はCDを超えるか」には、文化的あるいは技術的な側面などさまざまな捉え方があると思いますが、私はビジネス的な側面にしぼってお話をしたいと思います。


1.社団法人日本レコード協会の役割

 レコード協会とはいったい何をするところなのか、知っている人はおそらくいないのではないかと思います。そもそも今やレコードなんかないし、いっそ「CD協会」にすればいいじゃないか、と思われる方もいるかもしれません。レコードとはその名の通り「記録物」を意味しています。DVDもカセットテープもCD-Rも、音をパッケージの中にとじこめた「記録物」です。これらは著作権上でも「レコード」という表記をしています。つまりレコード協会とは、「記録物」全般にかかわる業務をしているところです。

 1942年、レコード協会は「日本蓄音機レコード文化協会」という名前でスタートしました。当時の会員は6社だけでしたが、現在は48社です。このほかにレコード協会の会員ではないインディーズの会社があり、その数は1,000とも2,000とも言われています。それに比べるとレコード協会の会員数は非常に少ないのですが、日本の音楽パッケージや配信音楽の売り上げの95%以上を、この48社が占めています。

 レコード協会は著作隣接権管理団体業務という、いわば文化庁から認められた団体という側面を持っています。たとえばCDの音源をテレビやラジオに使った場合、放送局はレコード会社に使用料を支払う必要があります。同様にレンタルショップがCDを買い入れる際にも、使用料を支払わなければなりません。この、レコード製作者に対する使用料を徴収することができる団体が、レコード協会です。著作権を持っているのは著作権者と著作隣接権者で、著作権者は作詞・作曲家、著作隣接権者は実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者などが含まれています。後者のレコード製作者である著作隣接権者の委任を受けて使用料を徴収できるのが、レコード協会というわけです。


2.音楽関連産業の規模

 音楽産業とはどのくらいの規模で成り立っているのでしょうか。2006年の統計を見てみると、音楽ソフト生産額は4,084億円となっています。書籍・出版業界の約4分の1ほどです。この数字は、豆腐業界と同じくらいの規模なんです。油揚げを足したら、豆腐業界のほうが大きくなるくらいです。もしもヒット曲が生まれれば、レンタルやカラオケやコンサートなどにも波及するので、音楽関連産業全体への波及効果そのものは、1兆4,000億円ほどになります。

 レコード産業はハイリスク・ハイリターンのビジネスです。私が制作に携わっていた10年ぐらい前の話ですが、3人組のあるビッグネームのアーティストと契約を結んだことがありました。どういった契約内容だったかというと、売り上げの15〜20%をアーティストサイドに支払うというものでした。この際に使われるのが、ミニマムギャランティとアドバンスという言葉です。ミニマムギャランティ(最低保証)はアドバンス(前払い金)として支払い、その後の売り上げから取り崩していくという仕組みです。たとえば、契約時に200万枚売れた際のアーティスト側の取り分を、前払い金として支払います。そしてその後の売り上げから、前払い金分を差し引いていくというわけです。200万枚売れれば約40億円もの売り上げになるので、仮にアドバンスを16%とすると、6億数千万円を前払い金として支払わなくてはなりません。しかしここで危険なのは、もしも200万枚も売れなかった場合でも、その前払い金は返還されないということです。実際に私が契約したこのアーティストの場合も、200万枚に達しませんでした。


3.音楽キャリアの変遷

 エジソンが蓄音機を発明したのは1877年。その次に生まれたのが、貝殻を原料とするSP盤です。それから塩化ビニールを原料とするLP盤が生まれ、そしてポリカーボネートを使っているCDが生まれました。この間にもカセットやMDなどが登場していて、音楽とはさまざまなパッケージを乗り換えながら発展してきたという見方ができると思います。

 SP盤のピークは1936年で、売り上げは3,000万枚でした。レコード盤のアルバムのピークは1976年で、9,500万枚です。CDアルバムのピークは1998年で、3億300万枚。この年は宇多田ヒカルが16歳でデビューした年です。翌年3月に『First Love』というアルバムを出し、売り上げは国内だけで800万枚に達しました。アジアでもミリオンヒットを出して、現在は990万枚です。本当にすごいですね。しかしCDは1998年をピークに減少し続け、昨年まで9年間連続で下がっています。ここにきて、CDは配信というパッケージ以外のものに取って代わられつつあるという論調も当然出てきています。


4.お隣韓国の実例

 実はもうすでに取って代わられた国がありました。韓国です。韓国では2003年に配信がCDの売り上げを抜きました。韓国では無料の音楽配信が跋扈していて、お金を払って音楽を聴くという習慣がなくなってきています。最近は政府も力をいれて違法配信を取り締まっているので違法配信は減ってきているようですが、一度落ちたCDは二度と立ち上がることができない状況になっています。それに韓国では2002年から2004年にかけて、5,800軒あったCDショップが350軒にまで激減しました。韓国の人口は4,800万人なので、14万人に1軒しかCDショップがないという計算になります。日本は人口1億2,700万人に対して約7,000軒のCDショップがあるので、2万人弱に1軒。その数は韓国の約7倍なので、まだまだいいほうです。また韓国では、2005年に10万枚以上突破したCDが2タイトルしかありませんでしたが、日本は昨年のデータによると、10万枚売れたのは266作品。10万枚売れると「ゴールドディスク」といいます。ちなみにミリオンは3作品で、ミスチルとコブクロとEXILEでした。配信に取って代わられるとはいっても、日本ではCDはまだしっかり残っています。

【ここで「第22回日本ゴールドディスク大賞授賞式」のDVDが上映されたのち、水村先生が持って来られた実物のゴールドディスク大賞トロフィーを見せてくださいました。】


5.世界の音楽市場の状況

 世界の音楽市場はどうでしょうか。2007年1〜12月のアメリカ音楽市場は、前年比でパッケージはマイナス18.5%、配信はプラス26.6%、合計でマイナス11.7%です。イギリスでは配信データが分かりませんが、パッケージはマイナス16.3%。フランスではパッケージがマイナス19.2%、配信がプラス16.6%、合計でマイナス17.4%となっています。これらの数字を見ると、必ずしも配信の売り上げが上がったからといって、パッケージの落ち込みをオフセットできているというわけではないということが分かります。日本はというと、昨年のパッケージはマイナス4%で、9年連続ダウンしています。一方、配信がプラス41%で、トータルでは1%上がっています。

 CDショップの数も各国同じように減っていて、日本では60数店舗あるHMVも4〜5年前にアメリカから撤退しましたし、タワーレコードも一昨年の12月に倒産しています。今のアメリカ音楽市場を支えているもっとも大きなCDショップは、ウォルマートという世界一の巨大ディスカウント店です。2位はベストバイという家電量販店。3位は配信のiTunes、4位はインターネット通信販売のアマゾン、5位がターゲットというディスカウンターです。トップテンにはインターネット通信販売や家電量販店、ディスカウンターなどが入っていますが、専門店は1軒しかありません。それにウォルマートなどのディスカウンターに行くと、CDの数はせいぜい3〜4,000枚程度しかなく、ターゲットにいたっては800枚ぐらいしかない。これじゃ商売になるはずがないと思うのですが、彼らはこれで商売をする気はありません。ウォルマートは衣料品、食料品、家電品などを中心としているので、客を呼び込むためにCDを12ドルで仕入れて9ドルで売るなんてこともありえるんです。このようにアメリカでは、CDで通常のビジネスをしている販売店はほとんどなくなりつつあります。同時に日本における洋楽の売り上げも非常に落ちてきています。なぜならインターナショナルな音楽の供給源であるはずのアメリカの、新しい才能や楽曲を世界に広めていく力が、ものすごく弱くなってきているからです。レコード会社の力が弱くなったのです。

 世界の音楽市場の状況はさまざまなところで変化が起こっていて、たとえばイギリスではレディオヘッドがEMIとの契約を切って、CDを出す前にまず配信でアルバムを供給しました。しかも値段は付け値、つまりユーザーの好きな価格でいいという形をとったんです。またプリンスは、自分の音楽を新聞の付録として供給しました。マドンナはワーナーから離れて、アメリカの大手コンサート運営会社ライブ・ネーションと契約を結びました。契約金は日本円でおよそ120億円で、アルバムだけの契約ではなくコンサートツアーの興行やキャラクタービジネスなど、マドンナの活動によって生まれるビジネスすべてにかかわる契約です。最近はU2も、このライブ・ネーションと契約しました。レコード会社は形無し、です。


6.日本の音楽市場の状況

 さきほども述べたように、日本の音楽市場は前年比プラス1%でしたが、CDは9年連続減少しています。それに比べて音楽配信がものすごく伸びているんですね。音楽DVDにかんしては、500億円をキープし続けています。アメリカやイギリス、フランスと比べてみると、1%とはいえどもプラスになっているのは日本だけです。それに配信16%に対してパッケージは84%。いくらパッケージの売り上げが減少傾向にあるといっても、まだまだ圧倒的なボリュームを占めています。ただ配信が伸びていることは確かです。日本レコード協会では2005年から配信の実績を取っていますので、それを参考に話を進めていきたいと思います。

 2004年の配信売り上げの推定値は150億円ですが、翌2005年には343億円、2006年には535億円、昨年は755億円にまで伸びています。日本の音楽配信で顕著なのは、iTunesなどのインターネットがなかなか伸びてこないということです。一方でモバイルは急増しています。他の国のモバイルとインターネットの平均比率は5:5ですが、日本では9:1でモバイルのほうが上です。これにはいくつかの理由があります。まず日本における第3世代携帯電話の普及が早かったことや、auさんが音楽コンテンツに力を入れているということです。またレコード会社が直接音楽を配信していることも理由のひとつです。アメリカをはじめとした世界の国々では、レコード会社は1曲売れたらいくらといってライセンスするだけで、専門の配信業者によって音楽が配信されています。日本ではレコード会社が音楽の配信をしているので、曲の特性に合わせて曲を選んでその楽曲に見合うもっとも適当な価格を設定したうえで、キャリアや配信会社などに楽曲を提供しています。韓国でもモバイルは強いですが、利益のほとんどをキャリアが占めていて、レコード会社には残りません。キャリアとは、日本でいうところのドコモさんやauさんやソフトバンクさんなどです。

 インターネットを使った音楽配信の伸び悩みの背景には、レンタルショップの存在があります。レンタルは借りに行ったら返しに行かなくてはならないのが難点ですが、価格は圧倒的に優位で、当日返却の場合だとシングル盤で100円、新譜のアルバムでも250円ほどです。配信だとアルバムの場合は1,500〜2,000円ほどかかるので、これだけの差が出てしまうとなかなかインターネットは伸びにくいだろうと思います。逆にインターネット配信がもっと便利でリーズナブルになれば、レンタルショップが困る状況が生まれるかもしれません。

 音楽配信が年々伸び続けているのは事実ですが、では配信はパッケージを超えるのでしょうか。最近の配信は着うたフルにシフトしつつあります。着うたフルは1曲まるごとダウンロードできるので、これが圧倒的に便利ならばCDシングルが世の中から消えるということは容易に想像がつきます。それにアメリカにはシングルがありませんし、イギリスにもほとんどありません。それでも日本では、過去3年間のCDシングルは毎年6,000万枚以上をキープしています。しかしそれに対して配信はものすごい勢いで伸びてきています。


7.日本の音楽産業の特徴―欧米との差―

 日本の音楽産業は、欧米と比べて何が違うのでしょうか。アメリカのウォルマートやターゲットなどの量販店に置いてあるCDの数は、せいぜい数千枚ですが、日本ではレコードショップがしっかりと残っていて、そこに供給されるタイトル数も非常に豊富です。日本のタワーレコードやHMVは、6〜10万枚のCDを抱えているので、お客さんの側にも、かなり豊富な選択肢を提供できていると思います。それに日本は国内盤が多い。どこの国にもその国にとっての国内盤があり、世界でもっとも国内盤の比率が高いのはアメリカで93%にも達していますが、その次は日本で77%です。ちなみにイギリスは50%、ドイツは47%、フランスはやや高めで63%です。

 また日本には、再販売価格維持制度があります。独占禁止法ではメーカーが小売店の商品の価格を契約して決めることを禁じていて、これに反した場合は独占禁止法違反になりますが、新聞や書籍・雑誌、あるいはCDなどの音楽著作物は例外にあたり、メーカーがお店と契約して価格を決めることができるんです。この制度があるのは、音楽において先進国では日本だけです。規制緩和の流れのなかではこの再販制度がいつも槍玉にあがりますが、この制度があるおかげで、最終的に音楽文化の芽を摘んでしまうようなことを避けることができていると考えています。日本のレコード会社48社のうち、4社は外資(ユニバーサル、BMG、EMI、ワーナー)ですが、これら4メジャーもはじめは再販売価格維持制度を嫌っていました。プロテスタントの倫理と資本主義の精神に基づく自由競争がベストだというわけです。再販売価格維持制度についても、自由競争を阻害しかねないものについては本国が認めないという話もありました。しかしこの制度が日本の音楽文化にとって非常に重要なものであるということに、4メジャーもようやく気が付いてきたように思います。ウォルマートのように安く手に入ればいいんだということになれば、新しい音楽が創造されて皆さんのもとに届けられるというサイクルが阻害されてしまいます。そのためにも、日本における再販制度は維持しなければならないということを、みなさんもご理解していただければと思います。

 日本の音楽産業の特徴はほかにもたくさんあります。全国に数多くのCDショップがあること。レンタルによって音楽を楽しめることも、大きな特徴でしょう。それに他の国に類を見ないほどパッケージの海賊版が少ない。中国では85%以上が海賊版ですし、ロシアやインド、海外の主要国でも海賊版は出回っています。また日本では、音楽配信におけるモバイル環境が非常に充実しています。


8.日本のレコード産業の努力

 日本では1998年をピークにパッケージの売り上げが落ちたため、メーカーはコストセーブに入りました。新人の投資にはとてもお金がかかるので、その時期に新人のデビューは減る傾向を見せます。しかし今は、新しい才能が開花してこそ音楽ビジネスも伸びていくんだということで、新人のデビューに非常に力を入れています。2000〜2005年までの6年間では、1,414組のアーティストがデビューしました。ただ、このなかで10万枚のヒットに達したアーティストは57組、4%という低い確率です。業界では自虐的な意味で「千三つ」という言葉をよく使います。つまり1,000発撃っても3発しか当たらないという意味です。しかしその3発でなんとかビジネスを維持していかなくてはならない。アーティストを見る才能がないからだと言われればそれまでですが、アーティストと契約するときに単に歌が上手いからという理由で契約することはまずありません。ディレクターが描いたイメージ通りに成長するアーティストもいれば、思っていたよりずっと成長するアーティストもいるし、反対にあまり成長しないアーティストもいます。どっちにしろ、かなりの数の弾を撃たなければ、新人の成功は望めないんですね。また日本のレコード産業は、年間2万タイトルの新譜を出しています。この数は、毎日新しく55作品を出しているのと同じ数に相当します。


9.音楽CDができるまで

(図)音楽CDができるまで

 上の図は、CDができるまでの工程を表したものです。実際には最初に「アーティストの発掘」があり、オーディションを行ったり、送られてきたデモテープを聴いたりする作業が入っています。アーティストをトレーニングしたあとは、歌ってもらう楽曲の作詞・作曲家を決めます。この際、誰にアレンジを頼むかということも非常に重要です。準備が整ったらスタジオに入って録音を行います。レコーディングが一番の決め手になるので、アーティストの才能をもっともよく引き出せるように、何度も何度も繰り返しレコーディングが行われます。音は分割してレコーディングするので、あとからピアノの音を入れたりするミックスダウンをします。それからマスタリングと呼ばれる工程で、マスター(原盤)をつくります。パッケージしかり、配信しかり、そこから作品が生まれていくわけです。CDの場合には、その次にカッティングという作業が入ります。そしてCDプレス、製品が完成します。

 マスタリング以降の工程は、CDと配信で処理が異なります。ということは、当然かかるコストも違います。一番お金がかかるのは、制作費・宣伝費です。またプロデューサーに支払うプロデュース代、アレンジャーに支払うアレンジ代、バックミュージシャンたちに支払うお金やスタジオ代もあります。アルバム1枚12〜3曲作った場合は、およそ1,500〜2,000万円かかります。そのほかプロダクションに支払う契約金、アーティスト育成費、ツアー援助費なども制作費のなかに入っています。契約金は数千万〜数億円という単位なので、非常に大きいんですよ。このように作品の制作には固定的に大きな額が発生します。そして、ほとんどのレコード会社はCDの売り上げで制作費用を賄っているのではないでしょうか。一見、配信はモノを作らなくて良いし返品もないので儲かるように思われますが、ローリスク・ローリターンなのです。レコード会社はパッケージを売るハイリスク・ハイリターンの、100発打って4発の成功で、ビジネスを展開するように今はなっているんです。配信の売り上げだけではビジネスを続けるのは難しい状況です。


10.ユーザーからの視点

 メーカーサイドの勝手な話ばかりしてきましたが、テーマでもある「音楽配信はCDを超えるか」とは、最終的にはお客さんが決めることです。便利でリーズナブルなのが配信であれば、パッケージは要らないという人たちが増えてくるのは当然のことです。では実際にユーザーは、どのような考えを持っているのでしょうか。レコード協会では毎年ユーザーの実態調査を行っていて、定点観測的に動態変化を調べています。いくつか参考にしながら話を進めていきたいと思います。

 配信の動向は、iPodをはじめとした携帯オーディオプレーヤーと大きな連関があります。男性のiPod保有率と女性のiPod保有率は、大学生男性では67%、大学生女性では63%という保有率です。じつに3人に2人がiPodを持っているんですね。そのiPodのなかに入っている音源のソースは、購入したCDが圧倒的に多い。みなさんもCDライブラリをお持ちだと思いますが、CDだと新譜だけでなく旧譜も入れることができます。音源ソースで次に多いのは、レンタルしたCDアルバムです。それにしても、レンタルCDが多いのはちょっとした衝撃ですね。なぜなら、わざわざ借りに行ったり返しに行かなくてはならないからです。それに比べて配信音楽をiPodに入れている方は、まだまだ少ないようです。

 携帯電話の機能も、配信の動向を大きく左右します。着うたフルまでの配信に対応している携帯電話を持っている人もいれば、着うたまで、着メロのみ、あるいは配信には対応していない携帯電話を持っている人もいますし、なかにはどれに対応しているのかわからないという人もいます。着うたフルまでの配信に対応している携帯電話を持っているのは高校生が一番多く、男性71%、女性73%、大学生では男性53%、女性66%となっています。一方で配信に非対応の携帯電話を持っているのは、40代以上の方が多いようです。わからないと答えた方も、配信に対応している携帯電話をお持ちだとしたら非常にもったいないと思います。

 音楽配信を実際に利用したことがあるかという調査については、はじめは着メロがだんとつでしたが、昨年になってようやく着うたが着メロを抜きました。着うたフルも、2005年から伸びてきています。単価は着うたフルが一番高いので、金額的には着うたフルが一番大きくなっています。ユーザーの希望も、着うたフルが一番高い。これだけ着うたフルが支持される理由は何かというと、ひとつは好きな曲・欲しい曲だけ選んで入手できることです。これは、レコード業界に突きつけられた大きな問題でもあります。なぜならアーティストに、アルバムの曲10数曲をすべて聴きたいと思える曲にしてくれというのは難しいですし、だからといってアルバム全曲の宣伝をするのはまず無理だからです。この点をカバーできるのが着うたフルの強みですね。またいつでも持ち歩くことができることや、いつでもどこでも音源を入手することができるという理由もあります。それにパッケージと違って場所をとらないということも、着うたフルをはじめ音楽配信の魅力だと思います。

 日本はインターネットを使った音楽配信がモバイルに比べると非常に低いという話をしましたが、インターネット自体の利用率は意外に高いんですね。実態調査の結果、男性は50代までの6割以上、女性も40代までの6割以上が使っているようです。60代になるとさすがに利用率は下がりますが、それでも3割は超えています。昔と比べて、キーボードに対するアレルギーがかなりなくなってきたのではないでしょうか。インターネットの有料音楽配信の利用率は、2007年は9%で、その内5.4%の方が過去半年に利用したことがあるという結果が出ています。モバイルを使った着うたの利用経験率(29%)や着メロの利用経験率(27%)に比べると、まだまだ低いのが分かりますね。インターネットの音楽配信の利用はなぜ低いのか、ユーザーがインターネットで有料音楽配信を利用した際の不満な点を見てみましょう。まず、ジャケットや歌詞カードがないということです。続いて値段が高い、コピーや転送ができない、曲種が少ない、検索が面倒、手続きが複雑、支払いが不安、音質が悪い、支払いが面倒、などが挙げられます。

 以上の調査結果をもとに考えられる、ユーザーが望む音楽環境とはどのようなものなのでしょうか。まず豊富な種類から自分の好みに合った楽曲が選択できる環境であることや、刺激的な新しい楽曲やジャンルに接したいということ。あるいはお店やインターネットでパッケージを購入したり、レンタルでCDを借りたり、配信で音楽をダウンロードできるなど、さまざまな音楽の入手方法があったほうがいい環境ですね。またいろいろなハードで、いろいろな場所で、いろいろな人と音楽を聴けるという楽しみ方の選択。そしてリーズナブルな価格であること。以上のような環境が、ユーザーにとって望ましい音楽環境であるといえると思います。


11.エルマーク

 音楽配信が伸びているのは事実ですが、ビジネスを阻害する配信が増えているのもまた事実です。レコード会社は送信可能化権という権利を持っていて、この権利によってサーバにアップロードし、みなさんがダウンロードできる環境をつくることができます。この権利を持っていないにもかかわらずアップロードした場合は権利を侵害したことになります。また誰かがそれをダウンロードすれば被害が発生します。その被害総数は、年間で約4億ファイルにものぼっています。それに対して正規の着うた・着うたフルは、年間で約3億3,000万曲なので、違法音楽配信に抜かれてしまっています。調査によると、携帯ユーザーの37%は違法にアップロードされたものをダウンロードして音楽を入手していて、中学・高校生の携帯ユーザーは、半数以上が違法サイトを利用しています。またその利用者のうち14%は、違法にもかかわらず送信可能な状態にアップロードした経験もあるという結果が出ています。

(図)エルマーク エルマーク(左)とは、違法音楽ファイルに、「これは違法です」というマークを付けることができない代わりに、「これは権利者が了承しています」ということを証明するマークです。レコード協会の会員はもちろん、インディーズにも開放しています。今では、のべ134社の約800サイトにこのマークが入っています。エルマークによって有料配信の9割以上がカバーできていて、現在アニメ業界などにもこのマークを使っていただけるように働きかけています。イメージしやすいように、エルマークのPRのCMを見ていただきましょう。

【配信音楽PRのCM「携帯音楽を守りたい」が上映されました。】


さいごに

 新しい才能、新しいジャンル、新しい作品が豊富に出てこなければ、配信であれパッケージであれ、先細りになるのは間違いないだろうと思います。そのためにも、われわれは「音楽の創造サイクル」というものを主張しています。毎年数多くのアーティストが多額の投資によってデビューしたり、作詞家・作曲家・ミュージシャンの方も非常によく頑張っています。CDを世に出すレコード会社の努力も、創造サイクルのなかの一部です。

 みなさんも、音楽を今まで通り楽しんでください。それから新しい音楽がどんどん生まれるためにも、たまには音楽の創造サイクルについて考えてくださると嬉しいです。そして、ぜひ夢を持って音楽業界に入ってきてください。最後は駆け足になりましたが、ありがとうございました。


―以下、質疑応答―

Q. 音楽事務所が採用したいと思うのはどのような才能を持った人なのか。

A.  色々なパターンがあります。

1. ライブスポットで何回も演奏を行い、聴衆をひきつけるパワーが上がってきているアーティスト(出演するには自分たちでチケットを購入したりしなくてはならず、ライブを継続することは大変だと思いますが)
ライブスポットにはレコード会社の新人発掘担当やライブを仕切るイベンターの方が来ています。そうした方たちが「あのバンドの観客動員が上がってきている」というような話をしていると思います。
これは街頭のライブでも同じです。動員数増がキーです。

2. .オーディションの場合は、抽象的ですが、うた(声、楽曲)に特徴があること、
また、1曲だけで契約にまで行くことは難しいので、自分の歌の引き出しに何パターンか色合いの異なるバリエーションがあること。

3. 「尊敬するアーティストはいません」というアーティストもいますが、やはり自分の音楽のバックグラウンドとして音楽を聞き込んできた事が必要と思います。
決して単なる真似では道は開けませんが、必要だと思います。

 話は違いますが、私がレコード会社の制作の責任者をしていた時、アーティスト契約を結ぶかどうか判断する際は、アーティストにほれ込んだディレクターの説得力を判断材料にしました。もちろん契約条件も判断材料になりましたし、結果何回も失敗しましたが、レコード会社であれ、音楽事務所であれ、接触してくれた人が「私はこのアーティストに自分の人生もかける」と思い込むまで誠実に売り込むことも必要だと思います。

 なお、レコード会社のディレクターは、アーティストと契約する際に、そのアーティストの将来を預かってしまった、という責任を感じるものです。


【参考文献・ホームページ】
・『日本のレコード産業2008』 (社)日本レコード協会刊
・(社)日本レコード協会 http://www.riaj.or.jp/




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水村先生