立命館の学生・生徒であれば一度は歌ったことのある校歌。この校歌ができたのは1931(昭和6)年7月です。
『立命館学誌』の同年9月号(145号)に「立命館大学校歌成る」の記事があり、明本京静作詞・近衛秀麿作曲の校歌の歌詞が掲載されました。同年の『立命館学誌』12月号には楽譜も掲載され、翌年1月号には、12月19日にコロンビアでレコード吹込が行われ発売されることになったとの記事があります。
歌詞についてはその後いくつかの変形がみられたため、1976(昭和51)年に統一がされました。
なお、元の歌詞は2番までありましたが、時代にそぐわない部分があったため、1990(平成2)年に至って2番を正式に廃止し、また外山雄三氏により編曲がされました。
この立命館大学校歌も、2大学、4中学校・高等学校、1小学校の総合学園となりキャンパスも京都・滋賀にとどまらず九州・北海道まで広がったため、1998(平成10)年に「現在の校歌を学園歌とする。立命館大学は引き続き立命館大学校歌とする。各附属校は各校の判断に委ねる。立命館アジア太平洋大学は独自の校歌をつくることを基本としその判断を委ねる」と決まりました。
現在の正式な歌詞は、以下の通りです。
あかき血潮 胸に満ちて 若人真理の 泉を汲みつ
仰げば比叡 千古のみどり 伏す目に清しや 鴨の流れの
かがみもとうとし 天の明命 見よわが母校 立命 立命
(ただし、『立命館学誌』145号は、満ちて→みちて、伏す目→ふす目 です。)
校歌は1931年7月につくられ、レコードの吹き込みが12月に行われた。指揮は作曲者の近衛秀麿。