4月といえば入学式、新年度の開講です。
さて、昔の立命館の最初の入学式や開講はどのようなものだったのでしょうか?
1900(明治33)年5月19日に認可された私立京都法政学校(立命館大学の前身)は、6月5日に上京区東三本木丸太町上ルの清輝楼を仮校舎として開校式が行われ、授業が始まりました(注)。入学者は305人、入学金1円、月謝が1円50銭でした。
開校の頃の教員はほとんどが京都帝国大学の教授で、憲法・井上密教授、民法・岡松参太郎教授、刑法・膳鉦次郎教授、行政法・織田萬教授などでした。
講義時間は午後5時から9時までの各1時間4講時です。
1904(明治37)年1月発行の『私立京都法政専門学校一覧』によると、学年暦は9月11日から12月15日までが秋学期授業、1月11日から6月30日までが春学期授業となっています。当時の学制は高等学校、大学とも3年で、9月入学、7月卒業でした。立命館大学(専門部)の入学時期(学年の開始)が9月から4月に改正されたのは、1919(大正8)年からです。
1948(昭和23)年4月に新制の立命館大学が設置されますが、1950年の学年暦は、4月24日入学式、4月17日理工学部開講、4月25日法・経済・文学部開講です。
(注) 講義の開始を6月4日とする資料もあります。京都法政学校仮校舎・清輝楼。1900年6月東三本木丸太町上ルに開校したが、翌年12月広小路に移転