Research

研究概要

光は太陽から大量に供給される再生エネルギーとして、また、ミクロな環境を非侵襲、非接触で観察するプローブとして、さまざまな分野で活用しています。当研究室では、光によって様々な機能を発現する「光機能材料」の機能、特に励起状態(エネルギーを受け取った状態)を理解し、その独自の視点から従来にはない新奇な、そして最終的には革新的な光機能を示す材料を創出することを目指して研究を行っています。

私たちは、フェムト秒から秒オーダーの幅広い時間領域にわたる「時間分解分光」技術を積極的に活用し、有機分子、無機材料問わず、さまざまな材料を用いて物質の色、発光、化学反応などの新しい「光機能」を開拓する研究を行っています。具体的には、フォトクロミック材料(光を当てると物質の色が繰り返し変化する材料)、サーモクロミック材料(熱によって色が可逆的変化する材料)、光エネルギー変換材料、光触媒材料などが挙げられます。このような材料は基礎科学研究として重要なだけでなく、触媒、塗料、印刷、レンズ、化粧品、ディスプレイなど、さまざまな産業分野における未来材料としても注目されています。私たちは、従来の枠を超えた、これまでの世の中にない世界初の物質や機能を創出することを研究の目的としています。

            6-NitroBIPS(スピロピラン系フォトクロミック分子)のトルエン中におけるフォトクロミック反応

研究内容の一部は 、"第六回 "光"機到来! Qコロキウム(2020年9月7日)でのオンライン発表がChem-Station公式Youtubeで無料公開されていますので、ぜひご参照ください(以下リンク)。

 "第六回 "光"機到来! Qコロキウム(2020年9月7日)

 

半導体ナノ結晶を用いた熱消色型フォトクロミック材料の開発

 光を当てると色が変化し、光照射を止めると生じた着色状態が室温近傍の熱エネルギーによって自動的にもとの色へと戻る現象は熱消色(T)型フォトクロミズムといい、調光レンズをはじめとしてさまざまな分野で産業的に応用されている。T型フォトクロミック材料として重要なものが消色速度(熱消色速度)であり、この速度が速いものを、高速フォトクロミック材料という。高速フォトクロミック材料は、青山学院大学の阿部二朗教授らが開発した架橋型イミダゾール二量体()を皮切りに、さまざまな分子系へと一気に展開を遂げた。その一方で、それらの開発分野は現状有機分子に留まっている。これらの高速フォトクロミック分子は高い着色特性をもち、また熱消色速度を置換基などの導入により自在に変調できることから、フォトクロミック材料としての優位性は高い一方、物質合成が多段階に及ぶこと(製品のコストに直結)、化学構造の大きな変化に伴う熱消色速度の大きな温度依存性が課題となっていた。
 その一方、資源として豊富に存在し、価格が極めて安く、且つ大量合成が可能なフォトクロミック材料は古くから知られており、無機材料である酸化チタン、酸化亜鉛、硫化亜鉛などが挙げられる。しかし、これらのような無機材料のフォトクロミック反応は光反応効率が低く、また熱戻り反応が極めて遅かった(例えば硫化亜鉛では数時間以上)ため、産業用途として着目されてこなかった。

 このような背景の中、我々は銅イオンをドーピングした数ナノメートルオーダーの硫化亜鉛(ZnS)ナノ結晶において、偶然これらの材料が従来の無機材料にはない高速なフォトクロミック反応を示すことを見出した。時間分解拡散反射分光、電子スピン共鳴分光、量子化学計算による多角的な解析により、この固体粉末におけるフォトクロミック反応は、秒から分オーダーにわたる超長寿命の電荷分離状態によって生じていることが明らかになった(Fig. 1)半導体ナノ結晶を用いた高速T型フォトクロミズムは前例がなく、また原材料は極めて安価に大量合成できることから、基礎、応用両面においてさまざまな波及効果が期待される。

56. Fast T-Type Photochromism of Colloidal Cu-Doped ZnS Nanocrystals
Yulian Han, Morihiko Hamada, I-Ya Chang, Kim Hyeon-Deuk, Yasuhiro Kobori, Yoichi Kobayashi
J. Am. Chem. Soc.2021, 143, 5, 2239–2249. DOI:10.1021/jacs.0c10236. (Supplementary Journal Cover)

 

・温度に依存しないフォトクロミック材料

 有機分子からなるT型フォトクロミック分子は、反応に伴う化学構造変化が大きいことから、一般に温度に大きく依存する。この温度依存性特性は窓ガラス、建材をはじめとした屋外用フォトクロミック材料において極めて重要な課題となっていた一方、フォトクロミック分子の構造変化を小さくすることは容易ではなかった。その一方、CuドープZnSナノ結晶の粉末固体のフォトクロミック反応は10-55℃の温度領域において温度にほとんど依存しないという特殊な性質を示す。時間分解分光および熱重量測定などの詳細な解析により、これらの特殊な温度依存性は、ナノ結晶表面に吸着している水の脱吸着の温度依存性と電子ホッピングの温度依存性が逆の相関をもち、それらが室温近傍において絶妙に相殺しているために生じることが明らかになった。逆の温度依存性特性を用いて温度依存性を相殺する概念は他のさまざまなフォトクロミック分子系にも展開できるため、今後更なる研究により、外気温に依存しないフォトクロミック材料の開発が期待できる。

61. Origin of the Anomalous Temperature Dependence of the Photochromic Reaction of Cu-Doped ZnS Nanocrystals
Yusuke Sanada, Daisuke Yoshioka, Yoichi Kobayashi
J. Phys. Chem. Lett., 2021, in press. https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.1c02386 (Supplementary Journal Cover)

 

 

新奇フォトクロミックラジカル複合体の創製

 フォトクロミックラジカル複合体とは、ラジカル解離型フォトクロミック分子として知られる架橋型イミダゾール二量体(a)を基として、二つのラジカル部位をフェニル基などに置換したT型フォトクロミック分子であり、イミダゾリルラジカルとフェノキシルラジカルを置換したフェノキシル-イミダゾールラジカル複合体(PIC)が2015年に初めて報告された(b)。この分子骨格の強みは、さまざまなラジカル種を組み込むことで多種多様なフォトクロミック分子を創出できることである。我々はフェノールとフェノチアジンの酸化反応の類似性に着目し、フェノチアジン-イミダゾリルラジカル複合体(PTIC)を創出した。幅広い時間領域にわたる時間分解可視、赤外分光測定により、この分子はフェノチアジン部位の強い電子ドナー性により光励起後にヘテロリシスが起き、その後電子移動が起こることによってビラジカル種である開環体を生成するという特異なT型フォトクロミズムを示すことが明らかになった。

53. Photochromic Radical Complexes That Show Heterolytic Bond Dissociation
Ryosuke Usui, Katsuya Yamamoto, Hajime Okajima, Katsuya Mutoh, Akira Sakamoto, Jiro Abe, Yoichi Kobayashi
J. Am. Chem. Soc.2020, 142, 10132–10142. DOI: 10.1021/jacs.0c02739 (Supplementary Journal Cover)

57.Extending the lifetimes of charge transfer states generated by photoinduced heterolysis of photochromic radical complexes
Yasuki Kawanishi, Katsuya Mutoh, Jiro Abe, Yoichi Kobayashi
Asian J. Org. Chem.2021, 10, 891–900. DOI:10.1002/ajoc.202100032

 

 

短寿命励起状態を活用する新材料創成

 物質が吸収した光エネルギーは全てを活用できるわけではなく、一般に高いエネルギーを受け取ったとしても、そのエネルギーは物質の最低励起状態まで熱失活によって迅速に失われてしまう。このエネルギーの損失は基礎光化学分野ではKahsa則(厳密にはKasha則は発光現象のみで提唱されたが、近年では近年では広義解釈されている)、太陽電池の分野ではShockley–Queisser limit(単相p-n接合太陽電池では理論最大光変換効率は約33%に制限される)などとよばれ、光エネルギー変換における重要な課題となっている。高い電子励起状態を活用できない最大の要因は、高励起状態の寿命が極めて短いことである。逆に言えば、この励起状態を適切に制御できれば、今まで活用できなかった、機能的に魅力的な短寿命の励起電子状態を積極的に活用できる可能性がある。

過渡状態を活用した光機能材料に関しては、以下の総説をご参照さい。
41.Stepwise two-photon absorption processes utilizing photochromic reactions
Yoichi Kobayashi, Katsuya Mutoh and Jiro Abe
J. Photochem. Photobiol., C, 2018, 34, 2-28.

 我々は、有機分子の高励起状態の電子を別の準安定な電子状態に移すことができれば、高励起状態特有の高い酸化還元状態を実反応にも応用できるのではと考えた。この考えのもと、機能性有機分子を半導体ナノ結晶に配位させた有機-無機複合ナノ材料を着想した。このナノ材料は機能性分子とナノ結晶を溶液中で混合するだけで複合体を形成でき、また無機ナノ結晶は誘電率が高いために電子状態が広がっており、高励起状態で有機分子と強く相互作用していることが期待される。可視光応答機能分子としてペリレンビスイミド(PBI)、半導体ナノ結晶として硫化カドミウム(CdS)を用いたモデル物質(PBI-CdS)において2つの超短励起パルスを用いた過渡吸収測定を行ったところ、0.5-0.7もの高効率でPBIの高励起状態から電子移動が起こり、CdSナノ結晶の伝導帯でナノ秒オーダーまで励起状態が長寿命化されることが明らかになった。PBIの高励起状態の寿命は10 ps程度であることを考えると、実に100倍近く励起状態寿命を長寿命化できたことになる。この原理検証をもとに、ナノ結晶部位の伝導帯準位をさらに高めていけば、可視、近赤外光を用いてベンゼンアルカンなどのUBC領域にしか感度のない物質を直接還元できる新しい材料系になることが期待される。

 

55. Green and Far-Red-Light Induced Electron Injection from Perylene Bisimide to Wide Bandgap Semiconductor Nanocrystals with Stepwise Two-Photon Absorption Process
Daisuke Yoshioka, Daiki Fukuda, Yoichi Kobayashi
Nanoscale2021, 13, 1823-1831. DOI: 10.1039/D0NR08493J.