STORY #4

人間と自然とのつきあい方を
サンショウウオに学ぶ。

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  • 環境動態解析
  • アジア

神松 幸弘

立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)専門研究員

生態の不思議を解き明かす
はじめの一歩

森林の奥深くにひっそりと潜むように生息するサンショウウオ。体長20cm以下、四本の手足に長い尾、体全体を粘膜で覆われたこの両生類は、よく見ると、どこかユーモラスで微笑ましい。しかし自然界でその姿を見つけることは、専門家にも極めて困難だ。繁殖期、産卵のために水辺に集まるところが目撃される以外、ふだんはどこに生息し、何を食べているのか、その生態はほとんど分かっていない。現在日本で20数種、世界では約500種が発見されているが、他にどれほど種類がいるかもはっきりしない。神松幸弘は、そんな分からないことだらけのサンショウウオに着目し、生態を明らかにしようとしている。

サンショウウオ

「まず突き止めたいのが、サンショウウオの食性です」と神松。それが分かれば、生態系内での位置づけ、生息域や季節ごとの移動の有無といった行動形態など、多くのことが判明する。しかし自然界のサンショウウオが何を食べているのかを知ることは、口で言うほど簡単ではない。そもそも個体を見つけるのが難しいことに加え、どの種も絶滅を危惧されている希少種のため、たとえ捕獲できても安易に解剖して胃の内容物を調べることはできないからだ。

そこで神松は、サンショウウオの食性を調べる新しい分析手法を開発しようと試みている。体を覆う粘液を分析し、粘液に含まれる炭素や窒素の安定同位体比から食性を突き止めようというのだ。安定同位体分析は、食物網を解析する方法として広く知られている。先行研究では、魚類の粘液を用いた安定同位体分析が報告されているが、サンショウウオではまだ例がない。

サンショウウオの粘液採取

炭素や窒素、水素といった生物の体を構成する基本元素には、質量数の異なる安定同位体が存在している。食物連鎖では、植物を食べた小動物がより大きな動物に食べられ、さらに大きな動物に捕食される。食べられると、その生物の体内にある炭素や窒素も捕食者に取り込まれる。質量数が高い同位体は体内に残存しやすく、食べられるたびに次の捕食者の体内で濃縮していく。濃縮率は一定のため、生体の安定同位体比を測定すれば、その生物が食物連鎖のどの栄養段階にいるのか、あるいは食物連鎖の起源となる植物が何かを推定できるのだ。「それはいわば、生態系の循環の痕跡を追っていくようなもの」と、説明する神松。その他、年代測定に用いられる放射性同位体も重要な手がかりになると考えている。

「安定同位体分析をサンショウウオの粘液という未知の試料に適用する場合、まず知らねばならないのが、炭素や窒素の濃縮係数です」と言う神松は、京都水族館が飼育する9種類の日本産固有種のサンショウウオを用いて、濃縮係数の算出に挑んでいる。それは米ぬかだけを与えてコオロギを飼育するところからはじまる。食物連鎖の起源をはっきりさせたこのコオロギをエサとしてサンショウウオに与えるためだ。体内の安定同位体の比率が安定したところで粘液を採取して安定同位体比を測定し、濃縮係数を導き出す計画だ。

サンショウウオ

京都水族館での粘液採取作業。プラスチック・ケースに1匹ずつ、15分間サンショウウオを閉じ込める作業を4~5回繰り返し、ケースに付着した粘液を採取する。

サンショウウオ

サンショウウオのエサとして特別に育てられたコオロギ。安定同位体比を正しく測定するために、米ぬかだけを与えて飼育される(衣笠キャンパス)

サンショウウオ

粘液試料の乾燥。プラスチック・ケースに付着した粘液はグラスフィルターに染み込ませて乾燥し、これをスズ箔に包んでから分析装置で測定する。

サンショウウオ

炭素・窒素安定同位体分析装置(Flash EA & ConFlo IV & DELTA V ad: Thermo Fishier社製)。粘液試料は燃焼されガス化した後にそれぞれの同位体の質量を定量する。測定作業はモニターにリアルタイムで表示される波形のビークを観察しながら行われる。

「この手法を確立できたら、実際に日本各地に生息する野生の個体で安定同位体比分析を行い、食性を探りたい。さらには『世界のサンショウウオ生息域の首都』ともいわれる北アメリカ東部グレートスモーキーマウンテン国立公園に生息するサンショウウオでも分析し、日本産サンショウウオと比較したい」と意気込む。北から南まで広範囲に20数種が分布する日本のサンショウウオとは異なり、同国立公園では、限られたエリア内に約30種類が生息している。「多様性のあり方が異なるサンショウウオの群集を比較すると、どんなことが分かるのか。心が躍ります」

木の穴に潜るエゾサンショウウオ(飼育個体)。彼らのお気に入りの隠れ家は木の中。野生のサンショウウオたちは私たちが想像もしないような場所に潜んでいるのかもしれない。

サンショウウオの生態研究は、単に未知の生物の実態を知るというだけに留まらない。神松は、生物の適応を環境変動と関係づけて研究することで、人間と環境との関係にも視座を広げる。「人間はこれまで自然を制御することで、環境や気候の変動から自らの命や生活を守ってきました。しかし、近年世界で頻発する地震や洪水などの災害を目にするにつけ、自然を制御することによる防災の限界を痛感します」と言う神松は、研究を通じてこう問いかける。「サンショウウオは、自然界における水のダイナミックな変動に適応しながら今日まで生き延びてきました。自然のかく乱に対し、私たち人間はどのように対応していくべきか。サンショウウオの生態から学ぶこともあるのではないでしょうか」

神松 幸弘

神松 幸弘
立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)専門研究員
研究テーマ:サンショウウオ類における生態的機能と環境変動との関わり
専門分野:環境動態解析、環境影響評価、自然共生システム、地理学、進化生物学

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環太平洋文明研究センター

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安定同位体分析とは?
安定同位体とは?

地球上のさまざまなモノを構成する元素の中に同位体を持つ元素がある。同位体は、陽子と電子の数が等しいため化学反応は似るものの、重さが違うので反応速度が変わる性質を持つ。なお時間とともに崩壊するものを放射性同位体と呼び、自然界に安定して存在し続けるものを安定同位体と呼ぶ。たとえば水素には1Hと2H、炭素なら12Cと13C、窒素では14Nと15Nの安定同位体があり、頭についた数字の分だけ重さが異なる。「安定同位体分析」は大気や水の循環、古気候の復元、生態系の食物網構造の解明など、地球科学に欠かせないツールとなっている。

動物の食性を調べるということ

生き物の餌を知ることは意外と難しい。最初のアプローチは捕食行動の観察であろう。しかし、比較的大型の動物(たとえば馬が草を食むように)でなければ、何を食べているか分からないし、「ありのまま」の姿を見せてくれる野生動物は少ない。次に胃内容物の解剖は、対象動物を広げられるものの、胃に残る内容物は一回(もしくは極めて短い期間)の食事に過ぎず、正解を探るにはたくさん解剖しないといけない。さらに、胃に残るもの全てが消化吸収され、血や肉へと同化されるとは限らない。このような従来の食性調査の課題を克服できる手法が安定同位体分析である。

安定同位体による食物推定の原理

同位体の持つ質量数(重さ)の違いによって、化学反応の速度が変わることを「同位体効果」という。生物において、物質が体内へ取込まれ、また代謝により体外へ放出される過程で同位体効果が生じ、生体の同位体比(重い元素と軽い元素の比)を決める(図1)。炭素同位体比(δ13C)は植物によって異なる。これは環境の違い(水域と陸域など)や光合成の仕組み(C3植物かC4植物など)に由来する。動物の同位体比は、餌との間に一定の濃縮係数(discrimination factor (D))が知られている。δ13Cは「食う-食われる」関係においてあまり変化しない。そのため結果的にδ13Cは食物連鎖の起点を知る指標となる。また、窒素同位体比(δ15N)は栄養段階(TL)が1つ上がる毎に一定(たとえば筋肉では3〜4‰)に上昇するため、図2の式で動物のTLを推定できる。また、生体の安定同位体比は、過去の一定期間の食性の積分値を反映することも利点の一つである。

飼育実験でDファクターを解明!

本研究では、サンショウウオの「粘液」を使って食性を推定する手法の開発を目指している。粘液を使うことでサンショウウオを傷つけずに行える利点は大きい。一番の難題は濃縮係数が筋肉とは異なることである。そのため、米ぬかのみを与えたコオロギを一定時間与え続けて、粘液の濃縮係数を探る実験を行っている。なお、この実験は貴重なサンショウウオを一同に揃え飼育・展示する京都水族館の協力なしには実現できなかった。また、エスペック(株)の地球環境研究・技術基金の研究助成によって進めることができた。末筆に記し感謝を申し上げる。

図1 食物連鎖と炭素(δ13C)および窒素(δ15N)安定同位体比の関係の模式図

図1 食物連鎖と炭素(δ13C)および窒素(δ15N)安定同位体比の関係の模式図。
米ぬか(C3植物)と配合飼料(主原料は魚粉)では、食物連鎖の起点が異なるため、炭素同位体比が大きく異なり、それを食べる動物もその影響を受ける。一方、窒素同位体比は、栄養段階(TL)ごとに3〜4‰程度高くなる(筋肉を測定した場合)ことから、生態系の食物網構造を示すことができる。​​

図2 濃縮係数(Discrimination factor (D))を解明する実験。

図2 濃縮係数(Discrimination factor (D))を解明する実験。
サンショウウオに配合飼料や野菜を与えたコオロギを3ヶ月間餌に与えた後、半年間米ぬかのみで育てたコオロギを餌に飼育する。任意の時間間隔で粘液を採取し安定同位体比を測定する。サンショウウオ個体および、個体間の値のばらつきが小さくなったところで、米ぬかコオロギの同位体比との差分を取り、濃縮係数(D)を算出する。​

飼育実験でDファクターを解明!

本研究では、サンショウウオの「粘液」を使って食性を推定する手法の開発を目指している。粘液を使うことでサンショウウオを傷つけずに行える利点は大きい。一番の難題は濃縮係数が筋肉とは異なることである。そのため、米ぬかのみを与えたコオロギを一定時間与え続けて、粘液の濃縮係数を探る実験を行っている。なお、この実験は貴重なサンショウウオを一同に揃え飼育・展示する京都水族館の協力なしには実現できなかった。また、エスペック(株)の地球環境研究・技術基金の研究助成によって進めることができた。末筆に記し感謝を申し上げる。

2015年12月24日更新