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次世代に向けて期待が高まる窒化物半導体の結晶成長技術を開発。

出浦 桃子DEURA Momoko

立命館グローバル・イノベーション研究機構 准教授
研究テーマ

異種基板上への窒化物半導体結晶成長

専門分野

結晶工学、電気電子材料工学、薄膜・表面界面物性

研究テーマをお教えください。

出浦:学生時代から一貫して半導体の結晶成長や特性評価について研究してきました。現在はIII族窒化物半導体に焦点を絞って研究しています。

半導体といえばシリコン(Si)がもっとも多く利用されています。これに対して、私が扱っている窒化ガリウム(GaN)などのIII族窒化物半導体は、ヒ化ガリウム(GaAs)に代表されるIII-V族化合物半導体と並んで、Siとは異なる分野で活用されています。

半導体は原子を規則的に配列させた結晶になって機能を発現します。窒化物半導体は青色・白色LEDなどの発光デバイス、受光デバイス、トランジスタなどの電子デバイスなど、さまざまな用途に期待されています。しかし、さらなる結晶品質向上が求められており、結晶成長技術の進展が不可欠です。私はIII族窒化物半導体の結晶成長メカニズムの解明と、特性を制御するための結晶成長技術について研究しています。

これまでの研究成果をお聞かせください。

出浦:デバイスに用いる半導体薄膜は、基板上に結晶成長させて作製します。基板と薄膜は同じ物質であることが望ましいのですが、III族窒化物半導体の場合は、サファイアやSi、シリコンカーバイド(SiC)などの異種基板上に結晶成長させる「ヘテロエピタキシャル成長(ヘテロエピ)」が一般的です。ヘテロエピで高品質な結晶を成長させるのは極めて難しく、世界中で活発に研究・開発が行われています。

私はこれまでSi基板上にGaN結晶を成長させる技術の開発に取り組んできました。ヘテロエピの場合、基板と成長層の物性の差を和らげるため、基板上にバッファ(緩衝)層を成長させるのが一般的ですが、バッファ層が約3µmと厚いのが課題でした。バッファ層が厚いほど結晶成長のコストが高くなります。そこで私は、Si基板を加熱しながら炭素原料を供給する「Si表面炭化」という非常に簡便な手法を用いて、Si基板表面をSiC薄膜で被覆したSiC/Si基板の利用を提案しています。このSiC/Si基板上にGaNを成長させたところ、結晶の配向が揃った平坦なGaNの連続層が成長でき、低コストで高品質なヘテロエピ技術の可能性を示すことができました。

現在注力されている研究をお聞かせください。

出浦:新たな挑戦として、窒化物半導体をこれまで利用されていなかった熱電デバイスの材料に応用するプロジェクトを進めています。

携帯電話・パソコンや家電製品から大規模な工場・発電所まで、エネルギーが使われると必ず熱が発生します。現在はほとんど廃棄されているこれらの排熱をエネルギー源として再利用したいと考えたのが、研究の発端でした。しかし熱を他のエネルギーに変換することは本質的に非常に困難です。私たちは熱電変換技術を応用することでこの難題を克服しようとしています。

光・電子デバイスでは多くの場合、機能を発現するために必要な層(活性層)は10nm程度と非常に薄くてよいのですが、熱電材料では100nm以上の膜厚が必要です。これはヘテロエピが必須な窒化物半導体にとっては非常に不利です。一方、光・電子デバイスの性能を高めるためには均質な結晶が必要ですが、熱電材料の場合は、むしろ不均質な方が有利と言われています。実は窒化物半導体は、構造の乱れた結晶を作りやすいなど、熱電材料に有利な特長を多く兼ね備えています。そこで私が持っている結晶成長の知見や技術を生かして、熱電材料に適した窒化物半導体の結晶を作れるのではと考えました。まずは材料本来の熱電特性を明らかにするとともに、構造制御によって熱電変換性能を高める方法を検討しています。目指すのは、最も利用効率の低い100℃以下の低温排熱の熱電変換効率を実用レベルまで高めること。この技術に蓄電池を組み合わせることで、排熱利用の実用化が見えてきます。

結晶成長技術開発についても進展をお聞かせください。

出浦:最近では、新しい基板を使った窒化物半導体の結晶成長技術の開発にも取り組んでいます。ヘテロエピでは、結晶を形成する原子配列の一単位あたりの大きさである格子定数が異なるために、積層過程で成長層に欠陥が生じやすくなります。加えて窒化物半導体の結晶成長は500~1000℃の高温で行う必要があり、基板と成長層の熱膨張係数の違いから、室温への冷却時に基板が反ったり割れたりします。

私たちの研究室で新たな基板材料として着目しているのがScAlMgO4(SAM)です。SAMと窒化インジウムガリウム(InGaN)は格子定数が等しい上に熱膨張係数差も小さく、ヘテロエピで問題となる物性値差が小さいので、高品質な結晶が成長できると考えています。高品質なGaNやInGaNの結晶成長技術が確立できれば、青色だけでなく黄色や赤色の高効率な発光デバイスも期待されるので、窒化物半導体だけで三原色を実現できます。またSAMは雲母のようにはがれやすい性質を持っており、成長後に基板を剥離して再利用できれば、コスト低減にも役立ちます。将来の実用化も見据え、他大学・企業と共同研究を進めています。