第4回 2008年10月18日 
「実演家と著作隣接権〜実演家の権利が直面する攻勢〜」


講師:椎名 和夫(しいな・かずお)先生

1952年生まれ。東京学芸大学付属高等学校卒業後、ムーン・ライダースの結成に参加。脱退後は、スタジオ・ミュージシャン、編曲、プロデュース等の活動に転じ、井上陽水、山下達郎、吉田美奈子、甲斐よしひろ、中森明菜、光GENJI、中島みゆき、他多数のアーティストのレコーディング、ステージでの演奏や編曲、プロデュースを担当。
1986年駒沢にスタジオ・ペニンシュラ設立。同年12月、中森明菜「DESIRE」で第28回日本レコード大賞受賞。
1995年演奏家団体パブリック・イン・サード会(PIT)設立。
1998年演奏家権利処理合同機構Music People’s Nest(MPN)設立。
<現職>潟yニンシュラ代表取締役、パブリック・イン・サード会代表幹事、Music People’s Nest代表幹事及び事務局長、(社)日本芸能実演家団体協議会常任理事・同実演家著作隣接権センター(CPRA)運営委員、(社)日本音楽スタジオ協会顧問、文部科学省文化審議会著作権分科会「私的録音録画小委員会」委員、文部科学省文化審議会著作権分科会「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」委員、総務省情報通信審議会「デジタルコンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」専門委員、デジタル時代の著作権協議会「CCDビジネス研究会」副主査、M/J−CIS代表幹事

「実演家と著作隣接権―実演家の権利が直面する攻勢―」




はじめに

いま反畑先生にご紹介いただいたように本来私はミュージシャンで、自己紹介代わりに僕がギターを弾いている曲を一曲聴いていただこうと思います。
【山下達郎『BOMBER』が流れました】
これは山下達郎の『BOMBER』という曲ですが、知ってる人いますか?…知らない人は、家に帰って、お父さんかお母さんに聞いてみてください。僕のかなり初期の頃、1979年のレコードです。ギターを弾いたり、アレンジメントをしたり、プロデュースをしたり、そんなことをやってきました。

1.自己紹介〜背景等〜

まず、僕がこういうことをやるようになった背景を少しお話ししたいと思います。僕が高校3年生のときは1970年で、ちょうど「70年安保」がありました。安保というのは日本とアメリカが軍事同盟を結んでアメリカに日本を防衛してもらう条約・軍事同盟で、その改定について世論は分かれて、大学や高校でも学園紛争が起こった政治の季節でした。安保条約自体は結局自動更新されてしまい、そういう運動も下火になって、そのような人たちにとっては敗北感が漂いますが、そういう現象が俗に「しらけ世代」なんて言われて、以後は逆にあまり政治的なことにムキになって発言するのは格好悪いという価値観が出てきた時代です。そんな時代に『ウッドストック』という映画がありました。これは1969年にアメリカのウッドストックで行われたロックフェスティバルに関する記録映画で、僕はそれを観てロックミュージックというものにすごく惹かれました。そして友達とバンド活動を始めて学校でやっていたりするうちに、プロのバンドの「はちみつぱい」に誘われて参加し、その「はちみつぱい」から「ムーンライダース」というのが形成されて、そこでギターを弾き始めたのが、プロとしてのキャリアの始まりです。
 そのバンドは数年間やりましたが、音楽性の違いなどがあって、脱退してからは、一人でスタジオミュージシャンの仕事を始めるようになります。スタジオミュージシャンというのは、いろんなプロデューサーやアレンジャーがアーティストの依頼を受けてレコーディングをする時に、セッションメンバーとして参加して演奏するというような仕事です。中島みゆきさんとか井上陽水さんとかそういった人たちのレコーディングを担当しました。いま聴いてもらった達郎さんの曲もそうです。
 1986年にはプロデュースやアレンジメントの仕事が多くなり、自分でレコーディングスタジオを作り、そこを中心に活動するようになります。その年に中森明菜さんの『DESIRE』をアレンジして、レコード大賞をいただいています。
 そういうふうにミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーみたいな活動をずっと続けていたのですが、ある日ミュージシャンの団体をやっている人から電話がかかってきまして、「実演家には著作隣接権という権利があり、そういう権利については芸団協というところが取り扱っているが、そのお金をちゃんと分配していないんだよ」と。で、「それをみんなにきちんと分配されるようにする活動を一緒にやりませんか?」と言われました。僕はその当時、ちょうど音楽をやることにちょっと疲れていたので、じゃあそんなこともやってみようかなと思って「いいですよ」と返事してしまったのが、この仕事に関わるきっかけになりました。
 実演家の著作隣接権というのができたのは昭和45年です。その実演家の権利については、指定管理団体制度という制度がありまして、文化庁の指定する団体だけが行使できると決められていて、それが芸団協という団体です。しかし、そういう権利から徴収されてくるお金をなかなか芸団協は分配していなかったのです。実際に権利者に分配するようになったのは平成に入ってから。だから約20年間は団体でそのお金をガメてしまっていたということになります。
 一方で僕らミュージシャンにとっては、そのような権利とか法律というものにあまり親和性がないというか、どうでもいいよという部分があります。でも、そうではいけないのではないか、権利についてきちんとクリエイトしていこうと、1995年にスタジオミュージシャンの団体を作りました。パブリック・イン・サード会という、いろんなアーティストのレコーディングに参加しているスタジオミュージシャンの人たちが集まった団体です。そしてその一年後の96年からは芸団協の徴収・分配を専門的に取り扱うCPRA(実演家著作隣接権センター)という団体の運営委員として参加しまして、それ以降12年関、集められたお金を権利者に分配するための細かいデータを収集して管理する仕事を、CPRAの中で担当しています。

2.CPRAとは

CPRAは3つの団体から構成されています。まず先ほどの社団法人日本芸能実演家団体協議会、これが芸団協という組織です。それから社団法人日本音楽事業者協会。これは渡辺プロダクションとかホリプロダクションとか田辺エージェンシーとか吉本興業など、大手のプロダクションが集まっている団体。そして社団法人音楽制作者連盟。こちらはいわゆるニューミュージック系、ニューミュージックという言葉ももはや死語ですが、つまり大手の老舗のプロダクションに対して、比較的新しく出てきた新興のプロダクションによる団体です。その3者が集まって著作隣接権センターCPRAを運営しています。僕はまた、芸団協の中の演奏家のキャラクターを代表する団体、MPN(演奏家権利処理合同機構)の代表もしています。
 CPRAの主な事業は、「商業用レコードの貸与の許諾と使用料・報酬の徴収と分配」。これはCDレンタルに関する使用料の徴収です。そして「商業用レコード二次使用料の徴収と分配」。これは何かというと、ラジオやテレビでCDをかけたときにその使用料を実演家に払う決まりになっていて、その使用料を徴収しています。それから「私的録音・録画補償金の分配」。家庭内の私的な使用を目的として録音・録画をするときには補償金を払わなければならない法律があります。その補償金というのは、録音・録画に使用されるデジタル機器や記録メディアの値段に上乗せされて徴収されています。そして徴収された補償金がメーカーに入って、それを我々が受け取って権利者に分配するという形です。大きく分けてこの3つ種類のお金を徴収し、先ほど言いましたCPRAを構成する3団体を通じて国内の権利者、つまりアーティストやミュージシャン、俳優やお笑い芸人さん、そういう人たちに分配しています。
 このほかに最近新しく始まったのが、「商業用レコード実演に係る放送用録音及び送信可能化の許諾と使用料の徴収と分配」。「送信可能化」というのは実演をネットワークに流す際の権利で、ネットでの配信が盛んになってきた最近に始まった新しい権利処理です。もうひとつ「放送番組の二次利用(レコード実演を除く)の許諾と使用料等の徴収と分配」。放送番組をネットで流すとその中にはレコードなどの音楽も入っているし、俳優さんの映像実演も入っているということで、こちらも新しく出てきた分野の徴収と分配です。
 また、海外の団体とも協定を結び、国内と同じように海外の権利者に分配をしています。大体このような業務をCPRAは行なっています。

 はじめに言いましたように僕はもともとミュージシャンですが、ミュージシャンの権利というところから入ってCPRAの活動をやっていくうちに、いろんなきっかけで政府の委員会などに出て行かなければいけなくなり、いつの間にかこういう立場になってしまったというのが正直なところです。インターネットなどで「椎名和夫」とたたくと、著作権のロビイストだとか悪口を書かれて、まるでネットユーザーの天敵のように言われていますけれど、むやみに権利拡張をしようと思ってやっているわけではないんです。自分たちミュージシャンの権利をちゃんとしようというだけのことなんですが、一方で、2000年を過ぎたころからアンチコピーライトという考え方、要するにネットワークで非常に便利になっているのだから著作権なんかどうでもいいではないか、ただで使えるようにしろよというような風潮が明らかに出てきています。そういうある種のフリーライド、フリーユースという傾向が出てきて、当初はすごくマイノリティでしたが、次第に国の制度や法律にもそういうことを盛り込もうとするような動きまで出てきています。
 こうした状況に対して実演家の権利を預かっている団体としては反論していかなければならない。その活動の結果、著作権のロビイストなどと言われるようになってしまいました。
 いま著作権や著作隣接権の権利者が抱えている状況はすごくシリアスで、さまざまな著作権に関する法律やルールが、権利者の権利を制限する方向で変更されようとしています。
 世界的に見ても、確かに4、5年前は、ヨーロッパでも著作権や著作隣接権の権利者が苦境に立ったという場面がありましたが、やっぱりそれぞれの国の文化やコンテンツを担う人を大事にしようよという方向にシフトしてきて、権利制限の動きはむしろ収まってきています。しかし日本ではまだそういう風潮が吹き荒れている。そこで目下のところの僕の仕事としては、そういうものに対するある種の反論をしていくこと、防戦をしていくことがメインになっているということです。その内容について、僕の関わっている様々な場面の一部分について、時間の許す範囲内でお話しをしていきたいと思います。

3.「補償金制度」と「ダビング10」

【「補償金制度」と「ダビング10」】

年月日

私的録音録画補償金制度の見直しに関する経緯

コピーワンスの見直しに関する経緯

2004年

4月 5日

BS/地上デジタル放送のスクランブル化に伴いコピーワンスが導入される

2005年

7月29日

総務省(情報通信審議会)が「著作権の保護、視聴者の利便性の確保及び受信機の普及の両立に向けコピーワンスの運用改善に関係者一体となって対応していく 必要がある」との内容の第2次中間答申を発表

http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/050729_11.html

2006年

1月12日

文化審議会著作権分科会が報告書。

iPod等の追加指定先送りのほか私的録音録画補償金  制度の抜本的見直しを提言

4月 6日

文化審議会著作権分科会に私的録音録画小委員会設置

8月 1日

総務省が「全ての放送番組をEPNの取扱としていく方向で検討する」との内容の第3次中間答申を発表http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060801_4.html

9月28日

総務省が「デジタル・コンテンツの流通の推進等に関する検討委員会(デジコン検討委員会)」を設置、権利者・消費者・放送事業者・メーカーの4者による検討を開始

12月19日

総務省デジコン検討委員会にて、コピーワンスでもEPNでもない解決策を検討する方向性が固まる

2007年

5月31日

文化庁 平成19年第4回私的録音録画小委員会開催。JEITA委員がデジタル放送の録画については補償の必要なしと言明

7月17日

権利者87(現89)団体が「コピーワンス問題と補償金制度に関する緊急声明」を発表(記者会見第1弾)

8月 2日

総務省が「権利者への対価の還元を前提にダビング10を実施する」との内容の第4次中間答申を発表http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/070802_4.html

10月12日

文化審議会・私的録音録画小委員会が中間整理を公表。
私的複製の範囲の見直し(著作権法第30条)のほか、私的録音録画に用いられるものが補償金の支払対象ではない大容量の機器等に移行する一方で著作権保護 技術が発達しつつある状況下における補償の必要性、録音録画機器等の提供に着目した補償金制度の具体的な仕組み(対象機器・記録媒体の範囲や決定方法、補償金の支払義務者等)につき、これまでの審議結果を整理http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07101103.htm

10月16日

JEITAが同中間報告に対する見解を公表

11月 9日

権利者87(現89)団体からJEITA会長宛に公開質問状を送付(記者会見第2弾)

11月28日

文化庁 平成19年第14回私的録音録画小委員会開催。JEITA委員より関連する発言なし

12月 7日

JEITA担当者がニュース・サイトのインタビューに答えて、公開質問状には回答する気がないことを言明

2007年

12月12日

権利者87(現89)団体は、JEITA会長より公開質問状に関する書簡を受領

12月17日

権利者87(現89)団体が、総務省の検討と文化庁の検討におけるJEITAの主張の矛盾を指摘(記者会見第3弾)

12月18日

文化庁 平成19年第15回私的録音録画小委員会開催。文化庁が著作権保護技術(DRM)の発達・普及を前提に20XX年には私的録音録画を30条の範囲外とする事務局案を提示、概ね各委員の了解を得た

12月19日

JEITA町田会長が、上記事務局案をJEITAとして尊重する旨表明

2008年

1月15日

権利者87(現89)団体が「CULTURE FIRST〜はじめに文化ありき〜」と題する行動理念を発表(記者会見第4弾)
http://www.culturefirst.jp

1月17日

文化庁 平成20年第16回私的録音録画小委員会 開催。
文化庁が、著作権保護技術の発達を受けて将来的に 補償金制度による対応を縮小するものの音楽CDの録音と地上デジタル放送の録画については当面補償金制度による対応が必要とする事務局案を提示。各委員検討のため持ち帰り

2月19日

総務省デジコン検討委員会にて、Dpaから「第4次中間答申に掲げられた理念を念頭におき検討を進めており、 条件が整った場合、ダビング10の実施を6月2日に実施するべく予定している」との発言

2008年

4月 3日

文化庁 平成20年第1回私的録音録画小委員会開催。
JEITA委員より、「文化庁案に沿ってバランスの取れた解を見つけるため真摯に努力する」との発言あり

4月 4日

権利者89団体がJEITA発言を好評価(記者会見第5弾)

4月11日

総務省デジコン検討委員会にて、ダビング10の実施日の確定にあたり、第4次中間答申でこれを提言した際の前提の実現状況をこの委員会で検証することを確認し、フォローアップWGが設置される

5月 8日

文化庁 平成20年第2回私的録音録画小委員会開催。
1月17日事務局案を詳述した資料と、これに基づく具体的な制度設計案について議論。
JEITA 委員は「補償金制度の縮小・廃止の道筋が見えない」として、事務局に対しJEITAの質問に書面で回答するよう要求

5月29日

文化庁 平成20年第3回私的録音録画小委員会開催延期

権利者89団体がJEITAに対し事務局案を尊重して早期に補償金制度問題を解決するよう要請(記者会見第6弾)

5月30日

JEITAが「私的録音録画補償金問題に係るJEITAの見解について」を発表

6月16日

権利者89団体からJEITA会長宛に公開質問状(第2弾)を送付

6月17日

文科相・経産相がブルーレイディスク及び同録画機器を私的録画補償金の支払対象に加える旨をそれぞれ発表。
内容に係る具体的な説明はなし

2008年

6月17日

権利者89団体が「両大臣のコメントには戸惑いと失望を感じざるを得ない」との声明を発表

6月18日

JEITAが「経済産業省と文部科学省による「ダビング10の早期実施に向けた環境整備」に係るJEITAの見解について」を発表

6月19日

権利者89団体は、JEITA会長より公開質問状に関する書簡を受領

総務省デジコン検討委員会にて権利者から、消費者の利便性を踏まえ「ダビング10の実施期日の確定」を提案

6月20日

1月17日(5月8日)事務局案を撤回したわけではないと渡海文部科学大臣が会見

6月24日

権利者89団体が「CULTURE FIRST〜はじめに文化ありき〜」の第2回イベントを開催(記者会見第7弾)

6月27日

総務省が、「文化審議会における補償金制度の検討の早期の合意形成を期待する」「当審議会としては補償金制度以外の側面からクリエーターへの対価の還元の具体策を今後継続して検討していく」との内容の第5次中間答申を発表
http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/080627_7.html

7月 4日

ダビング10実施

2008年

7月10日

文化庁 平成20年第3回私的録音録画小委員会開催。
1月17日(5月8日)事務局案に対するJEITAの質問に事務局が回答。それでもJEITAは議論を開始した当初と変わらぬ頑なな主張を繰り返すばかりである ため議論は進展せず。
同委員会終了後、JEITAは記者懇談会を開催、同様の発言に終始

まずは別資料【「補償金制度」と「ダビング10」】を使って話をしていきたいと思います。私的録音・録画補償金制度は1992年に法律ができました。家庭内など私的な範囲内で著作物を録音・録画する場合は権利者の権利は制限されて、ユーザーが自由に行えることになっています。自由には行えますが、しかし一方で、デジタル方式でコピーする場合は、著作物を使用するお金を「補償金」と形で権利者に支払わなければならない、という法律です。けれども、ユーザーがコピーをする際にいちいちお金を支払うことなんか当然できませんので、コピーに使われる機械やメディアの価格に料金を上乗せする方法で徴収されています。この徴収額は、録音に使われる機器では1台当たり機器の定価の80パーセントの2パーセントと決められていますが、皆さんご存じのとおり今は、機器の値段がオープンプライスという形になっていて、ほぼ定価というものが存在しません。例えばビックカメラでは6万円のものが、町の電気屋さんでは8万円であったりする。そのように非常にグレーなのですが、一応基準となる値段を定めて、その2パーセントということに決まっています。
 それから上限価格というのが決まっていて、機器については1,000円を超えない範囲でとなっているので、高い機器に関しては一律1,000円ということになっています。
 ではメディアはいくらかというと、メディアも値段の2パーセントと決まっているのですが、こちらもご承知のとおりオープンプライスで、例えばCD-Rなどはどんどん値段が下がっています。10枚でいくらという売り方になっていて、何を基準に2パーセントなのかというのが明確に決まっていませんが、とにかく法律では2パーセントと決まっています。それから録画に関しては 1パーセントです。録音機器と同じで上限価格はありますが、録画機器の1パーセントおよび録画に使われるメディアの1パーセントと決まっています。

 法律ができた当時は、録音・録画に使われる機器本体があって、そこにメディアを差し込んでコピーをし、そしてデータの入ったメディアを抜いて保存するということを前提に機械ができていて、法律もそのように書かれています。ところが最近では音楽やビデオを録音・録画機器と切り離された媒体に記録するのではなくて、機器に内蔵されたハードディスクそのものに保存するわけです。そうすると、機械とメディアが別体になっていることを前提としている法律では、iPodや一体型のビデオレコーダーなどのハードディスクに録音・録画するものを、私的録音・録画補償金の対象にできません。また、パソコンを使ってハードディスクに録る、あるいはiPodなどに入っているハードディスクに転送するという使用形態になっているので、当然ながらMDやCD-Rなどのメディアも売れなくなっています。
 その結果、集まる補償金の額はどんどん下がり、1998年ごろには約40億円あった録音補償金が、来年度は5億円ほどにまで減るということが実際に起こっています。録画も同じように、どんどん補償金が少なくなってきているので、我々はこの私的録音・録画補償金制度を見直してくださいと2004年ぐらいから要求しています。

 配布した資料は右と左に分かれていて、左側が文化庁で開かれている「私的録音・録画補償金制度の見直しに関する検討の経緯」、右側は総務省で開かれてきた「コピーワンスの見直しに関する経緯」です。これらは一見関係なさそうに見えますが、非常に関係しています。僕はこの両方の委員会に委員として参加していたので、その連動した経緯をお話ししてみようと思います。
 先ほども言いましたように法律が現実と合わなくなって補償金がどんどん減少する傾向になった2006年に、iPodを補償金の対象にすることを我々は提案しました。実際は多くの人がパソコンでCDを焼いてコピーしているので、パソコンを対象にしなければ意味がないのですが、まずは少なくともiPodの追加指定を提案したのです。法制問題小委員会というところで検討されましたが、結局現時点では合意が得られないということで不調に終わります。不調に終わった結果、2006年4月、文化庁に私的録音・録画小委員会が設置されることになります。以後2年間かけてこの私的録音・録画小委員会で補償金制度をどうするかについて検討されていきます。
 一方話は変わりますが、次はコピーワンスについて。2011年にテレビの地上波放送がアナログからデジタルに切り替わることを、総務省が一生懸命キャンペーンをしたり、SMAPの草g君がアナログは見られなくなりますと宣伝していますよね。実はこの地上デジタル放送への移行に伴い、デジタル放送を録画する際はコピーワンスというルールを導入することが2004年4月に決まっていました。コピーワンスとは、ハードディスクに番組を録画してそれをDVDなどにコピーすると、ハードディスクに録った番組は消えてしまう。要するに物理的にコピーが1個しか存在できないというルールで、しかもダサいメーカーの機器だとハードディスクからDVDにコピーしている間にトラブって両方のデータが消えてしまうこともあって、コピーワンスって一体何なのだ、というような話がだんだん盛り上がってきました。
 視聴者から槍玉に挙げられた総務省はデジタル放送を推進するのに非常に障害になるのではないかと心配して、2005年7月に「著作権の保護、視聴者の利便性の確保及び受信機の普及の両立に向け、コピーワンスの運用改善に関係者一体となって対応していく必要がある」との第2次中間答申を出して、コピーワンスを見直す方針を打ち出します。
 そのあと2006年には、コピーワンスを「EPNの取り扱いとしていく方向で検討する」との第3次中間答申を発表します。「EPN」というのは、ハードディスクに録ったものをネットワークに出そうとしても、機器と紐づけられた「鍵」というものがあるので、ファイルをアップロードしてもネットワークでは見られない。つまりハードディスクからDVDなどにコピーする枚数や世代の制限はしないが、ネットワーク送出を禁止する方式です。
 その時点まで総務省では、メーカーと放送事業者がさしで話をしていましたが、消費者や権利者ともきちんと話をしていくべきではないか、ということになり、慶応大学の村井純先生、この方は我が国のインターネットの父と言われる先生ですが、その村井先生を主査とする「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」を設置して、権利者・消費者・放送事業者・メーカーの4者がこのコピーワンス問題について話し合いを始めます。このデジコン検討委員会と、先ほどの文化庁での私的録音・録画小委員会の両方に僕は参加していたので、ここからお話しする話がいろいろと展開します。

 文化庁では2006年に私的録音・録画小委員会が設置されてから話し合いが続き、2007年10月に中間報告という形でパブリックコメントを公表しますが、補償金制度をどうするかについての結論は出ていなかったので、中間整理案という両論併記のような形になりました。
 また、JEITAというメーカーの業界団体と権利者との対立も続き、補償金制度の廃止を主張するJEITAに権利者団体は公開質問状を送るなど、さまざまなやり取りがありました。
 そのころ総務省では、第4次中間答申で「権利者への対価の還元を前提にダビング10を実施する」と発表します。コピーワンスは1つしかコピーが持てない、EPNは無限大にコピーができる、その真ん中にしようという話になり最終的には10枚と決まります。コピーワンスから10枚に緩和するためには権利者への対価の還元が前提となるということですが、この「権利者への対価の還元を前提」とはまさに補償金制度しかありません。そこで権利者は、このダビング10をやるということは補償金制度を正常化することですよねと判断しました。

 しかし文化庁での補償金制度についての議論は、メーカー・消費者と権利者が対立して結論は出ていません。こうして総務省では対価の還元を前提としてダビング10を実施すると言い、文化庁では両論併記のままこう着状態にあるという2つの状況が並行していきます。
 そして12月になって文化庁では平成19年第15回私的録音録画小委員会が開かれます。そこでの文化庁の基本的な考えは、将来的には課金の技術などが発達すれば補償金制度は廃止するものの、当面そういう技術が介入できない範囲については補償金制度を維持してはどうか、という内容でした。これに対してJEITAの会長もこの考えを尊重する表明をして急転直下、話がまとまりそうになります。

 2008年1月に、権利者団体はこのような状況のなかでも団結をはかるため「CULTURE FIRST〜はじめに文化ありき〜」という行動理念を発表しています。

 1月17日には平成20年第16回私的録音録画小委員会が開かれて、12月に文化庁が示した考え方に沿った文化庁提案を出します。契約や技術によって補償金を徴収しなくても済む範囲、例えばiTunesやmoraなどダウンロードするものについては購入時にあらかじめ「コピーはどれだけできますよ、だからこの価格になりますよ」と料金に上乗せしてお金を徴収することで補償金の対象からはずし、そういうことのできない音楽CDと地上放送のコピーについては補償金制度を残すという提案です。

 一方で総務省では2月、ダビング10を6月2日に実施すると決めます。しかし相変わらず補償金制度が維持されるかどうか分からないので、権利者は「ダビング10を実施するには対価の還元が実現するのかどうかを見極める必要があり、すなわち補償金制度に関する議論が解決しなければダビング10は実施できない」と主張し、そのことを見極めるためのフォローアップ・ワーキンググループを設置して判断するということになりました。

 そうした中で 4月3日にひらかれた平成20年第1回私的録音録画小委員会ではJEITA の委員からも、「文化庁案に沿ってバランスの取れた解を見つけるため真摯に努力する」との発言もあり、非常にいい感じで進行していきます。

 ところが 5月8日になってJEITAの委員が補償金制度の縮小・廃止の道筋が見えないと突然言い出して、文化庁事務局に対してJEITAの質問に書簡で回答するよう要求してきます。これに対して我々は反発して記者会見をしたのですが、ここからまた最初の混迷状態に戻ってしまい、文化庁も総務省もわけが分からなくなり、ダビング10を6月2日に実施することも難しくなってしまいます。

 このことの背景をいま振り返ると、僕らは想像するしかないのですが、電機メーカーにもいろいろと事情があって、その中でパナソニックが強硬に反対したとも言われています。どうもパナソニックはダビング10の準備が万端でなかったようで、それで補償金制度に関する議論を混乱させることでダビング10実施を延期したかったという話が裏話で聞こえています。このことが事実かどうかは分かりませんが、実際にダビング10が実施された7月、パナソニックの一部の機械ではダビング10のソフトウエアをダウンロードしてアップデートする際にハードディスクがフォーマットされるという不具合が頻発するという事件がありました。

 そのような状況で、総務省ではダビング10が実施できない、一方文化庁では議論が進まない、非常にこう着した状況のまま進むのですが、6月17日に文部科学省と経済産業省の両大臣が「ブルーレイディスクの機器と媒体を録画補償金の支払い対象に加えることで合意した」と突然発表します。なぜそのような決定をしたかというと、ダビング10を早期実施する環境整備のためにブルーレイを指定したのです。どういうことかというと、平たく言えば、ブルーレイを補償金対象に指定するから権利者はダビング10に同意しなさい、ということです。そのことに対して権利者はブルーレイだけを指定しても問題は解決しないとの声明を出しました。しかしそのころちょうど北京オリンピック開催が近づき、オリンピック需要に当て込んだメーカー側の商戦としてはもうぎりぎりの時期でした。そして権利者側も、コピーワンスがダビング10になることでみんなが幸せになれるかどうかは分からないけれど、補償金制度の議論が解決していないといって、これ以上引っ張っても意味がないということで、6月19日のデジコン委員会でダビング10の実施を提案します。ただし、文化庁での私的録音・録画補償金制度の話がはっきりしないのであれば、総務省でも「対価の還元」について検討することと、文化庁での補償金制度の早期決着を期待するという内容の2項目を第5次中間答申に盛り込むよう要請しました。

 そしてご存知のように、補償金制度に関する議論ははっきりしないまま、7月4日にダビング10は実施されました。さらには7月10日に開かれた録音・録画小委員会でもメーカーの主張は以前とまったく同じで、ここまで2年間行ってきた議論はいったい何だったのかと思っています。総務省ではダビング10が実施され、文化庁ではまた議論がストップしてしまう状況になったまま、それ以降録音・録画小委員会は開かれていません。

 実は、この2日後の10月20日に、小委員会が再開されてまた議論が始まるのですが、そこでどういうことになるかは、まだ皆目見当がつきません。しかしこの問題は、家庭内でみんなが不便な方がいいのだと権利者が必ずしも思っているわけではないということを証明したことになると思うのです。ダビング10がいいかどうかは別にして、少なくともコピーワンスからダビング10にこぎつけるところに権利者側も努力したわけです。それに対して、メーカーは全くゼロ回答で歩み寄らなかったというところが現状です。音楽や映像のコンテンツを親しむために家庭内である程度自由にコピーすることは当たり前だと思うし、そうしてコンテンツが流通していくことも権利者は分かっています。一方で、補償金制度がどんどん細っていく中で、権利者への保証が行われないままで利便性だけが上がっていってしまうという状況がそのままでいくとは思えません。まあここで、極端な状況ができればできるほどいいとは思っていて、ここではいったん勝ちを譲ったというか負けたような形になっているのですが、これから先どうなっていくか、注意深く見守っていきたいと思っています。以上が補償金制度とダビング10の話です。

4.「ネット法」「ネット権」について

1)いわゆる「ネット法」「ネット権」について

次はいわゆる「ネット法」「ネット権」という話です。ここから先はパワーポイントの2ページ目から説明していきたいと思います。これは昨年の暮れぐらいから角川映画の角川歴彦さんが言い出して、当初はあまり見向きもされなかったのですが、最近は自民党の中にも検討委員会ができて、ある程度話が進みつつあります。
 ネット法とは何かというと、「インターネット上の流通に限定してデジタル・コンテンツの使用権(ネット権)を創設する」というもので、「ネット権は収益の公正な配分を実現する見地から、その能力を有すると考えられ者のみに付与する」と。つまり、コンテンツを音楽、放送番組、映画の3種類に分けて、それらをインターネットに流すことについては、音楽であればレコード会社、放送であれば放送事業者、映画であれば映画会社だけがインターネットに流す権利を持つということです。放送番組をネットに流す、CDをネットに流す、映画をネットに流す場合、現在はすべて権利者がそれを許諾する権利(許諾権)を持っていますが、ネット法ではそれぞれのコンテンツに参加している権利者には一切権利を与えないで、権利はすべてコンテンツホルダーに集約させるのです。コンテンツホルダーとは音楽であればレコード会社、放送番組であれば放送事業者、映画であれば映画制作会社になります。もちろん権利者にコンテンツを使用する対価は払うものの、権利者の許諾権を奪ってしまうというものです。
 そして「収益の公正な配分の義務化」とは、「ネット権を付与された者はネット権の創設により権利行使が制限される権利者に対して公正な利益の配分を義務づける」と。「公正な利益の配分を義務づける」としか書かれていなく、実際にどのようにするのかということは全然提言されていません。しかしこのネット法の提案には自民党の議員も興味を示して、議員立法で法律化する動きが春ぐらいから出てきました。今は政局が混乱しているのでストップしているのですが、われわれとしては非常に危機感を感じる状況にあります。

2)「許諾権」は実演家にとって最大のインセンティブ

このネット法・ネット権に対して、僕はいろんな場面で反論してきています。「許諾権」というものが実演家にとってはすごく大事なインセンティブだからです。実演家がビジネス上の駆け引きをする場合、許諾権を使うことでしかできません。実演家は、コンテンツホルダーを含む利用者に対して、自らの実演をライセンスすることによってビジネスを行っているのであり、あらゆる商取引がそうであるように、そのビジネスの対価が決定されるプロセスにおいて許諾権は極めて重要な働きをするのです。例えば「10円で流したい」と言われても、「10円では駄目です。20円だったらいいです」というように、コンテンツを利用したい人に対して権利者は拒絶する権利をそこで持っていなければ対価の商談というのはできないわけです。
 今後有望であるネットでのコンテンツ流通について、なぜ実演家はそうしたビジネス上の基本的な権利を法によって奪われなければならないのかということが非常に疑問です。そして許諾権を奪われてしまうと、実演家が自分の価値を最大化するチャンスを失ってしまうのではないか。その結果、コンテンツは消耗しますよということです。
 コンテンツというのは、タワシや洗剤など生活に必要な消費財とは全く違う価値構造があります。例えば平凡な1,000のコンテンツの中からとてつもない購買力を喚起するいくつかのコンテンツが突発的に生まれ出るという特徴があるし、そこでのサクセスストーリーが次のキラーコンテンツを生み出す最大のインセンティブになる。「化ける」可能性を秘めています。実演家の許諾権を奪って対価に関する交渉権を奪い、報酬を請求する権利しか与えないということは、実演家のビジネスの価値のサイクルを破壊して、結果コンテンツの平準化をもたらすのではないかと思います。
 またさらに許諾権を報酬請求権化することは、ある意味で商取引への行政の介入ではないか。ネット流通について実演家がコンテンツホルダー等の利用者との間で自らに関するビジネスを行う上で、許諾権が奪われてしまうということは、そのビジネスの片方の当事者に行政が加担するということを意味します。なお且つその背景には、コンテンツを安定・安価に確保したいという思惑がある。そういうことをするとコンテンツが疲弊してしまいますよということを強く言っています。

3)コンテンツホルダーに権利を集中しても利用は円滑化しない

コンテンツホルダーに権利を集中させようということは、時代を逆行することになってしまいます。例えば昔はレコード会社には専属のミュージシャンがいて、給料をもらって生活を保証してもらう代わりに全ての権利をレコード会社に渡していましたし、放送局には専属の俳優がいました。レコード会社や映画会社や放送局などのコンテンツホルダーは、オールリスクを背負うことにより、実演家やクリエーターのさまざまな権利を占有したのです。しかしだんだんメディアが多様化するに従って専属制度というものが崩壊していき、個々のクリエーターの権利がコンテンツホルダーから解放される方向に推移して、代わりに契約によってコンテンツホルダーに権利を集中させるかたちが現在浸透してきているわけです。なのにこのネット権によってクリエーターの権利を機械的にコンテンツホルダーに集中させることは何の意味もなく、まさに時代に逆行するものだと思います。
 また、レコードなどに関しては、アーティストはネットに流す権利は契約によってすでにレコード会社に移転しています。映画については、日本の著作権法ではワンチャンス主義というのがあり、映画に出演することに同意したことで全ての権利は映画制作者に移ります。ですから事実上、音楽と映画に関してはネット権なんか作るまでもないのですが、そこを分かっていない角川さんはこういう法律を作るとコンテンツが流れると思っているようです。
 またコンテンツホルダーというものは、クリエーターに対して基本的に優位性を持っています。例えばレコード会社に対してアーティストは頭が上がらない、放送局に対して俳優は頭が上がらない、映画会社に対して映画俳優は頭が上がらない。その優位性を持つところに権利を渡すというのはどうなのでしょうか。放送事業者については、その優越的立場について最近では寡占状態も指摘されています。例えば番組はテレビ局が全部作っていると思うかもしれませんが、その半分ぐらいは番組制作会社が作っているのです。番組制作会社が作った放送番組を「制作・著作TBS」とか「フジテレビ」という形で、著作権を召し上げているような構造があり、なにもかも持っていきすぎなのではないかということも指摘されているような状況にありますが、そんな放送局に、権利をすべて持たせるのはどうでしょうか。公共放送という圧倒的な浸透力から来る優位性を持つ放送事業者をはじめとして、これらのコンテンツホルダーは総じてクリエーターに対して強い優位性を持つものであり、それらに権利を集中させても、果たして公正な利益配分が行われるかどうかは甚だ疑問である、ということも主張しています。
 また一番大事なことは、コンテンツホルダーである放送局、レコード会社、映画会社もまたメディアの1つであって、いずれもメディアとしてのインターネットと競合します。いわゆる旧体制のメディアということで「既存メディア」と表現しますが、それら既存のメディアにネット権を与えても、ネットという新しいメディアの発展・振興に寄与するという考え方はむしろ逆なのではないか、自分の既得権益を守ろうとする方向に動かないですかということも言っています。

4)ネット流通の阻害要因は別にある

実は、ネット流通の阻害要因は別にあります。なぜ未だネットに放送番組が流れないのかという理由に、「権利の濫用的な主張の恐れによりコンテンツの流通が阻害される」という表現が盛んに使われますが、この数年来そのような主張が一人歩きをしてきた一方で、実際にそういう具体的な事例があるわけではないことも明らかになっています。著作権や著作権者・著作隣接権者が犯人であるとする説や、コンテンツホルダー自身が死蔵させているなどの諸説がありましたが、この数年来見えてきたことは別にあるのです。それは何かというと、「ネットにコンテンツを流しても十分な収益が上がらない」ということです。なにも権利者が著作権を主張しているからではないということです。
 現に、放送番組の二次利用が進まない原因を検証していく過程において、著作権処理の煩雑さが阻害要因であると主張してきたはずの放送事業者の委員から、放送事業者の基本的な立場として、「放送番組の二次利用は一次利用を毀損するべきではないという考えがある」という発言がありました。そこで問題になったのは、権利処理が煩雑だからネットに番組を流せないのではなく、実は儲からないから流したくないということです。例えばドラマなどをインターネットで流すよりは、スポンサーをつけて平日の夕方にテレビで再放送をする方が、よほど放送局は儲かる。だからネットに番組を流しても採算性が悪い、イコール十分な対価を提示できない、イコール権利処理問題という具合に堂々巡りしてしまっているのです。対してネットで収益を上げる立場の通信事業者はそのことを熟知しているので、結果コンテンツの安価な確保を実現するために権利者の許諾権の制限を主張するという、非常に生産性のない負の連鎖に陥っているというのが現状であると思います。

5)なぜネットでは採算性が悪いのか?

 では、なぜネットでは採算性が悪いのかという問題ですが、ここでは誰もが知っている事実があります。「無料で食べ放題のラーメン屋がある場所にどのように優れた企画を持ってラーメン屋を開こうとしても、絶対に客は入らない」という厳然とした事実があるわけです。例えば放送局は自分が放送した番組をネット上で有料で見せようとしても、YouTubeなど動画投稿サイトでもう既に無料で見られる。そのようにネットでは多くのコンテンツが違法に流通し、そのことにただ乗りしているさまざまな事業者・事業形態があり、それがもはや既成事実化しかかっているということ。そういう問題を何ら解決できないでいるという状況が、コンテンツのネット流通を阻害する最大の原因であり、この問題を解決しないまま行おうとする試みはすべて付け焼き刃になってしまう。あるいは今回のネット法の提案のように、誰かに犠牲を強いるようなものになってしまいます。

6)結論

アメリカではNotice & Takedownという、ネットワークでの違法が横行することについて結構細かな規定があります。そういうことについてまだ全然策が講じられていないという状況があります。
 結論としては、「実演家はネット権・ネット法に関する対する提案に反対する」ということを一生懸命言って、いろんな提言をしています。

5.いわゆる「フェアユース規定」の導入について

 それから「フェアユース」という話もここのところ急に起きています。現在の著作権法では、著作者の財産権や人格権など権利を細かく決めているのですが、何もそれを守るばかりではなく、先ほどここで音楽CDを流したように教育的な利用に使うときには権利者の権利は制限しますよという規定があり、そのように権利者の権利が制限される場合もきめ細かく定めています。例えば私的使用のための複製、図書館等における複製、引用、教科書用図書等への掲載…という形で制限される場合を個別具体的に列挙して定めています。これに対して、例えば「インターネット上で流通するデジタル・コンテンツについては、法文に規定された個別の権利制限事由に該当しなくても、公正な使用(フェアユース)であれば権利者の許諾なくして使用可能となる」といった一般的な規定にしてしまおうということがフェアユース規定で、政府の知財本部ではこの導入に向けた検討が進められています。
 これでどういうことが起きるかというと、今は個別の列挙された規定に該当しなければ違法な使用になってしまいますが、法律に「公正な使用はOK」という書き方をされると、これは公正であるという主張をすれば利用ができることになってしまう。結局そういうものに対して差し止めの要求を、権利者側の責任で行うしかなくなるわけで、権利者側の更なる負担になるということで、このことも権利者はいま反対をしています。

6.まとめ〜実演家の権利が直面する攻勢〜

 ネットでのビジネスが進まない、流通が進まないことの理由として著作権を挙げる主張は多分に恣意的であり、むしろビジネスの持つ構造的問題を隠蔽しようとする意図から用いられることが多かった結果、著作権の保護を緩和すればビジネスが進むといった考え方が多く述べられました。そしてまた著作権の役割は終わったなどという言われ方もされますが、一方でどのような形の利用がされたにせよ、権利者にとって著作権が重要なインセンティブになっている事実を見逃すべきではありません。ネットの登場を契機としてさまざまなビジネスモデルが転機を迎えて構造変化も起こっている現時点で、権利をいたずらに弱めたり制限するようなことで法律改正をすることよりは、ビジネスモデルが活性化していくことをむしろ促すような政策がとられるべきではないでしょうか。
 しかし現状では、私的録音・録画補償金制度の関連や、ネット権・ネット法の制定に関する件、フェアユースの件も然りで、明らかに著作権の保護を緩和させようとする議論が目白押しであるものの、緩和に伴って権利者が失う利益については全く言及がされていません。こうした状況は非常にバランスが悪いのではないかということを主張しています。
 そういうことを骨子として、これからも補償金制度の問題やネット権に関することやフェアユースに関することをやっていくのだろうなと。大変不慣れで時間切れになってしまったので、最後は駆け足になってしまいましたが、このあたりの事情を少しでも皆さんに伝えることができればとてもうれしいと思います。

―以下、質疑応答―

Q.ダビング10に関して消費者の視点からすると、以前のコピーワンスはやり過ぎで、そこまでしてテレビを見たくないとも思った。コピーの世代制限やiPod等のDAPでの動画再生用にデータを変えることもできないということ、iPodにも補償金が課せられることは、消費者にとっては利便性が損なわれて負担も大きくなるので不満がある。

A. コピーワンスがやり過ぎだというのは僕もそう思う。ましてやコピーをしているときに消えてしまうなんていうシステムは改めることが必要なのは当たり前の話。だから僕もそれを改善する話し合いに参加して、少しでも緩和する方向で話をしてきた。
 ハードディスクに録画されたものが子になって、そこから先のDVDが孫になる。だからダビング10というのは孫まではいけるようになっている。なお且つ今後出てくるであろういろんなウェアラブルな機器についても、ハードディスクに直接つなげれば転送できるようになるので、ダビング10は、一定程度そういう問題を緩和する解決策ではないかと思っている。だけどダビング10が終着点かというとそうではなく、ドメインコントロールなどのさまざまな技術がもっとあるので、ダビング10というのは当初、補償金制度と利便性がぐちゃぐちゃになっていた時期に、それを解決する策としては一時的なソリューションとして選択されたものと思う。
 iPodに補償金が課せられることについては、先ほどもお話ししたとおり、補償金はMDやCD-Rが対象だが、今はiPodにシフトしている。そしてiPodというよりは、むしろみんなパソコンを使ってiPodに転送するわけだが、パソコンを指定することにメーカーは頑強に反対している。それで必然的にiPodをある種のメディアとみなして、今はiPodに課金する方向に話がシフトしている。iPodやパソコンにも掛けなければ補償金というのはゼロになってしまうからある程度やむを得ないのでは。iPodはいま一番高いもので5、6万円から2万円程度。その2パーセントというといくらになるか。ほとんど上限額(1,000円)には達しない。その程度の負担である程度の自由が確保できるので、iPodに課金されるから利便性が損なわれて負担が大きくなるということはないと思う。

Q. 実演家、音楽を創る側が著作権の大切さをリスナーに伝えるために何かできること、気をつけるべきことを、アマチュアミュージシャンにもできることがあれば教えていただきたい。

A. 音楽を創る側というのは少なくとも権利については知っていた方がいい。あまりにも知らなすぎる。やっぱり自分の創る作品が持っている権利、あるいは自分の持っている権利についてはできるだけ知っておいた方がいい。またアマチュアミュージシャンということから言うと、インターネットを使って便利さの方が先行して法律が追い付いていかないため、あたかもそれが既成事実であるかのような気がして、法律で著作物を保護しようということをいま著作者側が一生懸命やろうとすると、ユーザーの方としては何か既得権を奪われるように思われてしまうような状況があって、みんな戸惑うことが多いと思う。しかし今の法律が追い付いていない状態の方がおかしいのだということは分かってほしい。
 もちろんタダで利用できることはいいが、ある程度利用と保護のバランスがとれていないと、本当にミュージシャンは食えなくなる。コンテンツサイドにも優秀な人が全く出てこなくなるので、ある程度のインセンティブとして、世の中がそういうものを大事にしていくという意識を守っていく必要がある。

Q. 著作権法の行使か二次創作での市場の活性化か。ニコ動でのリミックスやマッシュアップなど、どういった行為が違法で何が合法なのかその境目が分からない。合法にするには。

A. これも先ほど言ったとおり、既成事実の方が先行してしまい、法律が追いつかないことによって起きる権利侵害というのは、いま世の中に山ほどある。それを一つひとつ権利侵害だといって訴えていてもしょうがないので、やはり便利な利用と権利の保護に関して一定の遊びの部分を設けるというか、一定のAllowanceを設けて、その中では一定の自由が約束されるという状況を早く作らないといけない。その一定の自由を確保した中で権利者の保護も達成できるという状況を作るためには、メーカー、消費者、権利者が集まって話をしなければ。今のようなメーカーの態度ではだめだろうし、消費者代表と言われている人たちも何かとんちんかんな議論をしているから、僕はこの補償金制度に関する問題が非常に今こう着してわけの分からない状況になればなるほどいいと思っていて、そういうひどいところまで一回いって、じゃあもう一回きちんと議論しましょうという話ができたときに、こういう問題は解決するのではないかと思う。
 ニコ動がだめだとか、マッシュアップがだめだとか、真顔で言う権利者というのは実はいないと思う。ある程度の著作物の利用が活性化された状況というのがいい文化を生むと思うし、そういう状況を早く作ることが自分の大事な仕事なのではないかと思っている。

【参考になるHP】

CPRA(実演家著作隣接権センター) http://www.cpra.jp/
MPN(演奏家権利処理合同機構) http://www.mpn.jp/
・文化庁 http://www.bunka.go.jp/
・文化庁文化審議会著作権分科会「私的録音録画小委員会」議事録
  http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/index.html
・総務省 http://www.soumu.go.jp/
・総務省情報通信審議会情報通信政策部会
 「デジタルコンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」議事録
     http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/digitalcontent.html・デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム http://www.digitalcontent-forum.com/
・ネットワーク流通と著作権制度協議会  http://ndcf.jp/





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