後藤先生
第14回 2009年1月17日 
著作権行政の課題」
講師:山下 和茂(やました・かずしげ)先生

「著作権行政の課題」




はじめに

私は文部科学省に勤めている、いわゆる「官僚」です。文科省で20何年か働く中で、経歴の通りいろんな仕事をしました。たまたま今は著作権課の課長をしているということで、「あのとき山下という人が話していたな」と何年か後に連絡をいただいても、そのとき著作権を担当しているとは限りません。

これから多くのカタカナ文字が出てきます。皆さんは非常にお若いので大概わかるだろうと思いますが、世間一般は必ずしもそうではなく、特に年をとった方は「よくわからない」と言われることも多く、そういう課題が最近非常に増えてきています。これからお話するのは著作権法という法律についてです。これを改正する仕事が私たちの仕事の8割か9割を占めております。ただし、法律というのは、役人が勝手に改正できるものではなく、国会議員の先生方に賛成してもらわなければいけません。国会議員は国民の代表ですから、いろんな人からいろんなことを頼まれる立場にあります。そうすると、広く世の中の人たちがある事柄についてどう考えているかが、国会議員の意見に反映されて出てきます。そこで、国会議員の賛成を取り付けるためには、まず私たちの方で、その事柄について国民一般の賛成が増えるような状況をつくっていきます。もっとわかりやすく言うと、「それは実行しない方がいい」という人が多数を占めていれば、国会も通らない可能性が高いということですから、役所としては最終決定の前にいろんな場でいろんな議論をして、意見を聞きます。その議論をする場所の一つとして「審議会(文化審議会著作権分科会)」があります。ここでは、30人くらいの委員が任命され、議論をしてもらって、そこで意見がまとまった事項に関して役所が法律案をつくり、国会に出していくという流れになっています。

1.著作権に関する歴史

では、資料の中にある「著作権年表」に基づいてお話させていただきたいと思いますが、その前に「著作権って何なのか」「どうして著作権というものが出てきたのか」ということについて、ごく簡単にお話させていただきます。

今ご覧いただいているのは、日本の著作権法あるいはそれに類するさまざまな取り組みの年表ですが、象徴的なのは明治2年「出版条例公布」とあるように、著作権ではなくて出版条例でした。では出版条例とは何かというと、本・図書・書籍が勝手に複写されて海賊版があちこちに出回るということが昔もあったので、それを念頭に置いて出版を保護しようとスタートしたものです。さらに年表の下を見ていただくと、「写真条例」とか「脚本・楽譜条例」というのがあって、ようやく明治32年のところで「旧著作権法公布」となっています。これが日本における近代的著作権制度の開始です。その下には「ベルヌ条約加盟」となっています。ベルヌというのはスイスのベルンのことです。ビクトル・ユゴーという有名な文豪の提唱で、著作権を保護するための国際条約をつくる国際会議がスイスのベルンで開かれました。当時ヨーロッパ各国で著作権法のようなものがつくられるようになったことから、同じような仕組みに揃えるという目的でベルヌ条約がつくられたのです。

「旧著作権法」という明治32年の法律は、まさにベルヌ条約に日本が加盟することを目的につくられた法律です。明治時代の日本は先進国に追いつくため、近代国家としての体裁をどう整えるかということが最大の目標でしたから、その一環として著作権法がつくられたのです。

年表をずっと追っていただくと、「レコード」や「コンピュータープログラム」という言葉が出てきます。さらに下を見ていただくと「インタラクティブ送信」とか「プロバイダー」という言葉が出てきて、どんどんカタカナが増えてきますね。

目に見えない権利である著作権をしっかり守ることが先進国の証というわけで、日本は早くヨーロッパに追いつかなければならなかった。年表にある過去の著作権法の改正内容の多くが新しい権利をつくる、または権利をさらに強めるという改正です。

ついでに言いますと、著作権には著作者の権利と、著作隣接権者の権利があります。「著作隣接権」というのはタレントや歌手などの実演家のほか、レコード製作者や放送事業者にも保護が与えられるものです。これは主として第二次世界大戦後のことですが、新しい表現手段・伝達手段が技術の進歩に伴っていろいろ出てきました。例えばレコードや放送というものが出てきて、そこでいろいろなコンテンツが流されて広まる。すると、それを勝手にコピーしたり改ざんしたりする人が出てきます。技術が進歩すると、その技術は良い方にも悪い方にも使えますので、悪い人は新しい技術を使って悪いことをするのです。それを防ぐために新しい権利を創設したり、強めたり、あるいは権利を新しい主体に付与するといった形で著作権法は強化され続けました。まずは条約でそれが決められて、日本はその条約に追いつくために改正するという大きな流れがありました。

2.過去10年の著作権法改正の流れ

では最近はどうなのかというと、これが非常に大きく変化しています。私がつくってきた資料に目を向けていただきたいのですが、過去10年の著作権法の改正がどのようなものがあったかを右側に列挙しています。例えば平成812月の著作権法改正のところを見ていただくと、@隣接権保護対象の遡及的拡大とか、Bの写真の著作物の保護期間の延長。あるいは平成96月の著作権法改正法の成立では、@インタラクティブ送信に係る権利拡大・創設(実演家等)とあります。実はこの平成9年改正のインタラクティブ送信に関する権利の強化のとき、私は文部科学省大臣官房総務課の法令審議室長をしていたのですが、この改正を当時主導したのが文化庁の岡本国際著作権室長で、私の前々前任者の著作権課長です。この方は国際的にも大変有名で、この表の左側にある「WIPO著作権条約」や「WIPO実演レコード条約」の議論をリードされた方です。そして、平成9年著作権法改正のインタラクティブ送信に関する改正は、世界に先駆けた改正であると言われていました。ですから私も、「そうか、日本が最先端をいくのか」ということで非常に感銘を受けた思い出があります。実を言うと後々、「ここまでやる必要があったのか」と批判を浴びることにもなったのですけれども、ここがある種、権利強化の頂点と言って良いかと思います。平成11年や12年にも規制や譲渡権創設など、この辺りはずっと権利強化の流れが続いています。

その後、平成1411月に「知的財産基本法」が成立します。これは小泉内閣のときですが、知的財産をしっかり守って活用することを国の大方針として推進するというものです。この背景には、1980年代に製造業の調子が非常に悪くなったアメリカが、知的財産で食べていく方向に国策を転換したことがあります。特許や著作権もその1つで、ハリウッドが外国政府に対して「海賊版を何とかしろ」などと外交交渉の中で要求してくるようになりました。そして、日本は1990年代に経済の調子が悪くなり、小泉さんが登場してきて各種の構造改革を行いました。その一環として知的財産基本法がつくられ、この法律に基づいて知的財産戦略本部が設けられて、毎年知的財産推進計画がつくられるようになります。この知的財産戦略本部というのは総理官邸に設けられていて、今であれば麻生総理大臣のオフィスを本拠にしているという形になります。

著作権法の改正の話に戻りますと、平成171月には著作権分科会が「今後の検討課題」という報告書を出しています。著作権分科会というのは最初に申し上げた文化庁の審議会で、著作権法の学者や弁護士、クリエイターの方々、あるいは経済団体の方などが委員でいらっしゃいます。この報告書では、「既存の条約への対応をほぼ終えた今日において、重要性・緊急性などに鑑み、今後優先して対応すべき著作権法上の課題を大局的・体系的な視点から抽出・整理」するとして、多数の検討課題を洗い出したのです。そして、「早期に結論を得ることは容易でないと見込まれる課題も少なくなく、検討課題全体の検討には少なくとも3年程度は要する」とされております。現在、10数項目にわたる改正課題を検討していますが、そのほとんどは平成171月の「今後の検討課題」で示された課題です。

そして、現在検討されている内容は、どちらかと言うと権利を弱める方向の改正内容が多いのです。なぜかといいますと、毎年知的財産戦略本部から、「こういうことを検討しろ」「ああいうことを検討しろ」というふうに宿題がバラバラ降ってくる構造に我々文化庁は置かれ始めたからです。知的財産戦略本部での議論は、最初のころは大学の産学連携をもっと推進して、大学での研究成果を特許につなげるようにするというような、特許関係の対策が重点だったのですが、ここ数年は著作権がターゲットにされています。要するに日本の産業振興の観点から、著作権法が邪魔になってきているという問題意識です。これは全く正しくないのですが、一部のネット事業者や通信事業者の間でそのような話が出てくるようになり、そういうことを検討しろと言われることが多くなりました。

例えば、平成18年の著作権法改正は、IPマルチキャスト放送の同時再送信円滑化ということですが、これはインターネット網を利用した新しいタイプの放送です。

先ほど述べたように、著作隣接権の1つとして放送に権利が付与されています。例えば私はこのあいだ安比高原というところにスキーをしに行ったのですが、ホームページには安比高原スキー場の今の様子がわかる画像が出ていて、雪が降っているとか晴れているとかがわかります。これはいわゆるインターネット放送ですが、これに著作隣接権が付与されるわけではないのです。こうして、放送と通信がだんだん融合してきたので、IPマルチキャスト放送が新技術として登場してきたときに、地上波放送や衛星放送と同じ扱いをしてくれという要求が来たのです。これにはいろいろと条件を付けましたが、地上デジタル放送の同時再送信を行うものに限って、地デジの普及という公共目的もあるので認めなければいけないだろうということで法律改正をしました。最近は、このような課題が大変増えているのです。

3.著作権「行政」をめぐる3大変化

今日は「著作権行政の課題」というテーマを設定していますが、私なりに集約させていただくと、著作権行政には非常に大きな変化が3つ起こっていると感じています。まず1つめは、「動機と性格の変化」。著作権法という法律を見直したり改正したりする場合、以前は条約に対応していくための権利の強化が中心だったのですが、今は利用の円滑化、特にデジタル化・ネットワーク化への対応を迫られているというのが非常に大きな変化です。

2つめは、「政府の方針決定の場の変化」。先ほどは司令塔としての知的財産本部と言いましたが、知的財産本部ができる前は文化庁が自ら決めることができたのです。しかし知的財産本部ができてからは、少なくとも検討課題として「こういうことを検討しろ」というものが先に決められるようになったので、我々の検討はそれを後追いするということが多くなっています。これは大きく言うと著作権行政だけではなく、ほかの行政分野もそうです。霞が関の縦割りがいけないということで、経済財政諮問会議が設けられているのと同じ構造で、総理大臣のリーダーシップで大きな方針をまず決め、各役所はその枠内でやればいいというわけです。

それから、「利害関係者の変化」。これが非常に我々の頭を悩ましている問題で、冒頭でお話ししたように著作権法というのは法律ですから、これを変えようと思えば国会の議決が必要です。国会の議決は国会議員が多数決で決めますが、その国会議員を選んでいるのは国民の皆さま方です。国会議員が自分のポリシーや信念で行動する場合もあると思いますが、それ以外に例えば業界団体から頼まれたり、自分の後援会から頼まれるといったことが1つの行動の動機になっていることは間違いないところです。業界団体ということですと、まず権利者側の団体として、JASRACもその1つですが、作曲家協会、レコード協会、映画製作者連盟、あるいは小説家の団体である文芸家協会など、実にいろんな団体があります。

逆に利用者側の団体もあります。例えば日本経済団体連合会。これは会社の集まりですが、例えば会社の中で仕事のために書類や新聞をコピーしたり、大学の中で教育に使うために先生方がコピーして皆さんに配りますね。著作権法には例外規定が設けられていて、教育のために使う場合はコピー(複製)しても良いことになっています。しかし、会社や役所で業務上コピーを取ることは著作権法の中に例外規定がありませんから、法律上は権利者の許諾を取っていただく必要があります。例えば朝日新聞をコピーするときは、朝日新聞社に許諾を取る。そして、その中に著名人が執筆した論文的なものが載っていれば、その方にも許諾を取ることが必要です。けれども、いちいちそんなことはやっていられないと皆さんも思うでしょう。そのために(社)日本複写権センターという機関があって、そこと契約して従業員数などに応じた金額を払えば、コンプライアンスの観点からクリアになりますよという仕組みがあります。この(社)日本複写権センターは、権利者団体と日本経団連との話し合いの結果設けられている団体です。

利用者団体はほかにもいろいろとありますが、今までであればこういう団体の方々をお呼びして審議会で議論をし、「これでどうでしょう」という合意を文化庁が間に立ってつくれば、それで大体法律は通ったのです。ところが最近は、エンドユーザー(若者)の発言力の増大が非常に大きな変化を生じてきています。昨年、いわゆる違法ダウンロード問題というものが世情を賑わしましたが、このときにインターネットのエンドユーザーの若者たちからいろんな意見が来ましたし、ネット上でもさまざまな議論が展開されました。これは新聞やテレビといった媒体ではほとんど取り上げられなかったのですが、インターネットの2チャンネルやYAHOO! の掲示板などには文化庁の悪口が山のように書き込まれました。文化庁がとんでもない人権蹂躙法案をつくろうとしていると言われたり、私や担当室長が極悪人のように言われた経緯があります。

このエンドユーザーの若者たちは、ネットの中で非常に自由闊達に発言するのですが、特定の政治家を支援したり政治家に陳情したりしているわけではありません。しかし、これがかなりの影響力を持つようになってきて、国会議員の先生方と話をしていて、「そんなに反対が多くて大丈夫なのか?」というふうに言われることがしばしば起きています。いわゆるデジタル化・ネットワーク化対応ということについての世代間ギャップみたいなものが確実に発生してきていているのです。例えばインターネットで検索エンジンサービスというのがありますが、国会議員への説明の中でこのことを話すと、「何それ?」と言われることが多いのです。「先生、それはこういうことです」と説明するのですが、使ったことがない人には良くわからない。ですから、こういうところを我々はいろんな形でくぐり抜けながら法律改正をしていくという立場になっております。

端的に集約しますと、昔は文化庁は目に見えない権利を守る白馬の騎士として正しいことをしている、と世間からは見られていましたが、今はかなり悪役になってきています。

これには理由が2つあって、1つは日本の産業振興の観点からプレッシャーが非常に強まってきており、著作権が邪魔であるという人たちがたくさんいることです。著作権法の第1条に、「文化の発展を目的にしている」と書いてあるように、著作権は産業を盛んにするためではなく文化の発展のためのものなのですが、そこを誤解している人たちがたくさんいます。もう1つは、先ほど述べたエンドユーザーの方たちからのプレッシャーです。この場におられる皆さんもエンドユーザーだろうと思いますが、今日はぜひ著作権はこれからの日本にとって大事なものだということをご理解いただいて、周りにもそうお話しいただけると有難いと思っています。

4.文化審議会著作権分科会の審議状況とスケジュール

では次に、具体的に何を検討しているのかを簡単に申し上げたいと思います。私たちは今まさに、文化審議会著作権分科会の報告書のとりまとめ作業を進めています。126日に著作権分科会の最終的な会議を開催して報告書を出し、これでいいだろうと了承していただくという段取りになっています。その後、今開かれている通常国会に、最終報告書の内容を反映して著作権法の一部を改正する法律案を出す作業に入ります。

ただ、こういう政治状況なので何が起こるかわかりません。ひょっとしたら4月あたりに解散総選挙になってしまうかもしれないとなると、法案をせっかく出しても廃案になる可能性があります。そうすると、次の国会で一からやり直しになるのです。そうなると非常に辛いのですが、今は成立を目指して我々は一生懸命やっておりまして、今日明日の休みも我が課の職員の大半は出勤して、いろんな作業をしなければいけないだろうと思っているところです。

5.政府・与党におけるデジタルコンテンツ流通促進法制の検討状況

では、具体的にどういう改正が予定されているかについて、簡単な説明になりますが申し上げていきたいと思います。

大きな問題の最初の1つが、「デジタルコンテンツ流通促進法」というものをつくれということです。これは世界最先端のブロードバンド環境が実現したのに、インターネットなどで十分にコンテンツが流通していない、特に過去のテレビ番組が流通していないためです。実はこの話は、経団連の御手洗会長などがメンバーになっている経済財政諮問会議での議論が発端で、一昨年の6月ですが、「なぜ日本はアメリカや韓国のようにインターネットでテレビ番組を配信するサービスがあまりないのか」という話が出たのです。これは確かにそうらしく、私も時々ネット配信の動画サービスで過去のテレビ番組を見ますが、正直言ってあまり面白くありません。

最近、NHKで「お見逃しサービス」というものが始まったのをご存じの方もいると思いますが、先週『篤姫』を観られなかった、という人がネットでお金を払って観るサービスです。でもそれは一定期間しか観られません。こういったサービスはずいぶん前からBBCなどがやっていて、なぜ日本のNHKはやらないのだというような声がありました。今の日本は世界最先端のブロードバンド環境だそうで、森内閣のときにこれからの日本はIT立国、つまりInformation Technologyで世界の最先端を目指すのだといって、光ファイバー網を全国に張り巡らせる計画を立てて膨大な公共投資をしたのです。高速道路をつくるがごとく光ファイバー網を張り巡らせたのですが、いよいよそれが完成したのに中を流れるものがあまりないではないか、ということを言っているのがこの話なのです。

光ファイバーは設けたけれど、それを使った新しいサービス産業のようなものが出てこない。YAHOO! Googleはアメリカ発のサービスですが、このようなものがなぜ日本に出てこないのだと。この検索サービスは本当か嘘か知りませんが、日本人が最初に始めたのだと言う人がいます。それなのに日本の著作権法を気にしすぎてといいますか、例えば検索にかかったら、「お宅のウエブサイトをこのように表示していいでしょうか」という確認作業をせざるを得ないために日本で検索サービスが大きくならなかったというのです。

一方、アメリカの著作権法はビジネスのことをよく考えているので、YAHOO! Googleが非常に大きく育ったのだ、ということをまことしやかに言う人がいます。これは全くの間違いです。そういった誤った情報が流布される中、経済財政諮問会議では民間有識者議員が提案するという形で、デジタルコンテンツの流通を促進する法制度を2年以内に整備するべしということが閣議決定されました。閣議決定というのは法律の次くらいに重みがあるものです。

テレビ番組のインターネット利用については著作権以外にさまざまな問題があります。例えばテレビ局が番組をつくるときは制作会社に丸投げするという話があります。しかし出来上がった番組の権利は「制作・著作○○テレビ」などとしてテレビ局が吸い上げてしまう。そして、テレビ局はそれをインターネットに出すより、地方のネットワーク局で再放送した方が儲かるのです。これは、インターネットでテレビドラマを配信したいと言って来る事業者が提示する金額が、今はまだCM料とは比べものにならないほど安いので、ネットで番組を売っても商売にならないというのが放送局の本音です。

では、なぜアメリカや韓国ではあんなにテレビドラマがネットに出てくるのか。アメリカであればハリウッドの制作会社がまずドラマをつくり、それをテレビ局に売ります。従って、もとの制作会社がDVD化やインターネット利用を行う主導権が取れる構造になっているのです。このことから、日本でテレビ番組をつくるときのテレビ局と制作会社との関係を、まず何とかしなければいけないという話が出ています。このような問題については総務省でいろんな検討が進められています。そして、文化庁では著作権を何とかしろということなので文化審議会で検討しています。ところがここで、2年以内に何とかしろという骨太の基本方針が決められた後、2008年になってから民間提案で「ネット法構想」が出てきました。文化庁がトロトロやっているのでは間に合わないから、議員立法でネット法という特別法をつくってしまえということです。

ネット法というのは、テレビ番組で使われている権利をテレビ局が全て吸い上げ、ネット利用についてもテレビ局が許諾すればいいというものですが、ここで思い浮かべていただきたいのは、テレビ番組の中にはテレビ局以外の権利もあるわけです。私たちは重畳(ちょうじょう)的にという言い方をしますが、例えば『篤姫』であれば宮尾登美子さんという原作者の方の著作権が働いてきます。それから使われている音楽については、作詞・作曲家の方の権利が働きます。さらにはその音楽を演奏している人や出演している俳優の権利など、非常に多くの権利が重なり合って働きます。しかし、「テレビドラマをつくって放送で流しますよ」という契約は個々の権利者とすでに交わしているので、これをインターネットに流すのであれば、契約(許諾)をもう一度取り直す必要があります。一方、ネット法は、法律によって原作者や作詞・作曲家、俳優の権利全てをテレビ局が一括管理し、その代わり関係者にお金を払えばいいという構想です。これは非常に大胆な提案であり、かつ国際条約との関係においては条約違反の恐れが高いものです。

また同時に知的財産本部でも、「デジタルネット時代における知的財産制度調査会」が立ち上がっていろんな検討が行われています。ここでは「日本版フェアユース」をつくれと言われています。アメリカの著作権法にフェアユースという規定があるので、興味のある方はネットで検索していただければと思います。アメリカの著作権法というのは、実はヨーロッパと比べてかなり遅れたところのある法律です。アメリカがベルヌ条約に加盟したのは割と最近のことで、30年くらい前でしょうか。フェアユースという規定は非常に一般的かつ包括的な規定であって、要は「裁判で解決しようよ」というようなざっくりとした規定です。例えば先ほど申し上げた企業内のコピー利用が著作権侵害であるかどうかについても、このフェアユース規定を軸にいろんな裁判が展開されてきた歴史があります。アメリカは判例法の国ですから、法律でいちいち決めなくても裁判所の判決が法律になるので、日本で同じようにはできませんが、そういった性格の規定を日本でも創設することが検討されています。

6.デジタルコンテンツ流通促進法制に関する文化審議会の検討

文化審議会で検討し、今度報告書で出す法律改正の結論は、権利者が不明の場合の制度です。テレビドラマであれば、出演していたタレントで今はどこに行ってしまったかわからない人がいます。そういう人の権利は連絡の取りようがないので、何とかしなければいけないだろうという結論が出ています。この辺りの手立ては、次の法律改正に盛り込んでいくことになっていますが、先ほど申し上げたネット法の問題に権利者団体が強く反発していたり、それに対して利用者側からの働き掛けが強められたりするなど予断を許さないものがあります。今年も恐らくいろんな動きが出てくると思いますが、これは日本の著作権法が受けている最大のプレッシャーの1つです。しかし私たちのスタンスとしては、淡々と必要なことは審議会で検討し、合意が得られたものは改正していくということです。

7.私的録音録画補償金と私的複製の範囲の見直し

大きな問題の2つめは、私的録音録画補償金の問題です。これがまた複雑で、私も今のポストに来るまでこういうものがあることを知りませんでした。皆さんは音楽をCD-RCD-RWに録音したりしますね。あるいはテレビ番組を録画するときにDVDレコーダーでDVDに録画します。実はこういったデジタル録音・録画の機器や媒体には、私的録音録画補償金というものが課されています。DVDレコーダーを買ったときに見ていただくとそう書いてあります。一方、DVD-RDVD-RWを電気屋のパソコンコーナーで買っても補償金はかかっていません。家電製品のレコーダーコーナーで録画用DVDとして売っているものには補償金がかかっています。これらの中身はどうも同じもののようです。私も詳しくは知りませんが、補償金がかかっているかいないかが一番の大きな違いで、テレビ番組の録画をするときは録画用DVDを買ってください。

著作権法の第30条に、自分の楽しみのために自分の家でコピーするのは違法ではないが、デジタル録音・録画をする人は補償金を払わなければいけないという規定があります。これは、家でデジタル録音・録画をする人の義務として規定されているのですが、金額的にはほんの僅かです。録画用媒体の補償金は販売価格の1%となっているので、DVDであれば今1100円するかどうかですから、1円ないしはそれを下回るぐらいの金額の補償金がかかっているということです。

では、なぜそのような補償金があるのかというと、昔は私的複製というのはせいぜい家でカセットテープに録音するくらいで、私もその世代ですが、音楽を聴く人はカセットテープに録音したものです。これを何十回も聴いていると音がだんだんすり切れてきて、最後はボロボロになってしまったりする。あるいは、アナログレコードは針で溝を削っていくわけですからだんだん音が劣化します。しかし、デジタル録音やデジタル録画というものは、元と全く同じ品質のものが幾らでもつくれてしまうという技術です。これはある種の革命と言って良いと思います。

皆さんも心当たりがあると思いますが、『篤姫』を録画したが、「田舎の父も観ていないかもしれないから」と思ってもう1枚コピーします。そして、「じゃあ、友達にももう1枚コピーしよう」というふうになるかもしれない。このようなことは以前はできなかったことであり、一人ひとりの行為としては大したことでなくても、日本全国津々浦々で皆が始めてしまえば権利者の方に大きな経済的損失をおよぼすことは明らかです。そこでデジタル録音・録画をする人は、ほんの僅かで結構ですから権利者の方々にコピー料のようなものを払ってくださいというのがこの法律です。

実はこれはヨーロッパ各国ではずいぶん昔から導入されており、平成4年にようやく日本で導入されたものです。さらにヨーロッパは、デジタルに限らずアナログの録音・録画でも補償金を取っていますから、日本はそういう意味ではまだ遅れています。補償金そのものは、レコーダーやDVDなどの媒体の販売価格に上乗せされていますから、消費者からいただいた補償金をメーカーが権利者に還元するということになります。メーカーが補償金管理協会という団体に支払って、そこから権利者に回るという形になっています。

最近になってこの録音補償金が急激に減ってきており、録画の補償金もこれから減ることが確実です。それはなぜかというと、最近出てきた録音・録画のデバイスであるパソコンやiPodに補償金をかけていないからです。ですから、そういうものに補償金をかけるべきだというのが権利者側の主張で、これに対してソニーやシャープ、パナソニックといったメーカーは反対しており、補償金制度はこれ以上拡大すべきではなく、むしろ廃止すべきだと言っています。

その理由は、地上デジタル放送のようなコピー制限がかかっているデジタルコンテンツが最近増えてきているためです。ダビング10というのは、9回までコピーできるが10回めはムーブと言ってレコーダーからお皿に移るというものですが、実は20117月になるとアナログ放送が終わって地上デジタル放送だけになってしまいます。これがまた大問題で、今皆さんが見ている普通のテレビは、そのままであれば映らなくなってしまうのです。デジタル放送が見たければ、デジタル放送が受信できるテレビを買うか、チューナーを買ってきて取りつける必要があります。

地上デジタル放送だけになったとき、このダビング10に補償金をかけるべきか、かけるべきでないのかというのが大議論になっています。このダビング10については、文科省、経産省、総務省の3省庁の間で迷走した議論が続き、昨年62日に予定されていた実施が1カ月間延期になったという経緯があります。このとき、とりあえず文科省と経産省の間で、ブルーレイという新しいDVD規格を補償金の対象にするということで合意しましたが、このブルーレイの指定の仕方も揉めていて、まだ補償金はかかっておらず、私たちと経産省の間で議論が続いています。

この肝心かなめの法律改正をするかどうか。つまりiPodあるいはパソコンのようなものを補償金の対象にするためには法律を改正しなければいけないのですが、ここのところが非常に揉めております。著作権保護技術というのはコピーガードがかかっているもののことですが、無限にコピーできるわけではない。そうであれば補償金をかける必要はないのではないかというのが、メーカーあるいは消費者団体の主張です。

しかし、コピー制限といっても、絶対にコピーしないでくれというコピー制限を著作権者が自分で勝手につけられるのであればいいのですが、そうではありません。例えばダビング10も、権利者、メーカー、消費者、放送局など、いろんな方たちの話し合いで、妥協点の1つとして10回というのが決められたので、権利者側は9回+1回もコピーできるのだから補償金は当然ありだと思っているのです。この意見の違いが抜き差しならない状態になっていて、出口の見えない状況が続いています。従って、この点についての法律改正は次の改正では難しく、引き続き議論をするということです。

この関連でもう1つ申し上げておきたいことは、私的使用目的の複製の範囲の見直しです。これが先ほど少し述べた違法ダウンロード問題です。携帯電話の着うたや着メロの違法サイトも含めて、大変な数の海賊版がインターネット上に出回っています。そしてそれを無邪気にダウンロードする若い人たちがたくさんいる。調査結果で一番多いのは中学生や高校生ですが、お小遣いがあまりなくてCDを買いたいけれども買えない人や、携帯電話代がかさんでいるので無料サイトがあるならそちらの方がいいという人など、いろんな人がいるのでしょうが、被害は正規のコンテンツビジネスをはるかに上回る規模になってきています。つまり、お金を払わないでダウンロードしているファイル数の方がずっと多いということです。

今は著作権法の30条で私的複製の規定がありますので、いくらダウンロードしても違法ではありません。しかしアップロードは違法で、海賊版を皆で見てくださいとネットにアゲてしまうのは違法ですから皆さんはしないでください。しかも、アップロードはプロバイダーに情報を出してもらえば発信元がわかりますからへたをすると警察に捕まります。これに関しては先進各国が皆同じ悩みを抱えていて、ドイツ、フランス、スペインなどではダウンロード行為を違法にするという法改正をしていますし、アメリカでは裁判の判決で違法だというものが出ています。日本もこの30条の権利制限規定からこういったものは除外すべきであるという検討を審議会でやっており、この件については次の改正で行いたいと思っています。このことについて昨年意見募集をしたところ、インターネットのエンドユーザーから7,000通近くの反対意見が来ました。文化庁が人権蹂躙法案を準備しようとしていると。ここに1つ誤解があるのですが、今回しようとしている改正には罰則をかけません。アップロードの方は罰則がかかっていますが、ダウンロードには罰則はかけません。従ってどちらかといえば啓蒙的なというのでしょうか、違法にすること自体に意味があるという類の改正なのです。

8.保護期間の延長問題

大きな問題の3つめは、保護期間の延長問題です。これがまた大変な問題なのですが面白い話なので、ぜひ家に戻られたら「保護期間延長」でネット検索していただくといろんなものが出てくると思います。著作権というのは未来永劫保護されるわけではなく、今は著作者の死後50年保護されるとなっています。ご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、著作権が切れた文芸作品、例えば夏目漱石の作品などをアーカイブにして誰でも読めるようにしてある「青空文庫」というサイトはなかなか便利なものです。本屋に行って夏目漱石の文庫本を買わなくてもネットで読めるわけですが、これは著作権保護期間が切れたからできることで、著作権保護期間が切れていないものはちゃんと権利者に断って、場合によってはお金を払わないといけません。実は今、この著作権保護期間の50年を欧米諸国並みの70年に延長すべきであるという議論が審議会で行われています。

1990年代の初めごろにEU70年に延ばすことが決められ、1994年か95年にアメリカがそれに対抗して70年に延ばしました。そのときにアメリカでは国論を二分する大論争になり、ノーベル賞経済学者などが連名で反対意見を出したり、法律が通ったあとも憲法訴訟をやったりして大反対だという人たちがたくさん出てきました。アメリカでは70年に延長される法律は通ったのですが、アメリカでの反対論がそのまま日本に移って来ている感じで、経済学者を中心に大変強い反対論が唱えられています。

レジメには「延長論の主な根拠」「慎重論の主な根拠」とありますが、例えばインセンティブ論というのが言われており、著作権の期間が長ければ長いほど著作者にメリットがあるので、それが多様な創作活動につながるということです。そのように聞くとそうかなと思います。例えば私が何かをつくろうとする。それが、ぎりぎり私の孫の代まで保護されるかどうかというところですが、それが長くなるというのであれば、もうちょっと頑張ろうということになります。一方反対派の人たちは、著作権が切れた後にそれを皆で自由に使えるようにする方が、新しい創作活動を生み出すと言っています。それを聞くと、なるほどそういう面もあるとなります。ああ言えばこう言うということで、これは著作権の本質論に関わる非常に大きな問題です。

著作権法は文化の発展を目的にしていると最初に申し上げました。文化の発展のためには、オリジナリティをつくり出した人を強く保護する方がいろんな文化が生まれてくるのか、それともそこのところは少し緩めにしておいて、情報がたくさん出回ることを許容する方が文化が豊かになるのか。ここで言う文化とは一体何かという問題をはらんでいるので、今期も結論が出そうにありません。ただ個人的な意見を申し上げますと、最終的には延長すべきではないかと思います。やはり国際的な流れを考えると、日本はこれからも知財立国・コンテンツ立国と言っていくわけです。日本のアニメなどは大変な人気で、『クレヨンしんちゃん』がフランスで大人気だということを先日テレビでやっていましたが、日本がそこのところを国策として考えて何か手を打っていくというのであれば、やはり保護期間もヨーロッパやアメリカと揃っていないといけません。一方ではこういうことを言い、ある一方では違うことを言うということになって、矛盾した態度になるのではないかと思います。ただし延長した時にいろんなデメリットが出てくるのも確かで、そこのところはよく考えて、デメリットを解消するような手立てを講じなければいけないだろうと思っています。

9.第7期法制問題小委員会の審議事項

最後に、そのほかもろもろの改正事項をざっと眺めてもらえればと思いますが、この中には次に実現できそうなものもあればそうでないものもあります。「インターネット等での海賊版の譲渡等の申出行為」は、実際に海賊版を売ってしまうのは今も違法ですが、ネット上では「売りますよ」と言っている人と実際に売っている人は別だったりするので、売りますよという広告も違法にしようということです。これは次回に改正したいと思っています。

2つめの「親告罪の範囲の見直し」。これは難しくて次回はできないと思います。それから「薬事法の規定に基づく医療機関等への文献提供」。これも難しいと思います。それから「障害者の方のための権利制限規定の拡大」。これはぜひ改正したいと思っています。

そして「インターネットオークション等で美術品等の譲渡等を行う際の画像掲載」。これはYAHOO! オークションなどで美術品や写真を売っている場合がありますが、画像がないとどういうものかわからないので画像が出ています。その画像について権利者の許諾を取っていないことが多いではないかと言う人がいて、そんなものは権利者もあまり気にしていないのですが、某新聞がデカデカと「これは権利侵害になっている恐れがある」という報道をするものですから現在検討していまして、次にやりたいと思っています。

それから「検索エンジンの法制上の課題」です。本当にこの23年、日本で検索エンジンサービスもうまくできないのは著作権法が非常に固苦しいからであり、YAHOO! ジャパンもホストコンピューターをアメリカに置いている、というようなことがまことしやかに言われています。検索エンジンで行われていることがなぜ著作権と関係するのかというと、検索エンジンは検索サービスロボットが世界中のウエブサイトを24時間回って、ウェブやブログの情報をそのままコピーしてきてコンピュータに溜めているからです。そして検索にかかると、関係するものがバッと出てくるという仕組みです。そこで複製が起こっているとか、場合によっては翻案が起こっているのではないかと言われるのですが、日本の権利者側はそれを問題にしたことは一度もありません。むしろアメリカでは、Googleなどを相手取ってその種の裁判がたくさん起こっていますから、アメリカの方がよほど不自由なのですが、日本の通信事業者の弁護士は、「私は日本の著作権法をよく見たのですが、当てはまるものがないのでこれは違法ですね」と言います。コンプライアンスの観点から問題だ、日本にはアメリカのようなフェアユースがない、というようなことを言うわけです。ですから次回には改正したいと思って検討していますが、これで何か世の中が変わるかというと全く変わりません。こういうことを我々はやらされているわけです。

10. 第8期法制問題小委員会の審議事項

それから「機器利用時、通信過程における一時的蓄積等の対応」も同じような話で、ネットの中でいろんなコピーが起こるわけです。例えばネットワークサーバーの中でキャッシュがどうのとか、ミラーサーバーでどうのとかいう複製行為が起こっています。そういうものが今は違法になっており、何とかしてくれと通信事業者の方がおっしゃるので検討しています。これは次の改正でやりたいと思っていますが、こういったものが非常に多いのです。

以上が私が準備させていただいた話の全てです。ぜひ皆さんには、著作権問題についてこれからも関心を持っていただきたいと思います。紹介している参考図書や文化庁のホームページや著作権情報センターという私たちの所管の法人のホームページには、たくさん情報が出ています。著作権の問題を考え始めると非常に面白い問題ですので、ぜひ関心を持ってください。これから日本がコンテンツ大国・ソフトウエア大国としてクールジャパンで行くのであれば、著作権にはまだまだ強化しなければいけない部分がたくさんあります。私たちも何とかプレッシャーをはねのけて頑張っていきたいと思っていますので、ご理解、ご支援をいただければ幸いに思います。

―以下、質疑応答―

Q.ネットワークを使ったファイル共有ソフトなどで、音楽データのアップロードやダウンロードを平気で行うことは著作権侵害だと問題になっている。このような便利なツールの悪用による著作権法違反はどのようにすれば止めることができるのか。また止めることができないのであれば、どうすればこのようなツールと著作権(法)は相容れるようになるのか教えてほしい。

A.ヨーロッパなどに比べると、日本ではまだ一般の方々の知的財産権に対する認識は定着していない。日本の法律がヨーロッパに追いついたのは平成に入ってからだが、本当はそこからいろんな普及啓発をしなければいけない。学校教育でも知的財産権については教えることになっているが、目に見えないものの価値をどう教えるかというのはなかなか難しい。しかし、そういうものだという認識を子どものころから身につけるためには、教育が一番重要である。認識が定着する前の段階でインターネットが普及してしまい、手軽にいろんなコピーができるようになってしまった。つまり、技術の方が先を行ってしまったということが、非常に根本的な問題なのではないかと思う。

著作権を侵害すれば1,000万円以下の罰金あるいは10年以下の懲役が課せられる。実際の判決はそんなに重くなくても、これほど重いものであるということを皆さんには改めて認識していただきたい。ネットワークでのいろんな侵害行為には、どこの国も頭を悩ませているが、日本のコンテンツで言えば国内より中国の方が問題だ。『篤姫』などもバンバンコピー映像が出ていたらしい。対策としては、国際的な働き掛けやいろんな取り組みを地道にしていくしかないと思う。

Q.著作権をかたくなに行使することが、本当に音楽産業の発展にとって必要なのか。

A.例えばJASRACはネットの中では悪玉になっている。天下り機関のように思っている人もいるが、天下っている人など一人もいないし、アメリカのいろんな団体と比べたら本当に穏健である。日本における著作権侵害で、民事裁判で訴えられたり刑事告発されるのは何度警告してもやめない悪質な人だけ。また先ほど述べたように検索エンジンサービスで訴える方もいないので、決して日本の権利者団体がかたくなな主張をしているとは思わない。

もし質問者が、モノを創造するときはまず模倣から始まるのに、そこに権利を振りかざすのはクリエイターの意識からするとちょっと違うのではないかと考えておられるなら、そういう面は少しあるのではないかと思う。大体アーティストというのは、自分が権利を持っている意識もあまりなく、かなり大らかだったりする。往々にして権利を守らなければいけないと言うのは、本人ではなくて事務所であったりする。モノをつくる人が世俗のことを何でもかんでもやるわけにはいかないのは、どんな世界でも同じである。大学の学者の場合も発明した特許を自分で管理しているわけではない。そういうものが世の中であると思っていただけるといいのではないかと思う。

Q.例えばコンテンツをネット上で流し、権利者が利益を上げるシステムができあがる前に、You Tubeやニコニコ動画が生活に密着してしまった。法律が追いつかないことで権利侵害が起こることについてどう思われるか。

A.著作権の問題というのは本当にバランスの問題で、私たちは「保護と利用のバランスをはかる」というのを決まり文句にしている。権利が守られればそれでいいと思って私たちもやっているわけではないので、そこのところは今日の話を聞いておわかりいただけたと思う。世間では、文化庁は虎視眈々と自分のところの権利強化を狙っているとか、既得権益にしがみついていると言われているが、そんなことを考えているわけではないのでご理解いただければと思う。

Q.私は以前に著作権保護期間の延長問題などについて調べていて、そのときにフェアユースの話が出てきたのだが、今期の改正はないのだろうか。延長すればインセンティブが上がるということもあるが、その反面、青空文庫の利点などがなくなる。個人的にはフェアユースで特例を設けたりすればかなり良くなるのではないかと思っているが、先生のお考えを聞かせてほしい。

A.フェアユースそのものはアメリカ著作権法の107条という規定で、アメリカは成文法主義ではなく判例法主義の国なので、裁判所の判決が法律と同じ重みを持っている。フェアユース規定は1970年代にできた比較的新しい規定だが、その前に星の数ほど裁判所の判決が出ている。アメリカ人はすぐに裁判で争うので、こういう場合は著作権侵害だ、こういう場合は著作権侵害ではないという判例がたくさんある。

一方、日本やフランス、ドイツは成文法主義といって、法律を変える場合は必ず議会で議決をしなければならない。日本の権利制限規定が教育利用や検索エンジンなど、11つ法律で規定しないと完全にシロにならないという構造に対して、アメリカのフェアユース規定には「適正利用は違法ではない」と書いてあるだけで、あとは裁判で決まる。フェアユース規定があるから自由に何かがやれるということはないのだが、何か新しいことを始める人から見ると、フェアユース規定が日本にないから違法になってしまうのではないかとなる。それで実は、日本版のフェアユース規定を導入すべきだということが11月末に知的財産戦略本部で提言された。正直言うと、2年間やってきた課題の総決算を今月末に行って国会に法案を出し、その後日本版フェアユースの検討に入りたいと思っている。日本の法体系は英米法体系と少し違うので、アメリカと全く同じような規定をつくることはできないが、今の著作権法の中でもう少し包括的な規定があってもいいのではないかという考えには頷ける面もある。誰が見ても権利侵害ではないという些末な利用行為を救うための規定も必要かもしれない。

Q.今はB-CASカードを使ってダビング10というコピー制限をかけているが、それに結構コストがかかってチューナーやDVDレコーダーの値段が高くなっていると聞いている。そのコスト分は権利者に回るようにして、コピー制限を解除するという方向に問題があるのかが素朴な疑問。消費者はコピーができるようになり、権利者にはお金が一杯入ってくるようになる。それからメーカーも、コピーができて使いやすくなるので商品を買ってくれと言えると思うのだが、障害はどこにあるとお考えか。

A.このことを皆さんにわかりやすく説明するのは難しい。実はこの件は非常にいろんな経緯を辿ってきており、最初は地上デジタル放送のコピー制限はコピーワンスといって1回しかコピーできない厳しいものだった。それがあまりに消費者の評判が悪いので、緩めようという議論が一昨年から総務省の審議会であった。そのときにコピー制限をかけずに補償金をたくさん権利者に戻すというオプションはたぶんあったと思う。ただ、コピー制限をかけないということになった場合、補償金の金額は相当なものになるだろうと思う。その当時私はいなかったが、メーカーと権利者と消費者の三者が総務省の審議会でいろんな議論をしていたようだ。B-CASカードはコピーワンスのときからあるので引き続き使い、ダビング10という形でコピー制限の回数を増やすことになった。これは電波に埋め込む信号を変えるという方法だが、言ってみれば妥協的結論が出たということである。

だから、補償金をたくさん権利者に還元してコピーもフリーにするというやり方もあると思うが、メーカーは補償金制度をもともと快く思っていないので、それについて提案が出ても、いろんな形で反対をしたのではないかと想像する。

それから実は、B-CASカードを廃止する方向で総務省の審議会の議論が始まっている。B-CASカードが非常に負担であるという消費者の指摘はその通りで、こういう形を取っている国はほかにない。しかもあのカードはどこかの団体から貸与されるので、そこのところが非常に不透明なので何とかしろという話になっている。方向としては例えばソフトウエア的なものに転換するとか、別の仕組みを取るということになってきていると聞いているが、なかなかこの問題は難しい。例えばダビング10をひっくり返して一から検討すればいいという意見もあるかもしれないが、2011年に地上デジタル放送になることが法律で決まっているので、とにかく放送局の方たちは準備で大変である。残された時間に限りがある中、選択肢は非常に少ないのかなという感じを受けている。





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文化庁長官官房著作権課長
19623月 福岡県生まれ
19843月 東京大学法学部卒業
19844月 文部省入省
その後、大学課専門員、科学技術庁計画課課長補佐、総務課法令審議室長、大臣官房企画官、全米科学財団出向(科学技術政策調査)、千葉県教育委員会教育次長、主任大学改革官(国立大学法人化担当)、特別支援教育課長、教科書課長などを歴任し、20077月より現職。

【参考資料】
『著作権テキスト』(文化庁編著・下記の文化庁HPでダウンロード可能)
『著作権法入門2008』(文化庁編著・社団法人著作権情報センター発行)
文化庁HP(著作権関係情報)http://www.bunka.go.jp/chosakuken/index.html
社団法人著作権情報センター http://www.cric.or.jp/