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立命館大学

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人間科学研究科/谷 千聖さん

人間科学研究科谷 千聖さん

安心できる人間関係を築くために

 ~誰もが抱える悩みの究明を目指して~

 遥か昔から現代に至るまで、人同士のつながりを通して文明を発展させてきた私たちヒトにとって、人間関係は常に悩みの種であり続けてきた。とりわけ、仲睦まじかった恋人や夫婦が、さまざまなライフイベントを経験していく中で、すれ違い、結果的に関係が破綻してしまうことは、決して少なくない。
 そんな「恋人や夫婦がいかに良好な関係性を築けるか」という問いに挑戦しているのが、谷千聖さん(人間科学研究科博士課程後期3回生)だ。幼い頃から人と人との関係が形成されるプロセスに興味があった谷さん。大学入学後、「人間が他者と繋がる際に無意識で考えていること」に対して、論理的な裏付けができる「心理学」にのめり込んでいった。現在、カウンセラーとして働きながら、アカデミックな研究にも全力で取り組む原動力になっているのは、谷さんの中に息づく「知的好奇心」だ。そんな谷さんに、研究にかける思いを聞いた。

2023.06.09

  • 子どもの頃に抱いた疑問を明らかにするべく、大学へ。
  • 人が持つ「弱さ」こそが、親密性のカギになる?
  • 思い通りに進まないこともある。でも研究が好きだから、頑張れる。
  • 学んだことを、目の前の人に役立てたい。
  • 幼いころから追い求め続ける答えへの道は半ば。これからも挑戦は続く。

子どもの頃に抱いた疑問を明らかにするべく、大学へ。

 「話をするのに緊張する人と、リラックスして話せる人がはっきり分かれるのはなぜだろう、という疑問を幼少期から持っていました。気軽に話せる、安心していられる関係性の築き方を解明したいという思いが、進路を決めたきっかけです。」大学で心理学を学ぶことに決めた理由を、このように語る谷さん。中でも、専門として選んだのは、谷さんが抱き続けている疑問を追求できる臨床心理学分野だ。大学院に進学した現在は、個人の心の問題についてフォーカスした研究を日々行っている。特に、互いに自分の弱さを安心して出し合える「親密な関係性」が谷さんの取り組むテーマだ。
 大学で初めて心理学に触れた谷さんが、学部時代に研究したのは、思いやりや慈悲そのものを指すコンパッションという感情。人間が生まれつき持つ、心の優しさについて学んだ。その後、修士課程ではカウンセリング実習の経験から、カウンセラーとクライエント(カウンセリングを受けに来る人)がどのように安心できる関係性の構築できるかを探求した。カウンセリングの実習が修士課程とほぼ同時に始まり、クライエントとの良い関係の構築に難しさを感じていたことがきっかけだったという。そして、博士課程の今は、カップルや夫婦、距離感の近い二者間における「親密性」はどのように構築されるのかの解明に取り組んでいる。進学するにつれて、より具体的な関係性について調査・研究を進め、「親密な関係性」の築き方のヒントとは何なのか、どのように築くことができるのかを追い求め続けている。

人が持つ「弱さ」こそが、親密性のカギになる?

 谷さんが現在力を入れている研究手法が、観察調査だ。直接現場で対象者を観察し、データを得るこの調査方法。今起きていること、生の声をリアルタイムで採取できるところにメリットがある。日本において成人のカップルや夫婦を扱った先行研究は意外にも少ないという。二人同時にカウンセリングを受けるという習慣がないという、文化的背景などが影響していると考えられており、十分な研究手法やデータが確立されているとは言い難い。そんな状況でも、観察調査にこだわる谷さんが思いを語る。「日々の生活の中で抱いた『人と良い関係・安心できる関係を築くためにすべきことを知りたい』という思いが、私の研究の出発点です。そのヒントは、やはり、リアルなコミュニケーションの中に隠れていると考えています。だから、現場を生で体感できる観察調査にこだわっています。先行研究が少ないという困難はありますが、『自分の知りたいことにより近づける』方法だと思っています。」
 これらの研究の中で、キーワードとなるのが、人が持つ「弱さ」だと言う。
 「自分が持つ「弱さ」をパートナーに開示し、パートナーからその弱さを受け止めてもらえたときに、親密性が高まるという先行研究があります。つまり『親密な関係性』の構築には、相手の思っていることや気持ちのシグナルをお互いが理解しようとするのが重要です。すぐに理解できなくても、相手を分かろうとする姿勢自体が親密さを生むための一歩になると考えられます。ただし,この相互関係は,カップル・夫婦をとりまく環境が大きく変わったとき,特に,親への移行期において,うまく維持できなくなる可能性が示されています。そんなとき,「どのような手立てがあれば親密な関係性を取り戻すことができるのか」が十分に分かっていません。
 今後は、観察調査で得られたデータを定量化することで、質的・量的の双方のアプローチを駆使して、距離感の近い二者が気持ちのすれ違いを解消し,「親密性」をいかに生み出せるのか、その実践手法の確立に挑んでいる。

  • 子どもの頃に抱いた疑問を明らかにするべく、大学へ。
  • 子どもの頃に抱いた疑問を明らかにするべく、大学へ。

思い通りに進まないこともある。でも研究が好きだから、頑張れる。

 博士課程に進学し、研究に打ち込むモチベーションについて、谷さんはこう語る。「修士課程や卒業論文等、研究そのものが大好きで楽しいと感じています。自分の知らなかったことや想像できなかったことが、明らかになるのは素晴らしい経験でした。論文として形になっていくプロセスにおいて、参考文献や共同研究者、先生から様々なアドバイスを得ます。自分だけでは思いもしなかった多角的な視野を持てるようになるのが一番楽しいですね。」 
 しかし、全ての研究が思い通りに進むわけではない。研究の途中で、立てた仮説と違った結果が出ることもしばしば。それでも、谷さんはあきらめない。「思い描いていたものと異なる結果が出たのなら、他に何か大事なファクターがあるということだと考えるようにしました。そのように考えることで、仮説を見直すのはもちろんのこと、実験手法を工夫して更に正確なデータを得るなど、新たな発見の糸口にできています。」

  • 人が持つ「弱さ」こそが、親密性のカギになる?

学んだことを、目の前の人に役立てたい。

 谷さんは博士課程で研究を行いながら、臨床心理士としても働いている。臨床心理学分野では、研究と実践を同時に行っている人はまだまだ少ない。そういった状況でも、谷さんは自らの挑戦にポジティブだ。大学院生と臨床心理士の二刀流を実践するメリットは、片方で行ったことがもう一方に活かせることだと語る。「研究で身につけた知識を、頭の中だけで完結させるのではもったいないです。クリニックのカウンセリングで実践することで、机上の空論になっていないかをチェックしています。逆に、臨床現場での実体験や抱いた疑問が、研究の突破口になることもしばしばです。実際、『親密な関係性』や対人関係について研究してきたので、カウンセリングの場面ではクライエントの気持ちを推測しやすくなったと実感しています。」
 そして、谷さんは、博士課程まで進んだ自分が臨床場面で活動することに、意義があるという。「臨床心理士として働く中で、相対したクライエントに、自分は何ができるのかをより深く考えるようになりました。働く前は、知的好奇心が研究のモチベーションでしたが、そこに新たな要素が加わったのです。クライエントの悩みを解決するために、もっともっと学ばなければならないという気持ちが湧いてきます。」自身の知的好奇心に加え、蓄えた知識を社会に還元することが谷さんのモチベーションにつながっている。

  • 学んだことを、目の前の人に役立てたい。

幼いころから追い求め続ける答えへの道は半ば。これからも挑戦は続く。

 さまざまな研究科の学生と教員が所属し、専門とする学問分野の壁を越えて、議論し切磋琢磨する立命館先進研究アカデミー(RARA)に参加している谷さん。その一環として、附属の中学校の生徒に自身の研究を発表する機会があった。終了後、多くの生から「もう一度聞きたい」という声が上がった。中には、「親密な関係」を築くために自身の行動を見直すと回答した生徒も。研究で得た知識を人々に還元する。そんな谷さんの行動が早くも結果を出し始めている。
幼いころから追い求め続ける答えへの道は半ば。これからも挑戦は続く。
 現在、谷さんは社会との関わりを持ちながら、研究を続けることができるキャリアを模索している。「安心できる対人関係の築き方というのは、これからもずっと取り組みたいテーマです。中でも、博士論文で取り組んでいるカップル・夫婦に関する研究には、まだまだできることがあるはずです。だから、今後も追及していきたいですね。」自身の出発点であり、私たちが抱える永遠のテーマである「親密な関係性」。谷さんはその答えを求めてこれからも進んでいく。

  • 幼いころから追い求め続ける答えへの道は半ば。これからも挑戦は続く。