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立命館大学

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理工学研究科/増田 葉月さん

理工学研究科増田 葉月さん

工学の力で女性の健康を支援

 新たな月経周期モニタリングシステムの開発に挑む

 頭痛や腹痛、イライラ、集中力の低下といった心身の症状、ならびにそれらの症状に伴う対人関係の悪化や、労働生産性の低下などを引き起こす月経不調。多くの女性を悩ます月経随伴症状などによる社会的負担は、1年あたり6828億円、そのうち労働損失(会社を休む、労働力・質の低下)は4911億円に達しており、女性の健康支援は重大な社会課題となっている。
 理工学研究科の増田葉月さんは、文理横断型の研究交流を通じて、女性の生体リズムをモニタリングするシステムの開発に挑んでいる。女性がより健康的に働くことができる社会を実現するため、新たなテクノロジーの社会実装を目指す増田さんの研究に迫った。

2023.09.07

  • 月経によるこころの不調を数値化するシステムの開発に向けて
  • 睡眠中の心拍数から、高精度かつユーザーの負担が少ない測定法を開発
  • 分野を融和する研究を進め、女性の健康にアプローチする
  • 工学技術で人の命が救えることに感銘を受けて
  • 「なぜこの結果が出たのか」その思考を深める過程が自身を成長させてくれる

月経によるこころの不調を数値化するシステムの開発に向けて

 増田さんが取り組んでいるのは、質的研究を用いた「主観的な評価手法」とウェアラブルデバイスで生体データを測定する「定量的な評価手法」を組み合わせた、月経周期のモニタリングシステムの開発だ。


「これまで、月経前症候群(premenstrual syndrome : PMS)による心理的な不調の評価は、評価者の主観的評価を重視していました。ですが、評価者間による心理的な判断のみではデータの変動や評価者内の変動がみられることから、今後はより信頼性を向上させた測定法の開発が必要になります。そこで現在、主観的評価と定量的評価を組み合わせた手法の開発に取り組んでいます」。


 PMSの定量化にあたっては、月経周期や排卵日の推定が必要となる。これらの推定には、従来、基礎体温法やカレンダー法などの予測方法が用いられてきた。ところが、それらの方法だと、精度やユーザーへの負担という点で課題が存在するという。


「基礎体温法では、起床時に数十秒~数分間、毎日同時刻に体温を測定する必要があります。そのため、仕事や家事、育児に追われる女性にとっては負担が少なくありません。また、カレンダー法は周期変動に対応しにくく、排卵日予測検査薬は高精度ですが、継続的に使用する場合費用の負担が大きくなるため、いずれも精度や継続性の点で課題が残ります」。


 そこで近年ではウェアラブルデバイスの登場により、心拍数や体表面温度のデータを駆使した精度の高い方法が開発されてきた。だが、高精度かつ利便性が高いように見えるウェアラブルデバイスを用いた測定でも、実はユーザーの負担は決して軽くはならないと増田さんは指摘する。


「ウェアラブルデバイスを用いた排卵日予測モデルには90%の精度を誇るものがありますが、毎日規則的な生活を送ることが前提条件となるため、あまりフレンドリーな方法ではありません。また、これらの方法では、ヒトの24時間周期の生体リズムである概日リズム※が考慮されていない点に課題があります。最近の研究では、社会的な時間と概日リズムの不一致で生じる『社会的時差ぼけ』が、PMSを悪化させる要因の一つになることが明らかにされており、より正確な予測を行うためには、概日リズムの情報が必要となります」。


 ※脳の視交叉上核の中枢時計によって駆動される24時間周期の生体リズム。身体的・精神的コンディションと深く関係する。

睡眠中の心拍数から、高精度かつユーザーの負担が少ない測定法を開発

 だが、概日リズムのモニタリングには血液採取や日中の運動制限、24時間の計測が必要とされるため、概日リズムを加味したモニタリングシステムの実装は難しいとされてきた。そこで増田さんが着目したのは、睡眠中の心拍数だった。


「ある研究では、女性の睡眠中の心電図を計測し、データを分析した結果、概日リズムの振幅の変動と月経周期に有意な関係が示唆されました。その実験結果と、睡眠時に心拍数が最も低下し、外部の刺激を受けにくいという先行研究を踏まえて考察を進めたところ、『睡眠中の生体データを活用することができれば、心身への負担が低い概日リズムの推定手法を構築できるのではないか』という着想を得ました」。


 仮説をもとに実験を進めた結果、睡眠中の心拍数から概日リズムの最低点を推測することに成功。心身の負担が少ない方法で概日リズムの振れ幅を測定することが可能となった。この方法は、後に実施したコロナ禍での生活様式の変化が概日リズムに与える影響を測定する実験や、社会的時差ぼけを考慮した月経周期の推定実験においても有効性が明らかとなった。この成果により、概日リズムの情報を加えた月経周期モニタリングシステムを実現する道筋を見出すことができた。

分野を融和する研究を進め、女性の健康にアプローチする

 現在、増田さんは、優秀で意欲の高い博士課程後期課程の大学院生を支援する「立命館大学NEXT フェローシップ・プログラム 」の採択生として、「立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO) 」の研究プロジェクト「『心の距離メータ』を用いたサイバー・フィジカル空間における人間関係構築技術の開発拠点」に所属。同拠点での研究を通じて、心理学、情報理工学、生命科学分野の研究者と交流し、多角的な研究視点を養っている。その過程で得られた知見をもとに、モニタリングシステムの精度向上のほか、より簡易的かつ高い精度で生体リズムを測定できるデバイスの開発にも力を注いでいる。

 将来的には、月経随伴症状の緩和支援だけでなく、パフォーマンスの向上や時差ぼけの解消をサポートする仕組みの構築を目指す増田さん。周囲の研究者を巻きこみながら社会課題に取り組む彼女は、研究拠点やプロジェクトの発展に欠かせない研究者として日々成長を遂げている。

工学技術で人の命が救えることに感銘を受けて

 増田さんが生体工学に関心を持つことになったきっかけは、小学生の頃に遡る。


「私が生まれた時、既に母は心臓ペースメーカーを装着していました。物心ついたときから、『工学には人の命を救える力があるのか』と感銘を受けており、工学に関心を持つきっかけになりました」。


 高校卒業後、「将来は医療機器を開発して、周りの人が健康に生きられるための手助けをしたい」という思いを胸に、立命館大学に進学。講義と両立して「立命館大学ロボット技術研究会RRST 」の活動に取り組み、ロボット工学に関する知識も深めてきた。 彼女の研究に対する視野を広げてくれたのは、4回生から参加した産学官連携プロジェクトだった。


「その研究は、トップアスリートのサポートに関する学際的なプロジェクトでした。そのプロジェクトを通じて、さまざまな分野の優秀な専門家の方々から多くのことを学ぶなかで、エビデンスをもとに仮説を設定し、実験を重ねて新たなものを生み出す力をしっかりと身につけたいと思いましたね」。


「なぜこの結果が出たのか」その思考を深める過程が自身を成長させてくれる

 そんな増田さんに研究の魅力を聞くと、徹底的にデータと向き合い、概日リズムのモニタリングシステムの研究と向き合ってきた彼女らしい回答が返ってきた。


『なぜそういう結果になるのか』ということを思考する過程が、たまらなく好きなんです。研究成果が出るまでは苦しいこともありますが、その過程が自分をもっと成長させてくれる。そこが研究の面白いところだと感じています」。


 後期課程修了後は、ヘルスケア分野の研究者として世の中に貢献したいと語る増田さん。彼女が目指すのは、多くの人々が健康的に社会活動を送ることができる社会の実現だ。


「年齢や性別、障がいの有無にかかわらず、全ての人が生涯にわたって健康に生きられるサポートをしたいと考えています。今の日本では女性の健康支援だけでなく、社会保障費問題などの多くの課題が山積みとなっています。今後の研究を通じて、人々の日常的な健康のサポートや病気を未然に防ぐことに貢献することが大きな目標です」。


 人々のライフスタイルを大きく変える可能性を持つ彼女の研究に、期待が高まるばかりだ。