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立命館大学

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経営学研究科修士課程前期2回生/三好 春陽さん

経営学研究科修士課程前期2回生三好 春陽さん

デザインの思考で複雑な課題と向き合う

 ~行政組織のデザインマネジメント~

 「デザイン思考」「デザインマネジメント」「デザインシンキング」。近頃、これらのワードを含んだタイトルの本を見かける事が多いのではないだろうか。
 デザインという言葉を聞くと、グラフィックなどの「視覚的な表現方法」を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、実際にはデザインとは視覚的な表現手法にとどまらず、問題の意味を問い直し、新たな意味を与えていくという考え方でもある。今や多くの組織運営やビジネスシーンにおいてデザインを取り入れる動きが世界的に広がる中、そのアプローチを駆使し、行政組織を対象とした研究を進めているのが、経営学研究科修士課程前期2回生の三好春陽さんだ。

2023.10.20

  • 問題を見つめ直し、新たな意味を生み出すデザインマネジメント
  • デザインの本質的な価値を、行政組織に
  • 専門分野に固執せず、学問領域を超える
  • 研究成果を実践する、プロフェッショナルを目指して

問題を見つめ直し、新たな意味を生み出すデザインマネジメント

 グローバル化やIT化が進み、先行き不透明な現代において、デザインの考え方を組織マネジメントに生かす「デザインマネジメント」は諸課題の解決や新たな社会に適応するための術として大きな注目を集めている。例えばアップルやスターバックスといった、世界を代表する企業のイノベーションにも、デザインの考え方が大きく作用していると言われる。では、デザインの考え方とはどのようなものなのだろうか?


「デザインを定義することは難しいですが、デザインについて何かを語る上で大切なことの一つに、物事に対する『態度・心構え』があると考えています。これは、デザイン研究において、デザイン態度(Boland and Collopy, 2004*1)と呼ばれるもので、デザイナーが課題や課題を含む状況と対峙する時の信念と方法の総体のようなもので、創造的な問題解決の姿勢と言えると思います。この姿勢については、立命館大学経営学部・八重樫文教授らが先行研究を整理していて*2、例えばMichlewski(2015) *3ではデザイン態度の特徴として、『不確実性や曖昧さを受け入れること』、『深い共感を得ること』、『五感の力を受け入れること』、『遊び心を持って物事に息を吹き込むこと』、『複雑さから新たな意味を生み出すこと』の5つをあげています」


 三好さんがデザインマネジメントについて関心を持った一つのきっかけは、既存の枠組みとは別の観点で物事を捉えることで、直面している状況の問題設定を書き換える「リフレーミング」がデザインのコアであると知ったことだった。


「リフレーミングの面白さを語る上で、有名なエレベーターのエピソードがあります。あるビルで、『エレベーターが遅い』というクレームが発生しました。課題をそのまま設定してしまうと、『エレベーターの性能向上』という技術的かつ困難な解決策を考えてしまいがちです。しかし、ここで課題を『待ち時間が長い』と捉え直すと、『待機場所に鏡を設置する』という解決策が考えられます。実際にこの解決策を実施したところ、人々はエレベーターを待つ間、身だしなみを整えるようになり、クレームがなくなったそうです。この話を聞いたとき、その場面を言い表す言葉や課題、見方を少し変えるだけで、全く違う世界が生まれることに、非常にわくわくしたことを覚えています

デザインの本質的な価値を、行政組織に

 三好さんが現在取り組んでいる研究のテーマは、行政組織を対象としたデザインマネジメントだ。


「教員である母親を身近に見て育ち、公務員を目指していたこともあり、デザインの面白さにひかれていく中で、行政組織のデザインマネジメントに興味を持ちました。利益追求という明確な目標をもつ営利企業と違い、行政組織は求められるニーズや果たす役割が複雑です」


 近年、日本では行政組織に対してデザインを取り入れようとする潮流が加速している。2022年には、デザインの普及を目指した経済産業省の若手職員による取り組み「JAPAN+Dプロジェクト」がスタート。注目が集まる研究分野である一方、負の側面やデメリットに対する懸念の声も聞かれる。


「先行研究では、デザインの考え方を行政組織の活動や政策立案に導入する研究・実践が多かったんです。しかし、企業で実践されていた手法をそのまま取り入れてしまうと、行政組織における従来の意思決定プロセスが否定されてしまい、かえって混乱が生じてしまう事例が報告されてきました。組織の実態を顧みないデザインが推し進められれば、受け入れる土壌のない行政組織では、デザインの本質的な価値を享受することはできません


 そこで、三好さんは行政組織で培われた組織文化に眠るデザインの要素を抽出し、「外」からではなく「中」からデザインマネジメントを組み立てられないか検討している。


「先進的な公共施設設立などのプロセスにおいて、デザインの考え方が十分に備わった事例が存在します。ただ、多くの場合は事例内においてデザインが備わっているものの、組織全体になると、様々な制度との兼ね合いで、うまく浸透していかないのではと感じています。加えて、デザインの考え方が備わった実践が、暗黙知であることも多々あると思いますね。なので、事例分析を通じて、既に組織「内」にあるデザインを分析・抽出しながら、それをどのように組織全体に浸透させられるかを考え、研究を進めています


 修士論文では、組織に所属する人々に着目。プロジェクトの結果に至った理由について、参加した一人一人の背景から解き明かすために、『複線径路等至性モデリング(Trajectory Equifinality Modeling: TEM)』という質的調査手法を駆使し、研究を進めている。

専門分野に固執せず、学問領域を超える

 行政組織のデザインマネジメントに注目が集まっているものの、研究をする上で、行政分野ならではの苦労も絶えないと三好さんは語る。


「行政組織のデザインマネジメントの研究自体、まだまだ蓄積が十分ではないので、事例そのものを自分自身で見つけていかないといけず、事例の少なさを克服する必要があります。その他にも情報公開のハードルが高く、一筋縄ではいかないことが多いですね」


 そんな困難に直面しながらも研究を進める際に重視しているのは、偏りのないフェアな視点だという。


「デザインを推進するからこそ、自分の専門分野の考え方だけに固執しない姿勢が大切です。経営学をはじめ、社会学や心理学多様な学問分野からの視点・意見に誠実に向き合うことが、価値ある研究成果を生み出し、ひいてはより良い社会の構築につながると信じています


 「多様性」という面では、立命館大学経営学研究科のグローバルな環境も三好さんの学びに好影響をもたらしているという。さまざまなバックグラウンドを持つ留学生とコミュニケーションを取ってみると、共通点やお互いに分かり合えることが想像以上に多かったという。


「同じ日本人であっても考え方や価値観がそれぞれ異なるように、たとえ海外出身の学生に対しても、特別な意識を持つ必要はないと気付きました。多様性に満ちた環境に身を置いたからこそ得られた、貴重な経験だったと感じます」


 そんな三好さんは、2023年10月、アメリカの学会dmi: Design Management Institute( https://www.dmi.org/)が主催する2023 DMI Student Essay Competitionにて、デザインにおける態度や志向の重要性について書き、見事winnerに選出。今後はデザインに関するさらなるグローバルな研究成果発信が期待される。

研究成果を実践する、プロフェッショナルを目指して

 小さい頃から読書が好きで、言葉を扱う広告のコピーライターに憧れを抱いていた三好さん。リフレーミングの考え方はコピーライティングにも通ずるところがあるという。


「商品やサービスが持つ効果や役割を、多くの人にすんなりと理解してもらえる文言は、既存の意味とは違う観点で考えることが求められます。そうした点でコピーライティングとデザインの考え方はとても近いと研究を進めていくうちに気付きました。昔から好きだった広告の世界と共通点があったのは、面白く感じますね


 そんなデザインの面白さに目覚め、経営学部の八重樫教授のゼミで研究していた三好さんは、飛び級制度を利用し、4回生の1年間を経ずに、3回生修了後に大学院に進学した。


「大学院進学の準備期間として4回生を過ごすこともできますが、デザイン思考では実践が大事だと学んできました。学部での必要単位を一通り取り終えていたので、思い切ってチャレンジしました。制度の名前のイメージから成績面が重視されるように思われがちですが、研究計画や面接などの選考によって決められるので、大学院の進学を考えている学部生にはおすすめです


 今後は、博士後期課程に進学し、起業なども視野に入れながら研究を進める予定だという。


「考えを深めたり、知見を広げたりするのが好きなので、これまでと変わらずデザインというテーマに向き合い続けます。将来的には、観測者として分析し、新たな研究成果を生み出しながら、『プロフェッショナル』として経営や組織のデザインマネジメントを実践したいです。研究と実践のサイクルをスピーディーに循環させていきます

*1 Boland Jr, Richard. and Collopy, Fred. Managing as designing. Stanford CA: Stanford University Press, 2004.
*2 八重樫文、安藤拓生、後藤智、森田崇文「企業のデザイン力を測定するためのツールの開発」『デザイン科学研究』Vol. 1 (2022年)
*3 Michlewski, kamil. Design attitude. Burlington VT: Gower Publishing, Ltd., 2015