サブメニューを開く
サブメニューを閉じる

立命館大学

  • TOP
  • interview
食マネジメント研究科博士課程後期2回生/西浦 珠央さん

食マネジメント研究科博士課程後期2回生西浦 珠央さん

骨を強くする食品の開発を目指して

 ~採卵を終えた鶏の機能性を生かす~

 採卵用の鶏(以下、採卵鶏)は、産卵数が低下すると「成鶏」となり、スープ用の鶏ガラやミートボール用のミンチなどに利用される。そんな日常的な料理に含まれる成鶏には、「骨髄骨」という、骨の強さや骨代謝の改善に効果があると期待される部位がある。
 立命館大学食マネジメント研究科博士課程後期2回生の西浦珠央さんは、この成分の効用を解明し、食べるだけで骨が強くなる商品作りを目指して研究を続けている。
 企業の研究員として働きながら、博士課程に進学した西浦さん。骨髄骨に関する研究内容や、忙しい日々の中で感じた研究の魅力に迫った。

2023.12.01

  • 1億羽の鶏がもつ、新たな可能性
  • マウスによる実験で得られた「はっきりとした差」
  • 週2で会社、週3で研究。そして学会発表
  • 骨の健康を維持する食品で社会に貢献するために

1億羽の鶏がもつ、新たな可能性

 日本人1人当たりの年間鶏卵消費量は、約340個で世界第2位(2022年国際鶏卵委員会による調査に基づく)で、諸外国に比べて卵の消費量は相当多い。その需要を満たすため、採卵鶏の数は日本国内で約1億4千万羽にも上るという。
 採卵鶏は、孵化後約2年で産卵の効率性が低下し、その後は成鶏として、さまざまな加工食品の原料へと姿を変える。その加工過程では、骨の付いたままの体をスクリューのような機械で押しつぶし、骨とミンチを分離するのであるが、ミンチには骨に由来する成分などが含まれる(以下、成鶏丸鶏ミンチ)。西浦さんが勤める食肉大手の丸大食品株式会社でも、成鶏を原料としたミートボールやハンバーグなどの商品を生産していて、研究員である西浦さんは、成鶏丸鶏ミンチの機能性について研究する仕事を与えられた。


成鶏には『骨髄骨』という、主に鳥類の雌にのみ備わった特殊な部位があります。これは、血をつくる組織の骨髄とは異なり、カルシウムを貯蔵する役割を担っています。鶏は約2.3gのカルシウムを含む殻に包まれた卵をピーク時にはほぼ毎日産むので、短時間に大量のカルシウムを体内から供給しなければいけません。そこで骨髄骨が、短い産卵周期を可能にするメカニズムの重要な役割を果たしていると考えられています。こうした骨に由来する成分が含まれる成鶏丸鶏ミンチに機能性を見出せるのではないかと期待されています」


 鶏の体内で卵殻の形成が始まると、骨髄骨が分解されてカルシウムが血中に放出され、卵殻へと供給される。卵殻の形成が終わると、鶏の体内では骨形成という骨を作る機能が活発になり、餌から補給したカルシウムによって再び骨髄骨が形成され、カルシウムが貯蔵される。
 特に、骨髄骨という組織は、体内のカルシウム代謝のメカニズムに深く関わっていると考えられており、骨の強さや骨代謝に影響を及ぼす成分が期待されている


「人間も、骨をつくったり分解したりする一連のサイクルによって健康な骨を維持しています。成鶏丸鶏ミンチには、この骨髄骨に由来する成分も含まれ、人間の骨に良い影響をもたらすのではないかという仮説を持ち、より人々の健康に貢献できる商品の開発を目指して研究しています」


 西浦さんは「成鶏骨由来成分の骨代謝改善に関する機能性評価」というテーマで研究を進めている。この機能性を評価するため、成鶏丸鶏ミンチをマウスに投与した時、骨の強さや骨代謝が改善するか実験、検証を行った。

マウスによる実験で得られた「はっきりとした差」

 西浦さんは、実験において一般的に使用される「野生型マウス」と、全身のビタミンDの受容体が働かず腸管からのカルシウム吸収量が著しく低下する特殊なマウス「VDRKOマウス」の2種類を用意。粉末状の成鶏丸鶏ミンチを25%配合したペレット状の飼料と、通常の飼料をそれぞれのマウスに4週間にわたり与え続けた。
 すると、成鶏丸鶏ミンチの入っていない飼料を摂取したVDRKOマウスは、血中のカルシウム濃度が著しく低下して骨がもろくなってしまった。一方、成鶏丸鶏ミンチ入りの飼料を摂取したVDRKOマウスでは、血中のカルシウム濃度や骨の強度が上がり、健康的な野生型マウスと同程度まで、骨の強さや骨代謝が改善していることが判明した


「成鶏丸鶏ミンチの機能性について、予想していた通りの結果が得られ、うれしかったですし、以下のグラフを見ても分かる通り、ここまで差がはっきりと出たことは驚きでしたね。今後、機能性をより詳細に明らかにする第一歩になったと思っています」



 驚くべき結果を得た西浦さんだが、成果が出るまでにはさまざまな苦労があった。管理するマウスの繁殖・交配が計画通りに進まなかったり、実験結果の精度を上げるためのデータの採取に苦心したりと、一筋縄ではいかない日々の連続だったという


「わずかなずれが実験結果に影響することを考えると、少しでも丁寧に進めなければなりません。マウスの体重や飼料摂取量の測定から、ふんや血液のミネラル濃度の測定、解剖して摘出した骨の強度測定や、共同研究先で撮影していただいたマイクロCT画像による骨密度解析まで実施します。このような緻密な作業を着実に積み重ねることで、真実に近づくことができると思っています」


 西浦さんの研究は中国成都で開催された「アジア栄養学会議」で、「Empowering Tomorrow's Nutrition Leaders: The Young Scholars Forum on Innovative Nutrition and Health Research」の一つにノミネートされるなど大きな反響を呼び、専門家が見ても重要な業績だったことが分かる。
 今後西浦さんは、成鶏丸鶏ミンチが機能性を発揮するメカニズムを明らかにし、そこに含まれる機能性成分を同定するべく、細胞試験を取り入れた次の研究に歩みを進めている

週2で会社、週3で研究。そして学会発表

 西浦さんが食マネジメント研究科に入学したのは、企業の研究員として成鶏丸鶏ミンチの機能性を共同で研究できる先生を探していた際、食マネジメント研究科・増山律子教授にコンタクトをとったことがきっかけだった。共同研究を進めるうちに、成鶏丸鶏ミンチの効用に可能性を見出し、より研究に深く関わりたいと思いを強くしたという。


「農学分野で修士号を取得しましたが、博士課程後期への進学は考えていませんでした。しかし、共同研究をする中で、最新の器具を使いながら自分で手を動かして実験を進めたいと考えるようになりました。他の大学院生と研究について語り合えるところも魅力に感じ、博士課程後期で本格的に研究したいと思い、食マネジメント研究科に入学することに決めました


 週2日は会社に出て、残り3日は研究科に通う多忙な日々を送る西浦さん。予定が詰まりがちになるからこそ、会社の同僚や研究科のメンバー、上司や先生への報告・連絡・相談を確実に行い、効率的かつ着実な業務や実験作業を心掛けているという
 また、研究を進めるだけでなく、得られた成果を発信することも大学院生の重要な役割の一つ。西浦さんは入学以来数多くの学会発表を経験してきた。次々に訪れる大きな壁を乗り越えてきた西浦さんの表情から、充実した大学院生活を過ごしていることを感じ取ることができた。

骨の健康を維持する食品で社会に貢献するために

 現在の研究内容は、学士課程・修士前期課程の時の分野とは異なるため、一から知識をインプットしなければならないが、だからこそ新たな知識に触れるやりがいも感じるという。


「博士課程後期は、専門分野に関する学びにあふれています。それ以外にも、経済学や心理学といった理系以外の学問についても触れる機会があり、とても新鮮でした。
実験以外にも、インタビュー調査や文献からのデータ収集といった手法でリサーチクエスチョンに挑む仲間がいて、多種多様な研究領域を知ることができ、大変興味深いです」


 成鶏丸鶏ミンチの機能性について、メカニズムの解明に迫る西浦さんの目指す先は、「商品化」だ。


私のような社会人ドクターの大きな強みの一つが、研究で得られた新しい知見を、会社の新商品として検討するよう働きかけやすいところです。見出した成果が他の商品にない付加価値となり、広く社会に役立てることができます。高い目標ではありますが、商品化達成に向けてこれからも着実に研究を積み重ねていきます」


 少子高齢化を迎えて久しい日本で、骨の健康維持は大きな課題の一つだ。人々の健康寿命を延ばす可能性を秘めた西浦さんの研究に、今後も目が離せない。