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社会学研究科博士課程後期課程1回生/堀 祐輔さん

社会学研究科博士課程後期課程1回生堀 祐輔さん

『生活』という言葉の歴史を紡ぐ

 ~福祉政策の支援目的を歴史的な経緯から明かす~

 『生活』と聞くと、連想する言葉はどのようなものだろうか。食事や睡眠、掃除や料理といった日々の暮らしの営みと考える人が多いかもしれない。
 しかし「生活とは何か」を説明しようとした際、その言葉が持つ多義性を前に、立ち尽くしてしまうのではないだろうか。
 堀祐輔さん(社会学研究科博士課程後期課程1回生)は、そんな『生活』という言葉が戦後日本の福祉においてどのように用いられ、なにを問題としてきたのかを追い求めている。
 自身の災害地域での支援活動を通じて生まれた、「生活とは何か」という問いに向き合う堀さんに、『生活』という言葉に迫る研究手法、そして現在の研究テーマに取り組むまでの経緯を聞いた。

2024.01.24

  • 『生活』とは何か
  • 学説史と計量テキスト分析から『生活』をひもとく
  • 思い込みから解放される、社会学の面白さ
  • 実務家に耳を傾け、領域を超えた学びを

『生活』とは何か

 人生のさまざまな場面で関わる社会福祉。そんな社会福祉・社会保障を担う厚生労働省のホームページでは、「厚生労働省は、『国民生活の保障・向上』と『経済の発展』を目指す」と明記されている。「国民生活」「生活者の目線」などのワードは、政治のニュースでは度々目にするだろう。
 そんなとき、私たちは、福祉=『生活』支援という在り方を当たり前のように感じてしまう。しかし、この「常識」に一石を投じるのが堀さんの研究だ。


そもそも、『生活』という言葉は非常に曖昧ですよね。社会福祉の場面では、貧困者への金銭的支援から高齢者福祉といった幅広い文脈で、『生活』支援の言葉が使われています。
『生活』は、あまりにも日常になじみすぎています。しかも社会問題を議論する際には欠かせない言葉です。その分、意味や使われ方も多様で、使う人によってイメージするものがかなり違っていると感じます。そのため、『生活』支援を議論する際、抜け落ちてしまうものがあると思っています」


 堀さんによると、『生活』が特に着目されたのは戦後日本であり、生活保護法、新生活運動、生活改善普及事業、生活協同組合など政府、政府関係機関、市民団体が『生活』を向上させるために様々な政策、事業が展開されたと指摘する。福祉=「生活」というイメージは自明のものではなく、このような歴史性に依拠している。
 『生活』という言葉自体がどのように展開され、時代ごとにどのような意味を持っていたのかを研究する堀さんの原点は、大学卒業後に就職した日本赤十字社時代での活動にさかのぼる。

学説史と計量テキスト分析から『生活』をひもとく

 堀さんがこのテーマと向き合うようになったきっかけは、日本赤十字社の職員として被災地で働いていた時の経験だという。


「2016年の熊本地震において、被害が大きかった熊本県益城町で1週間程度メンタルケアなどの活動に従事していました。そこでは、災害から2カ月たっているにもかかわらず、体育館に被災した人々が肩を寄せ合って暮らし、家の屋根にブルーシートが被せられている状況を街のいたるところで目の当たりにしました。
そのとき、今まで漠然としていた『生活』支援の意味を考えさせられました。国や自治体は日々の『生活』を当たり前に保障してくれていると思っていたので


 この体験から、堀さんは俯瞰的に日本の福祉政策に向き合いたいと思い、大学院に進んだ。修士課程で、戦後福祉政策について研究を深める中で、堀さんはある違和感を覚えた。それは『生活』が指し示す射程の広さと濃淡だった。
 『生活』が高齢者や子育て支援を重点的に扱っている一方、災害やワーキングプアといった支え合いでは解決できない問題への対策は十分ではなく、福祉政策が追究する『生活』の意味と一般的なイメージの間にずれが生じているのではないかと思ったのだ。


福祉政策では、高齢者や児童の福祉、障害・疾病など個人が抱える問題などの『生活』支援にリソースが割かれる一方、低賃金、非正規雇用などの労働問題や貧困問題などは不十分な状況です。『生活』者という言葉は、前者だけでなく、後者を包含した言葉ですよね。それに、『生活』が苦しいといえば、低賃金の非正規労働やワーキングプアの人々が直面する、金銭的な問題を指すことが多いと思います。それなのに後者が抜け落ちている。
いつ、なぜ、どのようにこのギャップが生まれてしまったのかを、『生活』という言葉がどのように使われてきたのかを丹念に追うことで、明らかにしたいと思っています」


 博士課程後期に進んだ堀さんは、まず学説史の中で『生活』がどのように定義されているかを解明するべく、専門家の著作を丹念に読み込み、当時の社会情勢と照らし合わせながら、『生活』という言葉がどのように使われてきたかの解釈を進めている。こうした質的な調査に加え、計量テキストマイニングの量的な手法を駆使し、包括的に『生活』という言葉に迫ろうとしている。


「1932年~2022年の国会議事録の中から、約7,300件程度の「生活者」という発言が抽出されました。そして、「生活者」がどのような言葉と関連しているのかを、テキストマイニングという手法を使い可視化しました。以下の図を見ると、『生活』という言葉が、経済や企業、政策とつながっているのが分かります。国会の言論空間では、『生活』という言葉と福祉領域イメージは必ずしも強く結び付いていなかったんですね。
ここで重要なのは、『誰が問題にして、どのような文脈で語っているのか』、『私たちのイメージとは違う誰かの意図で用いられている可能性があるのではないか』ということです」

思い込みから解放される、社会学の面白さ

 既存の価値観や常識に疑いの目を向け、常識に「隠されている」問題に焦点を当てる堀さんの研究は、日常を問う学問である社会学の真骨頂といえる。研究の道を歩む堀さんの探求する姿勢は、中学・高校生時代から顔をのぞかせていたのだそうだ。


「子どもの頃から、『常識的に考えて』や『普通は~』と前置きして話をされることがとても苦手だったんです。なので、言葉が持つ歴史的な経緯や意図を探り、私たちの思考がどのように凝り固まっているのかを明らかにすることで、新しい世界の在り方が見えてくると思っていて、そこに魅力を感じています」


 そんな堀さんが研究に取り組む際に心掛けていることがある。研究者という自身の立ち位置を常に意識することだ。災害救護の現場を体験した堀さんには、研究するにあたって福祉の現状を改善したいという思いがある。しかし、社会問題の解決に結び付く政策提言といった形にこだわらずに研究を進めることが、学術としての価値ある成果を生み出す近道だと堀さんは考える。


「修士課程時代の指導教官から、研究の第一義的な目的は、『なぜ』『今』『どのように』その現象が起きているのかを、調査・分析・評価を通じて明らかにすることだと教わりました。私たちは、偏見やバイアスを完全に排除することはできません。時にはそれらに絡めとられ、「べき」論に陥りがちです。研究において問題意識や経験は大切ですが、そこから距離を置き、思考に偏りがあることを意識しながら、史料と向き合うように努めています」


 自身の主義主張に結び付くように研究を導くのではなく、できる限り自身の価値観を客観化したうえで事象と対面することこそ、最終的には真に社会に有益な研究結果が得られる。その姿勢には堀さんの誠実さが表れている。

実務家に耳を傾け、領域を超えた学びを

 研究職に従事することを目指し、学位取得に向けて研究活動を続けながら、看護学校で非常勤講師を務めている堀さん。今後は、分析手法の幅を広げると同時に、研究内容を深めるために多様なネットワークにつながろうと考えているという。


「生活保護のケースワーカーや役所の職員等、実務家の方で構成されている研究会に足を運んでいます。福祉の領域の現場を直接経験していないので、現実で起きている事象についてお話を聞き、地に足のついた研究論文を書きたいと思っています。また、領域を超えた研究会にも参加して、さまざまな刺激を受けながら研究を発展させていきたいです」


 『生活』という言葉の新しい側面を浮き彫りにするため、常識にとらわれず社会を見つめる堀さんの研究のこれからに期待が集まっている。