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立命館大学

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理工学研究科修士2回生/藤田 太一さん、吉村 拓真さん、橋本 宏一さん

理工学研究科修士2回生藤田 太一さん、吉村 拓真さん、橋本 宏一さん

海洋における音響通信技術の限界に挑んで

 ~海洋ロボットの最高速度に対応した、頑健な音響通信技術開発~

 日本の領海と排他的経済水域を合わせた面積は、世界で6番目に大きく、その広大な海域では海洋環境や海底資源の探査などが積極的に行われている。そうした海洋調査のシーンで欠かせないのが、海洋ロボットだ。
 海洋ロボットは洋上から操作するのだが、その生命線となるのが「通信」だ。環境の変化が大きい海で、いかに安定した通信を担保し、かつ機動力を持たせて海洋ロボットを操作できるかが、海洋調査の成否を分ける。
 そんな海洋ロボットの活動範囲を飛躍的に高めるべく、最新の音響通信技術の開発に挑んだのが、理工学部 久保博嗣教授の無線信号処理研究室に所属する理工学研究科修士2回生の藤田太一さん、吉村拓真さん、橋本宏一さんだ。
 無線通信を行うには厳しい環境の水中で、海洋ロボットの最高速度といわれる3ノット(時速約5.5km)の速さに対応し、かつ頑健な音響通信技術の開発に成功したそのストーリーに迫った。

2024.02.07

  • 水中音響通信技術とは
  • ワンチームで臨んだ実験に、立ちはだかった壁
  • 問題を乗り越え、より頑健な性能を実現
  • 水中音響通信との出会い
  • 通信分野から、新たなフィールドへ

水中音響通信技術とは

 水中で音波を使って通信する水中音響通信は、解決しなければいけない課題が山積している。水中における音波の伝搬速度は、電波と比べると約20万分の1。そのため、ドップラーシフト(ドップラー効果)と遅延時間の広がりが増大してしまい、通信品質が大きく劣化してしまう。また、音波が使える周波数帯域幅は、電波の数百万分の1程度となり、高速大容量な通信が困難となっている。そこに海という自然の要素が加わると、解決するべき課題の困難さは一層増大してしまう。


藤田さん:有線であれば、通信の安定性は高いです。ただ、海底の予期せぬ障害物にケーブルが絡まり、最悪の場合、ケーブルの切断や海洋ロボット喪失につながりかねません。一方、安定した水中音響通信を実現する場合、多数の受波器を必要とすることが多く、装置規模の点で課題が残ります。少数の受波器では動作が不安定になりやすく、海洋ロボットの移動速度を抑えながら通信する必要がありました。



 藤田さんたちが挑んだのは、海洋ロボットの最高速度といわれる3ノットに対応しつつも、受波器の設置数を圧倒的に削減しながら、安定した水中音響通信を実現することであった。
 今回の実験では、浅海環境という、水中音響通信には厳しい運用条件を課していた。そして、海洋ロボットの利用は費用面で難しいため、小型船舶が受波器を曳航することで代替し、実験に臨んだ。


左:送波器、右:受波器

ワンチームで臨んだ実験に、立ちはだかった壁

 藤田さんたちは実験にあたって役割分担を行った。吉村さんは実験全体のマネージメント、藤田さんは音響通信技術の開発と送受信データの解析、橋本さんは受信装置の制御と環境測定であった。


吉村:株式会社OKIコムエコーズの皆様や受波器を曳航する小型船舶の船長など、多くの人たちの協力のもと、今回の実験は行われました。そこで協力してくれた人たちとの調整をはじめ、当日は実験の進行調整などのマネージメントを担当しました。海洋実験は実験室とは違い、予期していないことが起きます。なので、確実に結果を得るため、通信のタイミングなど、全体を冷静にコントロールすることを心掛けましたね。


藤田:私の研究テーマは「水中音響通信の厳しい環境に有効な音響通信技術とその実験評価」です。そこで送波器から受波器に信号を送り、そのデータを取り出す装置の運用と解析をしました。今回の研究は久保研究室が代々積み上げてきたものを土台に、吉村さんや橋本さんたちの知見をフル活用して臨みました。


橋本:受波器を曳航する船舶に乗船し、船長とのやりとりや受信装置の制御をしていました。それ以外にも、音波がどのように受波器に届いているのかという伝搬環境の解析を行い、実験方法の細かな改善などを行っていました。


 今回の実験には特別な意味があった。それはおのおのの研究知見だけでなく、過去から12年、脈々と積み上げられてきた久保研究室の知見を総動員して臨んだということだ。


吉村:私たちの研究室は、創設以来3ノットの移動環境での通信を目標としてきました。10年ほど前の琵琶湖での距離5mの通信試験に始まり、伊豆での370mの長距離試験、1ノットの低速移動試験と多くの実験が行われました。その過程で生まれた、通信方式を事前に評価するためのシミュレータ、実際の環境を計測し通信に与える影響を分析する手法、実験自体のノウハウなど多くのものを先輩から受け継いできました。


実験直前の機材調整の様子。左が送信側、右が受信側

 まさにワンチームとして臨んだ実験は、2023年9月に行われた。しかし、事前のシミュレーションも十分のはずが、思いも寄らない問題が発生した。それは「泡(バブル)」の存在であった。

問題を乗り越え、より頑健な性能を実現

 実験では、海洋ロボットの代用として、小型船舶により受波器を曳航する形で臨んだ。しかし、3ノットという移動速度によって受波器が海面近くに浮上してしまい、その結果、船舶が発生させるバブルの影響を受け、雑音レベルが大きく増大してしまったのだ。


吉村:シミュレーションの数値では、直接的にバブルの存在が課題として挙がっていたわけではありませんでした。ただ、株式会社OKIコムエコーズの方から、バブルについて注意することは言われていました。実は、橋本さんも環境評価する過程で「バブルが怪しいかも」と疑っていたので、その懸念が的中しましたね。


 次の実験までの猶予は約1カ月。新たな問題に直面した3人に、その時の様子を聞いてみると、意外な返答が返ってきた。


藤田:正直、あまり深刻な雰囲気ではなかったですね。逆にこの問題をクリアできれば、より過酷な条件下で今回の音響通信技術を確立できたということになるので。分からないことを分かるようにすることが研究の面白さです。なので、次回の実験に向け、対話を重ねながらチューニングをしていきました。


橋本:私もあまり重大には考えていませんでした。これまでのシミュレーションや今回の実験結果を見ても、絶対にチューニングできる自信があったので、精神的にはさほど追い込まれず、実験に向き合うことができました。ただ、9月は猛暑、11月は極寒の中で実験を実施したので、体力の面が一番きつかったです(笑)。


 そして迎えた11月の実験では、受波器に付ける重りの重量を2倍にし、ケーブルの長さを延長するなど、受波器の深度の上昇を抑制し、バブルの影響を最小限に抑えることに成功。それに加えて水中音響通信の重要課題の一つである伝搬環境の時間変動に対応するべく、過去の伝搬環境から現在の伝搬環境を予測する受信方式の開発に成功。また、地上波デジタル放送等で用いられている直交周波数分割多重方式(OFDM:Orthogonal Frequency Division Multiplexing)の対応可能な遅延時間を増加させることで、大きな遅延時間への耐性を高めた。
 その結果、従来に比べて圧倒的に少ない1、2個の受波器で、3ノットの移動速度に対応可能となるという快挙を達成した。久保研究室の12年をかけた目標が結実した瞬間だった。


11月に行われた実験の様子

水中音響通信との出会い

 従来の実験結果に比べて圧倒的に高いパフォーマンスを実現した3人だが、それぞれの音響通信技術との出会いは全く異なるものだった。


藤田:高校生まで通信分野に興味はありませんでしたが、研究室選択を前に、久保先生の「水中音響通信が最後のフロンティア」という言葉に引かれて、久保研究室の門をたたきました。その後、もっと音響通信技術を極めたいと思い、修士課程に進みました。


吉村:もともと海洋生物に興味がありました。なので、もし音響通信技術が確立すれば、海洋ロボットの可動域が増え、新たな海洋生物の発見につながるのではと思ったんです。その後、音響通信の面白さに引き込まれ、今日まで水中音響通信を研究してきました。


 橋本さんは、高校時代のエピソードが久保研究室に入るきっかけだったという。


橋本:高校時代、情報の授業で通信を体験する機会がありました。ただ、そのときはうまく通信ができなかったんです。そこで大学に入ったら、あの時の雪辱を果たしたいと思っていました。久保研究室で初めて通信を成功させたときのうれしさや、水中音響通信の面白さに引かれ、ここまで来ました。


 3人に共通するのは、水中音響通信へのあくなき興味と情熱だ。分からないことや立ちはだかる壁を乗り越えた先にある景色を見るため、切磋琢磨してきた3人には、やり遂げた自信と充実した表情が見て取れた。


現地でのデータ解析の様子

通信分野から、新たなフィールドへ

 3人は修了後、通信とは異なる分野の就職先で新たな人生をスタートする予定だ。藤田さんは産業用機器メーカー、吉村さんは医療機器メーカー、橋本さんは試験器メーカーへと歩みを進める。


藤田:久保研究室では、理論・モノ作り・フィールド評価を経験しました。特に今回の実験の経験から、データの持つ大切な情報に気付けるのは自分次第という教訓を得ました。さまざまな可能性を模索しながら、目の前の現象を分析していければと思います。


吉村:実験を通して、全体を見る力を得られたと思っています。そして、難しい実験をやりきったという自信がつきました。メーカーでは生産技術職に就くことが決まっているので、実験の経験を生かし、全体を俯瞰しながら業務を進め、人の役に立つ仕事ができればと思います。


橋本:音響の実験では、いろいろな角度で分析した実験環境のデータをもとに、課題と解決策を見つけてきました。そのとき、一人ではなくみんなで議論を重ねることで、自分にはない視点からお互いの理解を深める重要性を感じました。この経験を生かし、難しい課題を解決していきたいと思います。


 持ち前の胆力と、音響通信の実験で培った問題解決力を駆使して、3人は新たな分野でブレークスルーを起こしてくれるに違いない。


左から吉村 拓真さん、藤田 太一さん、橋本 宏一さん