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立命館大学

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薬学研究科薬学専攻博士課程4回生/上南静佳さん

薬学研究科薬学専攻博士課程4回生上南静佳さん

薬の副作用に向き合い続けて

 ~抗がん剤の小腸への副作用を抑制する~

 薬には副作用というリスクが伴う。花粉症の症状を和らげる抗ヒスタミン剤や、薬局で気軽に購入できる痛み止め、がん治療に用いられる抗がん剤に至るまで、さまざまな医薬品に副作用は存在する。そんな薬の副作用に対し、新しい治療法を模索してきたのが、薬学研究科薬学専攻博士課程4回生の上南静佳さんだ。抗がん剤による小腸の炎症に着目した研究を進め、薬のリスクとベネフィットに向き合い続けてきた彼女の軌跡に迫る。

2024.03.14

  • 小腸という謎多き消化器官
  • メカニズム解明と新治療法の鍵「グルタミン酸」
  • 高校時代の国際共同研究から芽生えた探求心
  • 臨床を目指すため、あらゆる可能性を検証
  • 社会情勢も含めてデータと向き合い、薬を評価する

小腸という謎多き消化器官

 日本では2人に1人が、がんにかかり、3人に1人ががんで死亡すると言われる。そのがん治療の多くの場面で登場するのが、抗がん剤だ。近年の医学の進歩とともに、さまざまな抗がん剤が生まれ、多くの患者の命を救ってきた。その一方で、抗がん剤には時にいろいろな副作用が伴うのも事実だ。
 抗がん剤の副作用と聞くと、吐き気や嘔吐、脱毛、免疫力低下などを想起する人が多いかもしれない。上南さんが着目したのは、抗がん剤による小腸の粘膜の損傷だ。小腸と言えば、栄養を取り込む重要な組織というイメージがあるが、意外にも小腸の疾患についてはこれまで十分に解明されていなかったという。


「消化管の中でも、小腸は細長い形状であり、体内のより内側に位置しているため、他の消化器官と比較して検査が難しく、疾患の全容解明は進んでいませんでした。しかし、近年はカプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡などの技術の進歩により、これまで判明していなかった小腸疾患の理解が進み、新たな展望が広がっています。
その中で私が注目したのは、安全で日常的に摂取できるアミノ酸の一種・グルタミン酸です。抗がん剤を投与する1週間前にマウスにグルタミン酸を投与すると、小腸の障害を抑える効果が一定認められたのです

マウス(C57BL/6N)の十二指腸(内側)から回腸(外側)までの腸管ロール(Swiss Role)切片にHematoxylin & Eosin染色を施したもの。正常なものでは全長30cm以上にもなる。

メカニズム解明と新治療法の鍵「グルタミン酸」

 上南さんが行ったのは、5-フルオロウラシル(5-FU)という抗がん剤を使った実験だ。5-FUのような殺細胞性の抗がん剤の副作用として、小腸内の粘膜に無数にある絨毛の長さが短縮し、クリプト(絨毛にある管状のくぼみ)の細胞構造が破壊されてしまうことで、細菌や毒素に対するバリア機能が低下してしまう。その結果、激しい下痢や体重減少などの副作用を引き起し、がん患者の生活の質(QOL)が大きく損なわれてしまうのだ。



 この実験では、まずマウスに5-FUを投与し、小腸の障害を模倣した状態の抗がん剤誘発腸炎モデルを作り出した。一方で、5-FUの投与を始める前からグルタミン酸を投与するマウスを用意。実験中、上南さんはマウスの体重やふん便の状態を毎日記録した上で、マウスの回腸組織を取り出し、その状態を組織学と生化学の観点から評価した。
 その結果、グルタミン酸を投与したマウスの小腸の粘膜は、投与しない群に比べ、細胞の構造が破壊されないことが示されたのだという。


グルタミン酸の有効性が示されましたが、今後はグルタミン酸が小腸内でどのような働きをしているのかという詳細なメカニズムを、マウスや培養細胞を使って厳密に調べていく必要があると思っています。また、抗がん剤を使った治療では、薬を一時的に止めた後、体がどのように早く回復し、治療を再開できるかがとても重要です。そのために、組織を観察したり、体の機能を測定したりして、抗がん剤による腸の炎症という現象自体の解明を進めていました。これらの研究結果をもとに、新しい治療法の開発が進むことが期待されます」


 抗がん剤の炎症に対してグルタミン酸がなぜ有効なのか、本質的な問いを突き詰めることで、メカニズムの解明のその先にある、患者さんへのアプローチを含めて研究を進めている。

高校時代の国際共同研究から芽生えた探求心

 上南さんが研究に関心を持った大きなきっかけは、立命館高等学校時代に経験した海外姉妹校との国際共同研究だ。高校1年生からの3年間、台湾の姉妹校の学生たちと共に、「ツマグロヒョウモンの適応戦略」というチョウの生息地域拡大に関する研究を進めた。グローバルな環境で、新しい発見により新たな疑問が生まれるという、探究することの面白さを実感したことで、研究に魅せられてきた。その経験は今も生きているという。


海外学生とディスカッションする際、限られた時間で簡潔に自分の主張をまとめないといけないシチュエーションが多く、緊張感をもって取り組めた経験が、現在の研究生活に役立ったと思います。また、海外を見据えて考えるようになり、視野も広がりましたね。研究室では、エジプト出身の研究生と一緒に共同研究を進め、論文を発表しました」


 小さい頃から関心のあった薬学分野を探求するため大学に進学した上南さん。大学院で副作用の研究に取り組もうと思ったきっかけは、身近にがんの副作用に苦しむ人を見てきたことだった。病院実務実習では、担当したがん患者が副作用に苦しむ中、薬剤師がその対応策を提案する姿を見て、副作用に対するアセスメントの重要性を痛感。さらに、海外の医療施設での実習を経験し、医薬品の副作用は世界共通の課題であることを実感した。
 世界で活躍したいと考えた上南さんは、副作用の原因を究明することでより多くの人々に貢献できると考え、消化管障害などの副作用を研究する天ヶ瀬紀久子教授の研究室に進むことを決めた。そして、学部時代に研究していた抗がん剤の薬効評価と、実習時に実感した『薬剤師としての責務』である副作用のアセスメントを掛け合わせ、現在の研究テーマに至ったという。

臨床を目指すため、あらゆる可能性を検証

 副作用を評価する研究だからこそ、その克服が主作用に影響しないかは常に考えなければならないという。さらに、臨床を見据えると、小腸という一つの器官では有効であっても心臓や肝臓、はたまた脳といったその他の部位に問題が生じる可能性も考慮していく必要がある。機能解明だけでなく臨床に生かしたいという思いを強く持つ上南さんは、悩むことも多いが、それが面白さでもあると話す。


「抗がん剤による小腸への副作用で、正常な細胞がうまく増殖できずに死んでしまう場合があります。一方で、それががん細胞の場合、増殖が抑制されているという視点で考えると、それは有益です。私のテーマであるグルタミン酸も、神経毒性を引き起こす物質でもあります。副作用をテーマにすることの難しさをとりわけ感じる部分ですね。視点を変えればデータの解釈が変わってしまうこともあり、困難を感じながらも、やりがいをもって研究に取り組んでいます


 どのような研究データを証明し、実験を積み重ねていけばいいか思い悩むこともあったという上南さん。心掛けているのは、多様な分野の研究者や院生たちとコミュニケーションを取ることだという。研究段階において、タンパク質の機能を解析したいと考えていた時、通りかかった教員にアドバイスを求めたり、遺伝子操作の方法について悩んでいる際、紹介された教員から参考書を貸してもらったりもした。


実験は1人で行えるかもしれませんが、研究は1人では成し遂げられないと考えています。検討しなければならないことが多いからこそ、それぞれの専門の先生に直接相談することが理解を深める近道だと思います。立命館大学薬学研究科の先生方は、他の研究室の学生でも気さくに話しかけてくれる優しい方が多いので、多彩な領域の学びを吸収できます。また、薬学研究者を志す4年制の学生と、臨床現場を意識した6年制の学生が混在して研究に取り組んでいるのも、本学科の魅力だと思いますね。研究の技術力だけでなく臨床経験を持った医師や薬剤師の先生も多く、背景の異なる人々が集まる環境ならではの相乗効果が生まれています

博士課程4年時に国際薬理学会(World Congress of Basic & Clinical Pharmacology)にてポスター発表している様子。

社会情勢も含めてデータと向き合い、薬を評価する

 2024年4月から独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)で働く予定の上南さん。PMDAは新しい医薬品等の承認審査や安全性情報の発信、さらには副作用などの健康被害に対する救済業務を通じて、国民の健康と医療水準の向上を目指す機関だ。


「薬のリスクとベネフィットを的確に評価し、社会情勢に応じながら世に出すべきかどうかを科学的根拠に基づいて判断する仕事です。今後はより大きなスケールで、製薬企業などから届く臨床結果に対して的確な評価を行い、世界の医薬品開発の向上に貢献したいと思っています


 研究データをどのように評価し、今後の臨床課題にどう生かすことができるのかに悩み、考え抜いてきた上南さん。新たなフィールドでも、医薬品開発の未来を探究し続ける彼女の挑戦を応援していきたい。