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立命館大学

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国際関係研究科博士後期課程4回生/半田あづみさん

国際関係研究科博士後期課程4回生半田あづみさん

気候変動リスクにどのように適応するべきか

 ~緩和策と対を成す適応策の現状と課題を探る~

 地球温暖化の進行に伴い、その影響を受けて発生したと考えられる「気候変動リスク」に、私たちの社会や生活、時には命までもが脅かされている。日本を含め、世界中で甚大な自然災害等が報告され、その多くに地球温暖化の影響が指摘されている。まさに世界各国は地球温暖化のリスクへの対応に迫られている。
 地球温暖化問題は、CO2に代表される温室効果ガスの過多な排出が主要な原因と考えられている。したがって温室効果ガスの排出削減は重要課題であり、それは気候変動の緩和策のなかで取り組まれる。ただし温暖化に対しては、もはや緩和策だけでは対応しきれないのが現状だ。そこで2000年代ごろから国際的に考えられ始めたのが、社会が気候変動リスクに対処するための気候変動政策――適応策である。半田あづみさん(国際関係研究科博士後期課程4年生)は、この比較的新しい、適応策の政策研究という環境政策分野の領域で孤軍奮闘している。

2024.07.10

  • 緩和策だけでは不十分、適応策が不可欠
  • 研究分野を確定するきっかけとなった2018年の西日本豪雨
  • 先行研究が限定的であり、周囲には研究仲間もいない現状
  • 研究会を立ち上げ、論文や出版などの実績作りに挑む

緩和策だけでは不十分、適応策が不可欠

 CO2削減は世界共通のテーマだ。2015年に締結された「パリ協定」では、①世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2℃低く保ち、1.5℃以下に抑えるよう努めること、②人為的な温室効果ガス排出量を実質ゼロ(排出量と吸収量を均衡)とすること、などが宣言された。
 これに加え、パリ協定では、「気候変動に対する強靱(じん)性の強化及びぜい弱性の減少からなる適応に関する世界全体の目標(Global Goal on Adaptation)」という、気候変動リスクへの適応の重要性が示された。気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)の「第6次評価報告書(AR6)」では、適応策と緩和策を持続可能な開発目標(SDGs)と共に実施することで、相乗効果を生み出すと記載されている。


「既に温暖化は進んでいて、仮に温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることが達成できた場合でも、気候変動による影響は避けて通れません。そうした気候変動リスクの発生を前提とし、社会がリスクをどのように対処していくのか方策を考え、指針を示す政策が「適応策」です。緩和策だけではなく適応策の必要性も説かれた国際情勢と、実際的な気候変動リスクの顕在化を受け、2018年に日本政府は『気候変動適応法』を施行しました。ただ現状においても、気候変動への適応という取組みの存在自体がそれほど広く一般には知られていません。
 そのため、私の研究している適応策については実務上の積み重ねとその整理に関して、今後における進展の余地と期待が大きいです


 適応策が策定・機能しているのであれば、気候変動問題の影響を受けて発生する現象に対する、社会としての指針ならびに対処法になりうる。しかし、日本国内における政策研究としての蓄積は、『気候変動適応法』が制定されてから間もないため、十分とは言えない。だからこそ研究テーマとして取り上げる価値があると、半田さんは考えた。


「日本における適応策は、『気候変動適応計画』に基づいて、農業・林業・水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害・沿岸域、健康、産業・経済活動、国民生活・都市生活の7分野を対象としています。気候変動問題へ適応的な社会へ移行するために、それぞれの適応分野において施策が推進されていくことになっています。これらの適応分野に関連する現行施策等も分析対象として含めるため、一人でそれらすべての分野について網羅的に研究していくのは難しいとされます。なので、日本で毎年のように発生している大規模水害は、注目すべき国内の気候変動問題による影響として関心が高まっているリスクであるため、私の適応策研究において分析対象とする適応分野としています

研究分野を確定するきっかけとなった2018年の西日本豪雨

 半田さんが適応策の存在に気づいたのは、適応法が制定される前の2017年、博士前期課程1回生の時だった。現在の研究対象地域ではないが、何気なく眺めていたインドのデータがきっかけだったという。


「インドには日本企業が多く進出し、さまざまな活動を行っています。その進出先を見ていると、なぜか水害の多発地域も含まれていたのです。そこから『水害が起これば当然、業務遂行に差し障りが出るはずなのに、なぜ?』という素朴な疑問が浮かびました。そして、その疑問が現在の適応策研究へと導いてくれました」


 海外進出する企業は事前にフィージビリティスタディを行い、新規事業の採算性を精査している。水害のリスクがあるにも関わらず進出するのであれば、その理由は大きく2点考えられる。第1には、進出先で得られるメリットが水害リスクのデメリットを上回る、もう1点は仮にリスクがあるとしても、それを補填する制度すなわち保険制度があることが考えられる。この保険制度が、気候変動への適応策ではないのかと半田さんは気づいた。


「事業を脅かすレベルの気候変動リスクが予想される地域であるにも関わらず、企業の進出を可能とする背景には、気候変動リスクに対する何らかの対処方法が用意されているからです。調べていくと、インドへ進出した日系企業にとっての対処方法には、水害保険制度の存在がありました。この対処方法を「適応策」というふうに気候変動政策分野では分類できることを知ったことが、私の「適応策」との出会いです。
 適応策が国際的に議論をされたうえで取り組まれている政策であると知ると、日本ではどのような気候変動リスクにかんする政策を構築しようとしているのか興味がわきました。そのような中、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)と呼ばれる大規模水害が西日本を中心に甚大な被害を引き起こしました。これは、気象庁がその発生要因に気候変動による影響がある可能性について言及した国内で初めての水害事例です。適応策分野のなかでも自然災害分野、とりわけ大規模水害に対象を絞るにいたったきっかけのひとつです

先行研究が限定的であり、周囲には研究仲間もいない現状

 適応策誕生の経緯や背景を理解した上で、半田さんは日本の状況を調べ始めた。適応策を担当するのは環境省であり、気候変動適応に関する部署「地球環境局総務課気候変動適応室」が設置されている。ただし環境省が行っているのは大まかな枠組みづくりであり、適応策の実行主体は自治体である。この一連の体制を研究することで日本の適応策における特徴や課題を分析結果として提示できるのではないかと半田さんは考えている。


「政府部門では環境省が中心となっていますが、適応分野に関連のある、国土交通省や厚生労働省なども関わっています。ただし、具体的な取り組みは自治体である都道府県レベルや市区町村レベルに委ねられています。それは、適応策が社会や経済、文化、自然環境などその地域の特性に合わせた政策として設計されることが望ましいと考えられているからです


 半田さんはこれまでに複数の地方自治体に足を運び、適応分野である災害対策の現場レベルの担当者と環境課の担当者を対象としたヒアリング調査を行ってきた。そこで痛感したのが、現場レベルで適応策を推進する難しさがあることだ。法律が施行されて5年が経過したとはいえ、自治体の実務レベルでの蓄積が十分ではないのが実態だ。適応計画の立案から具体的な取り組みの実施にいたるまでの過程を俯瞰し、政策として取り組むことは自治体にとって容易ではないようだ。


「災害対策にかかわる職種には、土木工学分野など、専門領域について学んだ人を採用しえます。しかし、個別政策のプロフェッショナルという「点」としてではなく、それらを有機的に連携・統合させ「面」として災害リスクに対処すること等について考える適応策は、現時点では比較的新規の環境政策分野であり、実務レベルの担当者に適応策を学んだ人はほとんどいません。かつ、その適応策を立案・実践する組織制度にも発展の余地があるといえます。それでも国から下ろされてきた指示であり予算も付けられているので、何らかの対応を取らざるを得ないのが実態のようです」


 現状での適応策は、その適応分野に関連する既存の学問分野の研究者がそれぞれの専門性を活かして、気候変動リスクに適応的な社会の構築を目指していることが多い。それらの専門家は各適応分野の施策内容を考えることには適任であるが、適応策として全体を俯瞰し、各施策を有機的に結びつけるためには、適応策研究者の存在が不可欠であると半田さんは考えている。


「適応策の先進事例がイギリスにあります。同国には専門研究機関である「Climate Change Committee」が設置されています。同委員会は、気候変動にかんするエビデンスを提供することで、議会を含めた気候変動政策の参与組織へ緩和と適応にかんする気候変動への取り組みのアップデートを促す機関であるともいえます。委員会等によるこのような働きもあり、イギリスの適応策は、エビデンスに基づいた適応計画と気候変動リスクにおける評価基準とその運用に定評があります。これからイギリスの適応策については、追加的な現地調査や、データ分析をしていきます。イギリスを事例とした適応策研究を通して、適応にかんする研究成果の政策利用が現実の適応策に対してどのような具体的貢献ができるのかを理解できると考えています」

研究会を立ち上げ、論文や出版などの実績作りに挑む

 水害分野の気候変動適応策を考える際に最も直截的でわかりやすいのが土木工学系であり、大規模水害が起こった際にメディアからコメントを求められるのも、この分野の研究者が多い。半田さんが知る限り適応策を正面から研究する政策研究者は、世界的にもそれほど多くないという。


「適応策の政策的な側面や制度的な側面からの研究者は、それほど多くはないと思います。私が『適応策の政策研究をしています』とあえて強調して自分の研究を紹介しているのは、これから重要性が増してくるであろう適応策ないし適応関連研究者のなかでのアイデンティティを示すためです。研究者を目指しはじめたその時から一貫して適応策の研究をしてきたことの証になればとも思っています。
 私が適応策の政策研究を展開するうえで維持している視点のひとつが、国際社会の一員としての日本における適応策と、日本国内で発生した気候変動リスクを対処するための適応策という、グローバルとローカルの視点です。直接的にも間接的にも常に国際関係と日本を念頭においているので、いま、適応策研究のなかで注目されつつある、先進国における適応策や都市における適応策研究という分野での貢献が期待できると思います。これが、私の適応策の政策研究としてのアイデンティティであり、ストロングポイントであると考えています」


 そんな半田さんは2024年3月、上記で語っていた適応策の先進国イギリスを訪れている。その際、研究を進める上で受けたアドバイスが、「学会やコミュニティがないのなら、自分で創れば良いのでは」というものだった。これを受けて帰国後すぐに、所属する国際関係研究科と立命館大学大学院法学研究科のメンバー5人による研究会を立ち上げた。


「私自身の研究では、質的研究によるケーススタディを行うことで、適応策における政策上の学術的課題に答えています。私のもうひとつの適応関連の学術的な活動としては、研究会代表者として仲間を募り、気候変動適応策研究会(The Society of Climate Change Adaptation)を立ち上げています。仲間とともに、適応策になぜとりくまなければならないのかという共通課題に取り組み、理論研究としての成果も残していくつもりです。この研究会の活動として、広く一般に気候変動適応策を知ってもらうための書籍出版を視野に入れています。これらの一連の研究を以て、国際社会の一員としての日本における、適応策そのものにかんする理解や必要性にかんする理解の促進、そして適応策の発展に貢献できればと思っています。
 私は学部時代から立命館の国際関係学部に所属しています。入学時から環境問題には興味がありましたが、適応策という気候変動政策分野の研究者を志すとは思ってはいませんでした。学部カリキュラムの学際的な教育のほか、環境経済学、日本経済学、国際環境法、環境政策論といった他分野の先生方より指導を受けてきた経験が、こうした新規性のある分野に取り組む意欲と勇気を育ててきたのだと思います


 半田さんは、研究を切り拓いていく状況を「楽しい探検家の気持ち」だと語る。その成果はやがて、日本の環境政策を導く道標となる可能性を秘めている。