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立命館大学

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理工学研究科博士課程前期1回生/谷口亮太さん

理工学研究科博士課程前期1回生谷口亮太さん

南極地域観測隊に同行し、氷河の動きから地球環境の変化を探る

 ~観測に必要な発電装置を搭載する基礎研究~

 ほぼ全面を氷床に覆われた極寒の地、南極。人間による環境汚染が最も少ない場所であることから、南極の環境を調べれば、地球全体の変化をいち早くつかむことができる。その南極でいま、地球温暖化の影響により氷河の動きに異変がみられるという。
 南極地域観測隊に参加し、2024年12月から現地での氷河観測に取り組もうとしているのは、谷口亮太さん(理工学研究科 機械システム専攻ロボティクスコース 博士課程 前期課程1年生)だ。谷口さんは南極で、観測装置と発電装置で構成される氷河の動きを観測するシステム「ペネトレータ」を動かし、さらにデータ送信にも欠かせない発電装置搭載の基礎研究を行おうとしている。

2024.09.26

  • 幼い頃から憧れていた南極観測隊
  • 観測機器ペネトレータの開発チームへ
  • 極めて厳しい環境、それでも楽しかった訓練
  • 工学系の技術で理学系の課題解決へ

幼い頃から憧れていた南極観測隊

 日本から遠く離れた氷の大地、南極にいつか行ってみたい……。そんな夢を、子どもの頃に思い描いた人は何人もいるのではないだろうか。谷口さんもその1人だ。きっかけは小学生時代に読んだ月刊誌『子供の科学』のコラムだったという。


「南極観測隊の人が、毎月交代で記事を書いていました。南極でどんな仕事をして、どのように暮らしているんだろうと、毎月ワクワクしながら読んでいました。小さいときから機械いじりが好きだったので、アンテナの保守点検や施設維持などのコラムが特に印象に残っています。暖かな鹿児島で生まれ育ったため、世界の端っこの厳寒の土地って一体どんなところなのかとすごく興味を持ちました」


 科学好きの少年にとって、学校の中で何よりお気に入りの場所は理科室だったという。昼休みの時間などは理科室でいろいろ実験をさせてもらい、天体観測に詳しい理科の先生から宇宙の話を聴かせてもらったりもした。JAXAと連携するYAC(日本宇宙少年団)に入り、モデルロケットの打ち上げやスペースキャンプにも参加している。


「鹿児島工業高等専門学校に進んでからの5年間は、高専ロボコンに打ち込みました。その後、本学に3年次から編入し、修士課程でフィールドロボティクスに取り組もうと考えました。屋外で活用できるロボットを開発し、実際に動かして現場の問題解決につなげたいと思ったのです。研究室では下水管やガス管の中を検査するロボットを作っていて、他にも水中や油の中、火山や月面など、過酷な環境で活躍するロボットの研究開発に取り組んでいます」


 そんな谷口さんに研究室の加古川篤准教授から、立命館大学宇宙地球探査研究センターでセンター長を務める佐伯和人フェローが南極地域観測隊の同行者として大学院生を1人募集しているとの連絡があった。そして学内の選考に応募することになった。


「同行者の選考では、佐伯先生とのフィールドワークもありました。SLIM(小型月着陸実証機)に搭載された分光カメラを開発した佐伯先生からいろいろ話をしていただき、ぜひ一緒に南極に行きたいと思ったのです」

観測機器ペネトレータの開発チームへ

 ペネトレータとは、投下貫入型の観測システムである。直径が約80mmで全長は約60cm、重さ6kgほどの先の尖った筒のような形をしている。これを上空から投下して地面に貫入させ、地中の様子を観測する。もとは月などの惑星探査システムとして開発されたものだ。月を周回する探査機からペネトレータを月面に落とせば、人手を煩わせずに観測したい場所からデータを得られる。


「このペネトレータを南極で、氷河の動きの観測に応用します。南極も月面と同じく、人間のアクセスできない場所がたくさんあります。行きたいと思っても、どこにクレバスがあるかわからないので危険極まりない。だからペネトレータを上空から投下して計測します。搭載される観測機器は、地震計、氷河の音を収集するインフラサウンドセンサー、GPSです。これまでペネトレータが使われてきた月や地球の火山などと南極では、気象条件や地理的条件が大きく異なります。そのため電源システムや電子回路の対温度環境性能や通信システムの性能などを、南極での観測に適用させるための設計や開発が必要です。なかでも私が担当するのは、長期観測に必要な発電装置を搭載・分離するための基礎研究です」


 発電には太陽光もしくは風力エネルギーの利用が考えられる。ただ、どちらが適しているのかは、現地で確認してみないとわからない。12月から1月半ばまでの間、南極は白夜となり1日中太陽の光が当たり続ける。逆に光がまったく届かない季節もある。だから1年を通して使うのなら風力のほうが適している可能性も考えられる。


「今回は12月に日本を出発する予定ですから、白夜の時期になります。南極で将来、昼夜を問わず発電を実現する際に必要となるペネトレータの観測機器搭載部分と発電部分の分離機構の実験を行います。
実験は、分離機構を搭載したペネトレータをドローンやヘリコプタから投下し、南極の氷床に貫入した際に分離機構が正常に動作するのかどうかを主目的として行います。南極の過酷なフィールドでの経験から得られた知見は、火山観測や今後の宇宙での観測にもきっと活用できると思います」

極めて厳しい環境、それでも楽しかった訓練

 南極で利用する機器の運用訓練は、すでに始まっている。2024年7月には、ペネトレータ運用訓練のための合宿がBKCで行われた。続く8月には運用訓練も兼ねて、開発したペネトレータをドローンに搭載し150mの高さから投下する試験も行っている。


「実際に投下したのは、このときが初めてでした。150mの高さから落とすと、地面に衝突する時の加速度は数百G(1.0G=9.80665m/s)にもなります。そのため衝撃吸収用の機構がぺちゃんこに潰れたり、中に組み込んでいた回路のパーツも壊れたりしました。この試験では地表の硬い部分に落としましたが、南極の雪原の場合は条件が変わってくると思うので、振動の予測精度の向上は今後の課題です」


 ペネトレータはもとより、初めて南極という過酷な環境に赴く谷口さんたち観測隊のメンバー自身も、事前に準備を整えておく必要がある。そのために2024年3月に雪山で行われた冬季訓練の合宿に参加している。


「南極生活を想定した4泊5日の合宿訓練です。雪山での登山があり、クレバスに落ちた人をロープワークで引っ張り上げる訓練、登山道から外れた場所を地図とコンパスだけを頼りに歩く訓練などをチームでこなします。この間には吹雪いたときもあり、氷点下でのテントの設営など何から何まで初めての体験ばかりでした。もちろん指導教官はついてくれますが、8人で組んだチームメンバーに雪山経験者はほとんどいません。南国出身の私にとっても本格的な雪山は初体験で、しかも普通の雪山登山とも違う一種サバイバル体験ですから、もう楽しくて仕方ありませんでした」


 今回の観測隊に同行して南極まで行く大学院生は、16人程度だという。隊員の多くは大学や研究所の教職員に加えて、さまざまなバックグラウンドを持つ社会人であり、大学院生は若手メンバーの一員として参加する。理学系の研究者から発電機の保守点検のプロ、重機のオペレーター、さらに食品開発に携わる人などもメンバーに加わっている。まさに各分野のプロフェッショナルが集まってつくられたチームは、準備段階から谷口さんにさまざまな刺激を与えてくれたようだ。


左:厳しい雪山での訓練の様子、右:ペネトレータ運用訓練での一コマ

工学系の技術で理学系の課題解決へ

 南極で使用されるペネトレータの観測機器、すなわち地震計やインフラサウンドセンサー、GPSが消費する電力を考えると、現状の搭載電池では3カ月程度の観測が限界だという。観測期間は長いほどよく、可能ならば1年ぐらいは継続させたい。


「地震計はもちろんですが、インフラサウンドセンサーは音で氷河の動きを教えてくれるのでとても重要です。一連のデータは通信衛星を通じて日本に送信するから、データ送信のための電力も必要です。発電装置については安定した分離機構を開発し、まずは南極で長期間の観測を可能にしたい。ひいては火山や月面、さらには火星などでも活用可能な発電技術の開発を視野に入れています。私は常々、工学的な研究を通じて、理学的な問題解決につなげたいと考えています。だから氷河の動きを計測するなど科学観測工学の技術を活用して、地球物理的な何らかの課題解決につながれば、これほどの喜びはありません」


 12月初旬に南極観測船「しらせ」に乗り込み、約3カ月の船旅で南極大陸をめざす。極地に近づくにつれて船はとてつもなく揺れるという。


「船酔いには強い方なので、船が揺れるのも楽しみだったりします。なによりペネトレータを担当するJAXAの田中智先生をはじめとして、数多くの研究者の先生方と同じプロジェクトに関わらせてもらっていて、それだけで自分のキャリア形成にとても大きな学びを得られているのです。研究者が日々、どのように活動しているのか。その暮らしぶりまでを間近に見て学べる、こんな機会はそう簡単には得られないと思います」


 南極では、担当するペネトレータ関連以外の業務にも積極的に関わりたいと谷口さんは話す。総勢100人といえば結構な人数と思われがちだが、隊員各自がそれぞれ自分の課題を持って参加している。したがって基地の維持管理などの業務には、手の空いている人が自発的に関わる必要がある。


「南極での体験は、フィールドロボティクスの学びに必ず役立つと期待しています。地球上で最も過酷な土地でマシンを活用した経験は、たとえば農業や漁業など他のフィールドにも応用できるはずです。将来は現場にロボットを持ち込んで問題を解決する、そんなエンジニアになりたいのです。先輩隊員からは“なにかに興味を持ったなら、まずそこに飛び込めば良いんだよ”と、そんな生き方も学んでいるところです」