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薬学研究科薬科学専攻博士課程後期課程2回生白砂雄太郎さん
世界でも極めて珍しい 圧力活用によるタンパク質の物性研究
細胞内でのタンパク質は体液中にあり、基本的に圧力のかからない状態に置かれている。圧力を活用したバイオ研究は、バクテリアやタンパク質、食品科学、さらには深海生命の研究など多方面にわたって一定の広がりを見せているが、研究グループの数は世界的に見ても限られている。特にタンパク質の解析研究に圧力の活用を考える研究者は希少である。ところが白砂雄太郎さん(薬学研究科薬科学専攻 博士課程 後期課程2回生)は、難病である家族性ALSの原因タンパク質に関する研究を圧力を使って進めている。しかも、その圧力のかけ方は極めて珍しい方法だという。
幼い頃から研究者をめざしていたという白砂さん、その根源には「大好きな家族と、ずっと一緒にいたい」という思いがあった。その思いの先に広がっているのは、一人でも多くの人が健康で長生きできる社会への貢献だ。
2025.04.30
- 不老不死の薬をつくりたい
- タンパク質に圧力をかけると何がわかるのか
- 極めて珍しい、圧力を一気にかける研究
- 論文を10本書いて学位取得へ
不老不死の薬をつくりたい
白砂さんが研究に関心を持った原点は、幼稚園時代にまで遡るという。それほど幼い頃から家族に、大人になったら不老不死の薬をつくりたいと話していた。幼稚園児にしてはスケールの大きな発想だが、なぜそんな思いを抱いたのだろうか。
「考えていたことはとても単純です。自分の大好きな家族といつまでも一緒にいたいという思いから、みんなが永遠に生きられたらいいのに、というようなことばかり考えていたからです。すると大昔に中国の皇帝から命令されて、不老不死の薬を探しに日本に来た人がいたという話を聞きました。自分の願いを叶えるには、この薬を作るしかないと思ったのです。だから不老不死の薬作りが、今につながるスタートだと思います」
一念発起した白砂さんは、医歯薬系をめざして勉強し、望み通り大学は薬学部に入った。しかも、早くも高校時代にはすでに大学院博士課程までの進学を決めていたという。
「この頃には不老不死の薬作りから創薬研究へと気持ちが変わっていました。ただひたすら研究したいという思いだけは変わらず、大学院に進み博士号を取得して大学教員になれば、一生かけて研究を続けられると思いました。自分にとってのテーマは子どもの頃からずっと変わらず、高校の卒業文集でも不老不死について書いていました。テロメアが縮むために細胞が寿命を迎えると知ったときには、何とかテロメアを延ばす方法はないのかと考えたりもしましたし、ちょうど高校生の頃からアンチエイジングが盛んにいわれるようになったので、これこそ自分にふさわしいテーマだと思ったりもしました」
そんな白砂さんは学部3回生のとき、生体分子構造学研究室・北原亮教授の導きで、タンパク質に圧力をかけて変化を見る研究の世界へと誘われた。
タンパク質に圧力をかけると何がわかるのか
「北原先生が取り組まれていたのは、FUS(fused in sarcoma)と呼ばれるRNA結合タンパク質の構造解析です。FUSは指定難病ALSのなかでも、家族性ALSの原因タンパク質の1つです。このFUSが物理的にどのような性質を持っているのか、それを明らかにできればタンパク質に対する理解が深まります。そのためFUSの液-液相分離(LLPS:liquid-liquid phase separation)から凝集発生のメカニズム解明に取り組みました」
FUSタンパク質は通常、細胞の核内で働いている。ところがこのタンパク質を構成するアミノ酸配列に何らかの変異が生じると、凝集しやすくなる。この凝集物には細胞毒性があるため、神経細胞の細胞質内で凝集が起こると細胞そのものの死を招く。神経細胞が死滅した結果、細胞から送られてくるシグナルも減ってしまえば、筋肉が萎縮してALSの発症へとつながっていく。
「体内にあるタンパク質は通常、特定の立体構造を取っています。ところがFUSのような天然変性タンパク質は、天然変性領域と呼ばれる部位を持ち、その部分は特定の構造を持たないため環境に応じて構造を変化させるのです。その結果、LLPSと呼ばれる現象が起こります。これは2つ以上の成分によって構成されている液体が、異なる相に分離した状態です。たとえば水と油を思い浮かべてもらうとわかりやすいと思います。この2つも同じ液体ながら、一緒に混じり合ったりはせずに分離しています。今はこのように説明できますが、研究を始めた当初はLLPSとは一体なんだろうと不思議でした。とても新しい視点だし、面白そうだと思って取り組み始めたのです」
白砂さんが対象としているLLPSは、FUSが高濃度に集まった液滴を形成する。液滴は圧力や温度などの外部条件の変化によって形成されたり、消失したりする。そこで野生型FUSとALS疾患型FUSに圧力をかけて、形成される液滴の熱力学的な安定性や凝集しやすさの違いを調べている。
「研究室でのこれまでの研究により、FUSで起こるLLPSには2種類ある事実が明らかになりました。1つは常圧下で安定な液滴を形成するLP-LLPS(low pressure-LLPS)、もう1つは高圧下で安定な液滴を形成するHP-LLPS (high pressure-LLPS)です。さらにこの2つを比べると、HP-LLPSで形成される液滴のほうが凝集物を発生させやすい、つまり病気への関連性が高いこともわかっています。そこで高い圧力をかけてHP-LLPSの液滴を形成し、その特性をUV-Vis測定(紫外可視分光光度測定)により評価しています」
極めて珍しい、圧力を一気にかける研究
白砂さんが取り組んでいるのは、圧力ジャンプと呼ばれる実験である。FUSは圧力の変化に応じて液滴を形成、消失する。急激に圧力を変化させると、平衡状態が非平衡状態となり、新しい平衡状態へと移行する。つまり、液滴が生じたり消えたりする。この過程を速度論的に解析する。要するにFUSにエネルギーを加えて、その結果として起こる変化を見るわけで、エネルギーを加える手段には圧力のほかに熱をかける手段もある。
「熱の場合は全体に伝わっていくのに時間を要します。これに対し圧力なら一瞬で変えられる。だから速度論の解析には、瞬間的に変えられる圧力のほうが適しています。ただ、そのためには圧力ポンプを使って短時間で圧力をかけなければなりません。瞬間的に圧力をかけて、また目標の圧力でピッタリ止める。この作業には経験による技術に加えて、相応の腕力も必要です」
自分のように手動で圧力を急激にかける実験を日常的に行っている研究者は、世界的にも極めて稀であるのではないかと白砂さんは語る。大容量の圧力ポンプとUV-Vis装置が連結された設計になっており、短時間で数千気圧の圧力ジャンプも可能な、世界でも数少ない装置とのこと。北原研究室には、この他にも高圧力下で顕微鏡観察可能な高圧顕微鏡システムもある。圧力ジャンプ実験を行うことで、LLPSの形成や消失過程を目で見たり、ビデオ撮影できるという。これらのカスタムメイドの装置を使った研究は大変ユニークで、どのようにして創薬研究に繋げていくのか、白砂さんは真剣に考えている。
「私たちは、圧力を用いたこれまでの研究から複数の低分子化合物がFUSの異常凝集を顕著に抑制することを見出しました。次は、ヒトiPS細胞を用いた実験からの創薬研究の展開です。まだ詳しいことは言及できませんが、研究を進めるためには、まずiPS細胞を培養する必要がありますが、これが実は難しい。試行錯誤しながら学んでいるところですが、iPS細胞を培養できるようになれば、それは自分にとっての武器になります。思うように細胞を培養できれば、LLPSの形成や異常凝集メカニズムの解析からALSの予防や治療薬の開発に貢献したいと考えています」
論文を10本書いて学位取得へ
白砂さんがアカデミックの道に進んだとして、今後の研究テーマとしているのは、がん治療だ。不老不死はさすがに難しいとしても、一人でも多くの人が少しでも長く健康に過ごせるようになれば、人の幸せに貢献できる。ただし研究の道のりは決して平坦ではない。タンパク質についての研究を掘り下げていった末に、出会った新たな世界が熱力学だという。
「圧力によって引き起こされるタンパク質の構造変化を解析するためには、速度論や熱力学など物理の知識が必要になります。高校時代には物理を学んでいなかったので、研究室に入ってからひたすら本を読んで学びを深めているところです。簡単ではないのですが、少しずつ理解が深まってくると面白いし、自分にとっての新しい武器になると実感しています。いずれ量子力学から量子化学へと深堀りしていく必要も場合によってはあると覚悟もしています」
生物系からスタートしている白砂さんにとって、純粋物理を突き詰めていくのは決して簡単な取り組みではないだろう。それでも、その学びが人の幸せの実現につながるのであれば、躊躇したりはしない。
「これまでずっとそうでしたが、要は自分にできるかどうかではなく、自分が興味を持てるかどうかを判断基準としてきました。興味を持って真剣に取り組めれば、なんとかなるものです」
これまでに共著を含めて4本の論文を書いてきた。その3本目で第一著者となり、5本目も査読を終えて出版直前まで来ている。
「博士論文を書くまでに共著も含めて10本は論文を書いておきたいと考えています。そして学位取得後は、やはり研究一筋で生きていきたいと、これだけは変わりません。海外でのポスドクも選択肢に入っています。留学を通じて、世界中の研究者と切磋琢磨し、研究者として大成できれば、最高の人生だと思います」